332、旅立つ娘へ
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さてアナベルの気持ちに変化があり、島へと戻った彼女は母であるリュエラにあることを伝えようとします。
ドゥフ・ウミュールシフの夜は、我々が思っている以上に静かで賑やかである。
夜に溶け込むように島全体に広がる豊かな自然の緑と、そこに住む様々な精霊達の光りの色が混じり合い、もし人々がその光景を目にしたのなら幻想的な気持ちを抱くことだろう。
そんな光景から一歩海沿いに足を向けると、砂浜に寄せては返す規則的な波の音が夜の向こう側から聞こえ、合間に夜に活動をしている精霊達の愉快そうな声が遠くからハーモニーのように辺りに広がっている。
「…少し休んだらどうだ?」
今後のことは後日話し合うことで話をまとめたケイ達は、一旦ゲート経由で屋敷へと戻った。しかしリュエラの様子が気になったケイは、アナベルをダットに任せ、二人を魔道船まで送り届けた直後に再度ドゥフ・ウミュールシフを訪問した。
精霊達に場所を聞き、海岸沿いで海を眺めていたリュエラを見つけ声を掛けたが、彼女がこちらを振り向くことはなかった。
後ろ姿からは彼女の表情は見ることは出来ないが、その雰囲気から哀愁と後悔・懺悔・戸惑いを感じた。
もちろん精霊族の経緯を知ったケイは、当然知らんぷりも出来ずに間を取り持つ形を取ったワケだが。親子関係の破綻…とまではいかないものの、こちらとしても要因の一端はあったのではないかと痛感している。
「やはり、あなたは…優しい人ですね」
「優しい?俺が?」
「人の世界では、困ったことがあったら離れていくと聞いたことがあります。ですが、ケイさん達はちゃんと私たちの話を聞いてくれます。だから、精霊達もあなた達のことを気に入っているのではないでしょうか?」
振り返ったリュエラの表情は、もの悲しげな様子だった。
その意味を本当に理解することは出来ないが、恐らく後悔や懺悔の意味合いに近いのではないかと察する。
当初の計画通りにリュエラとアナベルを離したはいいが、それで互いが和解または考え方が変わるかと考えると正直難しいことは重々承知している。
また実のところ、長期的にアナベルをダットの元に置いておきたいとは思っていたが、現在魔道船は他国への運搬も兼ねていることから、彼らの業務に支障をきたしてはならないし図々しいという思いもあって、そこまで口にはしていない。
だが、ダットの様子を見るに短期間で親子の仲が変わるのか?と懐疑的な思いは、ケイ達と同じであることは間違いないようだ。
「…で、リュエラ。あんた今後アナベルとどうしたいんだ?」
回りくどいやり方は自分性に合わないと、ケイは率直にリュエラに尋ねた。
その問いに彼女は狼狽えた様子があったが、自身を落ち着かせるために目を閉じ、深呼吸をしてからこう答える。
「私は…娘をこの島から出したいと考えています」
「出したい、って?」
「私達はアフトクラトリア人から娘を護るためにこの島に移りました。ですが、彼らがこの世界から居なくなった以上、娘を島に留めておく理由はなくなりました」
「だから、アナベルを手放すと?」
「いいえ……送り出すんです。子はいずれ親の元から巣立ちます。今までは彼らの存在が娘の脅威になることからその機会を奪っていました。ですが、今後この先私たち以外の種族と手を取り合う時期が来るのではないかと思い、いつの日か娘が自分の道を見つけるべく旅立つことになろうと、ましてや本当の娘でなくとも、私は最後まで彼女の行く末を見守っていこうと思ってます」
実の娘でなくても、最後まで見届ける気持ちは一般の親と変わらないという気持ちがあるのだろう。
こればかりは子を持つ親の経験がないためケイには分からない部分はあるが、リュエラの表情からは、親としての責任を果たすという確固たる意思を持ち、それがどんな形であっても支えていくという気持ちの現れなのかもしれない。
そんな話をしていると、気がつけば空が薄らと明るくなって来る。
急にあくびが出そうになりながらも我慢しているケイの表情に、リュエラは「夜があけそうですね」と言い、続けて少し休まれては?と最初にケイが言った言葉をそのまま返した。何年ぶりのオールだよ~、と我慢しきれずあくびを出したケイ。
二人は、夜が明ける空をただただ静かに眺めていただけだった。
それから数日後。
一度冷却期間を置いた方がいいと言うケイの押しつけ…もとい助言により、再度アナベルを魔道船へ連れて行ったわけだが、ここで別の意味で問題が発生する。
それはアナベルが約束の期間を迎え、ドゥフ・ウミュールシフへと帰ろうとしていた時だった。
「「「ええええぇぇ!!!!!!アナベルちゃん、帰っちゃうんですか!?」」」
成人である船員達が揃いも揃って子供の様に駄々をこねている。
ダットが大の大人が何を言っているんだと宥めたものの、船員達はここ数日でアナベルと仲良くなったようで、親元へ帰すと話すや全力で引き止めに入った。
「ええええぇぇ!!!!!!じゃねぇ!数日だけだと言っただろうが!!」
「ダットさん!だって、彼女にはめっちゃくちゃ助かってるんですよぉ?さりげなく手伝ってくれるし細かいことに気遣いはできるし、精霊達と仲良くできる!」
「そんなのお前らだって、普段やってることだろぉ?」
「なに言ってんですか!?彼女がここに来てから、今以上に仕事の効率が上がってるんですよ!?第一、ダットさんの指示が曖昧すぎるんですよ!」
大雑把な性格からか細かい作業を得意としないダットは、時折指示が曖昧になることがあるせいか、船員達が混乱を起こすことがある。
特に新米船員たちは彼の意図を上手くくみ取れないため、その時アナベルからこういう意味なのでは?と助言を受け、実際にそういう意味だったということがあったことから、彼女の存在が非常に助かっていると口々に言う。
もとより始めからキチンと説明すればいいのだが、いかんせんこの男は現在文学にも精通しているバギラから色々と学び直している最中で、幼少の頃から漁師一筋だったことから、大人になってから一般的な文字の読み書きや計算を習い始めたそうだ。
「アナベルちゃんには、この船に残って欲しいんですよぉ~」
「なんてったって、ほら!華があるじゃないっすか!」
船員達の口から次々とアナベルへの称賛が送られるのだが、当の本人は今まで言われたことがなかったようで、どう反応を返したらよいかわからずそのやりとりを見守っている。
「はぁ~…だとしても、アナベルの親御さんの許可がない以上ダメだ」
許可が出ないことに落胆する船員の声が聞こえてくるが、リュエラから任された以上こちらが勝手に決めていい問題ではない。
もちろんアナベルが居た数日はダットにとっても感謝しかなく、彼らの言い分も理解できるものの、最終的にはリュエラとアナベルの意向次第である。
船を降りたアナベルが振り返ると、甲板で名残惜しそうに船員達が手を振り見送っている姿が見えた。
甲板に居る船員達が「また来いよ!」と声を上げ、振り返ったアナベルが感謝を込めて手を振り返した。
また送るために一緒に降りたダットは、笑顔を向け、合流場所に向かって歩き出すアナベルの姿にきっと寂しいんだなと複雑な思いを抱いていた。
「楽しかったか?」
魔道船から合流場所であるアダムの借家に向かっている道中で、ダットが何気なく後ろを見やると、その数歩後をついて歩くアナベルがコクリと頷き、羨ましいと独り言のように呟いた。
その様子を見るに、たった数日だけだったが、船員達との生活は彼女自身にとってもよい経験になっただろうと考える。
今までは身内だけの生活・世界で生きてきたアナベルにとって、新しいことづくしで大変だったこともあっただろうが、その経験を得た彼女が今後も今の生活を続けていくのかは分からなかった。
環境が変われば人も変わるように、精霊族でありながらも一方で変わることを望んでいたのかもしれない。
それはダットから見た彼女の様子であり、本当のところはわからないが、少なくとも後ろを歩くアナベルからはそう見て受け取れた。
「ダット、色々迷惑をかけて悪かったな~」
「気にすんなって!」
「ケイ!ダットさんにちゃんとお礼をいいなさいよ?」
「分かってるって!お前は俺のかあちゃんか!?」
アダムの借家前でケイ達と合流するや、ケイとシンシアの夫婦漫才のようなやりとりが始まり、いつもの様にアダムとレイブンが間に入り宥める。
そういえば、ここには居ないセディルとダビアに気づいたダットが尋ねると、アナベルのことで揉めたので、顔を合わせづらいという理由で断られたとケイが言う。
一連の行動が済むと屋敷経由でドゥフ・ウミュールシフに渡り、数日ぶりに親子の対面を果たしたわけだが、ケイ達が見守るなか、リュエラとアナベルは互いに言葉を交わすこともなく、むしろ話のきっかけが掴めず戸惑っている様子があった。
ダットの話では、魔道船に居た間は問題を起こすどころかむしろ船員達のフォローまでしていたこともあり、彼らとしてはかなり助かっていたと言う。
今までの経緯を知っているケイ達からすれば、そんなすぐに態度を改められるものか?と首を傾げたが、アナベルを育てていた人物がリュエラだけなので、彼女が族長の他に父親役も兼任していたとなると、明確な役割が他にいなかったせいもあったのだろうとダットは話を続ける。
それにリュエラ以外には精霊しかおらず、精神的には友達と育つ感覚が強かったことからその辺りが曖昧になっていたのだろう。それが魔道船で過ごすに辺り、他種族との関わりを通じ、自分を肯定できたことも要因になったのではと感じる。
「お母様……私、この島を出て世界を見て回りたいの!」
突然の娘の変化に驚きを隠せないリュエラだったが、今までの子供の様な我儘さがなくなり、魔道船で過ごした数日の間で心境の変化があったことを感じ、顔に出さないまでも子を心配する親の気持ちをグッと堪えながら次の言葉を待った。
「私、今まで精霊達に無視をされてきてずっと我慢していたけれど、自分の正体を知ってそうだったんだ~と思うと同時に“自分ってなんだろう?”って考えてきたの。でもわからなくて、ずっとずっと考えて考えてグルグル考えていた時に魔道船の皆さんと出会って優しくして貰えて、自分の正体は実は関係ないと思ったの」
母であるリュエラから自分の正体を告げられた時、ずっと考えて続けたが結果的に答えが出ず、そんな時にダットが拠点としている魔道船の船員達と出会い、いろんな話や考えを聞かせて貰ったのだという。
特にダットは、全くの赤の他人なのにアナベルをまるで自分の子供の様に接し、イベールやレマルクは年の近い兄妹のような感じたこともない気持ちにさせる。
船員達は人数の多い大家族距の離感で、アナベル自身は初めての経験ばかりで大変さと嬉しさを感じていた。
「あー話の間に入って悪いんだけど、世間には悪い奴もたくさんいるぞ?」
ケイが二人の会話の間に入りダット達が善人なだけだと説明したが、それは十分に理解しているとアナベルが頷く。
「島に居る精霊達の中には私の存在を快く思わない者もいます。それに島に戻ってからもずっとこの生活が続くと考えた時、いっそ島を出て自分の足で世界を観て回ろうかと考えました。もちろん、出会う者全てがいい人ばかりではないことも理解はしてます。だけど…」
アナベルの中でこの機会を逃せば、これからもこの島に縛られてるのではと思っていたのか、自分の思いが口から途切れる。
リュエラは、自分の娘がずっと思い悩んでいたことは知っていたし、無理に聞き出すことはせずにいつかは打ち明けてくれるだろうと待っていた。
それが今、アナベルの口から思いを打ち明けられた反面、不謹慎ではあるが嬉しさと大人になった過程を垣間見たことに少しばかり寂しさを感じる。
また島から旅立とうとしているアナベルに、この先の不安も感じ始めるのは当然であって、口に出すべきかと考えていたところ、ダットがその会話に割って入る形で口を開く。
「…リュエラ、ちょっといいか?」
「ダットさん?」
「あんたの言いたいことは分かるぜ、俺にも子供が三人もいるからよ。しかも末の子はアナベルと同じ女の子。こいつが島を離れることに不安なんだろ?」
「どういうことでしょう?」
言わんとすることを理解しきれなかったリュエラに、ダットはどう伝えたらいいかと悩んだ挙げ句、頭をガシガシと掻くや彼女に向かって率直に伝えた。
「アナベルをウチの船員として引き入れてもいいか?」
ケイ達は一瞬驚きの表情でダットを見やるが、彼はいたって真面目にリュエラを見据えている。
かつては自身が困窮し苦しい思いをしていた頃に助けられたことから、その経験を糧に今では何十人もの船員を抱えている魔道船の船長を務めている。
一度は自分の愚かさに家族が去ってしまったが、ケイ達が手を差し伸べてくれたからこそ、もう一度立ち上がり頑張ろうと気持ちを入れ替え現在がある。
また行動一つで人生が変わることも痛感しているものの、困っている者に手を差し伸べる性格も相まってか、どうしてもリュエラとアナベルの成り行きを見過ごすことができなかった。
「ダット、いいのか?」
「ケイ、お前の言いたいことはわかる。でもよぉ、自分の子供が知らない土地で旅をするということは、親としては死ぬほど心配することなんだ。アナベルは、今までリュエラ以外に関係を作ることができなかったから困った行動を起こした。いわば“反抗期”みたいなもんさ、俺の息子たちも同じ事があったからな。それにウチの船員達がえらくアナベルを気に入っちまってな、俺からも頼もうと思っていたところだったんだ」
心配したケイが本当にいいのか?と確認を取ると、ダットは知らない土地でほっぽり出すより、わずかな期間だが顔見知りの船員達と行動する方がリュエラとしても少しは安心できるだろうと述べる。
ダットの申し出に驚きを隠せなかったリュエラがアナベルと交互に見やり、アナベルもまた、自分の予期しない展開に驚き固まっている。
「ダットさん……本当にいいのですか?」
「あぁ。男に二言はねぇ」
リュエラの目線が、今度はダットから驚き固まっているアナベルへと向けられる。
やっとのことで理解が追いついてきたのだろう。アナベルはなんと言葉にして伝えればよいのか分からず緊張のあまり目だけを動かした後、ダットを見据えてから一礼をした。
「ダットさん。どうか…よろしくお願いします」
「私からも娘のことをよろしくお願いいたします…」
アナベルに続きリュエラも頭を下げると、ケイ達がいることで急に恥ずかしさを感じたようで、ガハハ!と笑い声を上げてから「まかせておけ!」と胸を叩いた。
こうしてアナベルは自身の見解を広めるべく島を出て、ダット達が拠点としている魔道船の船員として身を置くことになった。
しかし、時折リュエラが精霊を経由してアナベルを密かに見守っていたことに対して、恥ずかしさのあまりアナベルが怒って親子喧嘩に発展し、ダットをはじめとした船員達が仲裁に入ることになるのはまた別の話である。
リュエラに『自分の目で世界を観てみたい』というアナベルの気持ちを汲んだダットが、アナベルを魔道船の船員として引き入れることにしました。
かわいい子には旅をさせよという諺がありますが、たとえ本当の親子ではなかったとしてもこれからもその関係は変わらないだろうとケイ達は思ったのでありました。
次回は、いきなり訪問~ガラー編~をお届けします。
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