331、一夜のきっかけ
皆様おはようございます。
毎度多忙なため、ご無沙汰しております。
さて今回は、真実を知ったアナベルの後の話になります。
真実を告げられたアナベルだったが、その後も取り乱すことなく、膝をつき謝罪と懇願を口にし続けているリュエラの姿をただただ見下ろしていた。
てっきり泣き叫んで母に詰め寄る娘の姿を想像していたが、当の本人はショックが大きかったようで理解が追いつかずその場に立ち尽くしている。
何故長の家系で生まれ育ったアナベルに精霊がつかなかったのか、その疑問が解消されど、アナベル自身が精霊族とビェールィ人が混在した姿だったとは夢にも思わなかっただろう。
一方で、そんな親子のやりとりに割って入っていいものかとケイ達は躊躇した。
まさか話の流れがこんな展開になるとは考えもせず、軽いノリで親子の話し合いの場を設けた結果がコレである。
アダムは、この状況をどうするんだ?という目線をケイに送り、レイブンとダットは拗れちゃったけど大丈夫なのかと不安がり、セディルとダビアはどうすればいいのかと反応に困っている。
極めつけのシンシアに至っては、今にも『あんた絶対!なんとかしなさいよ!?』と言わんばかりの形相をこちらに向けている。
軽はずみの行動の結果に反省はすれど、そこからリカバリーすることが最重要課題と気持ちを改めたケイは、仲間達を手招きし、親子のフォローをするしかないと案を出し合うことにした。
(で、結局はこうか……)
結論から言うと、一時的にリュエラとアナベルを引き離し冷却期間を設ける。という案に強制的に組み込まれたダットは、アナベルを連れて魔道船へ戻って来た。
案というからなにか考えがあるのかと期待していたが、実にオーソドックスなやり方かつ半ば押しつけられた感に思わずため息が洩れる。
一緒に連れ帰ったアナベルは、意気消沈というよりも魂の抜けた人形一歩手前のような状態で、俺にこの状況をどうしろ!?とダットは頭を抱えるしかなかった。
また、戻って来た二人の様子に作業をしていた船員達も何があったのかと、作業をしつつもその動向を伺っている。
いつもなら喝のひとつやふたつが飛んでくるのだが、あの様子ではそんな事を言っていられないのだろうとひそひそする声がダットの耳にも届いていた。
「ダットさん!なにがあったんですか!?」
アナベルを当初使って貰うはずの客室へと案内したところで、他の船員からダットが戻って来たという知らせを聞いたイベールとレマルクが駆けつけた。
何から話せばいいのかと考えあぐねるダットの様子に、イベールから場所を移しましょうと提案される。
打ち合わせの場として応接室へ向かった三人は、到着するやレマルクにバギラを呼んでくれと頼む。
なぜバギラまで?と思われるかもしれないが、アナベルがリュエラと話し合いをしたいという少し前にバギラと会っていたことを知っていたので、今回は彼にも同席して貰うべきだと考えていた。
そしてほどなくしてレマルクがバギラを連れてきたところで、アナベルについての経緯が三人に伝えられる。
もちろん、ここに居る三人や他の船員達はアナベル関係でケイ達の下に行った事は知っているが、それがまさかこんな事実となって返ってくるとはダットおろか誰も予想していなかった。
「…それで、彼女をここに?」
「まぁ、もともと二~三日預かる予定だったし、ケイからは今すぐに今後のことを考えるよりも、互いに少し間を空ける方がいいだろうと言うことになったんだ」
当初、家族間の仲裁の目的で預かることになったのだが、まさか別の意味に変わっての預かりになるとはこちらとしても想定外だった。
そしてアナベルが悩んでいることに少なからず貢献したをしたバギラでさえも、本当は助言をしなければよかったのでは、と今更ながら後悔している様子が窺える。
「ところでバギラ、普通の魔法と精霊魔法を同時に使うことはできるのか?」
「といいますと?」
「アナベルの元は精霊とビェールィ人が一緒になった姿なんだが、そのビェールィ人というのは、今で言うフリージアの公爵家を示しているらしい」
「結論から申しますと、魔法の両立は理論上では可能です。そもそも魔法の系統が異なっていますので、コントロールの可否を抜きにして言えば問題はないかと。ただダットさんもご存じかと思いますが、両方の素質を持つ者はあまりいません。それに真実を知った彼女が、これからどうするのか…そこまでは私にもわかりませんし、どう接していいのかまでは…」
二人のやりとりを黙って聞いていたイベールとレマルクも、バギラと同じでアナベルが今後どうなるのか非常に心配をしていた。
そもそも二つの異なる性質の魔法系統を扱える人物は、世界を探せばいるかもしれないが身近には聞いたことがない。
人の身でありながら、精霊と契約をしている魔道船の船員達のほとんどは魔法の素質が低く、また逆に精霊魔法は扱えるが一般的な魔法はめっきりという者も居るには居る。
しかし話ぐらいは聞いてやることはできても、彼女の支えになれるかどうかはまた別の話で、ダット達はさてさてどうしたものかと頭を抱えるしかなかった。
自分は本当に何者なのか?
リュエラから真実を告げられたアナベルは、まるで自分が雲の上にいるような夢を見ている気分が続いていた。
ケイ達から色々考えることもあるだろうからと、再度ダットが活動拠点としている魔道船に連れて行かれてからもその気持ちが晴れることはなく、むしろ案内された客室で一人悶々と考えを巡らせていた。
それからいくらか時が経ったのか、ベッドに横になっていたアナベルが目を開けると、部屋の中は真っ暗でカーテンを閉めていない窓の外は暗闇に包まれていた。
どうやらいつの間にか夜を迎えていたようで、再度眠りにつくにしても完全に目が覚めてしまったアナベルは、身体を起こすと気晴らしに甲板へと出て見ることにした。
甲板に出ると夜も更けているせいか、夜に活動している闇の精霊の姿があった。
精霊達は船の周りを遊び場にしているのか、追いかけっこやかくれんぼなどをしている姿から、いつも通りの光景なのだろうと横目で見る。
またその近くには、夜間作業が一段落したであろう三人組の船員が、椅子に腰を掛けながら木製のジョッキを片手に「遊ぶなら気をつけろよ!」と声を掛ける姿もあった。
それから目線を町の方へと向けると、月明かりに混じって建物の明かりがポツリポツリと灯っていた。
王都の様に煌々とした強い光ではないものの、港町特有の明かりに混じって、夜を中心として活動をしている精霊達が夜空の星のようにいっぱいに広がり、その光景を前に沈んでいたアナベルの気分が少しだけ上がった気がする。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
しばらく船から町の夜景を眺めていると、先ほどまで近くで談笑していた船員の一人がアナベルに声をかけた。
心配そうにこちらを見つめる短髪の男性に「何が?」と問い返すと、精霊たちの休憩場所になっているという指摘を受け、次に自分の身体に目を向ける。
するといつの間にか全身が青や紫の色の光に囲まれた状態が目に映り、男性曰く、談笑途中で気づいた時にはアナベルの身体は精霊達に覆い尽くされ、何かの光るオブジェと化していたため、身動きが取れないのではと思い声をかけたのだという。
「すみません。ありがとうございます」
ほどなくして船員達により群がっていた精霊達が引っぺがされたアナベルは、助けられたことに感謝を意を述べた。
それから夜間は海からの風が冷たいこともあり、船員達から毛布を掛けて貰い、お湯ではあるが温かい飲み物も手渡された。長い間外に居たせいか、気づかぬ内に冷えてしまった身体が口に含んだお湯によって暖まっていくのを感じる。
「そういえば、ダットさんが言ってた女の子ってお嬢ちゃんのことかい?」
「はい。アナベルと言います」
短髪の男性から声を掛けられ名乗ったはいいが、その後の言葉が続かず、何を話してよいか分からず俯いた。
「嬢ちゃん…じゃなかった。アナベルは何か悩みでもあるのか?」
お湯のおかわりはいるか?と続けた虎模様の肌の男性が声を掛けた。
アナベルの様子に気を利かせてくれたようで、男性の気遣いに頷きコップを手渡すと、実は家族のことで悩んでいると三人に悩みを打ち明ける。
彼女なりに直接的な表現を抑え、本当の母親じゃなかったことを知ってショックを受けたと切り出すと、人生そんなこともあるよと虎模様の男性が注いだお湯をアナベルに手渡す。
「たとえ血が繋がってなくても君を育ててくれたんだろ?だったら、いい母ちゃんじゃねぇか!俺なんて下に腹違いの弟妹が四人もいるぜ!しかも肝心の母親は、一番下の妹を産んだ途端にとんずらしちまった!」
何杯目かのジョッキを片手に力説する虎模様の男性の横で、短髪の男性が「こいつの家は複雑なんだ」と、こちらの返答に困るフォローをする。
「えっと…皆さんはいつからこの船に?」
「僕たちは一月前からこの船で世話になっているんだ」
話を変えようとアナベルが尋ねると、今度は物腰が柔らかい男性が答えた。
聞けばこの男性、元々ダナンで教師をしていたが【豪腕】という自分でも知らなかった強いスキルを保有していたことから、学園内の備品を壊しまくり結果クビになった経緯がある。
後に途方に暮れてたところ、たまたまダナンに立ち寄ったダットに誘われ船員として雇われたことに感謝をしていると男性は述べる。
そういえば、この魔道船には多種多様の人種が乗船していることにアナベルは気づいた。
イベールとレマルク兄弟もバギラも経緯は違えど、皆ダットを信じやって来た者ばかりで、もし自分に父親がいたのなら、今でも生きていたなら、ダットのような人物だったのかもしれないと、漠然とながら今は亡き先代の長である男性に思いを馳せた。
ピタッ。
そんな時、甲板の反対側から何か音がした。
「あの、あっちには誰が居るんですか?」
「えっ?いや、今の時間帯は俺達しか居ないはずだが?」
物音を聞いたアナベルが三人に伝えると、今は自分たちしかいないはずと短髪の男性が近くにあったランタンを持ち、そちら側を照らす。
海側の甲板はランタンを照らしても奥まで見えず、遠くに闇が続いているだけだったが、耳を澄ませると確かに何かが動いている音が聞こえる。
虎模様の男性が「幽霊か!?」と、自分はその類いの話が嫌いだと情けない声を上げ、アナベルの後ろに回り、それを横目で見ていた物腰が柔らかい男性が彼女を盾に使うなと呆れた様子を見せる。
雫のような音は、こちらの様子を窺うかのように反時計回りに向かって来ているようで、何度目かの雫の音が左側に回り込んで来たところで短髪の男性が手にしたランタンをその方向に照らした。
バッ!と照らされた方向に、長身の全身水色をした人物が男性を覗き込んでいる。
四人は音の正体である人物の登場に驚き、夜間にも関わらず悲鳴を上げた。
結論から言うと、その人物は夜間に素潜りをしていたノヴェルヴェディアで、悲鳴に驚き、手にしていた網の袋が落ちるや貝や魚が甲板に散らばった。
また悲鳴に気づいた他の船員が甲板に飛び出し、就寝していたダットが飛び起きたところで「お前ら!うるさいぞ!!」と雷が落ちる。
一気に船内が騒がしくなったりはしたが、アナベルはダットに説教をされ項垂れている三人や、それをフォローする他の船員達の姿に羨ましいなと感じ始めたのだった。
魔道船で起きた一夜は、アナベルの気持ちを少しだけ変化させました。
今後、彼女はどんな決断・道を進んで行くのでしょうか?
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