326、魔道船の日常
皆様こんばんは。
少し間が空いてしまいましたが、前回の続きからになります。
アナベルと魔道船のとある一コマとなっております。
「滞在している間はこの部屋を自由に使ってくれ」
ダットに連れられたアナベルは、甲板からほど近い客室へと案内された。
甲板に続く階段からすぐの一室で、室内に入るとまるで自分が森林の中にいるかのような緑豊かな匂いが彼女の鼻腔をくすぐった。
部屋は同じ種類の木製で統一されたベッドやテーブル・椅子が配置されいる。
恐らくその家具の匂いなのだろうが、シンプルでありながらも清潔感が漂う雰囲気が彼女の気持ちを良くさせる。
次に彼女の目を引いたのは、突き当たりにある樫の原木を用いた窓枠がはめられた大きな窓である。
窓の上部に設置されているカーテンレールには、小ぶりのレースをあしらったアイボリーのカーテンが掛けられ、日中のためか部屋に光りが入るように左右に開けられている。
「こっちの部屋は海側に面しているから、日中の景色はいいぞぉ~」
窓の向こう側を見つめているアナベルにダットが声を掛ける。
生まれてから今まで島の外に出たことがないせいか、外の世界にある海に違った新鮮さを感じているのだろう。
気を利かせて話しかけたダットの言葉にも答えないアナベルは、まるでショーケースに入っているおもちゃを食い入るように見つめている子供のようにも見える。
「ダットさーん!遅れてすみません!・・・・・・ってアナベル!?」
少し気まずいなと思っていた時に、イベールとレマルク兄弟がやって来た。
扉を開けてすぐにアナベルに気づいたのか、レマルクが驚きの声を上げ、同様に彼女の姿にイベールも目を丸くしている。
「でも、なぜ彼女が?」
「いや・・・実はケイ達に頼まれてな~ 二、三日預かることになったんだ」
事の経緯をイベールとレマルクに説明をすると、二人はなんと返していいのか分からず、一瞬互いに顔を見合わせる。もちろん説明をしたダットも、二人の言いたいことはなんとなく理解できる。というかむしろ、本当に二~三日無事にやっていけるのか?という疑問が二人の顔に描いてあるようにも見える。
「ダットさん、本当に大丈夫なんですか?いくらなんでも安請け合いしすぎです」
「兄ちゃん、いくら言っても無駄だよ。ダットさん、この前もバギラさんに同じようなことで怒られてたし、それがいいところでもあるとわかっているけど・・・さすがに今から矯正は無理なんじゃないかな?」
「う゛っ!お前らに言われると、さすがの俺もグサッ!とくるぞ・・・」
「そう思うなら少しは考えてください。船長である貴方がイノシシのような思考では船員達に示しがつきませんよ?」
イベールとレマルク兄弟にボコボコ(特にイベール)に言い負かされたダットだったが、困っている人を無視出来ない性格が故に、逆にそれが人を引きつける時もあることを船員達は知っている。
彼らは口々に困っていると言いながらも、なんだかんだでダットに手を貸しついていくところを見ると、かなり信用されていることがわかる。
「そういえば、ケイさん達はどうしてるんですか?」
何の気なしにレマルクがケイ達の事を尋ねると、そういえば・・・と、ダットが先日のやりとりを思い出しこう答える。
「なんでもケイ達は「調べたいことがある」って言ってたな。まぁ数日したら迎えに行くって言ってたし、適当に聞き流しちまったけどな~」
「調べたいこと?何かあったのかな?」
「んーーーもしかしたら、今回の件と関係がある・・・とかではないですよね?」
「その辺りはなんも聞いてねぇから、もしかしたらそうかもしれないな~」
ダットも内心、アナベルを預けた件と何か関係はあるのかもしれないと考え、今度会った時にでも聞いてみると二人に返事をした。
その後ダットは、仕事があるからとアナベルを二人に任せて客室から退出した。
気を利かせた二人が船内を案内すると彼女を連れ出したのだが、船内は人の数と同等・・・いや、それ以上に精霊や妖精たちの姿が見られた。
またその道中で、後方から幼い妖精達が三人の脇をすり抜けたのだが、あっ!と声を上げるアナベルとは違い、日常の光景なのか、すれ違う船員や作業をしていた船員達から「危ないから気をつけろよ」とか「ここは遊び場としては適さないから他で遊ぶように」という声かけに、妖精達は個々に了承の意味を示す光りを点滅させる。
「ここにいる子達は人の話を聞くのね?」
「精霊や妖精と言っても根本的なところは僕たち(人間)と変わらないよ。話せばちゃんと分かってくれるし、好き嫌いや意見もちゃんと伝えてくれる。たしかにたまに自由奔放なところはあるけど、生きているという点で言えば本当に何も違わないよ」
レマルクの言葉にアナベルは顔を顰めた。
自分が言うのもなんだが、島にいる精霊達は自分と距離を置いている感じがする。単にアナベルの自業自得と言えばそうなのだが、新しく生まれた妖精にも共通する言語で伝わっているのか仲良くなる前に距離を置かれてしまうので、なおさらアナベルは孤立し心を通わすことが難しくなっている。
それにアナベルがどんなに誠心誠意を持っても、島の精霊達からは彼女と仲良くなるという気配は感じられず、このまま島に戻ってもまた同じことの繰り返しになると、今までの自分の行動の憤りと精霊達と続けていく自信が持てなかった。
「イベール!レマルク!ちょっと手伝ってくれ!」
船内の案内を一通り終え、最後に甲板に出た際に近くで作業をしていた船員がイベールとレマルクに声を掛けた。
当然、ダットからアナベルを任されているからと断ったのだが、船内に荷物を運ぶ際に使用したロープが絡まってほどけなくなり、一人で四苦八苦していた船員にロープを切ればいいのでは?と、イベールが持参しているナイフを手渡したのだが、別の荷物にロープを使うため切ったら足りなくなると泣きつかれる。
「アナベル!悪いけど、ちょっと待ってて!」
「えぇ、分かったわ」
ロープに遊ばれている船員をなんとかするためにイベールとレマルクがその場を離れてしまい、一方で手持ち無沙汰になってしまったアナベルは、船員って大変なのだなと感じた。
二人が戻るまでの間、アナベルが何気なく辺りを見回していると、少し離れた場所で樽を覗き込んでいる一人の男性船員を見つける。
その船員は、浅黒い腕や首にいくつかのアクセサリーとドレッドヘアにされた剛毛な髪質が相まって軟派な印象にも見えるが、仕事の一環なのか横と縦に規則正しく並べた樽を順番に見ては何かを考える素振りをし、その真剣な様子がどうしても気になったアナベルは、邪魔になるとは思いつつもその船員に声を掛けてみることにした。
「ねぇ、なにをしているの?」
「う゛ぉっ!あ~~~びっくりした!」
背後から声を掛けられた船員は、飛び上がるほど驚き振り返った。
相手が少女と分かりホッとしたところで息をついてから、アナベルに自分がしていることを説明してみせた。
「これは魚の魔素抜きをしてるんだ」
「魔素抜き?って?」
「この辺りの海域に生息している魚は、海水が含む魔素をたらふくため込んでいるんだ。海の魔素と大気中にある魔素は性質が違うから、そのまま料理にして出すと人によっては具合が悪くなる。で!それにはまず、調理をする前の下準備として魔素を抜いてるんだ」
アーベン近郊に生息している魚は、大陸の中でも割と海の魔素が高いことで知られている。
その主な要因の一つとして、近くにエバ山がある関係で大気中の魔素の濃度が極端に圧縮される形で広がり、それらの魔素が一部変化をしたことで海域に流れ変化したなどと言われている。また魔素の影響で生息している魚にも変化があるためか、漁師の間では常識の一つとして知られていたりもする。
「ところでこの船の人達って、普段なにをしているの?」
「まぁ~色々かな。客船や貨物船の役割もあるし、俺達は俺達で魚釣ったり交易したりと、本当に何でもするさ」
「魚を釣っているって、そういう職業とかもするの?」
「漁師のことか?俺は違うけど、船員の中には元々はそうだったやつもいたな」
魔道船の船員達は、様々な理由でダットに拾われた者が多い。
今、話をしている男性も元々は各地を放浪していたが、一月前にアーベンで持ち金が足りなくなり困っていたところをダットに誘って貰ったそうだ。
そのお礼・・・というわけではないが、現在彼は手先が器用なことを生かして船内の修理の一部なども担当している。
本人曰く、力仕事はめっきりなため荷物の運搬などの作業には向かないのだが、人には適材適所というものがあり、自分もそういう役割だと理解している。
「まぁ、種族的に力は得意じゃないからな~」
「種族的?」
「これだよ」
船員が自身の髪をかき分けて、ある部分をアナベルに見せた。
当然彼女はその部分に目を向けるのだが、エルフ族の象徴である長い耳がピョコんと見えたかと思うと、いつもの怒りよりも驚きの方が上回り、口をパクパクとさせる。アナベルが彼にエルフなのかと尋ねると、少し言いづらそうな表情で船員が言葉を続ける。
「俺は“シティエルフ”だけどな」
「シティエルフ?」
「俺の幼少の頃は“里を捨てた偽物”っていう意味だった。今は様々な理由で里を出ている者もいるし、その子供にいったってはエルフ族が住む里に行ったことがない奴もいるから、揶揄する言葉に近いけど」
里を捨てた偽物、という言葉にアナベルは聞いても良いものかと困惑するが、男性船員が自分の家のことを話して見せた。
「俺の家系は全員地黒なんだ。でも里のヤツらはそれをおかしいと言ってたんだ。生まれた容姿なんて決められるわけじゃねぇのにな」
「でも同じ里で同じ種族なんでしょ?」
「まぁな。俺や俺の家族と同じように色黒の同族もいたけど、他のヤツらも嫌み満載の言葉に嫌気がさして、次々に里を出て行ったんだ。・・・で、俺も家族と一緒にその後里を出たんだ」
男性は当時の事を思い出したのか、苦い顔をしてからアナベルに困ったものだと肩をすかせた。
彼が言うエルフ族は随分前のことで、当時は魔法が使えないと追い出される者も居たし、精霊や妖精と契約出来なければ即追放ということもあったそうだ。
実は彼もここに来る前までは精霊や妖精が見えず、魔法どころか契約もできなかったそうで、それ故に里の人々から嫌みを言われ続けたことが里を出る決定打になったと述べる。
「酷い話ね・・・」
「当時は、エルフは精霊と契約出来て魔法が使えるって常識みたいなものだったから、俺や家族のようなやつは異端に見えたんだろうな」
樽に入っている魚の様子を観察しながら船員が返し、それに精霊や妖精も人の様な考え方や行動をすることもあるから、出来ないヤツは除外とか思われていたんだろうな~と、本気とも冗談とも取れる発言を続ける。
その船員の話を聞いたアナベルは、何か思い当たることでもあったのか本当にこのままでいいのだろうかと考え始めたのである。
エルフ族の船員の話を聞いたアナベルは、本当に自分はこのままでいいのかと思い悩みます。
彼女の悩みは解決できるのでしょうか?
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