特別編・新年の過ごし方
2022年がやって来ました。
今年も異世界満喫冒険譚をよろしくお願いいたします。
さて今回は特別編をお送りします。
なお本編の時間軸とは別になりますのでご了承願います。
毎年恒例・アウラの日の翌日は、大陸全土で大寒波に見舞われる。
今年もあの極寒がやって来たかと思うとため息をつきたくなったケイは、二階にある自室の窓から一望できる庭に目を向けた。
窓には霜が付着し、その向こう側は一面雪景色に覆われている。
普段なら見ることがない景色だが、昨日の夜遅くから雪が降り始めたのをローゼンと話したことを思い出す。
彼曰く何年かに一度、大気中の魔素の現象とフリージアから来る風の影響で雪が降るそうで、そのせいか庭では降り積もった雪にダイブするブルノワと喜びを爆発させている少佐の姿がある。
また少し離れた場所では、除雪をするボガードとシルトが談笑しながらも黙々とその作業を行っている。いつもは軽装な二人だが、さすがにこの日ばかりは寒さに耐えられなかったのか着込んだ姿が珍しい。
皆、元気だな~と思いながら、自室を出てエントランスを経由しダイニングルームへと足を運ぶ。
この日のケイの目的は一つで、ダイニングルームの一角に六畳ほどの畳とこたつが配置されている。これはアダムの借家に置いていた物と同型の物で、この日のために新たに創造したものである。
屋敷の暖房設備に関しては、ケイが一から整備という名の創造魔法を施していることから猛暑でも涼しく、極寒でも暖かく過ごせるようになってはいるが、やはり元日本人としての性なのか、日本の物が恋しくなる時がある。
それがまさにこたつであり、寒い日には欠かせないひとつとされる。
それからケイは、再度ダイニングルームにある窓に目を向け、窓枠に雪が降り積もるところを見て身震いすると、いそいそとこたつに潜り込んだ。
「やっぱ、寒い日にはこたつだよな~」
天板に置かれた一つのカゴにケイの手が伸びる。
カゴの中にはミカンに似た小ぶりのオレンがいくつか入っており、こたつにミカンは定番中の定番アイテムであることから、日本独自の文化を楽しんでいる。
地球にいた頃は、年末になると瑞科家ド定番の年越しそばや餅・おせちを家族で囲んで食べていたことを思い出し、少し懐かしくも悲しくもある。
「あ、そういや~アイツに連絡しねぇと・・・」
ポケットからスマホを取り出し着信をかける。
相手は同じようなきっかけを持つ、元日本人であるガイナールである。
彼はアウラの日を家族と共に過ごしていたのだが、国王という身分であることから翌日の早朝から即仕事というハードワークをこなしている。
日付を跨いだ頃、他の地域に住む元日本人たちとは新年の挨拶を交わしたが、ガイナールだけがタイミングが悪かったのか連絡が取れなかった。
壁を見やると、最近新調したアンティーク時計は午前八時を示している。
新年の挨拶をしたいとガイナールの部下であり元日本人のフォーレに頼んだ時、この時間ぐらいなら取れると言い、彼の方でも電話をすることをガイナールに伝えておくと配慮をしてくれた。
『・・・はい』
早速コールをかけると、3コール目で本人が出た。
声の調子から察するにかなりの激務なのだろう。
前日のフォーレとの会話でも毎年この時期では、一年の全ての書類に目を通し、最終確認をすることで来年の方針が決まるのだから気が抜けないとのこと。
故に三徹四徹は当たり前だが体調は崩すな!という王族の信念に、さすがのケイもブラックにも程があるだろうとツッコミをいれるしかなかった。
「ガイナール、あけおめことよろ!ところで初詣したいんだけど、教会行けばいいのか?二礼二拍一礼って教会で行うってあり?というか、ぶっちゃけ探すの面倒くさいから神社建ててくんねぇ?」
『・・・・・・ケイ、年をまたいでも君は元気だね。とりあえず今言えることは、君の所で神社を建ててはどうかな?』
君なら可能では?というカウンターパンチにぐうの音も出ないケイは、そっか~と何個目かのオレンを剥いて口に入れた。
『というよりも、今なにをしているんだい?』
「なにって、こたつでミカン。正確にはオレンの小ぶりのやつ」
『あぁ、最近ガレット村の果樹園で栽培されている果物だね。数は少ないが甘みがあると聞いたことがある』
今ケイが口にしているオレンは、ガレット村で果樹園を営んでいるドランから貰った物である。
月に何度かブルノワと少佐の散歩をかねて村を訪れることがあり、その際に村の人々からお裾分けで野菜や果物を入手することがある。
そのなかでもドランが手を掛ける果物は誰でも納得をするほどの甘さと上品な味わいで知られており、かなり昔に街のバザーで売り出した際には争奪戦になったほどの人気っぷりに、あの商業ギルドのハワード直々で商品として出さないかとオファーがあったそうだが、本人曰く、かなりの年だし体力的にもと辞退したそうだ。
そういえば、以前ドランにサラ以外の家族のことを聞いたことがある。
二人の年齢を考えると孫が居てもおかしくはないのだが、その時に一瞬顔を歪ませ「会うことの出来ない場所に行ってしまった・・・」と口にする。
ケイはそれ以上深くは聞かなかったのだが、遠くへ行ってしまった他の家族は、幼少の頃からオレンが好きだったと言い、毎年色々な花や果物を育ててはいるがこのオレンだけは変わらず実り続けていると、彼のその表情に悲しげなモノを感じ、なんとも言えなくなってしまった。
それから暫く経ってから、ガイナールとの通話を切った。
想定以上に話し込んでしまったのか、通話を切る直前に遠くでフォーレの急いでいる声が聞こえた。本当に年始から忙しいんだなと、ガイナールの仕事ぶりに頭が下がる。
『パパ~~~』
『バウ!』『ワウ!』『ガウ!』
カタツムリならぬコタツムリを続けていたケイだったが、いつの間にかうたた寝をしてしまったようで、ブルノワの声と少佐の肩を揺さぶる振動で目が覚めた。
「ん~~~どうした~ブルノワ?少佐?」
『パーシアおねえちゃんが“おしる”くれるって!』
おしる?というワードに疑問に思い上体を起こすと、タイミング良くパーシアがトレーを手にこちらに向かってくるところだった。
配膳用の銀色のトレーには、湯気が立った二つの汁椀が乗っている。
そこから甘い匂いを感じたかと思うと、パーシアが畳に膝をつき、天板にその二つを並べるように置いた。
「これ・・・おしるこか?」
「はい。ルフ島が故郷の従業員が実家からクルクを送ってきてくれたそうで、少しばかりですが譲ってくれたんです」
クルクとは日本で言う小豆に近い茶色い豆で、主にルフ島で栽培されている。
すり潰せば薬になり、水に溶かすと糊のような液体へと変化し、乾燥させれば食事後のお口直しの香料になるなど、獣人族界隈では万能と言われている。
しかし残念なことに、クルクを食べる機会のない大陸の人々にはあまり浸透していないようで、パーシアがその従業員から貰った際に別の従業員からクルクの存在を知らなかったらしく、逆にショックを受けたそうだ。
「まさかおしるこが食えるとは思ってなかったぜ。で、この白い丸型は餅か?」
「はい。それも従業員の彼から貰いました」
そういえば同じ元日本人で、ルフ島で暮らすナットから餅の食感に近い穀物をルフ島で栽培していることを聞いたことがある。
そちらはどちらかというと日本でいうお麩に近いのだが、その穀物もあまり需要がないのかルフ島だけで消費されているらしく、後にパーシアもその従業員の彼から聞いた時は、なんと勿体ないとしか思えなかったそうだ。
パーシアが作ったダジュール産のおしるこは、ケイの記憶している味とは少し異なり、甘さが大分控えめに作られている。
もとより似たような食材を使って調理され、パーシア自身もおしるこを見たこともなければ口にしたことがないため完璧にとはいかないが、それでも彼女の力量は凄まじいものだと感心しか出てこない。
口に含んだ時、クルクを使ったおしるこは砂糖を入れてもあの独特の甘さほどにはならないが、とても懐かしくホッとする味がする。
まさか、この世界に来てからおしるこを食べられる日が来るとは想像もしていなかった。気まぐれに使用人達の能力を改善させた結果が返ってくるとは思ってもいなかったのか、ケイはあの懐かしい味を心ゆくまで堪能した。
「う~~~~寒いぜ~~~!」
外からボガード達が戻ってくる足音がした。
足音と同時にエントランスで迎えているであろうローゼンと談笑している声がし、彼らは一直線にダイニングルームへと足音が続いたかと思うと、ほどなくして扉が開く。
「はぁ~~~やっぱ屋敷の中は暖けぇな」
「ボガード、シルトお疲れ!」
『ケイ、これは一体・・・?』
「こたつっていう暖房器具。寒い日には絶対欠かせないヤツ」
驚きのあまり目を見開いているボガードとシルトは、外の作業で寒さのせいもあってか頬や鼻先が赤くなり、その滑稽な表情に笑いを堪えながらもすぐ暖まるから中に入れと手招きをした。
また、暖まっている二人の前にもパーシア特製のおしるこが配膳された。
当然見たこともない食材に再度目を丸くしたものの、目の前に差し出された美味しそうな湯気が二人の食欲を掻き立てたのか、未知なる食材に手を合わせ、同じタイミングでおしるこを啜った。
その感想はというと、ボガードはホットするようにジジ臭く息を吐き、シルトは相当気に入ったのかパーシアにおかわりを要求する。
二人とも口には出さないものの、かなり気に入ったとみるべきだろう。
「あ、そういや他の奴らはどこいったんだ?」
「ルトさんはマーリン様の食事会のため、先ほどギルドのご友人方と出掛けられました。シンシアさん達は、アダムさんとレイブンさんを連れて朝早くに出掛けられています。なんでも“女の戦場”へ向かうとかで・・・」
錬金術ギルドの中心的な立ち位置にいるルトは、ギルドマスターのマーリンに招待され、ついさっき迎えに来た友人達と食事会に出掛けたようで、女性陣三人はアダムとレイブンを連れて何処かに出掛けたらしい。
まぁ女性達の行動は大体想像が付く、要はバーゲンセールのことである。
ダジュールにもそんな催し物があるのかとお思いな方もいるのではないだろうか?
実はケイも最近までは知らなかったのだが、各店舗などで一年で売れ残った品を定価よりも安く売りに出す日が存在していたことをシンシアから聞いたことがある。
その日というのがアウラの日の翌日つまり今日にあたるわけなのだが、行われている場所がアルバラントとダナンの二ヶ所しかなく、しかも扱っているモノの中には売れ残った装飾品類や洋服も含まれており、年に一度の女性の祭として異常な賑わいを見せているとのこと。
そしてこの度、アダムとレイブンは女性陣の荷物持ち兼品物確保要員として狩出されているわけであり、姿を見かけない理由でもある。
「あいつら朝から元気だな。俺だったら目的あっても絶対外出たくないぜ」
「皆さんそろそろ戻って来るころかと思いますので、おせちを用意しますね」
「えっ?おせちあんの!?」
「はい!ケイさん達に食べて貰いたくて準備していたんです!」
パーシアからおしるこのかわりを受け取ったケイは、彼女から更なるサプライズを知ることになる。なにせ、日本文化を異文化先で堪能できるとは想定していなかったからである。
ケイの驚き喜ぶ顔にパーシアが笑みを浮かべ、準備をしますねと立ち上がり、ローゼンも彼女の手伝いをするとその場を立ちあとに続く。
ボガードとシルトは、ブルノワと少佐のためにオレンを剥いてはひな鳥に餌付けする親の様に構い、その光景を目にしたケイは、今年もまたやってきたなと嬉しさ半分期待半分とただ眺め、一層頬を緩ませたのだった。
毎年恒例の特別編になりますがいかがお過ごしでしょうか?
寒い日が続きますが、お身体に気をつけてお過ごしください。
※次回から通常回となります。
2022/1/1 GDKK




