318、獣族の野菜事情
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回も前回の続きからとなります。
「マードゥック、お前どこ行こうとしてんの?」
キョトンとしたケイの表情にハッとしたマードゥックは、ズボンの裾を噛み続けている少佐をなんとか宥め引き離し、作り笑顔を見せ否定した。
「な、なんのことかな?それよりもこの子たちが離してくれなくてねぇ~」
「俺、鑑定持ちだけど調べていい?」
「スミマセン・・・ユルシテクダサイ・・・」
その場限りの誤魔化しは通用しないと観念し、土下座をする獣族の長。
そういえば、ギエルから食について困っているということを思い出す。
マードゥックの意味のある表情と、バメットの口ぶりからそもそも野菜を知らない人魚族に関係があるのではと考える。
「マードゥック・・・あんたもしかして“野菜嫌い”なんだろ?」
ケイに核心を突かれた様子で、その場で正座をするマードゥックの肩が跳ねた。
まぁ誰にでも好き嫌いはあるが、ここまであからさまなのはなかなかお目にかかれない。また、顔を上げたマードゥックの口角が引きつっているところを見るに図星だろうと察する。
「あの・・・これはどういうことでしょう?」
その時、タイミング良くギエルが戻って来た。
自身の長が床に正座をしている姿に戸惑いの表情を浮かべ、ケイから野菜の話をした途端に逃走しようとしていたというと、やっぱりとギエルがため息をつく。
「お恥ずかしい話ですが、マードゥック様は幼少の頃から大の野菜嫌いで肉ばかりを口にするようになりまして、島の住人達から子供がそれを見て野菜を食べなくなってしまったと、相談ばかり受けるようになってしまったのです」
「俺は野菜は食わんぞ!?」
マードゥックから野菜は食べなくても生きていける発言に、困惑しているギエルの顔に青筋が立つ。
その顔はケイ達の前であろうとよほど文句を言いたいのだろう、虎種特有の大きな牙が口から見え隠れしている。大柄の男が牙むき出しで族長をしばき倒す姿を見てみたいが、ブルノワと少佐の教育上よくないと判断しているのだろう。
しかもマードゥックは、人魚族に対して贔屓にしている店の店主や周りの関係者に野菜の存在を知らせないように裏に手を回していたらしい。
恐らくそれは、ギエルと似たような考え方のバメット対策なのだろう。
「ちなみにケイさんは野菜をお召しに?」
「まぁ、俺達は普段から一通り食べているけど、口に入れたくないほど嫌いといったものはないな~」
後々苦労するのは自分だし~と言ったところ、何故かギエルが感動している。
もちろんその中でも苦手なモノはあるが、ブルノワと少佐には食で苦労して欲しくないという気持ちもあり、有能なシェフであるパーシアが居るからこそなんとかやっている。
『ギエル殿、この店には野菜?というものを提供しているのでしょうか?』
「えぇ。今まではマードゥック様が自ら箝口令をしいていたようですが、本来は他の食事と一緒に提供されています」
『ほぉう~その野菜、というものを持ってきてくれないか?』
興味を示したグドラとバメットに目を輝かせたギエルが是非ともと笑顔を向け、対してマードゥックはその様子を終わった・・・とばかりに顔を青くさせている。
その様子を見ていたケイは、そこまで嫌いなのかとなんとも言えない表情を浮かべた。
「こちらが獣族が提供する野菜料理です」
ギエルの配慮により、獣族が食す野菜料が個室に運び込まれた。
配膳された料理を前に対面に座っているマードゥックは死んだような目をし、彼の隣に座るグドラと傍に立つバメットが興味深げに木の皿に盛り付けられた野菜を見つめている。
(なにこれ・・・・・・草じゃん・・・)
当然ケイの前にも配膳されたワケなのだが、提供してくれたことには感謝すれど、どう見ても飼育している動物に提供する生野菜にしか見えない。
『これが獣族の野菜なのか!』
『緑色をしてますね?この細い赤いモノはなんでしょうか?』
「そちらは我が領土で作られています、パプリカになります」
人魚族の二人とギエルの会話を尻目に、ケイの隣に座らせたブルノワと足元の少佐にも少量ながら野菜を提供して貰ったのだが、いつもなら野菜を美味しく頬張るはずが、この時に限っては何故か木製のフォークで突き刺しを繰り返し、少佐も各々匂いを嗅いではしかめっ面をしている。
「ブルノワ、食べ物で遊ばないと約束しただろ?」
『いやっ!』
「作って貰った人に失礼だろ?」
『だったらパパもたべてよ!』
大人顔負けの指摘に一瞬ケイがたじろいだ。
横目でマードゥック達の方を見ると、こちらのやりとりには気づいていない様子で野菜に手を付け、美味い!美味い!と大口でかっ食らうグドラの姿がある。
またブルノワの手元を見るといくつか食べた形跡があり、味が好みでないのか食が進んでいないようにも見える。
しかも未だに自分だけ手を付けていないことを指摘されたケイは、恐らく調理されていないであろう野菜の盛り付けに、渋々ながら手を付けることにした。
(うへ~~~まっず!!!!)
フォークで野菜の一部を突き刺し口に入れたところ、言い表せないほどの苦みが口いっぱいに広がり、それをなんとか水と一緒に胃に流し込む。
例えるなら、道端に咲いているたんぽぽを引きちぎり口の中に入れたぐらい苦い。
それが山盛りとなれば、ブルノワと少佐でなくても食欲が失せる。
「ケイさん、野菜の方はいかがでしょうか?」
「ぶちゃけ、クソ不味い」
ギエルの気遣いに対して、息をするように不味い発言をしたケイにその場の空気が凍り付いたような感覚がした。
ハッと気づき顔を上げると、気まずそうに目線を外すギエルとは対象的にマードゥックからの称賛の眼差しを受け、グドラとバメットに至っては、目を点にさせこちらを見つめている。
「あ・・・わりぃ、いつも食べている野菜と違うからさ。もしかしたら、獣族では美味いモンなんだろ?」
「種族的な価値観・・・ということでしょうか?だとしたら、こちらの不手際が原因になります」
ギエルは何かを考え納得する素振りを見せてから謝罪を口にすると同時に、彼の耳がペタンと犬のように垂れる。
細かな指摘まで気が回らなかったことに反省を示している様子だったが、その隣にいるマードゥックからは、種族的な味覚の違いを盾にするなんて狡いとでもいいたげな表情をケイに向けている。
ケイが盛り付けされている野菜を鑑定したところ、興味深い内容が表示された。
【カクトスのレモン和え】
原材料は、切ったレタスとカクトスに絞ったレモンを和えたもの。
カクトスは大陸でいうところのサボテンにあたる。
なおカクトスはえぐみが強いので、一度ゆでてから味付けをすることを推奨。
この結果にそういうことかと納得し、現段階ではどう見ても野菜を洗って切ったモノを提供していると思われる。
「ギエル、この野菜って茹でたりしないのか?」
「茹でる・・・ですか?我々は代々自然の恵みをそのままに食す方法を推奨としてます、故に特別な調理法をしておりません」
「・・・というか、マードゥックの野菜嫌いは、調理していないからなったんじゃないのか?それと、この野菜はえぐみが強いから子供には向かないぞ?」
えっ?と聞き返すギエルに獣族の調理事情を尋ねたところ、料理の五割がそのままで、焼くと煮るがそれぞれ2.5割とかなり偏り、焼く・煮るの内訳に至っては、ほぼ肉と魚でしか使われていないことに別の意味で唖然とする。
『ケイさん、野菜の食べ方は人族では違うのですか?』
「違う、といえば違うのかな?たしかにモノによっては生で食った方が美味しい場合もある。だけど調理法によっては、野菜と一緒に肉とか炒めたりとか蒸したりしたほうが美味しい場合もあるし、人によっては温めた方がいい場合もある。特にお腹とか弱い奴なら冷たい食べ物はこたえるだろうな」
バメットがなるほどと手を打ち、たしかにとギエルが考え込む。
獣族でも人と同じように個体差があるわけだし、もちろん冷たいモノより温かいものを好む者もいるとは思う。
野菜に関しては、ダジュールでも温野菜というモノもあるぐらいなので、一応火に通すぐらいのことは獣族でもできるだろう。だが料理のレパートリーとなると、あまりよく知らないケイよりも専門的な人物から聞いた方が良いのではないかと思い悩む。
「ですが、野菜を温めるなど・・・」
「あ!でも、モノによっては生で食べると野菜に含まれる毒素のせいで身体を崩したり、腹を下したりすることもあるって聞いたことがある。大人なら多少無理してもいいかもしんねぇけど、子供となるとその毒素のせいで成長が阻害されるかもしれねぇぜ?」
前者は人でいうジャガイモの芽や生のタマネギがそれにあたることを知っての発言で、後者は完全にケイの嘘八百発言なのだが、ギエルにとっては効果抜群だったようで、顔を青くさせショックを受けている様子を見せる。
「ケ、ケイさん!野菜のことを詳しく知っている御仁を紹介してもらうことは可能でしょうか!!」
飛びつくようにケイの両肩にギエルの手がかかる。
頭二~三個飛び抜けているギエルから見下ろされる感覚は、まるで大型犬にのしかかられたように近く、獣族の危機だと言わんばかりに切羽詰まっている彼の様子から、如何に普段から島の人々の事を考えているかが手に取るようにわかる。
「だったら、ウチで働いているシェフなら詳しく知ってんじゃねぇのかな~」
「でしたら!ぜひ!その方をご紹介して頂きたいのです!私の認識違いで獣族が滅ぶなんてことになったら、先祖に顔向けできません!」
そこまで重大か!?と思われるのだが、一度思い込んだらそのことしか頭にないのだろう。ギエルはマードゥックに流暢に食事をしている場合ではないと理不尽な物言いをし、獣族存続に関わるのでマードゥックにも同行するようにと半ば命令口調で自身の長に物言いをする。もちろんそれに関しては、マードゥックもギエルの性格を分かっているのか、諦めたように宥める母親の口ぶりで了承する。
「ケイ、悪いがギエルがこの調子なのでな、野菜についてケイの知り合いであるシェフを紹介してほしい」
『それなら、我々も同席していいか?人魚族は野菜の存在を知らないとはいえ、今後の為に見解を広めておきたい』
マードゥックとグドラ、それぞれから提案をされた。
パーシアには後々説明をしておくとして、それぞれの今後の交流を深めるきっかけとして提供してもいいのかもなとケイは感じたのだった。
野菜を食べたくないマードゥックの意味を十分に理解したケイは、ギエルから野菜に詳しい人物を紹介して欲しいと頼まれます。
それからケイ達はその人物である、屋敷の使用人・パーシアの元へと向かうことにしました。
なお今年の更新は以上となりますが、1/1に年末恒例の特別編の更新を予定してます。
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