307、鬼人族の長として
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
今回は、桜の精の翌日の話となります。
「「タマエ様!ごめんなさい!!」」
一夜明けた翌日の早朝、西の集落にある診療所から子供の懇願する声が辺り一帯に響き渡った。
昨夜の出来事であまりの恐怖に気絶した悪ガキ兄弟は、キキョウの部下にタマエと同じ診療所へと運び込まれた。
しかしケイというこれまた癖の強い大人の画策にハマり、散々ビビらされ気絶させられていたことを知る由もない子供達は、気がついた時には診療所の簡易ベッドで寝かされ、川の字に配置されていたベッドの隣にはタマエの姿があることに気づく。
タマエも同じく意識が戻り、隣に二つのベッドが埋まっていることに気づき、そこには自分に危害を加えた子供たちの姿があることに身構えた。
だが、彼らがタマエに気づき姿を確認するや、ベッドから飛び降りそのまま土下座のような姿勢で謝罪したことに目を丸くする。
この一部始終を見ていた付き添いであるユイナの女中によると、全身桃色の何かが悪いことをした自分たちを連れ去ろうと現れたことに対し、もう悪いことはしないから許して欲しいと何度も頭を下げて謝罪した。どうやら悪ガキ兄弟は、タマエに酷いことをしたから、彼が物の怪の類いを呼んだのだと勘違いしていた。
しかし当の本人は何がなんだか分からないままキョトンとした表情で、なおも謝り続ける兄弟達を呆然と見つめていた。
女中は昨日のうちにキキョウの部下から事の経緯を聞いていたのだが、その際にタマエや悪ガキたちにはケイがした事を知らせないで欲しいと頼まれていた。
子供同士のやりとりに、下手に大人が関与しては拗れるだけだと静観し、できれば勘違いさせたままの方が良いだろうとケイが結論づけたためだ。
そのため子供同士のやりとりを見ていた女中は、これで大人しくなるかはたまた和解するのかと別の意味で心配をすることになる。
「・・・・・・と、まぁ~俺の部下からの報告は以上だ」
キキョウから話を聞いたガイナールは、ある意味でいえば作戦は成功だったと決定づけた。しかし発案者のケイはというと、寝ぼけ眼で出されたお茶を啜り、話半分でユイナから提供された朝食に手をつけている。
朝が弱いことはガイナールも知ってはいたが、まさかここまでとは想定していなかった。その証拠にキキョウの話に対して頷きで相づちし、唸り声のような返事をしたかと思えば、手はしっかりと食事をする動作をしている。
「・・・ケイ、起きているかい?」
「うぅ~~~ん・・・・・・」
もはやYESかNOかも分からない返答にさすがのガイナールも苦笑いを浮かべる。
胸ポケットから金色の懐中時計を取り出し時間を確認すると時刻は七時半。
本人から依頼がなければ昼近くまで寝ていることを聞いていたガイナールは、以前の生活(日本)の時はどうしていたのだろうかと思わず首を捻る。
同じ食卓を囲んでいるアサイ達もケイの珍妙な行動に、つっこんでいいのか分からず黙々と手を動かしている。
「えっと・・・とにかく、昨日はケイさんのおかげでなんとかなったことは間違いありません。本当でしたら協力して頂いた人魚族のお二人にも何かお礼がしたかったのですが・・・」
「たしか彼らは、漁があるからと早くにアーベンに帰ったと言ってたね」
なお今回協力したヴェルティヴェエラとノヴェルヴェディアは、日課であるマカドとの漁があるため、あの後すぐにケイに送られアーベンへと帰っていった。
そのことを戻って来たケイから聞いたアサイは、残念そうな表情を浮かべた。
他種族であろうと協力してくれた者への忠義は尽くす、鬼人族はその部分でもきっちりとしていることから、いずれヴェルティヴェエラとノヴェルヴェディアに再会をした時にきちんと礼をしようと心に留める。
「・・・でも、アサイ兄様。あの噂はどういたしましょう?」
「噂って、なにかあったのかい?」
「あぁー!“桜の精はアサイが召喚した式”だと噂になってたな~」
心配そうな表情でユイナがアサイを見やり、キキョウが噂について口にする。
どうやら一晩の出来事が湾曲した形で島中に広まっているという。
タマエに怪我をさせた悪ガキ兄弟に対し事実を知ったアサイの逆鱗に触れ、式神を呼び出したという話である。
もちろんそんな事実は一切ないのだが、島国となると独特のコミュニティーを形成している部分があり、尚且つ娯楽の少ないことから、時には噂が事実と異なりかなり着色され湾曲された事実が広がることは少なからずある。
本来であればケイの手柄のはずなのに、いつの間にかアサイが考え実行したことになっている状況に、アサイ自身複雑な心境を浮かべたのは言うまでもない。
「・・・ということは、俺の想定通りだったってことだな」
話半分で聞いていたケイが、ふとそんな言葉を口にする。
てっきりまだ寝惚けていると思い、全員がケイの方を向くと自分でお茶を注ぎ優雅に啜っている。その表情は既に起床した人のそれで、アサイはケイになぜこんな話が広がっているのかという戸惑いと、発案者のケイに対して申し訳なさを感じていた。
「ケイさん、想定通り・・・とはどういうことでしょう?」
「少数で国や村なんかを形成しているとこって、団結力や協調性が強いけど噂や話が広がるのは早いことは多々ある。しかも、本当の出来事を何割増しに盛ったり湾曲されるのはなんだかんだでよくあることだ」
「ということは、ケイさんはそこまで見込んで・・・?」
「ま、まぁ~そんなところだ」
先まで見据えての行動にアサイは驚愕していたのだが、ケイ自身ここまで早く湾曲した事実が広まるとは正直想定していなかった。
そういえばいつだか瑞科家の親戚の地元は小さな町で、午前の話がお昼には既に町全体に広まり皆が知っているということがあると聞いたことがある。
地元独自のコミュニティーが形成・共有することがあるとなると、単一民族である鬼人族は典型的な例に当てはまるのではと考え、ケイは今回の事を実行に移したわけだがその結果はお察しの通りである。
「結果がどうであれ、今回のことはケイさんとガイナールさんがなければ解決出来ませんでした。ですが・・・やはり、私には父やお二人のように人を導く力はないのではと痛感しています」
アサイはそこで箸を置き、自分の気持ちを口にした。
キキョウやミナモ、ユイナもその言葉にそんなわけはないと首を振るが、以前から色々と自身で思うところはあったのだろう。
今は亡き両親から受け継いだ長の立場と、必死に皆をまとめようとする責任という間を生きている彼の心情は全て理解することは難しい。だが、ケイやまだ出会って間もないガイナールでさえもアサイは立派に長を務めていると思っている。
確かに他の島民たちを見てみると、彼より大分年齢が上の者が多くいる。
その点について、ガイナールが一つあることを彼に伝えた。
「君は・・・昔の私とそっくりだね」
「えっ?そっくり、とはどういうことでしょう?」
「実は私が今の地位を継いだのは、ほんの五~六年前の事なんだ。私が住んでいる王都・アルバラントはかなり治安が悪かった。恥ずかしい話、当時の国王は私の父がまとめていたんだが、汚職や賄賂・違法賭博が平然と行われ、犯罪も今よりもかなり多かったよ」
ガイナールも国を治める国王として今の地位を継いだのは、実はそんなに長くはない。彼自身色々な苦労があったのだろう、しかも父親は犯罪等を見て見ぬ振りをする悪役寄りの人物だったことが語られる。
ケイは国王がガイナールに変わってからのことしか知らないため、それ以前の出来事はわからないが、横目で彼の表情を窺うと今までの苦労を思い出していたのだろう。口では当時の出来事を語ってはいるが、目線は何処か遠くを見ている気がした。
「当時の私も国王として皆をまとめなければと思っていたんだ。だけど、妻や息子、慕ってくれる部下やたくさんの国民が居てこそ国は成り立っていると感じることができた。だからこそ君、いや君達には他の大人を頼っていくべきだと思うんだ」
ガイナールが一点上げるとしたら、国で言う重鎮が必要なのではと助言をする。
確かに元々はサザンカがその役割を担っていたわけだが、例の件から処罰を受けたため、現在ではその役割を担う人物が不在という状況だった。
アサイからは、タマエの母でありながら長の補佐を務めていた聡明な人だったと話していたことから、何かあった時の相談役が居ればアサイの負担が和らぐだろうと考える。
今思うと、アサイ達の周りに居る部下は彼と同年代の若者ばかりに気づく。
話を聞くと、その部下でも最年長が人の歳に換算すると三十代半ばと思っていた以上に若い。もちろん集落を見渡すとそれ以上の年代もいるのだが、鬼人族ではある一定以上の年代になると、職人を志す者が多くなることから長の部下から自衛ができる職人として転職するという流れが一般的だと言われている。
要は徴兵制度に近いものを感じるが、アサイ曰く強制は全くなく、いつの間にか鬼人族の歴史の一部になっていたとのこと。
「それなら、私か君達の相談役を推薦してもいいだろうか?」
「ガイナール殿が・・・ですか?ですが、自身の国のこともありましょう?」
「曲がりなりにも君よりも経験は少しはあるつもりだ。それに私の国では国の情勢や運営を専門とする者も多い。もし、君さえよければ私は君達の助けになりたい。過去に国のことで思い悩んだ私がそうだったように・・・ね」
ガイナールの言葉にアサイは躊躇する様子を見せた。
今まで長として長兄として桜紅蘭をまとめようと必死だったことは、誰の目からも理解ができる。
特に両親が他界し長争いをしていたこともあってか、何でも自分で解決しないといけないという気持ちになっていたのか、相談できる人物がいなかったことも彼の気持ちに拍車をかけていたのだろう。
「アサイ、ガイナールさんの言う通りだ。俺は力はあるがお前みたいに頭は良くねぇ。それにミナモやユイナも部下達より若いし、お前が島をまとめなきゃと気張ってることは誰が見てもわかるさ。だからこそ・・・そろそろ打ち明けてもいいんじゃねぇのか?」
「そうですよ!確かにアサイ兄さんは何でもできますし、皆兄さんを頼りにしています!だけど・・・それが少し寂しいです」
「私はキキョウ兄様の力強さやミナモ兄様の常に周りに気を配る能力はないかもしれません。ですが、兄妹である以上!私も兄様たちの力になりたいんです!」
他の兄妹が口々にアサイに自身の意見を述べる。
本人が知らない間に周りに影響を与えていたように、適材適所はあれど何も出来ていないことはない。各々で色々な思いを秘めていたことにもケイやガイナールが来なければ知る由もなかっただろう。
「ガイナール殿、未熟な自分・・・どうぞご教授願いたい!」
「そんなにかしこまらなくていいよ・・・こちらこそ色々と学ばせてもらうね」
姿勢を正し、ガイナールと向き合ったアサイは相手に経緯を持って深々とお辞儀をした。律儀なアサイの姿勢にガイナールは笑みを浮かべて同じように一礼をした。普通なら国王が礼をすること自体あまりないのだが、やはり和というものが通じているのだろう。
話が一段落するとガイナールがケイの方を向き、アレを貰えないかと頂戴攻撃を受ける。そう言って来るであろうと予測し予め創造したケイは、鞄の中からアレをガイナールに手渡す。
「ガイナール殿?これは?」
「これは“スマホ”と言って、遠くに居る人と会話ができるマジックアイテムみたいなものだよ。使い方はね・・・」
オーバーテクノロジーであるスマホを渡すのは文化的にどうなのかという疑問があると思うが、既にアダムとその幼なじみであるリーンに渡していることから今更感がある。
一応スマホ本来の機能を使えるようにしたが、まずは電話のやりとりだねとガイナールが笑みを浮かべ、スマホを手に試行錯誤をしているアサイの姿が微笑ましい。
また今回の一件は、ガイナールにとってもアサイ達にとっても貴重な出会いだったことには間違いはなかった。
ケイは、終わりよければ全てよしと勝手に結論づけた。
「ガイナール様~~~?今までどちらにお出かけになられていたのですか?」
「ほんま!人にぎょうさん仕事押しつけてからにどっか行きよって、いつまでほっつき歩いとんねん!」
昼過ぎにアサイ達と別れ桜紅蘭からゲートをくぐって屋敷に戻ると、エントランスで浅草の仁王像のごとくウォーレンとフォーレが腕を組んで待っていた。
笑みを浮かべてガイナールを出迎えるウォーレンに、その隣にいるフォーレにいたってはかなり代理の仕事が立て込んでいたのか、青筋を立て方言丸出しで巻くし立てている。
「あ、いや~人助けをしていたんだ~」
「人助け、ですか?」
「ほぉ~~~」
焦りのためか弁明するガイナールとは正反対に、笑みを絶やさず片眉だけを上げて言葉を繰り返すウォーレンと冷めた目を細めて話を聞くフォーレの姿が、まさに修羅場に発展している状況を作り出している。
「人助けゆうなら、こっちも助けてほしいねんけど~?」
「私たちも随分困っているんですよね?お願い、できますか?」
二人の形相に近くに居たケイがゆっくりと後ずさる。
まぁ一国の主が一日以上不在となると、そうなるよなと顔を引きつらせる。
ガイナールはこちらを振り返り助けを乞う目をしていたが、笑みを浮かべたウォーレンから「お返し頂いてもよろしいですか?」と抑揚のない言葉で聞かれ、思わず首を縦に振った。
両脇を抱えられたガイナールの気持ちとしては(薄情者!)という言葉が出ていることだろう。
屋敷の扉を開け帰っていく三人と入れ違いにアダムが戻って来たのだが、その妙な様子に首を傾げ、エントランスにいるケイに気づきどうしたのかと聞かれ、異世界の修羅場を見たとしか言えず、今までの経緯を知らないアダムは尚のこと首を傾げたのであった。
アサイの姿を見てガイナールは以前の自分を思い出し、鬼人族の若き長の助けとなりたいと自身の経験を生かし、相談役として彼らと交流を結ぶことになりました。
一期一会という言葉は大事だなと思ったケイなのであった。
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