293、気配
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、移動するケイとシンシアが辿り着いた先のお話です。
黒腫の巣窟と化した中央地区の地下で移動を続けていたケイとシンシアは、黒腫の根本に触れたような感覚に陥り、幾分憂鬱な気分を抱えていた。
アダムには《こっちは大丈夫だ》という旨を送ったのだが、正直のところ状況的にみれば敵陣真っ只中とかなりマズい。
しかも、先ほどまで乗っていた魔道列車からは途中駅のホームすら見当たらず、一瞬だけ分岐器と東部地区へ向かう線路が見えていたが、そちらもマップを確認すると途中で道が途切れているという袋小路状態であることが判明する。
ケイはまるで何かに誘われている気分を感じたが、隣を歩くシンシアにこれ以上余計な恐怖を与えない方がいいのではと思い口には出さなかった。
「ねぇ?アダム達は地上は黒腫が海のようになっているって言ってたけど、なんで地下は影響がないのかしら?」
「ん~~~はっきりとは言えねぇけど、もしかしたら中央地区にアレグロの本体があることに関係しているかもしれねぇな。アレグロは元々魔力が多く、もしかしたら他のアスル・カディーム人とは異なった体質だった可能性がある。五大御子神の中で一番魔力が多く魔力や魔術に精通し、かつ使いこなしていたとなると、当然そういった分野にも力を入れていたかもしれない。そうなると、実はアスル・カディーム人自体が魔法を得意とする種族だった、と考えることができる」
「アレグロの本体、って・・・それにアスル・カディーム人に魔術系統の記録なんてなかったわよ?」
「何千年も前の記録なんて今となったらほとんど残ってないのが普通だな。その代わりに『魔機学』をジャヴォールに伝えたという事を考えれば、魔法諸々は元々使えたが、あえて“使わなかったか使うことが難しい”が事実だろうな」
そうケイが口にしたが、シンシアは意味あいが掴めず首を傾げる。
本音を言うと“使うことが難しい”が意味合いとして違いのだが、その本質などの諸々の原因はメルディーナ本人であると考えられる。
最初にケイが対面したメルディーナは、はっきり女神の見習いとして相応しくない印象があった。
それはケイを含めた元・日本人達の不理解な死から、メルディーナが独断で地球で死亡した人達を故意にダジュールの人間へと転生させたという事実である。
世界の管理者の補佐としても活躍をしているなら、故意に歴史をひん曲げる、あるいは故意に誰かを貶めるとする行為は御法度であることは理解しているはずなのだが、あの態度を見るに元々責任感というものはあまりないのだろう。
そのことをふまえてケイは、実は彼女が生み出したアスル・カディーム人について元々魔力の多い可能性があることを考えた。
その最たる例がアレグロである。
以前、彼女に魔力を増強させるエンチャントを施した薬をあげたことがある。
その時は、アレグロの魔力が四桁と高くなったことに対して“魔力量が増えたな”としか思わなかったが、冷静に考えると通常四桁の魔力量というのは王族専属の魔術師より高いということを思い出す。
これは大陸の上位数%のエリートよりもさらに上位にあたり、アスル・カディーム人自体、またはその一部が元々の魔力量の多く、魔法ではなく魔機学で文明が発展されたとなると、メルディーナは最初の段階で彼らに対しての魔力関係の調整をミス等があったため、実際にアスル・カディーム人は魔法を上手く使うことが難しかったと考えられる。
と、これはあくまでもケイの推測だが、メルディーナのあの態度と言動から見るとその線は無きにしも非ずということなのだろう。
魔道列車の衝突地点から更に進行方向にケイ達が進むと、ある地点に大穴が空いており、地下鉄の外装から石レンガ調の造りへと変わっていることに気づいた。
辺りをランタンで照らすと、地下鉄の外装から穴が何処かの地下に直結しているようで、明かりを左側に向けると、鉄の枠組みの形跡が残った小部屋らしきものが一直線上に続いて見える。中を覗くと土砂や海水の影響でヘドロのようなものが溜まっているが、これ以上の情報収集は出来そうにない。
「ねぇ、これって牢屋じゃない?」
「らしいな。同じようなものが奥へ続いているから、たぶん犯罪者収容スペースかなにかだろう。アルバ、現在地を教えてくれ」
【ここはシャーハーン王が拠点としていた王宮跡地となります】
アルバによると現在地は中央地区・中心部に位置する王宮跡地であり、ケイ達はその地下の犯罪者収容所に居ることがわかった。
左側に見えている小部屋は全て牢屋で、最大約500名を収容できると言われているようだが、当時の人口数を考えると些か不足している気もする。
そのあたりをアルバに尋ねたところ、当時は医療方面に力を入れていた関係で犯罪者は臨床試験の被験者としてあてがわれていたそうだ。
ここだけの話、その臨床試験で何人もの犯罪者が亡くなったらしいが、未来の希望のために致し方ないという考えが医療研究者の中では暗黙の了解になりつつあったという残酷な状況が垣間見られる。
まぁ、何かを得るために何かを犠牲にするという話もなくはないので、これ以上話を広げる意味もないだろう。
左側の牢屋跡が続く道なりをさらに奥へと進んでいくと、突き当たりを右に曲がる寸前でケイが何かの気配に立ち止まった。
「ケイ?どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない・・・」
隣に居るシンシアと少佐がこちらの様子に気づき振り向くと、ケイは気のせいだと首を振り返したものの、先ほどからこちらを見つめる妙な視線が突き刺さっている感じが拭えない。
しかしアンデット系の魔物やその類いの話が苦手なシンシアは、聞いただけでもパニックを起こすことがあるため、ランタンの明かりのみの現状に不安を隠せない様子がこちらからもヒシヒシと伝わってくる。
そのことから、あまり刺激をしたくないと感じたケイは、いまだ疑問を浮かべたままのシンシアと少佐に適当に理由をつけて何でもないと首を振って先を急がせる。
曲がった先にも同じような通路が続き、再度右折してすぐに重厚な扉が見えた。
どこかに出るのか不明なため、一旦ケイがマップとサーチで確かめてから扉を開けると王宮の倉庫のような場所へと辿り着く。
こちらも見事に荒れ果てているため原型を留めていないが、10m先に脆い部分が色濃い石階段があり、階段の上を見上げると真っ暗な空間が続き思わず身震いを起こしかける。
「ねぇ、本当にこの上に行くの?」
「しょうがねぇだろ?今更戻っても意味がねぇし、立ち往生しているわけには行かねぇだろ?」
それはそうだけど、と尻込みをしているシンシアが嫌そうな顔をこちらに向ける。
ケイも先ほどから感じている嫌な気配が相まって、同じように嫌な感情を浮かべていたが、ふとシンシアの方を見ると、彼女はなぜか右側の壁が気になっているようで、しきりに壁の方に目線を向けている。
「シンシア?なにかあるのか?」
「えっ?特にこれというのはないけど・・・さっきから見えている壁が気になるの」
ケイがシンシアが見ている方向に目を向けると、ランタンの明かりでも分かりづらいが薄汚れた壁が全面に広がっている。
年数が経っているため、石レンガ調の壁全面に中にびっしりと黒い苔のような物が広がっており、ケイは海に浸かっていた影響なのかと考えたが、目を凝らし近づいて見てみると一瞬だけ光を嫌がっているのかランタンの火に反応している様子があった。
「おい!誰か居るのか!?」
ケイがそれに触れようとした瞬間、背後で何かが通り過ぎる気配を感じ、声を上げて振り返った。
背後には先ほど通ってきた扉しか見えなかったのだが、明らかにこちらを見つめる何者かの気配を感じていることから気のせいではないと確信する。
「・・・シンシア、とりあえず上に行くぞ」
「えっ?どういう・・・ち、ちょっと待って!?」
ケイが一瞬だけ右側の壁に目線を向け、何かを理解したのかショーンにランタンを持たせて右腕で抱き上げると、左手でシンシアの右手を掴んで急いで階段を駆け上がる。
シンシアと少佐はなんのことか分からない様子でケイに続き足を進めたが、黙ったままの表情から何かを察し、ただただついていくことしか出来なかった。
ケイ達が王宮の地下から地上へ上がろうとしていた頃、丘の上で立ち往生しているアダム達はどうやってケイ達と合流するべきかと考えあぐねいていた。
「で、ケイはなんて?」
「こっちは大丈夫だから心配するな、だとよ」
レイブンの問いにアダムが反応し、思わずため息をつくと同時にケイの内容に嘘だなと考え取る。
今までケイから幾度となく無茶振りなどされてきたが、今回はシンシアと少佐が一緒なので無茶ができないのではと感じていた。
もちろんケイがクレイジー過ぎるという点で心配しないわけではないが、アダムは自分なりに、長年の経験と一緒に行動する時の細かな仕草や癖からケイの人なりと行動を把握していた。となると、ケイ達のために自分たちが出来ることとは?と考えた時、アダムはある賭けに出ることにした。
「アダム、まさかとは思うけど・・・」
「レイブン、悪いが俺はこのままあの塔まで向かう」
その言葉にイシュメルとシルトが驚きの表情へと変わり、レイブンとタレナはアダムの表情を読んだのか言うと思ったというような表情でこのまま行こうとそれに同意する。
『ちょっと待ってくれ!この状況でどうやって・・・』
「ストーンヘッジは夜間や暗いところ以外の活動はできないはずだ。日中の活動に支障があるのだとしたら、日没までにケイ達に合流して中央地区から離れるしかない」
アダムは以前ダインにてストーンヘッジと遭遇したことを思い出した。
ストーンヘッジの行動に対して、もしかしたらヤツらは日中の活動が制限されているのではと考える。
事実、眼下に広がっている黒腫の集合体は太陽の光を受けて火山が冷え固まったような外見へと変化しているのだが、これが仮に一過性だとしてもこれに賭けるしかないと腹を括ったアダムは、イシュメルの制止を振り切り、丘の上から黒腫が固まっている地点へと先を急ぐことにした。
レイブンとタレナも同じような思いだったのかアダムの後を追い、シルトは呆然とするイシュメルにすまないと一礼をすると急いで三人の後を追った。
ただ、イシュメルだけは四人の行動と現状に理解できていないのか、呆然とその様子を見つめることしかできなかった。
辿り着いた王宮の地下でケイは何かの気配を感じ、シンシアと少佐を連れてこの場所を離れようとします。同じ頃アダムはストーンヘッジと黒腫の集合体の関連性を考え、大胆な行動に出ます。
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