290、中央地区へ
みなさんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、地下の移動施設で列車らしきものを見つけたケイ達と、地上から合流するために移動を行うアダム達の回です。
地下の移動施設で列車らしき造形物を発見したケイとシンシアは、ほぼ無傷である残りの二両の列車に目線を向けた。
列車は現代の先頭車両の新幹線を彷彿とさせる外観をしているが、蒸気機関車特有の車輪に煙突やピストン、蒸気溜などが見てとれる。
ここには一昔前の日本技術が使用されているようだが、地下に蒸気機関車の性能を組み込んだ列車があることに驚く。
蒸気機関車はいくつか種類があるのだが、ここに残っている列車は外観から推測するに、石炭などを燃料として高温の燃焼ガスを発生させ、燃料ガスの持つ熱エネルギーを利用して水を沸騰させる一般的な蒸気機関車に近いものだろう。
しかし場所が地下にあることから、石炭を燃やし燃料とする類いのものを利用するのは些か疑問が残る。
事実蒸気機関車に乗った経験のある人ならおわかりだろうが、トンネルなどの密閉された空間を通るときは、燃えた影響で煙突から煙がわき上がり、進行方向とは逆に煙が吹くことから、その影響で窓の外が見えなくなることがある。
もし、そんな状況で窓などを開けた日には全身ススだらけ、などということがケイが生まれるずっと前にあったそうで、祖父から当時の列車事情を聞いた時の事を思い出す。
「この列車は蒸気機関車か?」
「蒸気機関車って?」
「ザックリ説明すると、俺の国では石炭を燃料として燃やしてその熱で出た水蒸気を使って動かす乗り物のことだ。まぁアグナダム帝国では地下にあるから、環境的に何かを燃やしてという構造にはなってないだろうな」
【補足をしますと、こちらは“魔道列車”と呼ばれる車両になります。魔素を吸収し、列車の中に組み込まれた魔石が燃料として転換されて作動しています】
アルバの説明によると、魔道列車は当時のアグナダム帝国で一般的に普及されている列車のひとつと言われている。
列車の上部に煙突らしき部分があるが、そこから大気中の魔素を吸収し動力として転換され、車体全体に循環された後に再び魔素として転換させ蒸気溜らしき箇所から排出するという構造になっている。
仕組みでいうならば、電気の魔素版のような構造になっていたのだろう。
ちなみにそれより以前は、海水に含まれている魔素を利用した蒸気型が採用されたこともあったが、地下という密閉された空間では、水蒸気の影響で壁や地面にカビが生えたりしたことから、わずか数年でその役割を終えたという経緯がある。
1500年前の文化でも、多少なりに技術が進んでいたということなのだろう。
二人が線路側の先頭車両に回り込むと、運転室とおぼしき部分を見つける。
本来窓ガラスがはめられていた部分は、今はその役目を果たすことなく枠組みだけが残り、そこから中を覗くと長年海水に浸かっていた影響からか生臭さを通り越して悪臭が漂う。
座席のシート部分は見事にカビが構築され、座席の前にある運転部分はスイッチやハンドルの類いのようなものはなく、ただ半円形状の透明な物体が薄汚れた状態で残っている。
「アルバ、この運転席はやっぱり魔力で動かしてるのか?」
【魔道列車は初動は人の魔力を流すことで運行することができます。その理由としましては、列車単体では魔素を吸収し燃料として転換するための初動動作が備わっていないことが上げられます】
「魔素を燃料として転換することはできても、そのきっかけとなる行動ができないってこと?これだけ技術が高ければできそうな気はするけど?」
「時代が追いついていなかっただけだと思う。この時代でもカラクリや機械が意思を持ち、人と生命と共存する生活が実は試験的だった。アルバのような人工知能やアフトクラトリア人が造られていたことを考えれば、もしもアグナダム帝国が今も続いていたのなら、無機質が意思を持ち、互いに共存する未来もあったのかもしれないな」
ケイのその言葉に、シンシアがなんとも言えない表情を浮かべる。
まぁ、技術により発展した大陸がイレギュラーな展開により歴史が終わった事を考えれば無理もない。
二人が運転室の入り口に回り込むと、扉はなく人一人分のスペースしかない運転席が見えた。
窓から覗いた時にもやたら狭いなという印象を持ったが、実際に近づいて見ると思っていた以上にスペースがない。
椅子は回転式で入り口で座ってそのまま回転し前を向く設計になっており、椅子の幅を考慮しても運転室の幅が1m、奥行きが2m弱と言ってはなんだが、トイレの個室感が拭えない。
たまに見かける某老舗デパートの内開きの個室トイレの狭さよりはましだが、それを差し引いてもよくこれを我慢できたなとしか思えない。
「アルバ、この辺りの線路状況とこの列車を動かすことができるか?」
【北部地区の線路状況は損傷率60~70%程度。急な速度に耐えられるような強度は既にありませんが、徐行運転であれば可能になります。それから列車自体に損傷がみられないため運行となれば可能ですが、なにぶん衛生的に難があるためあまりおすすめはしません】
「ということは、きれいにすれば動かすことができるってことだな!【エンチャント・修繕】」
損傷の少ない車両全体にエンチャントを施すと、淡く輝き瞬時に見るに堪えない外観から多少綺麗になった状態へと変化する。
清潔とまではいかないが汚い状態は誰だって嫌だと思うのは正常な反応で、特に酷い部分だった座席は汚物の様なきつい臭いがさっぱりなくなっている。先ほどからその臭いでグロッキーになっていた少佐は、今にも吐くんじゃないかとヒヤヒヤしたものの、ケイのおかげで幾分調子が戻って来たようだ。
列車が綺麗になっても、長年の状況の臭みは地上に出ない限りついて回る。
ケイが椅子に座りくるりと前を向き運転部分に目を向けると、半円形状の操作盤と綺麗にする前には見えなかったいくつかのボタンのようなものがある。
シンシアから動かすというなら操縦はできるのかと尋ねられたが、そもそも幼少の頃に電車の博物館で疑似体験で運転をして以来で勝手が全く分からない。
アルバからは、もし列車を動かすのなら運行状況のアシストをするので手を半球体部分にかざし、ケイの魔力を流せば良いとアドバイスを貰う。
「四の五の言っても仕方ねぇから、とりあえずやってみるか!」
「大丈夫なの?」
「駄目だったら歩いて中央地区へ向かうしかねぇな~」
正直1500年前の技術を自分が動かすなんて考えていなかったケイは、まるでプレゼントを貰う子供の様な表情で半円形をした操作盤に手をかざした。
ただ先ほどにも述べたように、時間が経ちすぎている関係で一見正常に見える魔道列車も綺麗にしただけで、操縦できるかどうかは未知の領域である。
ケイの手の平から魔力の感覚らしきにじみ出るような温かさを感じる。
人によっては魔力の放出時にチリチリとした感覚や静電気のような一瞬だけ衝撃を感じるパターンもあるようで、それは個々に持っている魔力の質が関係しているとかいないとか。
半円形状の基盤に温かさが流れている感覚が暫く続くと、一瞬列車全体が大きく揺れ、室内にポッと明かりが灯る。
アルバから魔道列車が正常に作動したことを告げられ、着席している座席の下に車のエンジンがかかるような低い振動が続き、突然の状況にシンシアは片手で少佐を抱き締め、もう片方の手で掴まれる箇所に手を伸ばす。
「ねぇ・・・本当に大丈夫、なのよね?」
「さぁ~?ただ普通に動いたから大丈夫じゃねぇの?」
この場に及んでケイの適当さがまた出ていると言わんばかりのシンシアの表情とは裏腹に、無事だった二両の列車はゆっくりと進行方向へと動き出す。
「ところでアルバ、この列車って速度を調整する部分はどこにあるんだ?」
列車が動き出してから30秒ほど経った頃にあることにケイが気づく。
どの乗り物にも共通するのだが、速度を調整するスイッチやレバーの類いが一切見当たらないのだ。ちなみにさきほどから見えているいくつかのスイッチを押してみたところ、手元を照らす照明だったり汽笛を鳴らすためのスイッチ・スピーカーらしき場所にもスイッチがあったが通信用のだったりと、今現在必要なスイッチではない。
【初動動作に必要な魔力を流した量だけそれに比例して速度が上がり、徐々に速さが安定する仕組みになっているため、ブレーキの類いはありません】
その言葉にケイとシンシアは「はぁ!?」と声を上げ驚愕する。
要はアクセルを踏んだ時だけ進むAT車のようなことだろう。だとしてもブレーキは必要なはずなのだが、いかんせんこの魔道列車にそのような機能がない。
聞けば、ケイのように魔力の質や量がある人がいない事から全力で注いでもあまりスピードが出ないようだ。
「ケ、ケイ!?ちょっとまずいわよ!!?」
「シンシア!と、とりあえずしっかり掴まれ!」
初動でケイが注いだ魔力が多かったせいか魔道列車は徐々に速度を上げ始め、二人と少佐が恐怖を抱き始める。
アルバにそういうことは先に言えよ!と注意したが、体験の記録がないのか【善処します】と会社員のような言葉が返ってくる。
もはやスピード狂と化した魔道列車は、アルバのアシストにより浮上させた中央地区へと向かうしかなかったのである。
「やっぱり無理か」
時を遡ることケイとシンシアが列車を見つけた頃、アダムが持っているスマホにケイからのメッセージが届いた。
内容は、地下の移動施設に向かったが地上に出る道が全て塞がれているため、中央地区を浮上させるからそちらで落ち合おうというものだった。
ただアルバの証言から中央地区は黒腫の巣窟になっているようで、地上が無理なら魔道船に引き返せという追加のメッセージも添えられている。
アダム達が住宅地南部にある地下の移動施設に着いた時には、その入り口が崩壊していたことからもしかしたらという疑念が湧き起こったが、ケイの連絡により現実となり今後どうするべきかと思案する。
「アダム、ケイは何か言ってたかい?」
「地下の移動施設から上に上がる道が北部地区にはないから、アルバに頼んで中央地区を浮上させて、それから地上に向かうって連絡があった」
『ケイさん達は中央地区へ向かわれたということですか?』
「はい。地下に比較的状態の残っていた魔道列車があって、それで中央地区へ向かうとありました」
アダムの返答にイシュメルから、ケイ達が北部地区の駅にある列車から乗ったとしたら、終着駅の王宮近郊の駅に止まることになるだろうと語られる。
ただ黒腫の影響でその駅がどうなっているのかすら想像できないことから、地上組であるアダム達は、そのまま中央地区へと向かい様子を見てから今後の行動を考えようと話をまとめたのであった。
北部地区で合流することができなかったケイ達とアダム達は、それぞれ移動と同時にアルバから中央地区の浮上がなされ、そこで合流することにしました。
果たして、ケイ達が向かう先には何があるのでしょう?
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