277、青年船員が視たモノ
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、とある青年船員の話です。
「つ、疲れたぁ・・・というか、もう夜じゃない!?」
「結構掛かったな~」
深夜までに及んだ収容作業が完了し甲板に腰を下ろしたケイ達は、満天の星空を見上げると思わずため息を洩らした。
さすがに245人となると、いくら船員達やヒガンテ軍団の手助けがあってもなかなかの労力である。ましてや見たこともない物ばかりの中での作業に、ダットを含めた船員達の順応性には頭が下がる。
未だかつて船内で右往左往することなどあっただろうかという程の慌ただしさだったが、一段落付いたところでダットから船員に作業の終了と持ち場および解散が告げられる。
船員達はその場から立ち上がり、船室へ向かう者や見張りなどの持ち場に戻る者など各々行動を起こす。特に見張り役の船員たちは、これから明け方まで行うようでほぼ徹夜での業務となる。ただ年齢的に若いが故に多少無理が利くからといったとことなのだろう。
「ケイさん!ダットさん!」
各自戻って行く船員達と入れ違いになるように、ルシオがケイ達の元に来た。
その後ろにはリアーナやピエタ・シブレが続き、何事かと驚き戸惑いの表情を見せている。彼らは最近になって体調が戻ってきたようで、バギラ監修の元、日中は会議室でアルバが復元したデータの解析及び補助作業などを行っている。
そのなかでも特にピエタはアルバの機能の修正・構築なども同時進行で行い、ケイ達と魔道船との連携についてもデータ上で細かくチェック・修正にも力を入れている。ブルノワと少佐に対しては、単に触りたいからという理由で目を向けているようだが、ファーストコンタクトがアレでは当分は無理だろう。
「他の船員から北部地区の人々を保護したと聞きました」
「250弱しか居なかったから北部地区の人間の一部だろうな。あ、それとコレを見つけたんだけど、知り合いの物だったりするか?」
ケイがポケットから白骨化した遺体から外したネームタグを取り出し、ルシオの手に置くと、それの意味することを理解したのか、三人はハッとした後でなんとも言えない寂しそうな表情を見せる。
「これは・・・!?じゃあ、彼は・・・」
「残念ながらこの持ち主は白骨化で見つかったよ・・・やっぱり知り合いか?」
「北部地区のメインシステムを管理しているサイウォンの物です。なぜ彼が・・・」
アダムから伝えられた事実がよほどショックたったのか、ルシオが体勢を崩すと近くに居たシブレが慰めるように彼の肩を支えた。
状況から見てサイウォンは、生き残ったアスル・カディーム人たちをコールドスリープさせるために最後まで残ったのでは伝えると、リアーナが「あのお人好しが・・・」とぽつりと呟く。
さらにサイウォンの白骨遺体は、あのままにするのは忍びないと持参した白い布を上から掛け、夜が明けたらメインシステムで見つけた二体の遺体と共に火葬して海洋散骨することにした。
地球では散骨するにも手続きや費用が掛かるが、ダジュールでは山岳地帯の農村やアーベンなどの港街ではよく見かける葬式の一環だという。
また散骨された燃骨の粉末は、海にある魔素と溶け合いながら消失することから、マライダなどでは自然に還り輪廻転生されるという逸話もある。
その辺りは、地球の一部の地域と同じ考えなのだなとケイは妙に納得をした。
一夜明けた魔道船では、いつもの様に船員達の日常が広がっていた。
檣楼で見張りをしていた船員達の元に、イベールとレマルク兄弟にもう一人の船員が甲板から上がってきた。
「皆さん、おはようございます!今から交代します!」
レマルクの元気で通る声に、うつらうつらとしていた見張りの船員達がハッとした様子で目を開き、さも寝てないぞという表情で取り繕うとした。
しかし先に見張りをしていた三人は、昨夜の収容作業のあとで夜通し見張りをしていたようで、その内の一人がレマルクの声に驚き、立ち上がる際に手すりに頭をぶつけ悶絶するという可哀想な状況になっている。
「先輩、大丈夫ですか?」
「だ・・・大、丈夫・・・・・・」
手すりに直撃した後頭部を両手で押さえ、心配の声をかけるイベールになんとか返した船員は、逆に目が覚めたのかその部分を摩り立ち上がった。
「そういえば先輩達は、昨夜の作業からずっと見張りをしてましたよね?」
「わりぃ~だいぶ眠くてな~。イベール達は甲板作業だったよな?」
「はい。船内の受け入れ体勢の方に回ってましたから力仕事の方はそれほどなかったです」
イベールがもう一人の船員と会話をし、その隣で眠さに負けそうになっている三人目の船員をなんとか叩き起こしながら甲板へ下りるようにと気に掛ける。
「もぉ~眠いからって落ちないでくださいよぉ?」
「わかってるってぇ~~~」
見張りを終えた三人を見送ったイベール達は、今度は昼過ぎまで海上の見張りにつく予定だっただが、レマルクが同行していたもう一人の船員の様子を気に掛ける。
「ベト、大丈夫か?」
「えっ?あ、うん。大丈夫だよ」
もう一人の船員である赤毛の青年・ベトは、心配そうにしているイベールの言葉に問題はないと返した。
イベールは弟のレマルクとは対照的に口数こそ少ないが、他の船員より周りの状況に敏感で、最近では時折心ここにあらずのベトの様子が気になってはいた。
いつも気丈に振る舞うベトに周りは気づいていない様子だったが、イベールはもしかすると彼の持つスキルが影響して体調を崩しているのではと心配し、一緒の作業の時にはその行動を注視していた。
一方でイベールが心配している事を知らないベトは、アグナダム帝国に入ってからどうも調子が悪いことは薄々気づいていた。
しかし彼の仕事は檣楼での見張りおよび高所での作業が中心のため、皆には迷惑はかけられないと隠していた。
また檣楼での見張りは基本持ち回りになっているが、その中でもベトは自身の持つスキルが魔道船を安全に航海する為に重要なことを理解しており、ダットも彼の持つスキルを頼っていたこともあったことから、その頻度が他の船員より多いことが挙げられる。
今日もいつも通りに海上に目を向けると、東から昇る朝日が海面に白く反射し、海と空の青のコントラストが見つめるベトの目に映る。
目を細めたベトの視界の先には、地平線の遥か向こうまで見えるほど鮮明に映り、ぐるりと一周見渡しては船のすぐ傍にある大橋の支柱跡に目を移す。
そこでふっとため息を漏らし、今日は大丈夫だと言い聞かせてから再度東側に目を向けると、急に海と空が自分に迫ってくる感覚がする。
同時に迫ってくる光景に、いつもなら目を瞑ってしまうが今日はそんな恐怖的な感覚はなく、ハッと気づくと海の底から果てしなく遠くに続く光の道のようなものが見えた。
それから自分の身体が船に引き戻されるような感覚がしたかと思うと、次の瞬間には檣楼の上に立っていた。
(またか・・・)とベトは落ち着かせるように目頭を押さえ、次に目を開いた時には急な倦怠感を覚え、自身の身体がグラリと傾き手すりに手を伸ばす。
焦りと冷静さの間で手すりに左手を着こうとしたが力が入らず、まるですり抜けるように身体が宙に浮かんだ。
自分の右側ではイベールが声を張り上げ手を伸ばす姿と、呆然と見つめるレマルクの姿が視界の端に映ったが、突然のことに声を出すこともできず、ここでベトの視界がぷつりと切れた。
「ベト!!!!」
甲板で昨夜の後片付けに追われていたダットは、イベールの大声を聞いた。
何事かと見上げると檣楼から船員が落ちる瞬間を目撃する
声に気づいた周りの船員達も上を見上げては危ない!と声を上げるが、咄嗟のことに身体が動かず、ダットは勢いよく抱えた木箱を放りなげると、一目散にベトが落ちるであろう地点へと掛けだした。
ベトの身体がが地面に落ちる寸前、ダットが腕を伸ばしキャッチすると同時に全身に負荷と振動が掛かる。タイミングが良かったおかげで、ベトはダットの身体の上に落ちたのだが、意識を失っているのか抱きかかえたまま軽くベトの顔を叩く。
「お、おい!?ベトしっかりしろ!ベト!!?」
ケイが甲板に出たのは、ダットが船員にバギラを呼ぶ指示をした時だった。
入れ違いで甲板に現れたケイは、周囲の物々しい様子に気づいたのかダットの元に駆け寄ると、船員である青年を抱きかかえている彼の姿を見つける。
「ダット、何かあったのか?」
「ベトが檣楼から落ちた」
ダットが抱きかかえている青年はよく檣楼で見張りをしていた人物で、何かを発見する度にダットに報告してくることからケイも彼のことは知っている。
ベトは高所での作業が多いと聞いていた。
何かの弾みで足を滑らせたようだったが意識がなく、幸いイベールの声に気づいたダットが寸前で受け止めたことで外見上の怪我は見当たらなかった。
それからほどなくして、他の船員がバギラを連れて甲板へ戻って来た。
ダットから状況を聞いたバギラは、動揺すると同時に冷静に務めようとベトに駆け寄り、外傷や内部の損傷がないかと細かく状態を観察した。
その間に一緒に居たイベールとレマルクが慌てて下りてくるや、ダットに抱きかかえられたベトを見て安心したのかイベールがほっと胸をなで下ろし、気が気じゃなかったとレマルクがその場で腰を抜かした。
「調べたところ、怪我や損傷はしてないみたいですね。何かあったのですか?」
「ベトが急に目眩を起こしたみたいで、慌てて腕を掴もうとしたのですが・・・」
「彼は落ちてしまった、と・・・」
「はい」
ベトが落ちたことがショックだったのか、腰を抜かし呆然としていたレマルクの代わりにイベールが状況を説明した。
その説明を聞いたダットは、「もしかしたら【眺視】スキルの影響か」と気になることを口にする。
「ダット、【眺視】のスキルってなんだ?」
「【眺視】というのは、より遠くにあるものを見るためのスキルだ。直線距離だと大体1~2km先までだったら簡単に見えるらしい。ウチの船でこのスキルを持ってる奴はベトしかいないんだ」
「こいつは、どっかの部族かなにかか?」
「いや、フリージアやエストア周辺にある農村や集落の出身者は【眺視】スキル持ちがよく誕生すると聞いたことがある」
ベトはエストアの山の麓の出身者で、幼い頃から山に登っては高所から景色を眺めることが好きだった関係でスキルが強化され、現在は魔道船の見張り番を中心に活動していることもダットから告げられる。
ただ眺視スキルを使用しすぎると身体に不調が出てくることがあるため、一年の三分の二を檣楼で過ごしているベトに負担が掛かっていることも事実で、近々勤務体制を変更しようとした矢先のことだったという。
「ダ、ダットさん・・・?」
「ベト!大丈夫か!?」
「す、すみません・・・ご迷惑をかけてしまいました・・・・・・」
「いい!気にするな!どこか痛いところはないか!?」
少し経ってからベトの意識が戻った。
心配の声を掛けるダットになんとか会話ができるほど意識が回復している様子で、ベトはここで自分の状況をなんとなく把握した様子を見せる。
「ダットさん・・・海が」
「海?海がどうした?」
「遠くの方で、道の様に海面が光っていました・・・」
眺視スキルで見た海面の様子を伝えようとしていたベトに、その意味を必死で聞き理解しようとしたダット。
そんな二人の会話を余所に、ケイのスマホに着信のバイブが鳴った。
(なんだよ~)と思いながらポケットからスマホを取り出すと、メールが届いていたようで、その相手と内容を見たケイは突然アルバに向けて大声を出した。
「アルバ!メインシステムの稼働とカロナック大橋を動かしてくれ!!」
【承知しました】というアルバの返答と一体どうした!?というような表情でダットとバギラがケイの方を向いた。
「ベト!教えてくれて助かったぜ!」
「ケイ?いきなりどうしたんだ?」
「ベトが視たモノは、大陸側のカロナック大橋の部分のことだ!」
よし来た!というケイの喜々とした表情にダットとバギラは何がなんだかと、互いに顔を見合わせるしかなかった。
【眺視】スキルを持つ青年・ベトはが視た光景は、大陸側のカロナック大橋の浮上のことだった。
また、ケイに送られたメッセージの相手に驚くと共にアルバに北部地区にあるカロナック大橋を上げるように頼む。
果たして送られてきたメッセージの相手とは?
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細々とマイペースに活動していますので、また来てくださいね。
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