特別編 使用人たちの新年
皆さん、新年あけましておめでとうございます。
今年も異世界満喫冒険譚をよろしくお願いします。
さて今回は番外編で、屋敷の使用人達の回になります。
異世界ダジュールでは、年に一度『アウラの日』というものがある。
これは大気中にある魔素の濃度が高くなり、空気圧が加わることにより霧散する際に色が発生する現象である。その色は各大陸ごとに違うため、地球で言うところのオーロラの現象に非常によく似ている。もちろん、大陸中の人々が心待ちにしている現象であることから、屋敷に居る彼らも例外ではなかった。
パーティ・エクラが拠点としている王都・アルバラントのとある屋敷には四人の使用人の姿がある。
その内の一人である庭師兼錬金術師のルトは、約十年ぶりにアウラの日を屋敷の庭で他の三人と迎えていた。
まさかそんな日がまた来るとはと思っていたルトは、その日の空の色と今までの人生を振り返り、かなり考えすぎたようで、結果的に日付を過ぎても夜更けまで寝付けずにいた。
「おはようございます。ルトさん」
「ふあぁ~・・・あ、ローゼンさんおはようございます」
ルトが起床し一階に居る執事のローゼンと顔を合わせたのは、八時を少し回った頃だった。
いつもなら本職である庭の手入れや錬金術の研究に勤しむために六時には起床しているのだが、昨日のアウラの日があったことからいつもより遅く起きたようだ。
「ローゼンさんは、昨日休んだんですか?」
「はい。さすがにアウラの日を前に些か気持ちが高ぶっていましたが」
年甲斐もなくという様な表情でローゼンが笑みを浮かべている。
しかしルトは知っている。
昨日ローゼンはみんなと夜遅くまで起きていたのだが、この様子だといつもの時間に起床しルーティンワークを行ってきたのだろう。
その証拠にエントランスの窓から庭がみえるのだが、花壇に咲いている花に水やりをした形跡がある。本人に尋ねたところ、ルトが疲れからかぐっすり眠っていたようで代わりに水やりをしたのだという。
昨日同じぐらいに自室に戻って行ったところを見かけたので、計算するとローゼンの睡眠時間は二~三時間程度と考えられる。
彼は四十代と年齢を考えると無理ができないはずなのだが、目の前の人物はまるで二十代の若者のような体力をしている。全くもって謎しかない。
「ルトさん、お手数ですがパーシアとそろそろボガードさんが戻ってくると思いますので、栄養ドリンクの準備をお願いできますか?」
「ボガードさんは分かりますが、パーシアにもって?」
「実はあの後“新年を祝う料理”を思いついたとかでキッチンで籠もってまして」
「えっ!?じゃあ、一睡もしてないんですか!?それなら準備しておきます!」
「よろしくお願いいたします」
ローゼンの頼み事を聞いたルトは早速作業場へと向かい、ローゼンは庭の掃除のために外へ出た。
「ローゼン、今戻ったぜ~~~」
「ボガードさん、お疲れ様です」
ローゼンが庭で掃除をしていると、冒険者ギルドからボガードが戻ってくる。
アウラの日を四人で迎え、日付を跨いですぐにギルドから招集がかかった。
どうやら、先日バナハにダンジョンが出現し大量の素材の持ち込みがあり、その選別を職員がしていたのだが手が足りず、本来休みだったボガードに職員が泣きついたことが始まりだった。
「はぁ・・・やっとこさ十連勤で休みが取れたってぇのに~」
「それだけボガードさんを頼りにしている、ということですよ」
「他人事だと思ってよく言うよ~」
頭を掻き、勘弁してくれと言わんばかりに盛大にため息をついたボガードは、ローゼンに少し仮眠を取ると伝えると、屋敷の扉に手を掛けたところで妙なモノを見つけた。
「ローゼン、これはなんだ?」
「それは“締め飾り”です」
「締め飾り?なんだそれ?」
「ケイさんの母国・ニホンで行われている新年を祝う飾り物と聞いてます」
屋敷の扉に飾りづけされた円形状の縄が一つ。
締め飾りは、しめ縄に縁起物を飾り付けしたものを意味し、代表的には神様の降臨を示す紙垂、清廉潔白を示す裏白、子孫繁栄を願う譲り葉などがあげられる。もちろん地域や家庭によっては種類が異なるが、新年の神様を迎えるための行事ということで言えば日本に昔から広く知られている。
「その締め飾りっての?なんで飾ってあるんだ?」
「実はケイさん達が旅立つ前にルトさんとパーシアが、ケイさんの故郷について聞かれたことがあったんです。その時に新年を祝う“正月”というものに興味を抱いたようで」
「あぁ。だからウチでもやってみようってことだったのか~」
「この締め飾りは、ルトさんがケイさんの話を元に作製されたようです」
扉に飾られているしめ飾りは、以前ルトがケイの話を元に作成したものである。
本来であれば二~三日あれば作成できるのだが、そもそも締め飾りを見たことがないルトにとっては初の試みだった。
元々手先が器用だったことから作成自体には問題なかったが、材料のひとつであるしめ縄の意味が分からず、縄?とハテナを浮かべたのは当然だろう。
しめ縄は元々稲や麻の茎を煮て抽出した繊維が使われているが、神道ということとして言えば米を収穫した藁ではなく、出穂前の青々とした稲を乾燥させた物が本来使用される。
しかしアルバラントでは農業をしている場所がなく、米を作る地域といえばルフ島のみ。青々した稲がほしいので直接買い付けは難しいことから、ルトは自身が思うしめ縄を作ることから始めた。
彼は庭師と兼任して錬金術師としても活動している。
今回しめ縄を作るに当たって使用されたのが、モーモーの毛である。
モーモーとはダナン北部の草原に生息している魔物で、温厚な性格でどちらかというと牛のような見た目と性格をしているのだが、一度手を付けられない状態になると群で襲ってくる習性があり、初心の冒険者にとっては鬼門などと言われている。
しかしモーモーはこちらから攻撃をしなければ上記のように大人しく、毛質が他の生物よりしっかりとしているが柔らか手触りでシルクのようだと言われていることから、ダナンでは衣服などに用いられている。
「でも、そのしめ縄ってやつ?これは何で出来てるんだ?」
「たしか、モーモーの毛を使用していると言ってました」
「モーモーの毛がか?たしかに毛はしっかりとしているから、作製の仕方によっては初心者の防具の一部に使われたりするが・・・やっぱり錬金術でか?」
「そのようです。ケイさんの国ではライスになる前の稲を乾燥させた物を使っているそうですが、ルトさんによると数種類の薬品と材料で構成されているようです」
ルトが作ったしめ縄は、モーモーの毛を糸状に加工した物を使用している。
これはモーモーの毛が紡がれた糸を藁のように似せ、植物の繊維を再現させる必要がある。しかしシルクのような肌触りもあることから意外と扱いが難しく、ルトはそのシルクの部分を損なわせないようにある方法を使用した。
それはミスリル液である。
ミスリル液は錬金術に使われる素材の一つで、ミスリル鉱石を特殊な方法で液状に加工した物で、魔力を通し保持する性質をもっている。
主にマジックアイテムを作製するために利用されているのだが、その反面、繊細な技術や技法が必要になるため、錬金術師の間では扱いが非常に難しい素材と知られている。
しかしルトはそのミスリル液の特徴や性質を理解し、魔力の素である薬品にミスリル液を加え、モーモーの毛を緑の染色剤と共に煮詰めることによってしめ縄の元を再現させたのだった。
ちなみにミスリル液については、すでに論文を発表すると同時に錬金術師の講義に出席し講師として発表・実演をしている。
これにより、錬金術ギルドマスターのマーリンをも唸らせたことから錬金術師の間ではかなり話題になっているのだが、当の本人はその事実を全く知らないでいる。
「はぁ~錬金術って奥が深いんだな~」
「ルトさんの努力の賜ですよ。それにパーシアも負けていないようですし・・・」
締め飾りを前に唸るボガードに隣に経つローゼンは、孫を見るような目でそれを見つめたのだった。
「やっと、できた・・・」
一方、一晩キッチンでとある物を試行錯誤していたパーシアは、疲労の色をさせながら眼前に並べられたそれを満足そうに見つめていた。
彼女の前には、同じ形の四角の箱が四つ。
これはルフ島にある漆器というもので、漆を重ね塗りした工芸品のひとつである。
実は、以前マイセンの知り合いがルフ島に旅行に出かけた際に入手した物で、その人物から土産として受け取った物だった。
その人物によると、これはコボルト族の職人が作製した物で、同じ形の器を重ねると重箱というものになり、重ねることにより絵柄が繋がっていることを聞いたパーシアは、ケイから聞いた“新年を祝う料理”にもこの器が使われていたことを思い出した。
結果として自分が想定したおせちとまではいかなかったが、並べられた重箱に色とりどりの具材を前に及第点かなと少し満足した表情をする。
「あ!パーシア、ここに居たんだ!」
「ルトさん、おはようございます」
キッチンに顔を出したルトがパーシアに声を掛けた。
ルトは透明の黄緑色の液体が入った容器を手にしたまま、パーシアの表情に疲労が見えたことを心配し、ローゼンから栄養ドリンクを渡してくれと頼まれたことを伝え、容器を彼女に渡した。
「ローゼンさんから、一晩中何かを作ってたって聞いたから一応持ってきたよ」
「ありがとう。心配させてごめんなさい」
「それで、何を作ってたの?」
「“おせち”を作ってたの」
おせち?と疑問を浮かべたルトは、並べられた四角の入れ物を目にパーシアの料理に目を丸くした。
「前にケイさんから新年を祝う・正月というものがあるって聞いて、その時に“おせち”という料理があるって知って、これで調べたら色々と出てきたの」
パーシアの手には、料理人必須のクックパットが握られている。
ケイからおせちの話を聞いたパーシアはそのことを思い出し、試行錯誤の末になんとかその日に間に合うように完成させたのだが、実は一人で二十品近く作ったのだから驚きである。
「なんだ、二人ともここにいたのか~」
ルトから栄養ドリンクを受け取ったパーシアが飲みきった頃、キッチンにボガードとローゼンが入ってきた。
二人はテーブルに並べられたおせち料理を前に見たこともないと驚きの表情で食い入るように見つめると、ボガードがパーシアに料理についての質問をする。
「ボガードさん、おかえりなさい」
「ただいま。それより、これはなんだ?」
「これはおせちという料理で、ケイさんの国で新年を祝う料理なんだそうです」
「結構量があるけど、これ一人で作ったのか!?」
パーシアが思いついたら即行動!と思って作りましたが一晩中かかりました。と答えると、職人病かとボガードが頭を抱え心配をした。
「というか、俺には少し豪華な料理にしかみえないんだが~」
「実はおせちという料理には料理一つ一つに意味があるんです!例えば、黒豆は邪気を払い、エビは長寿を願うという意味が含まれてます」
「この黄色い卵みたいなのは?」
「これは“伊達巻き”と言って、ケイさんの国の古い歴史では巻物という書物を連想させることから知識や学業の成就を意味してるんです」
他にもきんとんは金団と書くことから金運を意味し、かまぼこは紅はめでたさ、白は神聖を意味している。
もちろん地域によって諸説などがあるため一概には言えないが、基本的には縁起の良い物を詰めて新年を祝うことが一般的となっている。
「なぁ、これマダイじゃないのか?」
怪訝な表情のボガードが一つの箱の中身を指さした。
実はダジュールではすぐに再現できないおせち料理が存在する。
その内の一つが鯛のことで、日本では『めでたい』という意味あいがあることからおせち料理のひとつと言われている。しかし、ダジュールには鯛という魚が存在しないことから、代わりとしてマダイが使用されている。
マダイはアーベン沖の海域に生息している魔物で、見た目は普通の魚を二回り大きくしたモノなのだが、その歯はピラニアの様に鋭く、希に漁で使用する網までも食いちぎるほどの威力があることから、漁師の間では嫌厭されている。
また、その身は固く臭みもあることから料理に適さないことで有名で、釣りをしても使い道がほぼないことが現状とされている。
「これ、食えるのか?」
「大丈夫です!食べられますよ」
「だって、あのマダイだぞ?どこで仕入れてきたんだ?」
「実はマイセンさんに頼んで仕入れて貰ったんです。次回の新作の参考になるかなと思いまして」
実はパーシアは、以前からレストラン・ダヴェーリエのアルバラント店のシェフを務め、夫婦で経営しているその店を更に繁盛させた実力者である。
なおシェフのマイセンに無理を言い、この日のためにマダイを仕入れたのだが、ボガードが言うように煮ても焼いてもマダイ本来の固さや臭みがあることから、シェフ界では嫌われているようで、その常識を根底から覆そうとパーシアが挑戦をしていたのだ。
「ところでボガードさんは、マダイが食べられない理由は知ってますか?」
「あー・・・いや、なんでだ?」
「実はマダイの体質が関係してるんです。マダイは水中の魔素を吸って体内に取り入れている認識なんですが、同時に大気中の魔素も体内に取り込んでいるんです。魚はエラ呼吸が一般的なんですが、マダイは水面に上がる習性がありまして、その時に鼻呼吸もするため大気中の魔素も吸収してしまうんです」
「あ!そっか!魔素の質と混合変化だね!」
パーシアの説明でルトが少し考えて声を上げる。
恐らく錬金術の専門用語であろう言葉に三人が首を傾げ、ボガードが問いかける。
「ルト、その混合変化ってなんだ?」
「実は魔素には大気の魔素と水中の魔素の二種類があるんです。魔素といっても普段は水と油のように相反するんですが、希に互いに反応することがあるんです」
マダイは、その生態から大気と水中の両方の魔素を体内に取り入れることができるのだが、身体の外的要因、例えば物理による刺激によって体内の魔素が互いに反応し、その結果マダイ本来の体質も変わってきていると最近の研究で知られるようになったといわれている。
「ルトさんの話を補足しますと、私がマダイを捌いた時に煙が発生しました」
「それは『煙感反応』だね。魔素の一般的な反応の一つで、二つの異なった性質の魔素が交わった状態で衝撃を加えると、燃えたり腐食したりするんですけど、煙感反応は物質自体を変化させてしまうためかなり厄介なんです」
「ということは、マダイを傷つけてしまうと本来の質が変化してしまう、ということですね?」
「はい。そうなります」
ローゼンが感心の素振りを見せ、ボガードは知らなかったと頭を掻く。
もちろんパーシアもその理解に到達していたようで、彼女曰く、極度の刺激を与えると変化してしまうことを察して、いかに外部からの刺激を与えずに調理が出来るかと考えた結果、行き着いた答えは塩焼きというところに落ち着いたそうだ。
塩焼きはご存じの通り、塩で固めて焼き蒸すという工程のことである。
塩で固めた鯛は蒸すことで、体内にある余分な魔素を霧散させる効果がある反面、身が引き締まり鯛のような口触りがよいしっかりとした味わいになることがら、パーシアの中ではできる!という確信に変わった。
無論まだ研究の途中なのだが、今の段階では十分に食用として食べられる範囲なので、試験的に今回はおせち料理の一つとして取り入れたのだった。
「それではせっかく皆さんも揃っていますし、おせちを頂きましょうか」
「来年は、ケイさん達にも食べて貰いたいです」
「そうですね。きっと皆さんも喜びますよ」
ローゼンの言葉に三人が同意をした。
その際に今年はケイ達もいないことから、パーシアは寂しさからぽろりと口にしたのだが、ローゼンはきっと戻って来ますし、来年の楽しみとしましょうと笑顔で返した。
こうして屋敷の使用人達は、ケイ達の旅路を願いつつも各々おせちに手を付けたのだった。
今回は、正月らしいお話を番外編として投稿しました。
皆さんはおせち食べました?
私は例年通りがかずのこと伊達巻きを食しました。あれ、おいしいですよね!
それでは、次回1/4(月)にお会いしましょう!




