260、消えたアスル・カディーム人
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
今回はメインシステムを起動させるために立ち入った建物の話で、昨日の投稿分となります。
「ねぇ~“病院”ってなんなの?」
アルバからメインシステムは総合病院の地下と聞き、荒れ果てた建物へと入って行く途中でシンシアが不思議そうに尋ねた。
「病院ってのは、医療機関のことだ」
「医療専門の建物ってこと?」
「あぁ・・・ってか、病院知らないのか?」
「知らないわ。診療所ならわかるけど、こんな大きな建物が医療機関なんて信じられないもの」
シンシアの言葉にケイは唖然とした表情をした。
病院を知らない?と首を傾げたが、そういえばこの世界に来てから病院というものを見たことがない。
そもそもダジュールには医療関係の機関が存在せず、代わりに医師会や動物を中心に扱う獣医師会などは評議会という形で機関が存在するが、患者を介抱する施設というものは診療所だけ。
そもそも病気に対する考え方は地球のものとはかなり違い、怪我などの外傷は魔法を中心とした治療が支流で、内部的ないわば病気に関しては飲み薬を使用しての治療が当たり前なのだそうだ。
ちなみに開胸手術とかあるのかと尋ねたところ、そんなことをしたら死ぬじゃない!?とシンシアからツッコミが入る。もちろんそんなことはケイだって分かる。
しかし現代医学では麻酔というモノが存在するのだが、その様子では麻酔おろか手術という概念がないのだろう。
建物内に立ち入ると、向かい側に受付のようなエントランスが広がっていた。
海に沈んでいた事もあり、海特有の独特の臭いに当時の物がそのままで残され、壁側に設置されている棚や家具が錆や腐食が進み原型を留めておらず、また天井は崩れ落ち、むき出しになったままの骨組みや何処かに繋がるパイプ線が所狭しと張り巡らされている。
ケイ達が一歩踏み入ると、魚の生臭さのような臭いを感じ、思わず顔を顰めた。
年月どころか様々環境へと変化していったせいかもしれないが、明らかに通常では嗅がない刺激臭が鼻腔を掠める。
「う゛っ・・・くっさ!」
「何かが発酵したような臭いに近いね」
「死体、とか?」
「ち、ちょっと!変なこと言わないでよぉ!」
退治した魔物でも嗅がない臭いに手慣れのレイブンでも顔を顰め、腐食した死体がいるとか?というケイの言葉にシンシアからツッコミが入る。
ただケイの話も一理あり、総合病院から連想するに少なからず世界大戦時までは稼働していたであろうその場所は、ある意味でいわく付きと言えなくもない。
【メインシステムは、北館通路から階段で地下二階にお進みください】
元・総合病院だった場所は、今居るエントランスから北館と南館に分かれている。
アルバの話では地下に行くことができる階段がそれぞれにあるのだが、南館は機能が停止している上に地下に行く階段が完全に潰れている。
唯一、北館が原型を留めているというのだが、正直最近まで海に沈んでいた大陸のむしろ地下に向かおうとしているのだが、本当に向かっても大丈夫なのかと不安が残る。
「向かうのはいいが大丈夫なのか?」
【メインシステムがある地下二階は、特殊な構造により他の階より強度が約20%増になっています】
地下シェルターの様な構造でもあるということだろうか?
そもそもメインシステムが導入されている時点で、文化的観点から言えば内部の構造が貧弱というわけではなく、それなりに対策も施されているのだろう。
建物の構造を考えると雨風どころか地震が来ても耐えきれる強度であることから、今の時代の建築技術とかなり差がある。
ケイ達がアルバの指示通りに北館にある階段の方へと向かうと、医療器具やら道具が散乱しているのが見えた。
地球でもお馴染みのメスや注射器の類いの物を見るや、やっぱりかとケイがため息を洩らす。しかもご丁寧に注射針までついたものまで落ちていたため、ブルノワと少佐を歩かせるのは危険だと彼らを小脇に抱える。
アルバの話では北館は医療研究を目的とした場所となっており、帝国時代には様々な臨床実験が行われた事を聞き、ケイの脳裏にあることが浮かぶが、やはり実際に見てみないとなんとも言えないとその考えを一旦脇に置く。
【まもなく、地下二階のメインシステムに到達となります】
階段から地下二階へとやって来た一同は、異様な雰囲気の扉を前に思わず唖然と立ち尽くした。
「ねぇ_参考までに聞きたいのだけど、ケイの知ってる病院の地下ってこんなところあるの?」
「実際に行ったことないけど、霊安室とかに近いんじゃないかな?」
「霊安室?」
「死体安置所のことだよ」
げっ!とした様子のシンシアにその表情は拾わんぞ!とケイが素通りし、後方から本当に入って大丈夫なのかと不安そうな声が聞こえる。
メインシステムがある地下二階は一般的に施設管理関係を司る部分となり、ここで病院全体を管理していたという。
扉を開けると、ここも一段と腐臭や腐食の臭いが充満し、それに潮の匂いが加わったことにより強烈な臭いを強調させ、一同は思わず鼻を塞いた。
「酷い臭いね」
「人が存在していた形跡はあるけど、一体奴らは何処に行ったんだ?」
メインシステムのある扉を手前に引くように開けると、内側から腐食臭の混じった海水が少量流れ出た。
中は明かりがなく、真っ暗の空間が広がっていた。
目を凝らすと、左右にボイラーやブレーカーのような機器が奥に続くように二列に並び、正面にはこの建物を制御していたであろう機器が存在感を醸し出している。
【現在その正面にありますのは、この建物および東部地区のメインシステムに当たります】
「メインシステムを復旧させるにはどうしたらいいんだ?」
【まず皆様からみて左右にあるブレーカーを手前から順番にあげてください。それから正面にあります制御装置を、私が言う順番に操作をしてください】
説明を受けたケイは、この国は電気でも使用しているのかと尋ねると、ジャヴォールと同じ魔力を用いた運用をしているようで、魔機学が一般的だったとされる。
ただし専門的な分野に関しては他国より遥かに独立している部分があり、その運用を多少アレンジしたのがジャヴォールの魔機学であるとされる。
「じゃあ、俺が中央の機械をそうさするから、アダムとレイブンは右側を。シンシアとタレナ、シルトは左側にあるブレーカーをそれぞれ上げてきてくれ」
ケイが割り振り、各自左右にある復旧のためのブレーカーを上げる操作を行う。
「このブレーカーってどうやって・・・あ、上がった」
右側のブレーカーを順番に下から上に押し上げるアダムとレイブンは、見たこともましてやきいたこともない未知のモノに本当に大丈夫なのかと懐疑的だった。
しかしケイの世界では建物を中心にいろんなところで見られ、ジャヴォールとは違う“電気”というものが流通していたと言っていた。
一つまたひとつとブレーカーをあげる度に、ガタンと独特の再起動の音に初めのうちは肩を竦ませていたが、次第になれてきたのか最後の一つを押し上げた頃にはその数の多さに驚いた。
「本当に人の死体すらもないな」
「海に沈んでいたせいだろうね。海水には他の生物もいるから養分になって早い段階でなくなった可能性はあるんじゃないかな」
「人のが居るのにも関わらず大陸を海に沈めるなんて、どんな理由なのかも俺には思いつかないな」
「もしかしたら“知られたくなかった”かもしれないから、大陸自体を沈めてしまったのかもしれないね」
「知られたくなかった?どういうことだ?」
「正確にはわからないけど、もしかしたら自分たちが行ってきたことが、実は世界の禁忌であったことに気づき、最後の最後でそれをなかったことにするためにことを起こしたのかもしれない」
来た道を戻る途中で二人はそんな会話を交わした。
あくまでもレイブンの意見だが、アスル・カディーム人は今までの行動を抹消させようとしてきたのかもしれないと述べる。
だとしてもそれをなかったことに出来るはずがないのだが、現にこうして自分たちの目の前に失われた歴史の一端が広がっているのだ。アダムは、自身の経験をふまえて、過ちがあったから気づく事ができる一方でそれ以外に方法が本当になかったのかと、アスル・カディーム人の行動に疑問しか浮かばなかった。
(すごく気まずいわ~)
一方、左側のブレーカーを上げるために進んでいるシンシア・タレナ・シルトは、黙ったまま黙々とブレーカーを上げ続けているタレナとシルトを後ろから見つめ、そんな感情を思い浮かべた。
なにせタレナ本人からシルトを拘束し閉じ込めたという発言に驚きつつも、当の本人はタレナへの態度を変えずに接していることに、何を考えているのかと分かりかねている。
「えっと・・・これ、結構硬いですね」
『タレナ、オレがやろう』
「あ、ありがとうございます・・・」
一部のブレーカーは女性であるタレナの力では上がらず、彼女の横からシルトの腕が伸びてくると同時に錆び付いたレバーがゆっくりと上へと押し上げられる。
「これで最後のようですね」
『あぁ。皆と合流しよう』
「はい・・・」
最後のブレーカーを上げきると、三人は妙な空気感のまま来た道を戻る。
並んで歩くタレナとシルトと二人の後ろからシンシアがついて歩く。
沈黙のまま何かを言い出す素振りもないことから、本当は互いに何を思っているのか?と、シンシアは口にしたい気持ちを抑え、二人の様子を伺う。
注意深く見てみると、タレナは記憶を思い出したことにより、シルトに負い目を感じている素振りを何度か見たことがある。
こういう場合は時間が解決するという言葉があるが、経ちすぎた後にでも適応されるのか?と別なことが頭に浮かんでは消える。
消えると言えば、他のアスル・カディーム人はその後どうなったのかという疑問が別に浮かんだ。アルバによると一億以上の人が居たはずなのだが、大陸に渡った人間を差し引いても明らかに計算がおかしいことはシンシアでも分かる。
そういえば、以前ケイがマデーラの洞窟で妙な言葉を口にしたことを思い出す。
アイソレーションなんとかと言っていたが、もしかしたらそれと何か関係があるのかと、彼女にしては珍しく妙な違和感を感じながらも、ケイ達と合流するために前方に並んで歩くタレナとシルトについて歩いた。
メインシステムを起動するためにそれぞれ行動をしましたが、肝心のアスル・カディーム人の痕跡が未だに発見されません。果たしてどういうことなのか?
次回の更新ですが、少し多忙なため12月23日(水)夜となります。
申し訳ございません。
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