252、タレナの思い
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、前回の続きになります。
「ケイ、そういえばタレナの事で少し思ったことがあるんだが」
「タレナがどうしたのか?」
「俺とタレナがミスト=ランブルさんの屋敷で文献を読んでいたんだが、どうやらタレナは読めるみたいなんだ」
「え?まじ!?」
レイブンは思いついたように先日の出来事をケイ達に話した。
彼の話では、ケイが今手にしている文献と同じ字体と思われる黒腫のことが書かれていた文献をタレナは手に取っていた。
もちろん隣でレイブンもその文献に触れたのだが、いかんせん文章が分からず自分は役には立たなかったがと苦笑いを浮かべたのだが、後になって“なぜタレナは文献を読めたのか”と疑問が上がる。
先にも示したように文献のほとんどが古いマヴロ語なのだが、今までの経験上ケイは読めることは仲間の全員が知っている。
しかしタレナはレイブンから見ても、しっかりと文章を読み、理解している様子があったのだという。今までそんな素振りや兆候がなかったのだが、もしかしたら何かのきっかけで読めるようになったのではと考える。
本当ならタレナも同席するはずだったのだが、応接室に来る前にシンシアが声を掛けたのだが、シルトからまだショックから立ち直れていないようだからそっとしておいてほしいと言われたそうだ。
いずれにしろ、ショックを受けてここに留まっていても自体は進まないことはタレナだって理解はしているはずだが、次に進むためのきっかけがなく二の足を踏んでいるのではとケイは感じた。
「ミスト=ランブル、タレナが読んでいた文献ってあるか?」
「それなら・・・あったわ。これよ!」
ミスト=ランブルから手渡された文献を手にしたケイは、その中を開いてみると確かに黒腫のことが書かれていた。
興味深いことに一部が汚れているのか故意に汚したのかは分からないが文の一部が潰れている部分がある。そこには“進行を遅らせるしか方法がない”という一文がある。
そのことについてそういえば、と以前マライダにあるマデーラの洞窟のことを思い出した。
あの時、マライダおろか大陸にも存在していなかった品がいくつか発見されたのだが、その中にカプセル型の棺のような物が発見されていた。
ケイは、地球に存在している臨床実験などで利用されるアイソレーション・タンクに似たような物だとふと思ったのだが、もしかしたら・・・という疑念が生まれる。
それは人魂魔石あるいはドール体を形成するために利用されたものではないか。
それを裏付ける証拠として、以前アレグロが一部の記憶を思い出した時のこと。
思い出した彼女では、自分は何かに閉じ込められて出られなかった。丸型の窓からこちらを見つめるタレナと男性の姿があった。という話である。
その記憶と文献を照らし合わせると、発見されたあのアイソレーション・タンクのような形の物は、アグナダム帝国の医療で利用されたものではないかと思うと同時に、アレグロの本体を保護または魂を魔石に移すための方法に使用されたのではないかと、いくつかの仮説を立てた。
そして、もう一つケイはタレナに対してとあることを思ったのだった。
ゴルゴーンとミスト=ランブルとの話し合いが終わり、ケイ達はその足でタレナが居る二階の客室へと足を運んだ。
「シルト、タレナの様子はどうだ?」
『彼女はまだ部屋に籠もっている』
タレナがいる客室の前で、心配そうな表情を浮かべてシルトが立っている。
昨日と状況は一緒のようで、首を横に振ったシルトは何も出来ないことに悔しさを感じていた。
もう少し様子を見るべきかと仲間達は思ったのだが、ケイはタレナに聞きたいことがあったため、そんな一同の気持ちを無視して扉を叩いた。
「タレナ、話がある。開けてくれ!」
少し経ってから鍵が開く音がし、タレナが姿を現す。
泣きはらした赤い目に憔悴しきっている表情を浮かべているタレナの顔をみて、少し可哀想な気もしたが、ブルノワと少佐が心配そうな表情で顔を見上げていたところ、彼女もそれに気づき心配を掛けたと彼らの頭を優しく撫でる。
「今いいか?」
「は、はい・・・」
部屋に通されたケイ達は、空いている場所に腰を下ろし、今後についての話をすることにした。
「タレナ、結論から言うと、アレグロは死んでない」
「な、なにをおっしゃっているのですか?」
「これがわかるか?」
鞄から橙色の人魂魔石を取り出すと、タレナとシルトの表情が変わる。
ブルノワと少佐がアレグロが居た客室に落ちていたことを話し、鑑定の結果も二人に伝えるとまさかと狼狽える素振りを見せる。
シンシアからいきなり説明したら困惑するでしょう!と横やりを入れられたが、ケイの着目している部分はそこではない。
「タレナ、正直に話してくれ・・・・・・お前、本当は記憶が戻っているんだろ?」
その問いかけに一瞬顔を強張らせ、目線は言葉を探すように左右に動いている。
もちろんその問いかけに仲間たちも驚き、同時にタレナの方を見やるがケイがなぜそんな言葉を口にしたのか、そしてどの場面でそんなことを思っていたのかと疑問しか残らないが、ケイとタレナのやりとりを見守ることにした。
「な、なぜそんなことを?」
「俺達と別行動でレイブンとミスト=ランブルの屋敷に行った話を聞いた。その時レイブンからタレナが文献を読んでいたと聞いたんだ。ミスト=ランブルからその文献は古いマヴロ語が使われていて、それを読めるのは魔人族でも古い人達ぐらいだと言っていた」
『古い文献?』
「その文献にはアスル・カディーム人特有の風土病【黒腫】のことが書かれてた」
閉口したタレナに疑問を投げかけたシルトだったが、ケイがその事を説明すると何か引っかかる素振りを見せ考え込み、一方タレナは隠し通せないといった表情で深いため息をつき今一度深呼吸を行うと、衝撃的な言葉を口にした。
「シルトさんを“あの場”に閉じ込めたのは、私です」
「えっ・・・え、えっ!?タ、タレナ!?」
「タレナ、どういうことだ?」
驚きのあまり声が出ずタレナとシルトを交互に見やるシンシアに、まさかの告白に動揺を隠せないアダム。レイブンはその場を静観していたが、動揺の表情が垣間見られている。
ケイは三人の反応を確認すると、目線をシルトに移す。
険しい表情でタレナを見やるシルトは、恨みなどの感情は見られず、むしろ三人と同じように疑問の表情で見つめている。
シルトに至っては未だに記憶が戻っていないようで、発端がタレナによるものであると語られたことから混乱している様子が見られる。
確かに自分がシルトの立場だったら・・・と考えると、今まで一緒に居た人物から自分をアルバラントの奴隷商の地下に閉じ込めたなどと聞けば、誰だって動揺し疑問が出るだろう。
タレナはその先を話して良いものかと不安そうな表情でみんなを見た後、ケイの方を見て承認を得ようとしている。
ケイはタレナに続きを話すようにと即すと、何度か深呼吸を繰り返し覚悟を決めたとような表情でゆっくりと話の続きを口にする。
「シルトさんは、アスル・カディーム人の王である父・シャーハーンの側近で護衛を務めていました。我々アスル・カディーム人は他の種族とは異なり、永遠の命を持ちその長所を生かして、国や文化を繁栄させていきました」
ですが・・・と続きを口にしようとしたが上手く言葉が出てこないようで、困ったように目線を下げた。「大丈夫か?」とケイが問いかけると、こちらに目線を向け、はいと頷くとゆっくりと再度口を開く。
「姉さんが黒腫に侵された時、魂を一時的に人魂魔石に移し、姉さんと同じ姿をしたドール体に人魂魔石を埋め込みました。そして兄さん達は姉さんの身体を脅かしている黒腫の完治を目標に治療を行っていきました。ですが、その話を聞きつけたシルトさんは、人魂魔石にドール体を埋め込む処置に反対をしていました」
「反対?なぜだ?」
「ドール体に組み込むこと自体極秘事項になっていました。なぜなら、そのドール体の研究を行っていたのが“スピサさん”だからです」
「シルトの妻がドール体の研究を行っていたってことか?」
「・・・はい」
タレナの記憶によれば、シルトの妻であるスピサは生前ドール体の研究を極秘で行っていたそうだ。アスル・カディーム人はアフトクラトリア人を造った前歴があるため、その構造を元にドール体を再現しており、その発端が黒腫の発生であった。
スピサは当時から医療にも携わっていたため、シャーハーン王が彼女に目をつけ、ドール体の作製を頼んでいたが、その彼女も黒腫に侵され死亡した。
その後、二人の兄がスピサの研究を引き継ぎ、アレグロが黒腫に侵された際に人魂魔石に魂を移し、ドール体に施す工程を行ってきたが、それに異を唱えたのがシルトだった。
シルトは自分の妻の魂が人魂魔石に宿り、その人魂魔石は自身の武器である大剣・インイカースに移されたのだが、その人物と全く同じ姿を模したドール体に施すという工程を“生への冒涜”だと批判していた。
というよりも、そもそも人魂魔石について否定的な意見をシャーハーン王に唱えていたが、タレナはそんなシルトに反抗し、身内であり姉であるアレグロの身を考えて単独でシルトに接近し、動けないように拘束をしてからあの場に封印をしたのだという。
「そっか・・・その記憶はいつ戻ったんだ?」
「シルトさんが保護をされてから徐々にその時の事を思い出しまして、完全に戻ったのは姉が居なくなってからです」
「他に思い出したことは?」
「・・・いいえ」
タレナは罪悪感からか、シルトの顔を見ることが出来ずに俯いたまま淡々と言葉を述べる。
二人の様子を見ていたケイはわだかまりが出来ることをよしとしなかったが、さすがに時間が経ちすぎており、尚且つシルトはまだ記憶が戻っていないようで、二人の温度差は微妙に異なることになんだかなと困惑の表情を浮かべる。
こればかりは時間による解決が必要となるだろう。
「それをふまえて、次の目的地は海底神殿に行こうと思ってる」
「海底神殿、ですか?」
「あぁ。前に来たとき権利を譲渡したって聞いたろ?人魚族との架け橋になっているのなら、もしかしたらあの神殿は機能的に“まだ生きている”んじゃないかと思ってる。それにアレグロがああなった以上、本当の身体が存在しているのなら戻せる可能性はあるんじゃないかと思ってる」
タレナは何を証拠にと口には出さないもののそんな表情で見つめていたが、ケイは沈んだアグナダム帝国に真実があるような気がしてならなかった。もちろん確固たる自信はないが、海底神殿のことを考えると可能性は0ではないと感じていた。
翌日、ケイ達は見送りのゴルゴーンとアンドワール、ポネアと共に魔道船がある場所まで戻って来た。
魔道船の甲板から船員達がケイ達を見つけると、だれかが知らせたのかダットの姿が見え、次の行き先である海底神殿を告げると説明は後でするから準備をしてくれという言葉に船員達に次々と指示を出し出港の準備を始める。
「というか、石板持ってっていいのか?」
「構わん。むしろ何かの役に立てるなら儂が持っているよりはましだろう」
ケイの手には四つの石板が握られている。
ゴルゴーンは海底神殿に向かうというケイに何かの役に立つのではと、ジャヴォールで保管されている三つの石板を託した。
「あ!そういえば、ガラーのバルトルから数年前から定期便の飛空挺が来なくなったって聞いたが、あれはどうなってるんだ?」
「あ、あぁ・・・実は、我が国にある飛空挺は今は直っている」
「壊れたのか?」
「恥ずかしいことに、以前癇癪を起こした娘に壊されてしまったのだ。定期便が出せなかったのは、娘を恐れてガラーに移住しようと考えてた者がいたようで、それが気に入らなかったのかその船自体を飛べなくさせてしまったんだ。また、おなじことが起こると思い儂の方で止めていたからなんだ」
どうやらロザリンドのせいで損傷した飛空挺は飛ぶことが出来なくなり、直ってからも定期便を休止したままだった。
ちなみになぜ二つの石板がガラーにあったのかという理由については、前回ガラーに向かったジャヴォールの歴史家が、ゴルゴーンから預かった石板を忘れてしまったという理由らしい。もちろん、それに気づき船でガラーに向かおうと思った矢先にことが起こったそうだ。
「それより、ロザリンドは?」
「娘はミスト=ランブル殿と一緒ですわ。あなた達に迷惑をかけたので顔を合わせられないと言っていました」
アンドワールから、あの一件からロザリンドはミスト=ランブルと行動を共にすることが多くなり、落ち着いたら式を挙げることを考えている事を告げられる。
アレグロの件も相まって顔を合わせる資格はないと思い込んでいるようで、ケイは気にする必要はないのだが・・・と思いながらも、そうかと答える。
「ケイ!出発の準備が出来たぞ!」
「わかった!・・・じゃあ、俺達は行くよ」
「あぁ。気をつけてな」
「今回は娘のことでお世話になりました」
「皆さん、道中お気をつけて」
ダットから出航の合図が送られた。
ケイ達は魔道船に乗り込み、また会いに行くと三人に伝えると、魔道船は精霊たちの力を使って浮遊した。
大きく旋回し南に進路を取り進む魔道船から、少し離れた場所でロザリンドとミスト=ランブルが手を振る姿が見えた。ケイ達もそれに答えるように大きく手を振り返し、魔道船は次なる目的地・海底神殿へと向かったのであった。
タレナの記憶が一部戻った事により、黒腫に侵されたアレグロのために反対していたシルトを閉じ込めたのはタレナだと判明しました。
その後ケイ達は、ゴルゴーンから三つの石板を手に入れ、アレグロを救済するべくアグナダム帝国と関連のある海底神殿へとむかうことになります。
次回の更新は12月2日(水)夜から新章・アレグロの救済とアグナダム帝国編をお届けします。
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