242、大いなる勘違い
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、タウルスの力比べに入ったケイ達に意外なことが判明します。
「ケイ!これじゃない!?」
ケイ達が地面にある仕掛けの一部とおぼしきモノを動かすため、部屋を捜索していたところ、シンシアが何かを見つけたようで二人に声をかけた。
彼女が示した先には、正方形のスイッチのようなものが壁に掛けられ、そこから電気コードのような太めの線が先ほどの仕掛けに向かって壁伝いに引かれている。
またスイッチは上下に二つあり、上と下を示す記号が記されている。
「これ、エレベーターだな」
「エレ・・・なんだって?」
「要は荷物を運ぶための装置だ」
その証拠にケイが手にしたスイッチの下を押すと、先ほど見つけた切れ目が入った部分が自動的に下降する。それにアダムとシンシアは驚き、ブルノワと少佐は物珍しさからか目を輝かせている。
「段差のある場所だと、重い荷物を運んで上り下りは怪我の元になるからおすすめしない。それならば、荷物を楽に運搬できる物をつくったのが荷台用のエレベーターってことになる」
「でもこの大きさを動かすって、相当なエネルギーが必要になるわね」
「俺の国だと“電気”というエネルギーを使って動かすが、ジャヴォールは魔機学が一般的で、魔素を原動力にしているって聞いたな」
「そういえば、船をジャヴォールに向かわせた時に精霊達が『魔素が薄い』と言っていたが、それって魔機学の影響って事か?」
「そうなるな。この国はいろんなモノを動かす際に魔素を使っていることから、どうしてもそれに頼らざる終えない。だから魔人族は魔法を捨てる代わりに生活を便利にさせ、発展させてきたってことになる」
それがこれかとアダムとシンシアは上下する荷台用のエレベーターを眺めていた。
「おい!おまえ達!何をしてるんだ!?」
そこにツナギを着た初老の男性が大股でこちらにやって来た。
スイッチを手にしているケイを見た男性はひったくるように奪い取り、遊ぶものではないと一喝すると、白髪と無精髭が相まってその剣幕と声に驚いたのか、ブルノワと少佐がケイの後ろに隠れる。
「ロザリンドからタウルスの力比べを挑まれたんだ。俺は嫌だって言ったが、話が通じないのか軟弱者!とか怖じ気づいた!?だのそれしか言わねぇんだわ」
「なっ!?・・・はぁ、またか」
ケイが事情を説明すると、男性はまたかと頭を抱える。
男性はこの場所で家畜やミノタウロスを飼育している飼育員で、少し前に作業に入ったのだが、目を離した隙に例の如く他の作業員達がロザリンドにボコボコにされているところを目撃し、介抱していたところにケイ達に遭遇したわけである。
「この場所はダンジョンじゃないのか?」
「元々はダンジョンだったが、もう二千年前の話じゃ。今はゴルゴーン様の敷地にあることから、場所や内部の構造・温湿度の観点から家畜の繁殖や薬に必要な薬草を栽培しておる」
男性の話では、二千年前まではたしかに“タウルスの力比べ”というダンジョンだったが、ダンジョンとしての機能は時代と共に失われ、今では動植物の繁殖・栽培に主に利用されている。
ちなみにタウルスという言葉は、ボスであるミノタウルスの名を示している。
魔人族が主に力を入れていることは、ミノタウロスという魔物の繁殖である。
雄がミノタウロス・雌がミノタウルスとして区別され、高ランクの魔物使いによって管理されているそうだ。
ダンジョンも今の階より下は当時のままに残っており、飼育員以外の侵入者を排除するために魔物使いにより訓練された魔物が配置されている。
しかしロザリンドは文献でこの地がダンジョンということを知ったようで、今はその役割がないにも関わらず強くなるために月に何度も足を運んでいたらしい。
もちろんこの男性も何度も彼女に掛け合ったのだが、話を聞かないどころか邪魔をすれば消し飛ばすと、脅しとも取れる言葉と同時に左足を複雑骨折させられた経緯があるため、強くは言えないのだという。
「ゴルゴーンには言ったのか?」
「さすがに相談はしたのだが、ゴルゴーン様の言葉でもロザリンド様は聞く耳を持たずというところだ」
「相当重傷だな。執着もいいが、他人に迷惑をかけるなんざ族長の娘としてどうなんだ?完全に追い剥ぎじゃねぇか」
ここまで自分の信念のために他人を巻き込み、群がる奴らを蹴散らす姿勢は一周回って清々しいが、やられている飼育員達はたまったものではないだろう。
しかも問題はこれだけではなく、ロザリンドがここに入る度に侵入者用の魔物を蹴散らし、練習相手としてミノタウロスを選んでいることも関係している。
雄のミノタウロスはダンジョン以降、屈強な成人男性以上の肉体を保持しながらも性格が温厚と時代と共に様変わりしている。
特に年配の飼育員や若い飼育員の代わりに荷物を運搬し、魔物使いが侵入者用に使役している魔物に餌を上げたりととても優しく頼りになる。加えてミノタウロスの血液は栄養価が高いようで、一部の吸血種の生命線となる輸血の提供も行うなど日々の暮らしに欠かせない個体となっているのだが、近年それが不足しがちになっている。
原因は、もちろんロザリンドである。
彼女は自身が強くなるためにミノタウロスを相手に鍛錬を重ね、それが元でミノタウロスにストレスがかかり栄養価が低下しているのだ。もちろん飼育員達は彼女に散々説明をしたのだが、結果は先ほどと同じで既にお手上げといった感じである。
「おーい!」
「ケイさーん!」
そこにポネアと一緒にレイブンとタレナがやって来る。
飼育員の男性はポネアを見るや先ほどのことを彼女に伝え、二人してため息をつき頭を抱えている。
「会えて良かったよ!」
「二人とも、何かあったのか?」
実は・・・とレイブンが、先ほどまでタレナと一緒にミスト=ランブルの屋敷に赴いていたことを話す。
そのなかで、ミスト=ランブルは特殊な体質のためかゴルゴーンから輸血を提供されていたのだが、栄養価が低く栄養失調で倒れたことを聞く。
今は容態が安定しているが、この状況が続けば危ないかもしれないとし、既にポネアの指示で途中で会った若い飼育員がゴルゴーンに伝えるべく走っている。
「となると、ロザリンドを止めるしかないな」
「それなら運搬で使用している荷物用のエレベーターを使え。ミノタウロスは最下層にいるからエレベーターなら階段より速いはずだ!」
男性飼育員が荷物用のエレベーターを動かすので乗ってくれとケイ達に伝え、全員が乗り込んだと同時に男性の手にあるスイッチを押され、エレベーターは下降を開始した。
「くそっ、間に合わなかったか」
ケイ達を乗せたエレベーターがミノタウロスたちがいる最下層に到着をした。
しかしそれより早くロザリンドが到着をしたのか、屈強なミノタウロスの群は彼女によって地面に伏されていた。
「遅かったな!残念だが私の勝ちだ!」
倒れたミノタウロスの背に座り、退屈そうに剣の手入れをしていたロザリンドがケイ達に気づき、やっぱり口だけだなと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ロザリンド様!自分が何をしているのかわかっているのですか!!」
想定以上のロザリンドの行動に、今まで冷静に対応していたポネアが彼女に駆け寄り平手打ちをする。
突然のことに左頬を押さえていたロザリンドだったが、状況がうまく飲み込めないのか声を荒げるポネアを前に何を起こっているのかと首を傾げる。
「ポネア、何を怒っている?私はただ強く・・・」
「強くなりたいからとミノタウロスを相手にするなど何を考えているのですか!?ましてや吸血種の生命線とされているミノタウロスですよ!?族長の長の娘としてそこも考えられないのですか!!いい加減にしてください!」
ポネアはロザリンドを前に事の重大さを説いたが、当の本人は身近な人物に言われたことが癪だったのか、事もあろうかポネアに自身の持っていた剣を突きつける。
「ポネア、おまえも私の邪魔をするのか?骨を折られる覚悟が出来ている、ということだな」
ロザリンドがポネア目がけて剣を振り落とそうとした瞬間、ケイが二人の間に強引に割って入ると刀身を素手で鷲づかむ。もちろんそんなことをされるとは思っていなかったロザリンドは、驚愕の表情を浮かべる。
刀身は訓練用に調整をされたのか刃先が潰してあり、ミノタウロスの状況をみるや外傷が見当たらず、鑑定でも【脳しんとう】と表示されている。
となると、ミノタウロスは何度もロザリンドが来襲してくることにより極度の疲労とストレスを感じていたことはたしかになる。
一方ケイに刀身を止められたロザリンドは、それをふりほどこうと力を込めるがビクともしないことに焦りを感じていた。
目の前の人物に尊敬と同時に言い知れぬ恐怖を感じる。
また一種の武者震いのように身体を震わせるが、そんなことを知る由もないケイは彼女の態度にうんざりした様子でため息をつくと、刀身を握っていた左手に力を込め、思いっきりへし折った。
「なぁっ!?」
刀身をへし折られたロザリンドは、その反動で数歩後ろに下がった。
ケイの後ろに居たポネアや年配の飼育員も、突然の出来事に唖然とした表情で折れた刀身とケイの後ろ姿を交互に見やる。
「お前いい加減にしろよ!周りが迷惑しているのが分からねぇのか!?大人ならやって良いことと悪いことの区別ぐらいはつくんだよな!?第一、お前の強さは強さじゃねぇ!そこら辺にいる弱い者いじめをしているチンピラと一緒だ!!」
ケイの性格上普段は周りと一緒に怒ることをしないのだが、瑞科家は姉の夫である格闘家の義兄の影響も相まって、凶暴相手には特に厳しい姿勢をみせる。
学生時代から剣道を嗜んでいる祖父に六十代から合気道を始めている祖母、父や母・兄や姉も揃って格闘番組を網羅し、各々格闘技の経験があることから友人からは戦闘家族とからかわれたことも数知れず。
そんな家族でケイは唯一格闘技を習ったことはなかったのだが、兄と姉の影響で、何かあれば的確に急所を捉えることや武器を持った相手を無力化する方法をいくつか教えてもらっていたことから、アレサの寵愛も加わり周りが思っている以上に無敵っぷりを発揮する。
「ロザリンドーーー!!!」
ロザリンドに一喝しているケイ達の元に、若い飼育員がゴルゴーンと共にこちらにやって来る姿が見えた。
ゴルゴーンの後ろには私兵とアンドワールの姿もあり、笑顔を浮かべている彼女のこめかみには青筋が立っている。二人とも飼育員の報告を受けたのか、今でいうマジギレ一歩手前状態だ。
「このバカ娘!!!!」
ゴルゴーンは折れた剣を片手に立っているロザリンドの前まで来ると、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、彼女の頭に盛大に拳骨を落としたのだった。
タウルスの力比べは既にダンジョンとしての役割を果たしていなかった。
現在は、家畜や農作物・使役しているミノタウロスたちの住み家となっていることが判明したのだが、ロザリンドは聞いていないのか害のないミノタウロスまでコテンパンにしてしまう。
もちろん事態を知ったゴルゴーンが激怒したのはいうまでもない。
次回の更新は11月4日(水)です。
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