239、とばっちりとオネエ
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、ぶち切れのミスト=ランブルとロザリンドによって完全とばっちりを受けたケイの話。
「貴方の態度で一度は許しましたが、まさか本人直筆で婚約解消を唱えるとは馬鹿にするのもいい加減にしてください!」
「ミ、ミスト=ランブル殿!少し落ち着いてくれ!」
「落ち着けって!?あんなガーゴイル見たいな女、こっちから願い下げだ!」
ミスト=ランブルと言われた男性は、立ち上がり制止するゴルゴーンの言葉に耳を傾けず、憤慨したままその場をあとにした。
彼を止めることが出来ずにその背を見送ったゴルゴーンは、立ち上がった状態からどうしたらと頭を抱え座り込む。
長という立場でありながらも子の親という立場に頭を抱える姿は、一般的な父親に見える。事実大柄な体格がこの一時の出来事のせいか少し小さく見える。
「ポネア」
そんな様子を尻目にアンドワールは近くに立っているポネアを呼び、二、三言耳打ちで伝えると、ポネアは一礼をしてから応接室を退出した。
「アンドワール、ポネアに何を言ったんだ?」
「ロザリンドのご機嫌取り、と言ったところでしょう」
「あ、そう・・・」
微笑むアンドワールの表情に若干黒さを感じたケイはそれ以上追求しなかったが、あまりいいものではないだろうなと直感で悟る。
その後ケイ達は、ゴルゴーンのはからいで屋敷に泊めて貰えることになった。
ゴルゴーンから貴重な話を最後まで聞けなかったのは残念だったが、アレグロの身を心配しながらも急げば見える物も見えなくなると判断し、屋敷内で単独行動になったケイは、ブルノワと少佐を連れて案内された客室から屋敷内を散策するために出かけた。
途中で、召使いとおぼしき女性にブルノワと少佐が遊べる広場がないか尋ねると、屋敷の東に庭に出る通路があると教えられ向かったところ、庭に出る扉の前でロザリンドが仁王立ちで憤慨している姿があった。
「貴様!先ほどの無礼な物言い!撤回しろ!」
どうやらケイ達がいることを誰かから聞いた様子で、街中でのケイの物言いに抗議しているようすだった。側には屋敷を巡回している衛兵の姿があったが、あまりの彼女の形相に尻込みをしている態度が見える。
「本当の事を言って何が悪い。ってか、あんたの考えを他人に押しつけるなよ」
「貴様みたいな赤の他人が、私のやり方に意見をするな!」
そこで言い切ったロザリンドの足元に、少佐が彼女を見上げてつぶらな瞳で見つめている。ロザリンドは一瞬「う゛っ!?」とたじろぎ、三頭の頭を持つ少佐の愛らしい表情になんとも言えない表情を醸し出す。
「こ、これは貴様の犬か?」
「あ?あぁ。サーベラスという種類の魔物で、俺の従魔だ」
ケイの言葉に魔物?従魔?と疑問を浮かべているロザリンドに、本当に貴様のものなのかと尋ねられ、そうだと返すと実在するとは思わなかったと少佐の表情を見やる。
「サーベラスと言えば、ケルベロスの亜種である魔物だと言われているが?」
「あんた知ってんのか?」
「いや。実物は見たことがないが、文献や書籍ではアグナダム帝国時代に“国の番犬”だったと記録されているのを読んだ事がある」
ロザリンドの話では、ジャヴォールの資料館にはアグナダム帝国時代の文献がいくつか残っている。
『国の番犬』と言い伝えられているその文献にはケルベロスの話が載っており、王を守るために忠誠を誓った三つ頭の動物の詳細が語り継がれている。
またそれにはケルベロスの上位種のような亜種の存在も書かれていたそうで、ケルベロスより知能が優れ、魔法も他属性の魔法を扱うことが出来る希少種のサーベラスの話題も上がっている。
ただサーベラスの方は希少も希少であることから、先天的に生まれる可能性はケルベロスの百分の一以下と推測されている。
ロザリンドは先ほどの険しい表情から軟化したようで、少佐に触ってもいいかと尋ねられ、本人が良ければと返すと慎重に少佐に触れようとした。
「ひぃっ!」
頭を撫でようとしたロザリンドの手にヴァールが甘噛みをしようと口を近づけたところ、驚いて手を引くと同時にあり得ないほどの音を立たせながらヴァールの口が閉じる。
ケイはただの甘噛みだと説明するが、まるで鉄の扉が勢いよく閉まるような速さにロザリンドが心臓に手を置き、落ち着こうと深呼吸をする。
そんな彼女を横目にケイは少佐に触りまくり、ヴァールがケイの手に口を近づけ、またしてもあり得ない程の力と速さで食らいつく。
「お、おい!だ、大丈夫なのか!?」
「ん?あ~~これ?いつものことだ」
ケイはヴァールに噛みつかれた右手をそのまま引き上げ、ブラブラとさせている少佐をロザリンドに見せつける。
これにはさすがの彼女も慌てふためいたが、噛みつかれたまま腕を勢いよく振るとすっぽりと抜け、地面に転がった少佐、特にヴァールが悔しいと身体全体でのたうち回る。
ちなみにこの遊びはヴァールしかやらず、他の二頭は迷惑そうに無を貫いている。
「なっ!?怪我はない、のか!?」
「ん?ほら、この通り!」
ケイが噛みつかれた右手の指をバラバラに動かして傷ひとつない手を見せつける。
普通なら指どころか右手まで持っていかれかねないが、そこはいつものことなので問題はない。
しかしその事を知らないロザリンドは、唖然とした表情でケイの顔と右手を交互に見つめ、どこか普通ではないケイの様子になぜか彼女は負けたと感じていた。
時を同じくして自由行動となったタレナは、気晴らしに外に出ようとアレグロの部屋をあとにした。
先ほどまでアレグロとシルトと一緒に居たのだが、アレグロが体調を悪くし、シルトに頼んで案内された客室に寝かせたところ、彼から少し気晴らしに散歩でもしてきたらどうだと提案された。
事実、実の姉の身体が浸食されつつある姿を目の当たりにしているタレナだが、自分は何も出来ないと煮詰まった考えをしていたのをシルトに諭され、君まで倒れてしまったらアレグロが悲しむと、しばらく自分が見ているからという流れで感謝半分申し訳なさ半分でシルトの提案に肯定し、気晴らしに出たのである。
「レイブンさん!」
アレグロの部屋を出ると同時に、別の客室からレイブンが出てくる姿が見えた。
彼もアレグロの様子を気にしていたようで様子を見に行こうとしていたのだが、シルトから今は落ち着いて居るから気晴らしをして来ては?と言われたことを伝えると、彼がいるから大丈夫かとしばらくそっとしておこうとする。
「やっぱり、さっきの話が気になるのかい?」
「はい。もしあの話が本当なら、姉さんは既に別の技法で対処されていたことになります。ですが儀式による浸食をどうにかしなければ、姉さんの身に何かが起こることになると非常に不安を感じます」
レイブンは黙ってタレナの話を聞いていたが、自分もアレグロの身を案じており、自分たちの考えが及ばない何かを施されているかもしれないとなると、妹であるタレナの気持ちも分かる。
本当はシンシアとアダムも誘って街を散策しようとしたが、案内された客室に二人はおらず、ケイも何処かに出かけたのか返事がない。
それなら二人で何処か出かけようと、レイブンが先ほど案内されたメイドからお勧めの店を聞き、その場所に向かおうとした時、屋敷の入り口で見かけた事のある男性の姿を目にする。
「レイブンさん、あの人・・・」
「たしかミスト=ランブルさん、だっけ?」
少し離れた場所で、先ほど応接室に乱入してきた男性が憤慨した様子で屋敷を出て行く姿を目撃する。
気まずいと思った二人は、出て行った男性の少し後で屋敷の扉を開け出ると、段差のある場所でため息をついて座り込んでいる先ほどの男性を目にする。
「もぉ~私の馬鹿馬鹿!なんであんなこと言ったのかしら・・・はぁ~」
「・・・あの~どうかされました?」
タレナが座り込んでいるミスト=ランブルに声をかけると、ひゃっ!と女性の様な小さな声を上げこちらに振り返る。驚いた二人は一瞬目をパチパチとさせ、彼は咳払いをしてからなんでもないと立ち上がった。
思えば、先ほどの様子は応接室に乱入してきた時の印象とは大分違うなと感じた。
深刻そうに独り言をしていたミスト=ランブルに、タレナが何か困り事でも?と尋ねると、彼は一瞬たじろいだ様子を見せる。
それから「あなた達には関係ない」と言い放ったかと思うと、あっ!とした表情で自身の口を塞いた。
「あ、あなた達・・・私の口調が変だと思わないの?」
「口調、ですか?」
「いや?少し個性的だけど、別に誰がどう思おうと貴方にとっては普通のことじゃないのか?」
「ふふっ、変わっているわね。私、こんなナリだから珍獣扱いされているのよ」
自虐的な物言いのミスト=ランブルに疑問を浮かべたタレナとレイブンは、互いに顔を見合わせてから合点がいったのか「あぁ~」と納得をする。
ミスト=ランブルは、女性的な仕草や言動から地球で言うところのオネエである。
銀髪に中性的な顔立ちをしているせいか、男性とも女性とも見てとれる容姿に人気があるように見えるが、裏を返せばその言動に引かれて離れてしまう者も少なくなかったのだという。
「私ね、前々から親や親族に結婚しろ~なぁんて言われちゃってて・・・でもこんな感じだからお見合いとか駄目になっちゃうの」
「何が悪いんだ?」
「この国の男性は、私みたいにナヨナヨしてないから~」
ミスト=ランブルは見た目以上に年齢が上のようで、今までに特定の女性と付き合ったことはあれど、結婚まで自身のせいで辿り着かなかったという。
しかし板挟みになっていた時にゴルゴーンからロザリンドとの婚約話が舞い込み、ダメ元でそれを了承した。
もちろん、素である今の姿を隠してロザリンドと対面をしたのだが、最初の顔合わで出会った第一声が「軟弱者!」と言い放たれ、馬競り合った結果お流れに。
今までに四度ほど顔合わせの機会があったのだが、礼に漏れずロザリンド側の都合が付かなかった(ロザリンドが首を縦にふらなかった)為に実現せず、ゴルゴーンがミスト=ランブルに謝罪をし一度は和解に至ったのだが、トドメの書状にキレた彼が先ほどの応接室に乱入した、というのが事の流れだった。
「はぁ~、やっぱり今回も無理、よねぇ・・・」
右頬に手を当てて項垂れるミスト=ランブルに、二人は何と声をかけていいのかと迷っていた。
レイブンとタレナが出会ったミスト=ランブルは、女性的な仕草と言動により悩みを抱えていた。
ロザリンドとの婚約は本当に解消されてしまうのか?
次回の更新ですが、引っ越しのため10/30までお休みしまして11月から再開を予定してます。
なるべく早めに戻れるように努力します!
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