229、弟の思い
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、羽翼族の長とラオの家族の悩みについて。
「ラオ!!」
ケイ達が車いすを押して町へ向かっている途中で、ラオを探していたとおぼしき男性と出会った。
四十代ぐらいの男性は、狩りか身体を鍛える訓練をしているのか体格がしっかりしており、一見スパルタンのように見えた。しかし男性の表情は、まるで子を心配する父のようでラオの姿を見つけると安堵したのか車いすの前で膝をついた。
「ラオ、無事で良かった。昨日から家に帰っていないってミゼリから聞いたからみんなで探していたんだ。一体、何があったんだい?」
「ごめんなさい。ちょっと・・・」
男性は怒ることなく安堵した表情のまま、諭すようにラオに語りかける。
次に男性はケイ達の方を見やり、背中に羽根が生えていないことに気づくと、一瞬警戒の目を光らせた。
「でか、あんたは?」
「私は羽翼族の長のバルトルだ。君達は?」
「俺達はこの大陸の外からやって来た冒険者だ。あんたらで言う人族と言えばわかるか?俺はケイで、後ろに居るのは俺の仲間だ」
ケイが自分たちのことやラオと会った経緯をバルトルに説明すると、ケイ達とラオの方を交互に見つめ驚きの表情を浮かべる。
特にラオは、大陸から落ちたとなれば即死は免れないと思ったのだろう。
大陸の下は海だが、高さを考えると水面に当たればコンクリートの上に落ちる衝撃と同じ状況にあたるため、水面だからといって大丈夫というわけではない。
ましてや魔道船の上に落ちたのだ、シンシアが言ったあの高さであの程度ですんだことに奇跡しかない。
「ラオを保護してくださり、ありがとうございます」
「冷静に考えると海でも落ちたら即死だからな。ほんとに運がよかったとしかいいようがない。とにかく知り合いに会えてよかったな」
ケイがラオの顔を覗き見ると、心なしかうかない表情で頷いた。
その後、バルトルからお礼を兼ねて町を案内して貰えることになった。
草原に囲まれた道を進んで行くと、目の間にギリシャのような町並みと奥にアンコール・ワットの様な建物が広がった。ここはガラー唯一の町で、人口が30万人とそこそこ大きい町である。ここでバルトルは羽翼族の長として町を支えている。
その道中に羽翼族の事を聞いてみると人に翼が生えた人種で、他の種族よりは寿命が短いと言われているが男女共に平均寿命が150才と人間と比べるとかなり高い。
もちろんバルトルは、ケイ達の事というより人間(人族)のことに興味を持っているようで、あれこれと尋ねてきた。
実は人間も理論上では150才ほど生きるのだが、怪我や病気により身体が持たず国によっても異なるが、日本では大体平均寿命が81~87才ぐらいだと言われている。
「バルトル、この国に過去の歴史についての資料ってあるのか?」
「歴史の資料ということかい?それならあるにはあるが、私達の時代より複雑な文字や言葉を使っているようで解読が難しいんだ。もちろんガラーにも歴史の専門家はいるが、解読する上での資料が乏しいのが現状だ」
バルトルの話では、羽翼族の言語はアブヤド語になる。
しかし時代が変わったせいか、今の羽翼族は昔のアブヤド語が読めないらしい。
まぁ、どの世界・時代でも変化は大なり小なり存在する。古代の言葉や文字がわからないことなど考えれば当然かと思いに至る。
「ここが、我々が住む町だ」
バルトルに案内され羽根の生えた女性を模した町の門をくぐると、ギリシャの町並みの様な景色が広がり、白い建物が町全体に統一感を持たせている。
奥には急勾配の坂の上に先ほど遠くで見た建物がそびえ、両側にはアンデス山脈の麓にある自然遺産のような光景も見られる。
町の敷地も大分広く、上空で大陸全体を見通した時に2/3が町で残りが森や泉、草原などが広がっている。
仲間達はその光景に声を上げ目を見張ったが、ケイは地球にいた時の他国にあるような風景を前になんだかな~と苦笑いを浮かべる。
「この町は結構急な場所に作られているのね~」
「エストアもそうだけど、限られた土地に建物を建てるとなると必然的に坂や階段が多くなるんだよ」
「でも見る限り、羽翼族は歩いて移動ってしないみたい」
行き交う羽翼族の人々は、皆空を飛んで移動する。
シンシアとレイブンの会話にバルトルが、元々この場所は山や岩を切り崩して建てられたため高低差が大きく坂や階段を多く必要とするが、羽根を持っている羽翼族は飛んで街中を行きしているのでそう感じるんだろうと述べる。
要は、町全体が歩きを想定した造りにはなっていないということだ。
「これ、車いすじゃ無理だな~」
高低差があり、かつケイ達の前に上下に何十段もある階段がいくつも見える。
エストアとは違った高低差のある町の造りにラオをどうするかと考えていると、バルトルが少し遠回りになるが自分の屋敷まで行ける道があると明言する。
彼が示した先には町の西側に住宅街に挟まれた緩やかな坂があり、そこから屋敷に続く坂道が見える。屋敷の周りには、建物を囲むように小さな森のようなものが見えるが、あれは植林場とのこと。草原が広がっているこの大陸には、森のような地形が見られないことから、代々、木を植え続けては自然とうまくやってきているのだという。
アダムが車いすを持ち運び、ケイがラオをおぶって坂に続く道を歩く。
坂に続く手前の階段を降りる際、普段使われることがないのか田舎特有の木造二階建てに見られる急斜面のような階段が目の前に現れる。
階段の幅は20cmほどしかなく、普通に降りるとシンシアの小さな足でもはみ出るくらいの幅しかなく、全員が一歩ずつ降りるように足を横にしながら進む。
空を飛んで移動している他の羽翼族達が不思議そうにこちらを見つめているが、今は気にしている場合ではない。全員が降り終えると、変な汗と安堵感を感じたのは羽翼族にはわかるまい。本当に恐かった、ただそれだけである。
「これでマシって、登山と間違えてねぇか?」
住宅街に囲まれた坂を登る道中で、ケイがそんなことを口にする。
バルトルはゆるやかな坂と言っていたが、正直な話、見た目以上に急な坂だということを車いすを押して歩くケイが体感し後悔をするはめになる。
まさか、異世界で車いすを押して坂を登るとは思わなかった。
途中でシルトに交代してもらった頃には、両腕がパンパンになっていた。
シルトが車いすを押しながら坂道を登る苦行に『これはいいアイディアを貰った』と口にしたが、恐らく何らかの形で魔道船の船員達に向けてのトレーニングメニューに加える気だろう。あまり詮索をしてはならない。
坂道を登り終えた頃、屋敷の周辺にある植林場が目の前に広がった。
奥には年代を感じさせる遺跡のようなバルトルの屋敷が見える。
聞けば、屋敷は世界大戦後に建てられたが、町の建物は建てられてからほんの500年程しか経っていない。ほんのという表現に苦笑いを浮かべたことはさておき、屋敷に到着したバルトルは、怪我で飛べないラオによく町の外まで出たなと感心の声をここで上げる。
ラオは普段、姉とこの屋敷で世話になっている。
二人の両親は早くに亡くなり、当時父親の友人であるバルトルが二人を引き取ったという経緯がある。ケイはラオを保護した時、なぜあんな場所に居たのかを聞いたのだが答えてはくれなかったとバルトルに話した。
それを聞いたバルトルには思い当たることがあるようで、実は自身の息子とラオの姉が関係しているのではと口にする。彼の息子・ユアンは、近々ラオの姉・ミゼリと結婚する運びになるのだが、それに関してラオが抗議の意味を込めて屋敷を出たのではと推測をする。
現にラオの顔をちらっと覗いてみると、見透かされた恐怖からなのか心なしか顔が青く見える。
怒られるのではと身を竦めている様子があったのだが、バルトルは決してラオのことを叱らず、先ほどと同じようにラオを落ち着かせるために車いすの前にしゃがんでから「本当に良かった」と一言。
「ラオ!!」
バルトルがラオの無事を再度確認していると、反対側から女性の声が聞こえた。
ケイ達がそちらを向くと、一組の男女がこちらに飛んで来るところが見える。
一人は十代後半とおぼしき三つ編みをリースのように結わいた女性で、顔立ちがはっきりしているがラオに少し似ている。もう一人の男性の方は二十代前半ぐらいだろうか、キリッとした中に甘さの残る精巧な顔つきをしている。
二人が地面に着地すると同時に女性の方はラオの元に駆け寄り抱擁をする。
こちらもかなり心配した様子があったのだが、一方のラオは表情は硬く、女性の姿を見るや怒りが見え隠れしているなかでトゲのある言い方を投げかける。
「姉さん、僕が知らないと思った?」
「えっ?・・・なんのこと?」
「なんのこと?じゃないよ!僕、知ってるんだ!姉さんとユアンが僕のせいで結婚を延期しようとしているのを!!」
ラオの姉とおぼしき女性はその言葉にハッとし落ち着くようにと説得をしたが、火に油だったのか、ラオは自分が居なければ二人が迷う必要はないんじゃないか!?とかバルトルさんに話したことは僕も聞いていた!などと責めるように矢継ぎ早に二人に言葉を投げつける。
「ラオ、少し落ち着きなさい」
「バルトルさんも僕のことを子供だと馬鹿にしてるんでしょ!?」
「ラオ!」
少し強めの口調でバルトルにラオが押し黙り、困惑する二人の男女は互いに見合わせ俯く。
「とにかく、今は姉さんの顔を見たくないんだ」
どっか行って!とラオが投げやりな言葉を返すとバルトルと男性が目配せをし、男性は女性を連れてその場をあとにする。
「なぁ、どういうことなんだ?」
「さっきの二人がラオの姉のミゼリと私の息子のユアンです」
「結婚が延期と言ってたが?」
「ミゼリはラオのことになると極度の心配性になるようで、怪我のせいでひとりぼっちになってしまうんじゃないかと心配しているんだ」
先ほどの女性であるラオの姉・ミゼリは、二年前にラオが大華炎の練習中に怪我をして以来、何度もラオを立ち直らせようとあれやこれやと手を焼いていた。
周りから見れば過干渉に見えるが本人達は必死すぎて周りが見えていない、そんな様子がみられた。
ラオはその怪我以来、同年代の周りの子からことあるごとにそれについての嫌がらせを受け、町医者に怪我の跡を診せたが改善されることがなかったのだという。
それどころか治らなかったらそれでいいと半ば諦めている節があり、それにミゼリが躍起になって彼を勇気づけようとしていたそうだ。
ラオは姉である彼女にあんなことを言っていたが、それは本心じゃないと俯いている様子から察することができる。
バルトルは、その一見から嫌がらせをしている他の子達にも注意をしてはいたが、飛べない羽翼族に言って何が悪いと馬耳東風だったようで、他人を傷つけてはならないと常に言い続けている。ミゼリがラオを心配するあまりに式の延期を申し出たようで、それについても彼は頭を悩ませていると困った笑みを浮かべる。
ラオが少しでも良くなればと俯くバルトルに、他人であるケイ達も何と言っていいのか分からず二人を交互に見つめているだけだった。
ラオは、姉のミゼリが自分の事で結婚自体を延期しようとしたことを知り激怒していた。
もちろん姉とバルトルの息子・ユアンはラオを心配するが、それが気に障ったのかなかなか上手くいかない様子がみられた。
果たして姉弟喧嘩の行方は?
次回の更新は9月30日(水)夜です。
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