225、リュエラの証言
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、リュエラによる歴史の証言回です。
翌日の早朝のことである。
この日は珍しく甲板に長机が並べられ、既に何人かの船員が青空の下で朝食を取っていた。
以前ケイが「青空給食がしたい」とボソッと独り言を言い、マカドがダットと掛け合って試したところ、見事に外で食べるという行為が船員たちにウケたことをきっかけに、航海中は月に数回、こうして甲板で長机と椅子を準備し朝食を取るという面白い試みを行っている。
甲板では、別の長机でマカドが朝食の準備をしていたところ、精霊達がなにかなにかと興味本位で近づきそれを眺めている。
ドゥフ・ウミュールシフ滞在中にマカドは緑の精霊と仲良くなったため、野菜や木の実などの食材が容易に手に入るようになった。また、ヴェルティヴェエラとノヴェルヴェディアは、海の精霊と仲良くなったことをきっかけに海での簡単な魚の捕り方をレクチャーしてもらい、捕獲する魚の漁が以前よりも圧倒的に多くなった。
残念ながら肉については島に肉食系の魔物がいないため手に入りづらく、空を飛んでいる鳥の何割かが鳥の姿をした空の精霊ということもあるため、鳥類と精霊の姿を見分けるのは短期間では難しいため断念した。
「おはようございます」
「あ!リュエラさん、アナベルさん、おはようございます」
食事のパンを食卓に並べている途中で船にリュエラとアナベルが姿を現し、ダットから二人のことは聞いているとマカドが招き入れる。
二人は昨日の件もあり些かぎこちなく見えるが、彼女たちを見る限り、本来の親子の態度や表情が所々出ている。アナベルに至っては、昨日のこともあり恥ずかしいのか“来てあげたわ”と言うようなツンデレ風の態度で照れ隠しをしている。
「ところで、みなさんは?」
「ダットさんはこの時間ならまだ寝ていますよ。あの人はいつも遅いですから。ケイさん達はどうだろう?アダムさんとレイブンさんなら起きているかと。時間的にはまだ速いですから、もう少ししたら皆さん起きてくるかもしれませんね」
リュエラとアナベルを除いた精霊達は、基本的に睡眠や食事を必要としていない。
精霊達は大気中の魔素を吸収し、それをエネルギーとして変換する体質を持っているため、それ故に人の様に食事や休息のための睡眠という行動はあえてすることがない。だからといって興味がないのかと問えばそれは個々に感じ方は違う。
彼らは基本的に好奇心旺盛で、他の生物がしていることを興味本位で覗き見たり体験したりと行動範囲が想定以上に広い。
ちなみにリュエラとアナベルは精霊族でありながら、人と同じように眠ったり食事を取ったりすることができるため、一般の精霊とは異なった特性を持っている。
それは一見長の家系だからという風にも取れるが、実際のところは過去に交流のあった他種族の影響からきているそうで、現にマカドが入れた紅茶を二人が口を付けほっとした表情を浮かべる。
「はぁ~よく寝た」
それからケイ達全員がその日の活動を始めたのは一時間後の事だった。
最後にケイが起きてきた頃には皆朝食を取っている最中で、シンシアからいつも遅いとクレームを入れられるが、本当に朝が苦手なケイにとっては仕方がないのでいい加減に諦めて欲しいと頭を掻く。
食卓を見るとリュエラとアナベルの姿もあり、二人の向かいにはレマルクとイベールの姿もある。
アナベルの方は少し気まずい表情をしていたが、いつもと変わりなく二人の兄弟が彼女に話しかける姿を見て、昨日のことがあっても変わらずに接する彼らに大人だなという印象を持つ。
「リュエラとアナベルも一緒だったんだな。で、仲直りはできたのか?」
ふふっとリュエラが笑いアナベルを見つめる。
アナベルは、口に付けた紅茶からマカドが用意した朝食のパンを恥ずかしそうに掴んでから千切って口の中へ。その様子だと先日の態度よりは軟化しているところが窺える。
「ところで皆さんは精霊に導かれてこの島にやってきたと聞きましたが?」
「あ、そうだった。実はリュエラに聞きたいことがあるんだ」
水の入ったコップを片手に、ケイが思い出したかのように口に含んだ水を飲み干してからいくつか問いかけをする。
「この島に過去の文献ってあるのか?」
「過去の文献ですか?」
ケイはリュエラに自分たちがこの島に来た経緯と目的を説明し、もし過去についてわかる文献があれば見せて欲しいと尋ねる。
リュエラはケイの問いに精霊族は他の種族とは異なるため、過去の出来事を文献として残していないと首を振るが、ケイはそれを想定していたためガッカリするということはなかった。
「あとジュランジとルバーリアのやつらから、この島の入り江にある女神像の話を聞いたんだが、それって何処にあるんだ?」
「女神像、ですか・・・」
リュエラはそこで少し考えてから言いにくそうに実は・・・と思い当たることを口にする。
「たしかに女神像はありました。ですが、世界大戦前にシルト様によって壊されてしまいました」
「壊された?」
彼女の話では、アナベルが生まれる遙か前にアグダル人との諍いによりこの地にやって来た頃には既に女神像が立っていたのだという。
しかし世界大戦前に精霊族を匿うために船でこの島に来たシルトによって、像は破壊され、それ以降シルトやナザレは精霊族に会うことなく今に至る。
「女神像をシルトが壊した?」
「一体、どういうことなのかしら?」
疑問を浮かべたアダムとアレグロがシルトを見やり、その話の当人は記憶がないのか困惑の表情を浮かべる。
ケイはリュエラに女神像の事を聞いたことがあるのかと尋ねると、精霊族をアグダル人から守るためにやむなく破壊したということしか聞いていないと言った。
それを聞いたケイは、もしかしたら・・・とある仮説を立てる。
「俺の仮説が正しければ、この島にあった女神像はエルフの森と同じ物だった可能性があるな」
「桜紅蘭とルフ島やアルバラント城と海底神殿のようにか?」
「あぁ。リュエラ、あんたはその女神像を見たことがあるか?」
「え?あ、はい。ですがそれがなにか?」
「その女神像ってさ、“海の方を向いていなかったか?”」
アダムとの掛け合いの後、リュエラは見てもいないのになぜ知っているのかという表情に変わり、それを見たケイは自身の仮説が現実味を帯びたと確証を得る。
「ケイ、どういうことだ?」
「なんだ、まだわからないのか?要は俺達が見てきた女神像は“転送ゲート”の役割を果たしていたんじゃないかと思ってるんだ」
一同が「転送ゲート?」と首を傾げる。
ケイは鞄から地図を取り出すと食事中であるにも関わらずテーブルに広げ、大陸にある女神像の位置を指し示す。
「アルバラント、エルフの森、フリージア、ミクロス村そしてルフ島。桜紅蘭にあった時点で、俺はその延長前にもう一対あると考えた」
「あ、そうか!桜紅蘭の延長線上はルフ島ね!ということは、他の場所にある女神像もその延長線上にもう一つあるということかしら?」
「そう。リュエラの証言から、この島にあった女神像の本来の役割を知っていたシルトはアグダル人がこちら側に来られないようにその機能を破壊した」
ケイの説明になるほどとシンシアが手を打つ。
確かに地図上では、おおよそ船で何日もかかる位置に全てある。
頑張れば船で行けなくもないが、コストやリスクを考えると、当時その場所に互いの島を行き来するために導入された可能性は十分にある。
それを裏付けるのが、五大御子神をモチーフにした五体の女神像である。
各地に対になるように設置された女神像を作製したのは、アスル・カディーム人で間違いないだろう。女神像の顔立ちがアレグロやタレナに似てる(言われるまで気づかなかったが)ことからこれはほぼ確定。
地図を見ると直線距離でありながら距離がだいぶ離れているとみると、当時は大陸同士での行き来があったのではと推測することができる。
「ちなみに精霊族は、他の人種や種族との交流はあったのか?」
「いいえ。夫は当時から他種族との交流に危機感を抱いていました。特にアフトクラトリア人には気をつけていたようです」
「それって、人魚族やルシドラの子のことか?」
「ご存じだったのですね」
「ここに来る前に獣族と人魚族から話は聞いた。でも俺の想定していたことが起こっていたとなると話は変わってくるな」
ケイがリュエラに話している内容について、二人以外の者たちはなんのことだと疑問を浮かべた。それまで黙っていたシンシアが、自分たちにも分かるように話をして欲しいと頼む。
「ねぇ、二人はなんの話をしているの?」
「ルシドラの子供を殺したのは、人魚族じゃなくて“アフトクラトリア人”って話をしている」
「えっ!?ち、ちょっとまって!?どういうことなの?」
話の急な展開について来られず混乱しているシンシアたちに、ケイはとある話と自身の見解を述べる。
「俺の想定が正しければ、人魚族を誘拐したりルシドラの子供を殺して人魚族が殺した風に見せかけたのは全部アフトクラトリア人になる。この大陸中に“ある話”があるかはどうかは知らないが、それが本当に行われてきたのなら彼らの真の目的はアスル・カディーム人ってことになる」
「ケイ、もう少し分かりやすく話をしてくれないかしら?ルシドラの子供を殺したり、人魚族を誘拐したのはアフトクラトリア人だってこと?それに“ある話”ってなんなのよ?」
「俺の国には、人魚の伝説がおとぎ話として伝えられているんだ。それは人魚の血や肉、心臓を食べると【永遠の命】を授かることができるって話だ」
それを聞いたシンシアは顔を引きつらせ、ケイとリュエラ以外のメンバーは互いに顔を見合わせる。
地球では娯楽の一つとしておとぎ話や都市伝説として知られているが、実際のところ人魚は伝説上の生き物で、各国によっても伝承の伝えられかたは異なる。
日本にも人魚の存在が語られており、最古の話では619年の『日本書紀』などに記されている。
まぁ、それもあくまでも娯楽として考えられていることがあるため真偽はここでは問わない。
「でも、仮にアフトクラトリア人が行ったとしてもなんで真の目的がアスル・カディーム人なのよ?」
「それは、彼らが【永遠人】だからなのです」
シンシアの疑問にリュエラが気になる発言を返す。
彼女の発言により、アスル・カディーム人の詳しいことが明かされるとは、ある程度想定したケイも意外な反応を示したのだった。
リュエラからアフトクラトリア人の行動とアスル・カディーム人のことが語られました。
彼女の口から【永遠人】という言葉に重要な証言を得たケイ達は、更なる証言が彼女から語られることになります。
次回の更新は9月21日(月)夜です。
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