224、母と娘
皆さんこんばんは。
遅くなって申し訳ありません。
さて、今回はリュエラとアナベルのお話です。
「ケイ、あれってレマルクとイベールよね?」
ダットとリュエラの会話が人段落した頃、シンシアが魔道船の甲板からレマルクとイベールが慌てて降りてくるところを見かける。
彼らの前には青緑色の光が飛び交い、まるで二人を誘っている風にも見える。
「レマルク!イベール!お前ら何処行くんだ!?」
「あ!ダットさん、すみません!ちょっと外出します!あっ!?待って!!」
声をかけられたレマルクとイベールは、ダットにすぐ戻りますと言い残し、青緑色の光を追って慌てて精霊の住み家の方へと駆けて行ってしまった。その様子を見ていたリュエラが「あれは・・・」と呟き、ケイはあの精霊がアナベルと契約した精霊ではないかと思い至る。
「ちょっと、俺も行ってくるわ!」
「えっ!?ケイ!!?」
今度はケイが後を追うために駆け出し、ダットもそれを察したのかそれに続くと、残されたアダム達はまたかとため息をつきながらも、ブルノワと少佐を抱えてバタバタと二人の後を追ったのだった。
レマルクとイベールが精霊の姿を追って精霊の住み家を抜けると、光はそこから北へと進路を変える。
光を追っている二人の視界の前方に、夜も更けているというのに色とりどりのイルミネーションのような森が見えた。
森自体も月の光が反射し、パステルカラー調に色とりどりの木々が生い茂る。
葉と枝は様々な色が混ざり合い、まるで飴細工のような美しい透明感のある色の甘さを演出しており、光る飴細工のような森は摩訶不思議な演出でそこに住む精霊達を楽しませているが、精霊を追っている二人には視界に入れど楽しむ余裕はない。
地面からむき出している湾曲した根や、木々の間から不思議な色合いのツタが二人の行く手をイタズラしているようにも感じるが、精霊はまるで二人を誘うかのように足を取られては立ち止まり、ツタに絡まれば立ち止まるなどこちらの様子を確認する感じが見られる。
しばらく精霊の後についていくと、急に視界が大きく開けた。
森の中に広場の様な空間が広がり、中央には月夜に照らされた巨樹が存在感を放っている。
やっと着いたとレマルクとイベールが息を整え目線を前方に向けると、青緑色の精霊はその巨樹の周りをくるくると回り、それはまるでここだよと二人に示している風に見える。
「ここに何かいるのかな?」
「レマルク、何かあるといけないから後ろに隠れてくれ」
「ははっ、大丈夫だよ!兄ちゃんってば心配性なんだから~」
「だけど~」
レマルクは先ほどの経験からか、以前の様に暗がりを怖がったりする素振りはなくなったように見える。
人間なにかを経験すればそれが糧になると、身をもって実感したのだろう。
イベールとしてはいつまでも幼い弟という意識だったが、逞しくなったなと思う反面、少し寂しいなという感情も抱く。
二人は精霊がいる巨樹に歩み寄った。
そびえ立つ壁のような存在感を漂わせている巨樹は、二人が並んで両手を広げても有り余るほどの太さで広場に飛び交っている精霊達を見守っている風に見えた。
精霊が必死に何かを訴えているような感じがし、何かあるのかと巨樹を右手で触れながら時計回りに半周すると、先を歩いていたレマルクがあっと声を上げる。
巨樹の中にぽっかりと穴が開いている箇所を見つける。
そこは人が一人入れるほどの大きさだが、牢屋のように木の枝がいくにも重なって中に入ることを拒んでいる。その中から二人の耳にすすり泣く声が聞こえ、誰か居るのかとレマルクが声をかける。
「だれかいるの?」
くぐもった少女の声が微かに聞き取れ、再度声をかけると遮る枝の隙間からアナベルの姿を確認する。
「ア、アナベルさん!?」
「・・・あ、あなたはたしか」
「僕は魔道船の船員のレマルク。兄のイベールと一緒に精霊の後を追ったらここに来たんだ」
まさかそこにアナベルがいるとは思わなかったレマルクが、何故彼女がこんなところにと疑問を抱いたが、そもそも互いに顔は知っているぐらいで、騒動が起こってからちゃんとした自己紹介がこれが初めてだったと気づく。
「・・・わたしを笑いに来たんでしょ?」
「えっ?」
「だってそうでしょ!?お母様にいらないと言われてここに閉じ込められたから、精霊と一緒に馬鹿にしにきたんでしょ!?そうだと言いなさいよ!!」
アナベルは自暴自棄になっているのか、いくにも重なった枝の一部に手をかけて隔てた先にいた二人に怒鳴り散らした。
実の母親からいうことを聞かない子は入らないとさじを投げられ、精霊達とは仲良くなれず、大陸外の人間が自分をあざけ笑うような気がしてどんどん彼女の中で追い詰められていく感覚を覚える。
「精霊の長の娘なのに」と他人のせいにしたい気持ちがある一方で、自分が生まれたことにより世界大戦が始まり父が戦争で死んだ。
実際はアナベルの思い違いなのだが、精霊達の態度や時代状況、精霊の長の娘としてはまだ若いこともあり、さまざまな要因が重なってネガティブな発想が生まれ、彼女をさらに追い詰める結果となる。
「リュミエさんは本気でアナベルさんをいらないって思ってない。本当は心配して色々と考えていたはずだよ」
レマルクの言葉に何を言っていると言いかけたアナベルだったが、父親が亡くなって以来、母の手一つでここまで育てて貰ったことに、もし本当にいらないのなら既に捨てられていたのではと、ふとそんな考えをよぎらせる。
「それに、僕はアナベルさんが羨ましいんだ」
「羨ましい?この状況でよくそんなことが言えるわね!?」
「違うよ・・・母親がいる君が羨ましくて仕方ないんだ」
その言葉に驚きの表情を浮かべたアナベルに、レマルクが哀愁漂う表情で彼女を見据える。
「僕たちの母親はレマルクが産まれてすぐに亡くなったんだ。だから弟は母親の姿おろか顔も知らないんだ。もしかしたらレマルクは、君と君のお母さんを見て、ないものねだりをしていたのかもしれないね」
イベールが続き、俯くレマルクにそっと肩に手を置く。
母親が亡くなった時は、イベールも三才だったことからその顔はうろ覚えだった。
しかし母親という家族の概念が元から欠如しているレマルクは、時折町で親子連れを見かけては恨めしそうにその後ろ姿を見ていたことを知っている。
本来なら母親に甘えたかったがそんな願いも叶わず、人一倍気を張っては元気な振りをしていたが、兄であるイベールはそんな彼の寂しさを感じていた。
「イベールとレマルクの親父さんはどうしているんだ?」
「二年前に病気で亡くなったと聞いている」
その様子を少し離れた場所で見ていたケイが疑問をダットに尋ねる。
二人の父親は元々あまり身体が丈夫ではなかったが、母を亡くした二人のために懸命に働き、ある時体調を崩しそのまま半月後に亡くなったそうだ。
当時、家族で商業都市ダナンの住宅地に住んでいたそうなのだが、父親が亡くなったことを期に収入面が厳しくなり、住宅を管理している責任者によって住んでいた家を身一つで追い出されたそうだ。
その頃にはすでにイベールも働きに出ていたが、親が居なくなったということだけで二人を追い出し、家にあった家財も全て売り払われ、ダットに会うまで路上で過ごす日々を送っていた。
「それって法律でいうとどうなるんだ?」
「もちろん違法なるんだが、俺が二人を保護し領主に意見した時点で一年以上経っていたらしくてな、二人の家は取り壊されて店として再建された後だった」
「お父様に意見するって、ダットさんって結構行動派なのね」
「なぁに、あいつらのためならなんだってするさ」
その事を知ったダットは当然領主であるシンシアの父・オランドに意見したが、二人の家は店に変わった後だった。
話を聞いたオランドは、住宅地の責任者を処分。当然、兄弟には賠償金として相当な額が支払われたが、しばらくは二人の思い出ごとなくなった場所を眺めていることがあったそうだ。過ごした場所が跡形もなくなったのだから無理もない。
もちろん新しい住宅を提供されたそうだが、二人は首を振らずに結果としてダットの船員として過ごすことになる。
現在ダジュールでは親が不慮の事故で亡くなった等の場合に、政府が子供達を引き取り自立するまで生活を支援する制度がある。
その制度自体はガイナールが即位した五年前と比較的新しいのだが、制定前は違法に子供を売りさばく事例もあったそうだ。なお、現在はアルバラントを中心に支援施設という場が設けられており、二人のように何らかの事情で親が亡くなった子達が、確認されただけでも全国に約150名ほど存在している。
今でいうところの児童相談所のような場所と思ってくれていい。
本来ならイベールとレマルクもそういった施設で過ごすことが適切だと思われたのだが、ダットは二人の意見を尊重し養子とまではいかないが引き取って他の船員と同様に面倒を見ている。
二人にとってダットは父であり、尊敬する人物でもある。
最初こそダットはまだ若い二人を船員として引き入れることに躊躇していた。
しかし行く場所のない二人は必死に頭を下げ、彼についていこうという二人の気負いも見られたそうで、結果として今がある。
自分のこと以外でこんなに悩んだのは、久々だとアナベルを諭す二人の姿を親の目線のように見つめていた。
「アナベル・・・」
レマルクとイベールに諭されているアナベルの前にリュエラの姿があった。
アナベルは彼女の姿に顔を青くさせながら、いろんな思いを巡らせていた。
そんな娘の表情をみたリュエラは、反省と称して閉じ込めている張り巡らされた木の枝を排除し、彼女の前に立つと何かを言おうとするアナベルより前に身体が勝手に動き深い抱擁をした。
「お・・・お母様?」
「アナベル・・・・・・本当にごめんなさい」
思考が働かないアナベルは面を喰らったような表情をし、リュエラは娘を強く抱き締めると謝罪の言葉を口にした。
抱き締められたアナベルは一瞬どういうことなのかと思案したが、思考が状況に追いついて来ず、リュエラから謝罪されたことだけは聴覚で認識していた程度で、なぜ謝るのか?なぜ抱き締めているのか?と疑問を浮かべ続ける。
「アナベル、私は今まで母親の立場として接してきましたが、本当は長の娘だからなんとかしたいという体裁が強い故にあなたを苦しめてきました。長である前にあなたの母親。結局は、それに気づくまでにあなたのことを何も見ていなかったわ」
「お・・・・・・お母、様・・・お母様~~~」
リュエラはアナベルの前に膝をつき、小柄な彼女に目線を合わせると自分の言葉でそう伝えた。
母親から謝罪と胸の内を打ち明けられたアナベルは、この時になってようやく自分は“いらない子ではなかった”と理解できた気がした。
リュエラにしがみつき、大粒の涙を流したアナベルはひと目もはばからずに泣き続け、近くで見守っていたレマルクとイベールも互いに顔を見合わせると、その様子をただ黙って見つめ微笑んだのだった。
ダットとイベール&レマルク兄弟のおかげで、アナベルとリュエラの仲を取り持つことが出来ました。なんとかなり一安心。めでたしめでたし。
次回の更新は9月18日(金)夜です。
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