208、獣族の島ジュランジ
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、獣族のレックスの案内でジュランジに向かうケイ達のお話です。
「レックス!ジュランジはこの方角でいいのかぁ!?」
「あぁ!そのまま東に向かってくれ!島が見えてくるはずだ!」
体調の良くなったレックスと付き添いのバギラを連れて甲板に戻ってくると、ダットがレックスの姿を見つけ、教えて貰った通りに東に舵を取っていた。
そもそも、なぜレックスは今居る地点から島がある方角が分かるのか。
それを本人に尋ねたところ、今居るこの海域は島の西側に位置しており、実は結構波が激しくよく潮の流れが変わる。
ダットは単に東に向かっているということではなく、潮の流れを見て迂回するルートを取っている。彼曰く渦潮の前兆が見られるらしく、ケイ達にはわからないが波の様子が通常と少し違うとのこと。
「アレグロ、わかるか?」
「いいえ、私には分からないわ」
ケイ達がわからないと頭を振ると、その様子を見たダットがガハハ!と笑い、こればかりは長年の経験とカンだと豪語する。そういえば忘れていたが、ダットは元々漁師であり、海を毎日見ていた身としては今日はどうなのかと手に取るようにわかるらしい。
その証拠に、ダットが左前方を指さし「あそこから渦潮が発生する」と伝えると、ものの数分も経たずに急に海面に渦が起こり始め、あっという間に渦潮が形成された。
「あれは【魔瘴渦】だ」
「魔瘴渦?」
「海でよく見られる現象のひとつで、普通の渦潮とは違って魔素によって渦潮を引き起こしてるんだ」
魔瘴渦は、船や海を相手に生活している人なら知っている自然現象の一つだ。
大気中の魔素が海と合わさることによって出来る魔素の衝撃のことで、普通の渦潮とは異なり、単に引き込まれれば沈むのではなく粉々に砕け沈んでいくらしい。
船のスクリューかはたまた巨大ミキサーのようなものなのだろう。
ケイ達を乗せた魔道船は、レックスの案内によりジュランジ近辺まで進んだ。
「ダットさーーーん!島から黒煙が上がってまーす!!」
檣楼にいた船員が慌てた様子で、前方に見えた島に黒煙が上がっている報告する。
レックスはまさかと進行報告に進んでいる船の先頭に、遠くに見える島を見つけるや緑の肌でも分かるぐらいに顔を真っ青にさせたまま驚愕の表情を浮かべる。
「あの島がジュランジか?」
「黒煙が上がっているって、抗争でもあったのかしら?」
「・・・ルバーリアの人魚族が侵略してきたんだ」
アダムとシンシアの会話に呆然としたままのレックスが呟く。
その様子を見たダットはこの様子じゃまずいと判断し、島の現状がどうなっているか確認する必要があると言って急いで船を進ませた。
「こりゃ、酷ぇな」
ケイ達を乗せた魔道船がジュランジの西側にある港に到着をしたところ、すでにことが起こった後だったのか、港街は建物が燃え崩れ、物が散乱し、まさに侵略されたような光景が広がっていた。
島の住人達の呻き声と鳴き声、叫び声などもはや地獄絵図と言ってもいい。
「おい!野郎ども!とにかく片っ端から怪我人を安全な場所に移せ!・・・バギラ、お前は怪我人の治療と野郎どものの指示に回れ!」
「わかりました、ダットさん」
ダットは船の見張り番に数人を残し、バギラと残りの船員達に指示を出してから手分けして怪我人を搬送するために奮闘する。ケイ達も各自手分けして怪我人の救助に当たる一方、変わり果てた港を前に呆然と立ち尽くすレックスをブルノワと少佐が心配そうな顔をしていた。
「その方の怪我が酷いので、そちらに運んでください」
「「へい、分かりました!」」
「あとそちらの比較的軽傷の方がたは、傷口を水で洗ってガーゼで保護をしてください。包帯とガーゼはこちらにあります」
「分かりやした!」
ケイに医学の専門的な知識はないが、バギラはてきぱきと船員達に指示を出しているところを見ると、さすがに前職が軍医をしてきただけはある。
ケイ達も怪我人の手当てや安全な場所に避難させたりとしていたが、残念ながら既に事切れた人も少なからずいた。周りに散乱している武器や防具などからこの島の兵士なのだろう。遺体を並べ、白い布を被せる。後で手厚く葬る予定であるが、まずは人命救助を優先させる。
「ケイ様ー!こっち来て!!」
離れた場所からアレグロの声が聞こえた。
呼ばれたケイが彼女の元に向かうと、シンシアとタレナが怪我人を止血や傷に障るからと動こうとしているところ諫める姿があった。
怪我をしていたのは若い虎の姿をした男性で、魔法を受けたのか氷の刃が身体中に突き刺さっている。全身血まみれにも関わらず、本人は彼女たちの声が届いていないのか、自身が手にしている槍を支えに立ち上がろうとしている。
正直、気力で立っている状態だ。
「ケイ様!この人を見つけたんだけど、しきりに「マードゥック様が・・・」って言っているみたいなの!」
慌てた様子のアレグロに大丈夫だと肩を叩き、シンシアとタレナを振り払う男にショックの魔法をかけて強制的に気絶させる。その後に騒ぎを聞きつけたアダムとダットがやってきたので、二人に怪我人の救護を頼んだ。
一通り怪我人を収容し手当てをした後、レックスの願いで島の南側にある墓地に遺体を埋葬した。今回は多数の重軽傷者と二十名ほどの死者が出てしまったが、ケイ達がこの島にやって来たおかげでこれ以上犠牲者が増える事はなくなった。
「ふぅ~、これで一段落かな?」
「バギラさんありがとうございました」
「いいえ、こちらこそタレナさんの手際の良さに助けられました」
バギラの方は治療の手が回らなかったことから途中からタレナが入り、医療器具を片付け終える。タレナも綺麗な水が入った桶で手を洗いタオルで拭くと、ありがとうございましたと礼をする。
ケイ達が全てを片付けた頃には、日はとうに暮れ、地平線に沈んでいく太陽が微かに見える状態だった。
簡易テントに怪我人を運び、火をくべらせながら船員達と疲れたと腰を下ろす。
島についてすぐこんなことをするとは、ケイも思わなかったのか、待ち疲れたブルノワと少佐が胡座を掻いたケイの足の間に丸まって眠っている。
「よぉ!お疲れさん!」
ダットはマカドから料理をいくつか受け取ったので食べろとケイに差し出し、もうそんな時間かとケイは果汁酒と焼いた肉を手に頬張る。港に停泊している船の方は特にこれといった様子はなかったようで、隣に座るダットにお疲れと声をかけてから先ほどから姿の見えないレックスの事を尋ねた。
「そういや、レックスは?」
「あいつなら、さっきテントに運んだ虎野郎のところにいるぜ」
「二人は知り合いなのか?」
「詳しくは聞かなかったが、虎野郎は長の部下らしい」
ダットが様子を見に行った時、虎の男性はうわごとで「マードゥック様」と言っていたようで、先ほどアレグロ達が聞いていたことと同じ事を繰り返している。
レックスの方は虎の男性と対面した際、彼は顔面蒼白で「ギエル・・・」と口にしていた。ダットはその様子から二人は知り合いではないかと思ったそうだが、状況から聞くに聞けない様子だった。
「そういや“マードゥック”って、この島の長の名前だったよな?」
「そんなことをいってたな~」
「ダット達が走り回ってた時にそんな奴の名は聞かなかったか?」
ダットは木のジョッキを片手にいいやと首を振る。
ケイ達も口の聞ける人達から“マードゥック”の事を聞いたりしたが、皆知らないと首を振る。しかしそのなかの一人が、人魚族が襲撃した時にマードゥックとギエル達が港に駆けていくところを見たという。その人も人魚族の魔法の爆風により怪我をしたが、意識はあり言葉もはっきりしていた。
その証言から、もしかしたらマードゥックが人魚族にさらわれたのでは考える。
となると、ジュランジを襲撃し長を誘拐し彼を返す代わりに国をよこせといった侵略まがいの可能性もある。
しかし何故、二国は揉めているのか?
ダインにいるジュマ曰く、風の噂でジュランジとルバーリアが揉めている。
しかも行った先のジュランジは被害を受けている事を考えると、獣族は魔法の耐久性が弱く、逆にルバーリアの人魚族は魔法に長けている。
その事からジュランジにとってルバーリアは苦手な属性の他国と言うことになる。
しかし事情の知らないレックスに聞いても分かることは少なく、唯一事情を知っているマードゥックの部下である虎の獣族のギエルに聞くしかない。
ともあれ、ケイはギエルの回復を待つことにしたのである。
「ケイ!起きて!!」
翌日、ケイが簡易テントで休んでいるとシンシアが駆け込み叩き起こしてきた。
朝の苦手なケイは寝ぼけ眼で「寝るのが遅かった」と口にするが、シンシアはあんたはいつもそうでしょ!と言い、ケイの両手を掴み引き起こす。
正直まだ眠っていたいがシンシアから虎の男性・ギエルが目を覚ましたと聞き、ハッと目が覚める。
「今、ダットさんとバギラさんが彼を止めているの!」
「止めてるって?」
「彼、マードゥックさんを助けるって聞かなくて!」
話を聞いたケイは、ギエルがいるテントへと急いで向かった。
「ギエルさん、落ち着いてください!」
「そんなことをしている場合ではない!!何としてでもマードゥック様をお助けしなければ・・・ぐっ!」
「貴方の身体はボロボロなんです!傷も縫いましたし、お願いですから安静にしてください!!」
「おめぇ、とりあえず落ち着けって!な?」
ケイとシンシアがテントに向かうと、バギラとダットがギエルに落ち着くようにと説得をしていた。
ダットが二人の姿を見つけるや、止めてくれと伝える。
ギエルの手には自身の武器である槍が握られており、治療のために脱がせた鎧の下には、包帯が巻かれ痛々しく残っている。
「わ、私が助けに行かね・・・「【ショック】」ぐわっ!」
ケイはダットとバギラに彼から手を離せと伝えると、怪我人にも関わらず強制的にショック魔法を与えた。
シンシアから怪我人になんてことをと苦言を呈されたが、そんなことはケイにも分かっている。恐らく、一時的な混乱のせいで無理をしてまで行動しようとしていたのだろう。それを諫めるためのケイなりのやり方だ。
ケイは、ショックを与えられたギエルに落ち着かないと話が出来ないと彼の前にかがみ込みそう伝える。ギエルは頭が冷えて冷静を取り戻したのか、胡座を掻きすまないと頭を下げる。
「そうでしたか・・・ありがとうございます。もうご承知ではあるかと思いますが、私はジュランジの長の部下を務めていますギエルです」
シンシアがレックスを呼びに行っている間、ギエルに今までの経緯を説明した。
レックスを助けたことによりジュランジがルバーリアに攻撃を仕掛けたことを知りやって来たと伝えると、レックスは自分の友人で彼が生きているとは奇跡だと安堵の表情を浮かべる。
その日、レックスを乗せた船は南の海域で漁を行っていた。
船が爆撃されているところをギエルが目撃し、その後でルバーリアがある西側から人魚族が攻めてきたそうだ。もちろんギエルを含めた兵達は人魚族に対抗しようとしたが、相手は魔法を専門に扱う種族故あっさりと負けてしまった。
しかも最悪なことに、人魚族によって長のマードゥックが連れ去られてしまったことが語られる。
「ギエル!」
ケイ達の話の途中でシンシアがレックスを連れて戻って来た。
テントに入るやいなや、レックスはギエルに抱きつき無事を確かめる。
ギエルも船が爆撃されていたところを目撃したため、友人であるレックスの安否に絶望視をしていたが、彼の姿を見るやほっとしたと言わんばかりの表情を向ける。
ケイはレックスから船には複数人が乗っていたと聞いたが、自分たちが見つけたのは彼だけだったと説明すると、他の者はきっと船の底だろうと悲しげに目を伏せ、落ち着いたら彼らを弔うと続ける。
「ギエル、ジュランジとルバーリアが長い間揉めているのはなんでだ?」
「それは彼らが崇めている“モエ”を我々が奪い殺したと言われています」
「・・・はぁ?」
“モエ”という聞き慣れない言葉にケイ達は顔を見合わせ首を傾げたのであった。
マードゥックのの部下であるギエルから、人魚族と揉めている理由は“モエ”のことだと聞かされるケイ達は、全く聞いたことがないものに首を傾げます。
モエとは一体なんなのでしょうか?
次回の更新は8月12日(水)夜です。
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