195、ミナモの救出と両親の死
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回のお話は、ミナモの救出と両親の死についての回になります。
「うげ~、やっぱいるよな~」
西の集落から島の中央にある監視塔に向かったケイは、少し離れた場所でその様子を見ていた。やはり想定していた通り、監視塔の周りには紺色の着物を着た警備とおぼしき人達の姿があった。
ここに来る前に集落の人々から監視等の話を少しだけ聞くことが出来た。
なんでも大昔に他国からの往来があった際に、船を監視するために立てられた塔だという。その時代では犯罪者を収容する牢屋もあったが、今はその役目もほとんどなく集落の食料保管庫になっている。
集落は江戸時代の情緒溢れる風景であったが、集落を抜けた島の中央はなぜか西洋のレンガ建築が用いられている。建築様式はレンガを積み上げた簡素な造りだが、塔自体は大体ビル十五階ほどの高さがある。
時代錯誤も甚だしいが、他人の島にケチをつけても意味がない。
ケイが監視塔の様子を見てみると、入り口は正面に一箇所、塔の高い位置に通気用の窓らしき穴が開いている。空を飛んで窓まで行けば中には入れると考え、塔の裏手に回ると、警備の手が薄いようで人の気配はなかった。
「ここならいいか・・・【フライ】」
魔法を唱え反動を付けて空に飛ぶと、高い位置にある窓の一つに手をかける。
巡回の兵がいるかと顔を覗かせると両側に通路が延びているだけで、人の気配はないと確認し内部に侵入する。
塔の内部は薄暗く、等間隔で窓が設置されているが光を通さない構造なのか所々に壁掛けろうそくが点いている。
ここで他の鬼人と出くわせば元も子もないので、サーチで動いている人物以外の形跡を探る。やはり塔の下の方は警備で巡回している人がいるのか、いくつかの反応を探ることが出来た。そして上の方は、一つ反応があることがわかった。
「ということは、上か」
塔の上層への階段は入ってきた窓から左側に進み、突き当たりにレンガ調の階段が見えた。お世辞にもあまり出入りや使用された形跡がないのか若干埃が舞う。
手で口を覆い、サッと階段を上る途中で最近立ち入りがあったのか足跡がいくつか確認できた。
なるべく音を立てずに階段をいくつか上がると景色が一変した。
牢屋のような部屋がいくつか見えた。恐らくこの階が大昔に使用された牢屋で格子が奥に続くように連なっている。さきほどサーチで確認した反応もこの階だった。
ケイは奥に向かって歩いて行くと、突き当たりの左の牢屋に人の気配を感じた。
そこの牢屋は他の牢屋と同様に小さな窓が付いているが、逆行と室内の暗さで誰かが膝を抱え蹲っているところしか見えなかった。
「おい、そこにだれかいるのか?」
声をかけるとその人物は顔を上げたようで、ケイの姿を見るや立ち上がり牢屋越しにこちらに話しかけてきた。
「お願いです!アサイ兄さんに会わせてください!僕は何もしていないんです!」
声と体格からして青年だということがわかった。
ケイより少し背が高く、幼さを残しながらも甘い顔立ちをしているその人物は、懇願するようにこちらに話しかけている。
「もしかして、あんたがミナモか?」
「えっ?あ、あなたは?」
「俺はケイだ。ユイナから話を聞いてやって来たんだ」
話しかけてきた人物は、ユイナの兄である三兄のミナモだった。
ケイは彼に事の経緯を説明し、ここから出てユイナと合流しようと伝える。
でも、と牢屋を見ると、入り口に南京錠がかかっており鍵は下の階にいる警備をしている鬼人の誰かが持っている。
「鍵なんていらねぇよ」とケイが言い、時間もないのでサクッと出ようと両手で格子の一本を掴み、捻るように引きちぎる。ギギギとあり得ない金属音が響き、まるで飴細工のように鉄棒がひねり上げられブチッと、持っていた部分の上下が引きちぎれた。
それを唖然とみていたミナモに早く出ろとケイが急かし、慌てて牢屋から出る。
「一体何で捕まったんだ?」
「二日前にアサイ兄さんの部下の人たちがやって来て、僕を拘束すると言ってここに連れてこられたんです」
来た道を戻る道中で、ミナモがその時の事を話してくれた。
どうやら彼の知らない間にアサイとキキョウ双方の密偵をしていたんじゃないかという疑惑で拘束されたのだそうだ。本人はそんなことはなく、長争いを鎮めるために集落間を行ったり来たりしていただけなのだが、本当に急にこんなことになりどうしていいか途方に暮れていたそうだ。
ケイは二人の兄に会いに行き、アサイは部下にそんな指示をしていなかったことを伝えると、驚愕の表情でなぜこんなことにと絶句している。
「どうやら兄妹間に第三者が嘘の情報を広めていたと考えて良いだろう」
「第三者って・・・」
「こころ辺りは?」
そう問うと、ミナモは分からないと首を振る。
ミナモは島の人達と仲が良く、その中に自分や兄妹を貶めようとする人がいるというのであればそのショックは計り知れないだろう。
しかしケイは、長の地位を巡って第三者が兄妹を仲間割れさせようと企んでいることは間違いないだろうと考える。初めは兄弟感でつぶし合いをしているのではと考えたのだが、キキョウとアダム達から聞いたアサイの様子から察するにその線は薄いだろう。となると四兄妹の身近な人物でかつ仲間割れをして一番得をする人物、その人こそ今回の騒動の主犯と考えるべきだ。
「あの・・・本当に飛び降りるんですか?」
先ほどの侵入した窓まで戻って来た二人は、ここから外に出るというケイの言葉に心なしか顔を青くさせたミナモが嘘だろうという表情で尋ねてくる。
窓のを下を見ると地面までの距離があり、目視で大体ビル五階分ほどある。
ケイは大丈夫だと窓枠に足をかけると、躊躇し心の準備をしているミナモに有無を言わさず腕を掴んでそのまま飛び降りた。
同じ頃、東の集落に向かったアダムとシンシアはユイナの屋敷へと戻って来ると、その後に西の集落に向かったレイブンがブルノワと少佐を連れて戻ってくる。
「皆さんおかえりなさい」
「あら?ケイ様は?」
縁側でお茶をしているアレグロとタレナに、ケイはミナモ救出のために中央にある監視塔に向かったと述べると、ユイナが驚愕の表情を浮かべていた。
彼女曰く、監視塔にいる鬼人達は島でも上位に入るほどの腕っ節だという。
アダムはケイは正攻法でいくような人間じゃないから問題はないだろうと返し、なにか変わったことはあったかと尋ねる。アレグロからユイナの叔母のサザンカが来ただけで、彼女はすぐに帰っていったと述べた。
「そっちはどうなの?」
「こっちはいろいろわかったけど、どうも雲行きが妖しいんだ」
「えっ?どういうこと?」
アダムの言葉になんのことだかわからないアレグロとタレナに、東と西の集落にいるアサイとキキョウに会って聞いて来たことを三人に伝える。
「えっ?じゃあ、ユイナのお兄さんは捕縛の指示をしていなかったってこと?」
「あぁ。本人も知らない間に誰かが指示をしたと考えていい」
「ですが、一体誰が?」
「ユイナさん、心当たりはあるかい?」
「えっ、あ、いえ・・・・・・でも・・・」
アダムの言葉にユイナは心当たりがあるような素振りを見せたが、その人物がまさかと思い信じるに信じれない心境が垣間見られた。
「もし君が心当たりがある人物がいるのなら、可能性は0じゃない。それとこれから北東にある岬に行ってみようかと思う」
「北東の岬?」
「・・・両親が亡くなった場所です」
アレグロがどうしてと口にしたが、アダムはケイの言うことが正しければユイナ達の両親の死にも何か関係があるのではないかと思っていることを述べると、ユイナから私も行きますと声がかかる。両親が亡くなった場所ということもあり、アダムは無理をしなくていいと伝えたが、彼女はもしそれにも何か意味があるのなら知る権利があると主張する。
「ここが北東の岬です」
ユイナの屋敷から細い並木道を通った先に北東の岬があった。
岬の下を覗くと断崖絶壁で岩崖に打ち付けられた荒々しい波が見える。
シンシアは「けっこう険しい場所なのね」と口にし、下を見たと同時に身震いを起こす。
「君の両親はここから落ちたと言うことだね」
「はい。いつもはこんなことはないのに、なぜ・・・・・・」
悲痛な表情で岬から見える海を見つめる彼女に、アダム達はなんとも言えない表情でその様子を見ていた。
「そういえば岬に来たのはいいけど、何を調べたらいいの?」
アレグロが岬を見回しなにかないかと探してみるが、これといって特に何の変哲もない普通の岬である。しかしケイは、もしユイナ達の両親が何者かに事故に見せかけて殺害されていたとしたら、その痕跡が残るはずだと言う。
アダムは岬に何か異変はないかと目を皿のようにさせ辺りを見回す。
「ねぇ、みんな!こっち来て!」
少し離れたところにシンシアの声が聞こえた。
岬から右に進んだ草むらの前に何かをみつけたのか彼女が立っている。
手招きをしているのでそちらに向かうと、シンシアの指さした先に石像の様な物が立っている。
「ねぇ、あれって女神像じゃない?」
「ホントだ。ユイナ、あの像は元々あったものか?」
「は、はい。大昔からこの島にある石像です」
草むらをかき分けアダムが近づくと、ルフ島で見た女神像と同じ物が立っている。
まさかここに来て女神像が見られるとは思わなかったが、どうやらルフ島にあるシェメラの像と同じ物だとわかった。
「すまない!だれかこっちに来てくれ!」
いろいろと気になることがあったが、ここでレイブンから助けを求める声が聞こえた。アダムがどうしたと駆け寄ると、抱っこをされているブルノワが何かを嫌がるように早く帰ろうと半べそをかいている。レイブンの足元にいる少佐は心なしか三頭とも顔が青白く、何かを嫌がるように『クゥ~ン』と鳴いた。
「ちょっと大丈夫なの?」
「わからない。この辺りに来たら、ブルノワと少佐が突然嫌な顔をし始めたんだ」
暴れ回るブルノワを余所にレイブンは困った表情でなんとか宥めようと、背中を摩ったりあやしたりしている。シンシが少佐を抱えて顔を覗くと、特にヴァールが気分が悪くなっているようで今にも吐きそうな表情をしている。
「とりあえず一旦戻った方がいいのでしょうか?」
「いや、直前までなんともなかったから特に何かを食べたというわけじゃないみたいだけど、少し距離を離れて様子を見よう」
心配そうに見つめるタレナとそんな会話の中で、ブルノワは『くさいのいや~!』と本格的に泣き出し、少佐もグロッキーになっていることからこの場を離れて様子を見よう考えた。
(何か臭う?ということはやっぱり何かあるということか・・・)
その様子にアダムは岬には何かがあると考え、辺りをくまなく散策する。
「アダム、急にどうしたのよ?」
「ブルノワと少佐が急に臭いと言い始めたから、もしかしたらこの岬に何か仕組まれているんじゃないかと思って」
「岬に?どういうことよ?」
「ユイナ達の両親が亡くなったのは、何か仕掛けられていたってことだ」
えっ?とアレグロが驚き、まさかと口にする。
アダムが辺りを探っていると、風に乗ってふと何かの臭いがした。
その元を辿ると岬の崖の辺りから油のような臭いが微かに漂い、もしかしてこれが彼らが嫌がっていた臭いかと判断をする。
ブルノワと少佐は魔物であり、嗅覚は人間の数倍ともいわれている。
その中でも特にヴァールは、屋敷の端から端までの距離でもなんの匂いかが分かるほど嗅覚に優れている。そうなると油の臭いというものは彼らからしたら拷問の類いに近いだろう。
「ユイナさん、この辺りに油のような臭いがするんだけどわかるかい?」
「えっ・・・あ、はい。・・・・・・これはたぶん、潤滑油かと思います」
「潤滑油?」
「主に襖や引き戸の動きが悪い時に使う液体です」
桜紅蘭では島のほぼ全域の建物の構造が木造で、生活する中で引き戸や網戸の滑りが悪くなることがある。その時に島の木から取れる樹液を引き戸などの溝に垂らすと滑りが良くなるといわれている。
「もしかしたらこれが原因の可能性はあるな」
「どういうことよ?」
「島にある潤滑油は滑りやすいので、一滴でも床に落ちれば大の大人でも転けてしまうので・・・じゃあ、まさか!」
ユイナがここではたと気づく。
アダムは彼女に頷き、これが両親が亡くなった要因の一つかもしれないと説明をする。潤滑油を扱う店は島に数ヶ所あるが、その中にこれを仕組んだ人間が購入した可能性が十分に高い。そうなると、その人物が次の行動に移る前にそれを阻止しなければならない。そうなると、ケイと合流してからだろうなと考える。
アダムはスマホでその場所の写真をいくつか撮影すると、ケイが戻っているかもしれないと思い、一度屋敷へと戻って行った。
岬に仕掛けられていた潤滑油。
恐らくこれが両親の死と関わりがあると考え、この後ケイと合流をします。
果たして無事に解決することができるのでしょうか?
次回の更新は7月13日(月)夜です。
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