186、軍人・さらに驚く
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、ユージーンが異文化に触れて頭を悩ませるお話です。
「皆さん、夕食の支度が出来ました!」
ケイとユージーンがルトの説明を聞いていると、扉からパーシアが顔を出し夕食の合図を告げた。窓の外を見ると既に日が傾いていたようで、長い間ルトの説明を聞いていたことを物語る。
ダイニングルームにやって来るとテーブルには様々な料理が並べられ、既に女性陣と連れられたブルノワと少佐が着席している姿が見えた。
向かいに座っているシンシアに食い意地が張ってるなとケイが言うと、失礼ねと彼女が舌を出す。その隣に座っているタレナがケイの隣に着席しているユージーンに料理が合えば良いんですけど・・・と少し不安げな表情をしている。
今日は客人が来ているので、パーシアがいつもより気合いを入れて料理を提供しているのだという。通常、調理の時などはルトが手伝いをしているのだが、昇級試験真っ只中のため今回はタレナが彼女のサポートを務める。
「見たこともない料理があるな」
「ケイさんの生まれた国の料理がありますから、はじめは躊躇するとは思いますがみんなとても美味しいんですよ」
タレナの言葉にユージーンは驚きつつも、両目は並べられた料理を見つめている。
並べられた料理を見てみると細い糸のような食べ物がガラスの器に盛られ、その隣には、丸くかたどられた白い食べ物の上に色とりどりの切り身がのった食べ物が皿に並べられている。恐らく貴族の食卓にも出ないようなものばかりが見られる。
そんな中で彼が見たことのある料理といえば、中央ある鳥の丸焼きとサラダとフルーツの盛り合わせに焼かれたレッドボアのステーキと栓が開けられていないフリージア産のワインぐらいである。
随分量があるなとユージーンが思っていると、シンシアからケイ以外の男性陣がほぼ平らげるから問題ないようで、料理が出来たタイミングで後からやって来たアダムとレイブンに使用人の五人も着席をする。
ユージーンからしたら使用人は別に食事をとるものだと思っていただけに、これは衝撃的だった。
そして更に驚いたことに全員が着席をすると、両手を合わせて「いただきます」と何かの合図のような言葉を唱える。彼の右隣にいるレイブンが、これはケイの国で食事をする前の挨拶だと説明し『命をいただく』という意味からそういう挨拶がケイの育った国では広がっているのだという。
それに関しては、いい言葉と心がけだとユージーンが納得をした。
「あ!そうめんあるじゃん!」
「ケイさん、薬味とわさびもありますから一緒にどうぞ」
「ありがとな!」
ケイが二本の棒のような物を器用に指で挟み、細い糸状の食べ物を摘まみあげると左手に持っていた黒い水が入ったガラスの小皿に浸してすすり上げ、小皿の方を見ると先ほどタレナから差し出された調味料のようなものが浮かんでいる。
周りを見ると、アレグロがケイと同じ二本の棒を器用に操り、何かの赤い切り身がのった食べ物を、これまた小皿に浸された先ほどとは別の黒い水に食べ物の先だけをつけて口に入れて咀嚼する。アレグロの隣に座っているアダムも同じように棒を使い、青い切り身を同じように黒い水につけて頬張っている。
みんな普通に食事をしているが、見たこともない物ばかりに目を奪われたユージーンの手が止まってしまう。
「ユージーン、食わないのか?」
「あ、いや、見たこともないものばかりだから気になってしまってな・・・」
ケイはそうめんと言っていた食べ物を啜りながらユージーンに尋ね、彼は情報量の多さに戸惑っている様子を見せる。それを聞いたケイは、簡潔にそれらを説明して見せた。
「俺が今食っているのは『そうめん』ってやつで、小麦粉を原料とした麺料理と呼ばれる物だ。で、俺の手に持っているのが『めんつゆ』。そうめんを美味しく食べるためには欠かせない物と思ってくれればいい。それとみんなが食っているやつは寿司だ。俺の国では人気の料理で、アーベンで釣った魚を捌いて握ったライスの上にのせただけだがこれが旨いんだ。ちなみに小皿に入っているのは大豆を原料にした醤油という調味料だ。寿司は最初、みんな躊躇したが今ではこの通り。魚を生で食べられることを知らないなんて、この国の奴らは勿体ないことをしているな~」
カラカラと笑うケイにユージーンの目が点になる。
ちなみにみんなが使っている二本の棒は、ケイの国で使われている『箸』というもので、彼の国の約八割(と、ケイは思っている)の国民が食事の時に使っている道具である。
ユージーン以外の全員がこの箸という物を器用に使いこなしてしているので、使えない自分が恥ずかしい気持ちになるが、そもそもダジュールには箸文化が存在してないため、通常はフォークやナイフ、スプーンが支流となる。しかし一度使いこなしてしまうと、食事の時はよほどのことがない限り箸だけで事足りるようで、まだ箸をうまく使いこなせないブルノワとそもそも道具を必要としない少佐だけは別になる。
ユージーンも周りを見ながらそうめんや寿司といった食べ物に手をつけるが、結論からいうと初めて見る食べ物は食べる事が難しいと悟る。
そうめんは、啜るという動作が難しくどうしてもゆっくりと口の中に運ぶ動作になり、寿司は生魚を捌いた物をライスの上にのせて醤油につけて食べるといった見たこともない調理方法に躊躇した。
寿司の方は、えいっ!という勢いで醤油の付いた赤身の食べ物を口の中に入れて咀嚼するも、正直美味しいかと問われれば魚臭いという印象が大きい。
そもそもバナハでは魚料理がほとんど出てこないため、食べる機会があまりない。
好き嫌いがあまりないユージーンも、さすがに生魚だけは独特な臭みがあり好きにはなれなそうだと感じた。
食事を平らげると「ごちそうさまでした!」と全員が手を合わせ挨拶をする。
これもケイの国の文化の一つのようで、作ってくれた全ての人達に感謝の気持ちを表す挨拶だとケイ本人から告げられる。
ユージーンの中では変な食文化を持っているが、礼を重んじる辺りは素晴らしい国なのだろうと改めて感じた。そして、その国の出身であるケイは相当な変わり者だが、彼を取り巻く人々もだいぶ変わっているという印象を持つ。
決めつけは良くないが少なくとも自分の周りにはいないタイプの人達のため、改めて自分の世界が狭いことを思い知らされた気がした。
「ユージーンさん、もしよろしければお風呂はいかがですか?」
各々自室に戻る者もいれば食事の後片付けのために席を立ち始め、その流れで解散になると、ローゼンがユージーンにこう提案をした。
この屋敷には個室にシャワーが完備されているが、それとは別に大浴場というものがある。ケイ以外の男性陣はローゼンを除き帰宅後にすませており、女性陣は明日の仕込みのあるパーシア以外が食事前にすでにすませたそうだ。
今ならお一人でゆっくり入れますが?と諭され、それならとダイニングルームに隣接されている大浴場へと足を運ぶ。
(これは、思ったより広いな)
脱衣所を抜けると、思った以上に広い風呂場が目の前に広がる。
大人が一度に五~六人入れる広さがあるが、ローゼンによると将来的には男女に分かれて同時に入れる様に改築する予定とのこと。今でも十分に広いが時間を気にせず入りたいというケイ達の希望もあり、あとは予約がいっぱいのため建築専門のドワーフ待ちだという。
風呂と言えば貴族の象徴の一つと言われ、一般庶民にはほとんど利用することがないが、希に貴族が使っていた家が売られたりしているとついてくる場合がある。
(お湯が黄色いが大丈夫なのか・・・?)
ローゼンから予め湯船に入る際にシャワーを使って身体を洗ってから入ってくださいと言われたので、その通りに自身の身体を洗った後に湯船に浸かろうとしたが、お湯の色が黄色くなっている。不快な色ではなく透明を帯びた鮮やかなオレンジよりの黄色である。匂いを嗅ぐと仄かにオレンの匂いを感じ、果物でも入っているのかと首を傾げたがその様子が見られないことから、別に罠ということではないだろうとそのまま肩まで浸かる。
浸かったからだから柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐり、芯から暖まりまるで身体をほぐすようなそんな感覚を感じる。湯船の色に関しては後で他の人に聞いてみることにしようとユージーンはひとときのバスタイムを堪能した。
「パーシア殿?まだ作業をしていたのか?」
思った以上に長い時間バスタイムを堪能したユージーンは、風呂から上がり脱衣所から出るとキッチンの方から明かりが漏れていることに気づいた。
隣接するダイニングルームに飾られている時計を見ると、時刻は夜の十時を回っている。
ユージーンに声をかけられたパーシアは、突然肩を叩かれたように驚きこちらに振り返った。長い間お風呂を堪能していたようですがどうでした?と声をかけられ、初めて湯船に入ったのでついつい長湯してしまったと恥ずかしそうに返す。
「今日はルトさんが新作の入浴剤を作ってくれたようなので、私もこれが終わったら入ることにします」
パーシアから湯船の黄色はルトが錬金術で作製した“入浴剤”というもので、身体を暖める物から疲れを取るなどの効果があるなど、今は試験的に数種類しか作製されていないが、追々種類を増やしていくそうで毎日違った種類の入浴剤が楽しめると話す。
しかし毎日お湯を張り替えているとなると、風呂の維持が大変なのではと考えていると、彼女からお湯の張り替えは時間が経つと自動的に行われ、言い換えるなら人が入った後に瞬時にお湯が入れ替わる仕組みになっているらしい。これに関してはルトが魔石を加工し、常にお湯を清潔に循環できるように週に一度点検をしているそうだ。
「仕組みはわかりませんが、屋敷の掃除もケイさんとルトさんが色々と対策をしていたようで、私もローゼンさんも結構助かっているんです」
ピィーと機械音がなり、パーシアがさも当然のようにキッチン下に設置してある扉を開けた。中には、先ほど使用した食器類が綺麗な状態で置かれている。
「パーシア殿、これは?」
「食器洗い乾燥機です。ケイさんの国には一般家庭に普及されている物ですが、アルバラントにはそれがないようで、ケイさんが自作したと聞いてます。これって一度に二十人分を洗えるから便利なんですよね」
乾燥までされた食器類は、キッチンの反対側に設置されている食器棚に種類ごとに仕舞われていく。ユージーンも見ているだけではなんだと、彼女の手伝いを申し出る。当然客人にはさせられないと言ったのだが、あれだけたくさんの料理を作ってくれていることに感謝の気持ちだと思ってほしいと返すと、それなら~と協力して食器を棚に収める。
風呂に入ると言ったパーシアと別れたユージーンは、いつもと違った環境に身体が追いついていないのか感じたことのない倦怠感を感じた。
ゲストルームに戻った頃には時刻は夜の十一時を迎えており、こんな時には寝るに限ると早々にベッドに入り目を閉じると、寝付きのよくないユージーンでも寝心地のよいベッドのせいか、あっという間に夢の中に入っていった。
翌日ユージーンが目を覚ますと、まだ日が上がる前だったようでカーテンの隙間から空の色が薄らと明るくなっていることに気づいた。
壁掛け時計を見やると時刻は午前五時。休暇中であっても軍人の朝はやはり早く、数分の狂いもなく通常通りに起床する。
部屋には洗面所とシャワーが備えつけられており、その隣には小さいながらも圧迫感を感じない個室のトイレが完備されている。
ユージーンもロアンの接待で貴族の屋敷まで同行することはあるが、貴族の屋敷でもここまでの設備を見たことがない。それに、一般の冒険者がここまで完備された屋敷を持てること自体異例のことである。
正直考えたところで時間の無駄なので洗面所で顔を洗い身なりを整えると、いつもの日課である準備運動をするべく部屋を出た。
「ユージーンさん、おはようございます」
ユージーンがエントランスまでやって来ると、ローゼンが声をかけてきた。
朝早くからエントランスに生けられた花の手入れをしていたようで、入れ替えた花を抱えてこちらに微笑む。
「おはようございます。ローゼン殿も朝が早いですね」
「ふふっ。私はこの屋敷を管理する執事ですから、いつ何時でも万全に対応をすることが仕事です」
自分も早い方だが、それ以上にローゼンも朝が早い。
ユージーンは彼に感心を示しながらも日課である準備運動を庭で行いたい旨を伝えると、他の方達はまだ就寝しているのであまり大きな音でなければという条件で了承してくれた。
「そうそう、ユージーンさん。頭上にはお気をつけくださいね」
ユージーンが外に出ようと扉に手をかけたところ、思い出したかのようにローゼンが呼び止める。彼が庭で運動を行う際は頭上に注意してくださいと述べると、その意味がよくわからなかったが、とりあえず気をつけてみると首を傾げながらも忠告を受け入れ外に出る。
ユージーンの日課である早朝トレーニングは、普段なら準備運動後にグランドを十周、腕立て・背筋・腹筋・スクワットを百回ずつを三セット行っている。
しかし今回は休暇でしかも他人の家の庭で行っている事から、その回数を半分に落とし、自身で負荷をかけながらのトレーニングに留めた。
それから、一時間みっちりトレーニングを行うと持参していたタオルで汗を拭き、切り上げようと屋敷に戻ろうとした。
ふと、何かが動き風が変わった気がして立ち止まる。
周囲に人の気配はないが、なにかが近づいてきている気がして辺りを見回していると、視界には見えていない頭上から何かが飛び込んでくる気配を感じた。
「なっ!?」
上を見上げたユージーンは、それに驚きたじろぐ。
彼の五メートル先に何者かが着地した。
よく見ると、その人物はこの屋敷の警備を担当しているシルトであった。
軽装姿の彼はユージーンより頭一つ高く体格も一回り大きいのだが、そんな体格にも関わらず、軽やかに屋敷の屋根から飛び降り、自分の前に音も立てずに着地したのだ。
そして数秒遅れてもう一人屋根から飛び降りてくる姿が見えた。
もう一人は同じ屋敷の警備を担当しているボガードで、息を切らせながらも同じように音も立てずに着地をした。そして、もう限界!というような状態で芝生の上に寝そべり、胸で呼吸を整えながら悔しそうな表情をしている。
「くそっ!また負けた!」
『最初の頃よりはだいぶ速くなったと思うぞ?』
「何言ってんだよ~こっちはあんたの速さについていくのに精一杯だっていうのに余裕こきやがって~」
ユージーンの目の前で二人が飛び降りて来たと思うと、今度は互いに褒め称える。
よくわからない状況にシルトが気づき、ボガードと共に挨拶を交わす。
『ユージーン殿、おはようございます。昨晩はよく寝られましたか?』
「あ、あぁ。おかげさまで・・・それよりお二人は何を?」
『早朝訓練です。二人がしっかりと顔を合わせるのは早朝か夕食ぐらいしかないもので、互いに身体能力を鍛えようと行っていました』
ケイからシルトは異国の出身のため、言語がこの国とは異なることを聞いている。
彼と会話をする際には通訳機という魔道具を使用しているそうで、そのせいか声に少し違和感を感じるが、別に馴れれば問題はない。
二人は屋敷の警備以外に冒険者ギルドの指導員も行っているそうで、体力維持のために朝早くから訓練を行っている事を聞く。参考までにどんなトレーニングの内容なのかと尋ねると、思ってもいない内容が二人の口から語られる。
「訓練内容?それなら腕立て・背筋・腹筋スクワットを百回ずつを五セットに、街中を五周してどちらが先に屋敷に戻ってこれるかという競争もしているぜ」
『最初は剣の稽古をしていたのだが、ケイ達から朝からうるさいと怒られてしまってね。それならいかに素早く静かに動けるかという簡単な勝負を考えたのだが、いつの間にか毎日の日課になってしまったんだ』
シルトはボガードが「勝つまでやり続ける!」という宣言通り、そのメニューを変えずにやって来ていると話す。
しかし、なぜ屋敷の屋根から飛び降りてくるのかと尋ねると、スタート地点を今居る場所に設定し、時計回りに街を走り飛び回りながら辿っていくと最終的には住宅地の裏側を通ることになる。そのため、屋敷の裏手からスタート地点へは屋敷の壁を走り上りながら屋根から飛び降りるとちょうどここに辿り着くわけになる。
その説明をされたユージーンは、二人は歴戦の猛者か何かかと錯覚を起こした。
見た目は一般の警備員兼ギルドの指導員なのだが、行っている訓練がハードを通り越して常人には不可能な内容ではないかと思い始める。実際に屋敷の壁を走り上りながら屋根から飛び降りるという芸当は、軍人であるユージーンでも恐らく難しいだろう。
「明日は勝つ!」というボガードに、明日が楽しみだと笑みを浮かべるシルト。
もはや自分の常識の上を行っている二人のやりとりに、理解しようにも理解できない苦しみに悩むユージーンなのであった。
やることなすこと見たこともないものばかりで頭を抱えるユージーン。
休暇中なのに休めない!?
まぁ、客人の身ですから文句は言えないでしょう。
次回の更新は6月19日(金)です。




