185、驚きの連続
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、軍人であるユージーンがケイ達のワールドに引き込まれます。
「ユージーンさん、来てたんですね?」
ケイ達がジャングルジムで遊ぶブルノワと少佐を眺めていると、外出先からレイブンとボガードが戻ってくる。
今日はギルドの指導員として朝から外出をしていた二人は、荷物の詰まった鞄を提げユージーンに会釈する。ボガードに関しては、いつもは交代で屋敷の警備しているうちの一人で、休みの日は月に数回ギルドの指導員として副業もこなしているとユージーンに説明した。
「そういや今日はどこに訓練に行ったんだ?」
「モスクの森だよ。本当はエバ山の予定だったんだけど、どうやらシルトの時に想定以上に狩り尽くしてしまったみたいで、しばらくはモスクの森での訓練が中心になるみたいだ」
困った表情でレイブンが話すと、もう一人の屋敷の警備を担当している男の顔が浮かぶ。
彼も同様に、非番には指導員としても冒険者達のサポートをしている。
今日は警備の日なので屋敷の巡回をしているのだが、少し前にエバ山のコカトリスの卵の運搬訓練で指導員として同行した際、襲ってきたコカトリスを片っ端から成敗した挙げ句にその死体を解体して屋敷の家計の足しにしようと素材買取に持って行ったところ、少し騒動になったらしい。
その結果、素材置き場の一角がコカトリスで埋め尽くされ、ギルドマスターのベリーニが頭を抱えたのは言うまでもない。
それに、他の冒険者達から尊敬のまなざしを受けると同時になぜか弟子になりたいとケイ達が依頼で屋敷を空けている時に何人か志願しに来たとボガードから聞いた覚えはある。
シルトはアレグロとタレナと同じアスル・カディーム人であるが、彼の(あやふやな)記憶によると王に仕えていた騎士だったらしい。
そのなかでも軍と王の護衛を兼任していたシルトは、その肩書き以上の実力の持ち主のようで、コカトリスに囲まれた際に一人で四頭も相手取り見事に返り討ちにした猛者である。
その姿にある者は恐怖を抱き、そしてある者は尊敬のまなざしで見つめる。
ギルドの指導員として働き始めた頃は、2m以上の背丈に表情の読めない雰囲気を醸しだし、さすがのギルドの職員でさえ話しかける際に躊躇していたが、今では非番の時に他の冒険者から飲みに誘われることがあるほど打ち解けられている。
「で、鞄パンパンだけど何が入ってるんだ?」
「これかい?今日はボアに混じってレッドボアもいたから肉だけを大目に貰ってきたんだよ。あ!あとダイニングルームのシャンデリアの魔石が切れかかっているってルトから聞いたから、いくつか譲って貰ったよ」
レイブンは提げていた鞄からボアの魔石が入った麻袋をルトに手渡した。
それを覚えててくれたんですねとルトが受け取り、シャンデリア用に加工せねばと急いで作業部屋に戻って行く。
「今日はユージーンさんが来るって聞いたから、レッドボアの肉を焼いて貰うようにパーシアに渡しておくよ」
「よく仕留めたな~」
「今回はボガードがいたからね。さすがにケイのように首をへし折るという芸当は難しいな」
ははっとレイブンが笑い、はち切れんばかりの鞄を重そうに抱えるボガードからは先に戻っていると再度ユージーンに会釈をして屋敷に戻っていく。
「首をへし折る、とはどういうことだ?」
なんとも間抜けな表情で、ユージーンがケイとレイブンの間に割って入る。
以前ロアンから噂経由で話を耳にしてはいたが、まさかレッドボアの首を素手でへし折るとは誰が想像したか。レイブンは単独撃破をするケイにはよくあることだよと笑い、ケイに至っては格闘技を自分なりにアレンジした技で首をへし折っただけだとさらっと流す。
(レッドボアを相手にする時点で疑問に思っている自分がおかしいのだろうか?)
さすがの軍人である彼も、二人の様子に疑問しか出ない。
そもそもボアはアルバラント一帯では強者の部類に属し、その亜種と呼ばれるレッドボアは未知数と分類されている。それをケイが単独で撃破したとなれば、少なくとも自身の軍に所属している兵よりは強いだろうと想定する。
しかし今回はレイブンから自身も訓練中にレッドボアに出くわし、ボガードと二人がかりで討伐したという話を聞き、一体どうなっているのかと理解に苦しむ。
正直な話、レッドボアはボアと違い桁外れの能力を持っており、攻撃が当たれば最悪即死は覚悟しなければならない。
自分の常識では、手慣れの冒険者といえども最低は五人で対応するのが一般的なのだが、ヘタに手負いにすると凶暴化が増し、逆に火力が弱いと仕留められないといった難易度の魔物だと記憶している。
そのため討伐の手順としては、異常状態を施せる職業や動きを封じる魔法専門職は必須で、もしもの時の回復職に盾役はレッドボアの攻撃力が上回ることも想定し、代わりに火力を増やすために攻撃役を入れ、距離を取っての討伐が基本となる。
それが二人体制で全てまかなえ、かつ討伐出来るのかと考えた時に自分の軍でも難しいだろうと結論づける。
「見たところレイブンは大剣を使うが、さきほど一緒に居たボガードとどうやって討伐をしたんだ?」
「ボガードは【攻撃してきた対象者を一定時間動きを封じる】スキルがあるんだ。俺はそれが発動した後に討伐しただけだよ」
カウンターかバリィのようなものだろうかと首を傾げる。
見たところボガードは前衛職と見受けられ、拘束するような手数を持っていそうにも見えない。それを聞いたケイが職業によるスキル取得が関係していると述べる。
ボガードはヴァンガードという攻防に特化した職業持ちである。
攻撃力や防御力に優れ、攻守の才を遺憾なく発揮できるとされるが故に魔法系統は苦手と思われがちだが実は違う。確かに前衛職は基本的に魔力量が少ないことでも知られているが、発動できないわけではない。実はスキルを発動するにも魔力は必要で、魔法とスキルは元は一緒というエルゼリス学園のロジーの一件から確証している。
ボガードは、ケイの話を聞いた時から魔法には訓練が必要だが、魔物に囲まれた時に突破できるスキルかなにかはないものかと考えていたようで、あーだこーだと模索するうちに【防御を特殊攻撃として変換し、尚且つ対象者を拘束または動きの停滞をする】が出来るようになったのだという。
「まぁ、本人曰く習得するために何度か死にかけたらしいけどね」
そう言ってレイブンは苦笑いを浮かべ、荷物を置いてくると言いケイ達と別れた。
話を聞いたユージーンは、まさに地獄のような訓練を重ねたのだなと解釈したのだが、続けてケイが「スキルの模索途中に単独でボア数体とやりあえば死にかけるわな」と、それはそうなるよといった表情で肩を竦める。
ユージーンは聞き違いかと思ったのだが、ケイから真実だと告げられると自分の常識を越えたのか、いかに軍の訓練が生ぬるかったのかと思い知らされる。
それはケイ達と使用人に限った話なのだが、真面目一直線のユージーンはそんなことを知らずにいたのである。
遊び疲れたブルノワと少佐を寝かせた後、ケイとユージーンは作業部屋にいるルトの元を訪れた。
ルトは、庭師の傍ら錬金術ギルドに所属している一般人である。
所属してから数ヶ月しか経っていないものの、現在はゴールドランクの試験真っ盛りという驚異的な速さで昇級している。
彼が今までに昇級試験で製作した品の数々には、上層部が思わず唸るような物ばかりだったと聞く。
昇級試験ではアイアンランクの時は中級回復薬、ブロンズランクの時は高ランクの万能薬、シルバーランクの時はどんな傷や傷跡も綺麗に消すことが出来る塗り薬など、今までの昇級試験では出ることがなかったものばかりだったようで、一回の試験に一月かかるといわれていることもわずか一週間で完成させてしまうあたり特殊なケースなのだろう。
二人が作業部屋に入ると、丁度シャンデリア用の加工された魔石がテーブルに置かれていた。ルトからあとは交換するだけだと言い、男性陣の中では小柄な部類に入るため交換は他の奴らにやらせようとケイが返す。
「そういえば、昇級試験の調子はどうだ?」
「今回はちょっと期限的に厳しいですね。今までの昇級試験は一月の猶予がありましたが、今回は二週間しかないので悠長にしてられないのが惜しいです」
錬金術ギルドのマスターであるマーリンから、依頼の時も想定よりも速く完成品を持ってくるため、今回は今までよりも短い期間での完成を望んでいるといわれている。ルトとしてはもっと研究をしたかったのだが、そんなことを言っていられない以上期限内に完成させるため奮闘をしている。
「で、何を作るんだ?」
「今回は【接着剤】を作ろうと思います」
あれかとケイが納得している隣で、ユージーンがセッチャクザイ?と首を傾げる。
ルトが作ろうとしている接着剤は以前ケイ達に披露したことのある物の一つで、使用していた木製のコップの取ってが取れたことが始まりだった。
その時はケイの魔法で直したのだが、この程度なら接着剤で十分なんだけど~というワードにルトが反応し、クギもロープも必要なく、物体同士を液体で塗り合わせることで接合する魔法の液体に魅了され作製したのだった。
しかし前回作製した接着剤には、温度が高くなった際に接着面が剥離してしまうという問題が残った。
ケイは使用している素材によっては効果はあったりなかったりと差があるため、それぞれの素材に対応できるように接着剤を分けて作ればいいのではとヒントを与える。ルトは当初一つで全ての素材に対応出来るようにと考えていたのだが、何も一つで全部を賄う必要はないのだと思い直し、今回は木製用・金属製用・ガラス用の三つの接着剤を作製している。
「できあがりってこれか?随分質に違いがあるな」
「まだあら熱を取っている最中なのでもうすこしかかりますが、それぞれの用途に対応をした液体を作製しているので使用している材料は各々違います」
窓際にある完成品とおぼしき液体が入った三つのフラスコが置いてある。
まだ冷め切っていないため触ることは出来ないが、ルト曰く特に木製専用の接着剤が苦労したと語る。
木工専用の接着剤に使われている素材の中には、ルフ島でしか生息していないポイズンスパイダーという魔物の唾液が使われている。これは餌を捕獲する際に吐き出した糸の中に餌の動きを鈍らせ停止させる成分が含まれているようで、それに目をつけたルトが錬金術ギルドと商人ギルドを巻き込みなんとか入手することができたのだという。作製時には抽出作業に二日ほど時間がかかったそうで、想定では思ったような効果は期待できるのではと期待半分不安半分といった表情を浮かべる。
完成品を見てみると、木製用の接着剤だけが他の二つの液体よりとろみがある。
聞けば直接木に塗ってしまうと、物によっては木目に入り込み接合が出来ないということがあったようで、それなら液体自体をしみこませないように改良してしまおうと考えた結果がこれである。
またポイズンスパイダーの唾液は毒・麻痺の成分が混じっており、それを分解し異常効果のある部分のみ抽出、それ範囲外の部分を接着剤の液として使用している。
効果を確かめるため、ルトの手には以前ブルノワが誤って割ってしまった花柄の絵柄が入っているお気に入りの木製のコップが握られている。
フラスコに入っている液体をハケで少量とり、片側の破損部分に液体を塗り、もう片方を接合して暫く両手で押さえつける。接着するまで大体五分ぐらいかかるようで、その間に疑問を持ったユージーンの質問に答えたりして時間を過ごす。
「そろそろいいかな?」
接着していた両手を離しテーブルに置くと、二つに割れたコップは見事に接着されている。よく見るとヒビの部分も液体を塗ったことで跡をなるべく残さないようになっている。ルトは仕上げにと、別の液体が入った容器を取り出し、別のハケを使いその液体を取り、ヒビの部分に被せるように塗装した。
「それはなんだ?」
「これはガラス粉とエスペホを合わせた液体で、ヒビがある部分に塗ってあげると光の屈折によってヒビの部分が見えなくなるというものです」
これはルトのオリジナル作で、エスペホというのは反射剤と呼ばれる貴族の屋敷などに使われている塗装の一種だという。
ガラス粉というのは元はガラスを細かくで砕いた物を錬金術で粒子単位にまで加工し、それをエスペホの液体と合わせることにより破損した部分のヒビ隠しとして利用する。正直、これを今回の昇格試験の品として提出すればいいのではないかと聞くと、すでにマーリンに見せたことがあるそうで、自分の考えにも及ばずあまりにも高度な技術を使用しているため、来月からは最年少で錬金術ギルドの講師として教壇に立つ話まで通っているのだという。
ということは、今回の昇格試験は合格して当然といったことなのだろうか?
ケイもまさか自分の一言で人の人生が変わるとは思いも寄らなかったと舌を巻き、ユージーンからは「君の使用人は本当に一般人なのか?」と質問される。
厳密にいえば少しトーピングしているが、その後の成果は本人の努力の賜である。
そしてユージーンは、さらにケイの仲間達や使用人の行動に驚かされることになるとはこの時まだ知らなかったのである。
使用人達は普通の日常を送っているのですが、どうもユージーンからみたら自分の世界がいかに狭かったかを痛感しているようです。
次回の更新は6月17日(水)夜です。




