184、軍人の休み方
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
今回のお話は、とある人物が屋敷に訪ねに来る回です。
とある日の昼下がり、屋敷に一人の人物が訪ねてきた。
たまたま屋敷にいたケイが玄関に出ると、そこには日に焼けた肌に鋭い眼光のスキンヘットの男が一人。肩には革を加工した使い古しの鞄が提げられており、困ったような表情を浮かべながら立っている。
ユージーン・バンサム
軍事国バナハの総括補佐兼第一部隊隊長を務めているこの男は、このほど長期休暇を騎士団総括のロアンから打診され、どうせならアルバラントに旅行にでも出かけてみたらと提案され今に至る。
「本当に来たんだな~」
ケイはまさかとは思ったが、実はユージーンが来る二日前にロアンから手紙が届いており、それが現実として成立したのだ。
手紙の内容は、ユージーンに休みをあげたのでアルバラント行きの馬車に乗ってやって来るという旨から始まり、気晴らしに案内してほしいというこちらからの予定を一切見事に無視した文面で締めくくられていた。
このことをユージーンにそれを伝えると、なんともロアンらしいと言うかなんというか事後報告はいつものことなのだが・・・と困った笑みで返された。
どうやら今に始まったことではないらしい。
側に居たローゼンに来客用の紅茶と菓子を頼むと伝え、ユージーンと応接室へ。
「エミリアからケイ達がアルバラントに住居を構えたことを聞いた。まさかここまで立派だとは思ってもみなかったが・・・」
「ここはもともと貴族が使ってたからな~」
運ばれた紅茶とパーシア作のクッキーを口にしながら、ユージーンが感心した様子で、実は以前ベルセ達が屋敷に遊びに来たことを彼女の姉であるエミリア経由で知ったそうで、それを聞いたロアンが今回の事を考えたのだろうなと推測をした。
聞けばユージーンは軍に所属してからあまり休みを取らないようで、彼の所属する部隊の隊員からロアンに「ユージーン隊長が休みを取ることがないので、自分たちも急用で休む際に休みづらい」と相談があったらしい。
「そんなに休んでないのか?最後に休みをとったのはいつなんだ?」
「そうだな・・・たしか妹の出産の立ち会いの時だったから二年前だったかな」
その言葉にケイは唖然とする。
二年もまともに休みをとっていなかったとはとあんぐりとしたが、ユージーン曰くこれでも一年に一度は休んでいるという。もはやワーカーホリックを通り越して社畜である。よくそれでぶっ倒れなかったなと返すと、軍に所属するからには身体が資本という回答が返ってくる。それでも限度というものはあるだろう。
ユージーンとの水掛け論を早々に切り上げ、休みになった時はなにをしているのかと尋ねると、何処へ行くこともなく軍の敷地内で自主訓練をしているという。
それはいつもしていることと変わらないんじゃないかと思ったが、本人は軍の訓練メニューを自分でアレンジして1.5倍ほどキツめの内容をこなしているという。
そこに休憩のきの時も見当たらないことに、ケイは顔を引きつらせた。
「ところで宿はとってあるのか?」
「いや、馬車が着いてすぐにここに来たからこれからだ」
「なら何日か泊まるといい」
ケイはユージーンを連れて応接室を出ると、途中ですれ違ったローゼンに二階のゲストルームの準備はどうだと尋ねる。
ローゼンはもしものためにと昨日のうちに準備を整えていたようで、二階の西側にあるゲストルームは、質素ながら上質な家具が配置されている。
家具はオークの木で統一され、明る過ぎず暗すぎない色合いの棚にベッドはケイが家具専門店に直接赴き、選び抜いた一品を使用している。
特にこだわったのは枕で、シルク製の布地にその中にはライチョウという魔物の羽毛が詰め込まれている。手触りの良いシルク生地にライチョウの羽毛は柔らかくも弾力性があり、羽毛の特性なのか頭を置いても枕の形が崩れない一種の形状記憶型と考えられる。価格は一般から考えるとややお高いが、それに見合った働きをしてくれる。ちなみにケイの部屋のベッドの枕もこれと同じ物である。
「質の良い家具を使っているな」
「やっぱわかるか?特にベッドなんかは結構重要なんだよね。枕ひとつとっても寝付きに左右されるから俺としてはいいモノを使いたいんだ」
ユージーンは家具にこだわりのあるケイを意外にも思いながら鞄をベッドに置き、案内されたゲストルームを見て回る。
「素晴らしい庭園だな」
ふとユージーンが窓の外を見やるとそう呟いた。
この部屋から丁度表にある庭が一望でき、花壇に植えられた色とりどりの花が咲いている。この時期は様々な種類の花が一斉に咲くため、屋敷の外を歩いている人々が興味深げに覗いている姿も見られる。
ケイがどうせなら近くで見てみるかと尋ね、ユージーンを連れて部屋を出るとエントランスを抜けて庭に出た。
「これは、バラか?」
庭園に出たユージーンが花壇の一画を指した。
赤や黄、白に彩られた薔薇区画の中に青や虹色の薔薇がいくつか咲いている。
ケイはそれも薔薇だと答えると、ユージーンはみたこともないのか興味深そうに眺めていた。
以前、ルトに薔薇には青も虹色もあるということを伝えたことがある。
彼はそんなことがあるのかと目を丸くして驚いていたが、スマホの検索画像に載っている画像を見せると元々の探究心が合わさったのか、興味深げに独自に解析を行っていた。それから市販されている薔薇の種を購入し、あの手この手で試行錯誤を繰り返していた姿を見かけるようになったのは言うまでもない。
本来自然界では出るはずのない色に関して、品種改良やその積み重ねでそのような色になったのだが、ケイ自身はその仕組みを一切知らないのでルトから聞かれたらどうするかと頭を悩ませたことがある。
しかし一月経ったある時に花壇に綺麗な青や虹色が咲いているところを見て、どういうことなのかと首を捻っていると、ルトはケイの言っていた品種改良というワードを自分なりに解釈して行動に移した結果だという。
その際にルトから、魔素と植物の関係および突然変異による条件行動と肥料による発育過程についての説明を二時間ほど受けたが、将来は科学者か専門家になるのではというほどの専門用語が飛び交い、正直話の半分も理解できなかった。
まさか青や虹色の薔薇を再現するとは、発言者であるケイ自身もこれには想定外だった。
「彼はいつもなにをしている人なんだ?」
その話をユージーンにしたところ、不思議どころか以前は何処に勤めていたんだと驚かれた。ルトはウチの庭師で錬金術ギルドにも所属している奴隷だと答えると、ユージーンはもともと物事を理解することが得意な方なのだろうと関心を示す。
『パパ~~~!!』
ドン!という衝撃がケイの腰に伝わり、目線を下に向けると顔を泥だらけにしたブルノワが腰にしがみついていた。その後には少佐が追いかけ、ルトが来客がいることを理解し慌てて止めに入る姿が見える。
「ケイさんすみません!ブルノワ、お客さんが来ているからあっちで遊ぼう?」
ルトがブルノワを連れ出そうとしたが、ケイにしがみついているブルノワは嫌だと首を横に振る。その様子を見たユージーンがクスリと笑い、気にするなと伝える。
ブルノワを抱っこさせると、ユージーンから子供がいたのかと尋ねられた。
彼らは従魔でブルノワと少佐の紹介とその経緯を説明すると、そんなことがあるのかと再度驚かれる。獣魔の卵から孵化したら彼らが生まれたことを告げると、獣魔の卵自体はバナハでも世界大戦以降の記録として残っていたが、実際にそれが孵化したところを見たのは世界でも初だろうと述べる。
そういえば獣魔の卵は、世界大戦時にバナハの地下施設で見つかった物を賢者エルゼリスが預かり学園に安置した話を思い出す。ユージーンも話と記録の存在は知っていたものの実物を見ることはなかったようで、驚きのあまり声が出なかった。
特に少佐にいたっては、身体が一つに対して頭が三つと見たこともない種族に興味を持った様子を見せる。
「そういやルトの紹介がまだだったよな?さっき話した庭師だ」
「えっ?あ、庭師のルトです。ようこそお越しくださいました!」
突然ケイから振られ、ルトは慌てて礼をした。
ユージーンはケイから庭の管理を彼がしていると聞き、ここに咲いている薔薇の話をすると、ルトは褒められ馴れていないのか顔を赤くさせる。
ルトはケイが住んでいた国の話を聞くと、自分の考えも及ばないことばかりでいろいろと考えを改めさせると壮大な話に変わっていく。彼はユージーンにもケイが以前話を聞いた薔薇制作の過程を簡潔に詳しく説明して見せ、ユージーンもまた真面目な性格なのかそのことについて真剣に話を聞いている。
一時間ほど経った時、近くにケイが居ないことに気づいた二人は花壇の反対側に遊具で遊ぶブルノワと少佐を連れたケイを見つけた。
「【魔素と植物の関係および突然変異による条件行動と肥料による発育過程についての説明】はどうだった?」
二人が近づくと、やっぱり話を聞いても半分もわからないからドロップアウトしたけどどうだったと感想を聞かれる。ユージーンは庭師には勿体ない人材だと述べ、できれば自分の軍にほしいと冗談まがいの感想を返すと、今度はケイが「あんた冗談も言えるのか」と驚きの表情をする。
ルトは話が長いとよくボガードから言われたりするが、ユージーンは突っ込んだ質問もしてくるのでとても良い時間が過ごせたとご満悦の表情を見せる。
たしかに一度気になると探究心が芽生えてのめり込む部分もあるが、その過程が成果として現れやすい努力家ともいえる。
ユージーン曰く、軍人の心得と基礎訓練さえあれば場合によっては直属の部下でもやっていけるのではと語ったが、ルトからは錬金術ギルドのランクアップの課題真っ盛りのため丁重にお断りをされたと残念がっていた。
「ところで彼らが遊んでいるのはなんだ?」
「これか?ジャングルジムだ」
庭の一角に木製の棒と金属製の棒を組み合わせて建てられた遊具がある。
ブルノワが登ったりぶら下がったりして遊んでいるそれは、高さは160cmと割と小さいながらもしっかりとした造りをしている。
その下では、少佐が金属部分をガシガシとかじっている姿がある。
最近では、歯が大きく生えてきているのか痒がって所構わずかじる姿が見られるようになった。特にサウガは他の二頭よりそのスピードが速く、頻繁に建物の柱をかじり、止めに入ったケイの手まで高速で下りるシャッターのように凄まじい威力で噛みつくことがある。今日も木製の部分をかじろうとして止めに入ったケイの手を音がするのではないかという勢いでガシリと噛みつく。
「お、おい!大丈夫か!?」
これにはさすがのユージーンも止めに入ったが、いつものことだとかじられた手を引き上げる。
普通なら指が二、三本千切れかねないが、相手はケイなのでその辺は問題ない。
引き上げた手には、しっかりと噛みついたままのサウガと戸惑っているショーンとヴァールの滑稽な姿がある。ケイはそれをぶらぶらと揺すり、ブン!と音がするような勢いで芝生の上に放ると『また抜けられた!』と狂ったように暴れ回り、付き合わされるショーンとヴァールが勘弁してくれと困った表情をしている。
「歯固め、早急に作っておきます・・・」
「そうしてくれると助かる」
時期が時期なだけに理解はしているが、一日何度も噛みつかれては傷は出来ないがブラッシングもろくにできないとケイがため息をつく。
しかし何故かケイにだけこれをしてくるので再度ため息をつくと、ルトが制作途中の少佐用歯固めを早急に完了させると乾いた笑みを浮かべる。思いっきりかじられたにも関わらずケイの手には指はついたままだし、ましてや傷もない。
ユージーンはこの男はバナハ滞在でもいろいろとしていたが、一体どんな人生を歩んできたのだろうと不思議で仕方なかった。
ユージーン・バンサムの久々の登場です。
長期休暇をとった軍人としてではない彼の日常のほのぼの話になります。
まぁ、ケイ達の屋敷で起こることといえばまともではないですが・・・。
次回の更新は6月15日(月)夜です。




