180、鍛冶ギルドの大喧嘩
みなさんこんばんは。
いつもご高覧くださり、ありがとうございます。
さて今回のお話は、アダムとレイブンが利用している鍛冶ギルドにてのとある出来事になります。
とある日の昼下がりに、アダムとレイブンはパーティでの依頼を終えたその足でアルバラントの鍛冶ギルドへやって来た。
大通りの一画にあるコテージ風の二階建ての玄関口には、ハンマーの絵柄の看板が掲げられ、建物の屋根の煙突からは鍛冶場の白い煙が上がっているのが見える。
二人は剣を扱う前衛職であり、レイブンに至ってはタンク役も担っているため、防具に細かい傷が付きやすくこまめに修理と調整をお願いしている。
前までは武器も一緒に修理に出していたのだが、ルフ島でのケイのエンチャントの一件から武器に関しては必要がなくなり、その当初はギルドの受付の職員から再三にわたり本当に修理しなくていいのかと心配された。
しかし新しい武器になってから今に至るまで、一度たりとも壊れるどころか刃こぼれも一切ない。実は意外と知られていないが、武器や防具などの修理は購入するより金銭的にかかるそうで、換えのきく武器、たとえば投げナイフの様なものは量産型で使い捨てが一般的だったりする。冒険者の中でもそれは周知の事実のようで、人によっては駄目になった武器や防具を修理するよりも、新しく購入するということも珍しくない。
アダムとレイブンは冒険者の中では物持ちがいい方で、武器は一年に一度、防具は一年半に一度見直しをしている。状態があまりにも酷ければそれは替える合図と判断しているが、やはり大陸一の物資量や専門家の豊富さから物価的な面で躊躇することも少なくないらしい。特に武器を一新してからは戦い方を変えているようで、今まではソロとして各々活動をしていたがパーティになってからは連携というものを重視している。
戦闘の際に連携技が予期しないタイミングで発動し、大惨事になること数回。
最近になってからだいぶまともに調整をすることが出来るようになったが、自分たちの行動の一端が防具にも現れているようで、細かい傷などが目立たなくなってはいるもののそれが命取りになることもあるため、依頼後には必ず専門の鍛冶職人に防具の手入れをお願いしている。
今回もモスクの森のボアの依頼を終え、いつも通りに受付の職員に防具を手渡す。
その際に男性職員から「今回はボアですか~彼らは力が強いですから当たったら死にますよ~」と悠長なことを言われたが、防具の状態は良い方なので二日ほどで修理は完了する旨を伝えられる。
「ばかやろう!何度言ったら分かるんだ!?」
手続きを済ませて帰ろうとするアダムとレイブンの耳に、店舗の奥から男性の怒鳴り声が聞こえて来た。職員の男性はまたですか~という表情でため息をつき、いつものことなので気にしないでほしいと二人に伝える。
そのすぐ後に青年が憤慨した様子で奥から飛び出して来るが、こちらを一目することなく店内の人々をかき分けて表に出て行った。そのすぐ後に怒鳴り声の主である五十代ぐらいの銀髪の男性が「ジャック!」と呼び止めたが、青年は出て行った後だったため、アダムとレイブンが何事かと見つめていることに気づいたのか気まずそうに頭を掻いた。
「ガラフさんまたですか?ジャックさんはまだ三年しか経ってないんですから、あまりいじめないでくださいよぉ?」
「何言ってやがる!まだじゃなくてもうだ!三年ありゃ大抵のものはできる!」
「生産職で三年で玄人の域に行けるのはガラフさんだけですよ?後継者になるかもしれないジャックさんに、もう少し優しくしてあげた方がいいのでは?」
「はんっ!それが嫌なら辞めてくれてもかまわねぇよ!」
ガラフと呼ばれた大柄の男性は、職員のやんわりとした忠告に反論をした。
根っからの職人気質のようで、先ほどの青年を追うどころか踵を返して奥へと戻って行く。男性職員は青年が出て行った扉の方を向いてため息をついた。
しかしこれが事の発端になるとは、この時誰も想像をしていなかった。
「えっ?修理が終わっていない?」
二日後にアダムとレイブンが鍛冶ギルドに赴いた時、先日の男性職員から修理が終わっていない事を告げられる。話を聞いてみると、アダムとレイブンの防具はいつもジャックという若い職人が修理を担当していたそうで、その彼が先ほど脱退届をギルドに提出した説明を聞く。届けは保留にしているものの、代わりの職人を探している最中なのでもう数日待ってほしいと説明された。道理でいつもよりも人の姿が多かったのかと納得をする。
「ジャックって、この前俺達が見た青年のことか?」
「えぇ。ガラフさんの弟子にあたる子で、冒険者の武器防具の整備を担っていました。まさか脱退の届けを出すとは思いませんでしたが・・・」
「でもまだ受理されていないんだろう?」
「ギルドマスターからはなんとか引き止めてほしいと言われているんですけど、ガラフさんが本人を目の前に「やる気がないなら辞めてしまえ!」って言ってしまったようで、ジャック君はそれに怒って届けを出してしまったそうなんです」
アダムとレイブンの防具の修理は二年前からジャックが担当しており、修理の上に個人の体格やクセに合わせた整備も行われていたようで、冒険者の間ではかなり評判のいい職人だったことが窺えた。
一方の師匠のガラフは、武器を造ることに長けていたが細部にわたる調整が得意ではないようで、バランスの取れた師弟関係だと職員の間でも評判になっていただけに、今回の一件はギルドとしてもかなりの打撃になったようだ。
「ちょっとごめんなさい!」
その時、慌てた様子で女性職員が入り口から駆け込んで来た。
息を切らせてアダム達と対応をしていた男性職員の間に割って入ると、驚いた様子で職員の方にあるものを手渡した。
「ちょっとこれ見て!」
「どうしたんだよ?」
「さっきジャック君の様子を見に行ったんだけど、机の上に手紙があって読んでみたら田舎に帰っちゃったみたいなのよ!?」
女性職員の発言に手紙を受け取った男性職員が文面を読むと、ガラフに対して鬱憤が溜まっていたようで、罵詈雑言のような文面の後に田舎に帰るという旨で締めくくられていた。男性職員は顔を真っ青にさせ、アダム達の挨拶もそこそこに手紙を持ったままギルドマスターに伝えてくると二階へと上がって行ってしまった。
女性職員も二人に一礼をし後を追いかけるように上がって行ったため、二人はどうしたものかと互いに顔を見合わせる。
「田舎に帰ったって言うけど、呼び戻せばいいんじゃないか?どうせ近くだし」
隣のカウンターにいる別の男性職員がボソッと口にした。
今までのやりとりを見ていたようで、その男性職員曰くジャックは近隣の村の出身だと言った。
「村の出身って?」
「ガレット村だよ。元々父親の手伝いで農業をしていたみたいだけど、たまたまギルドマスターが彼が整備した農業道具に目をつけてスカウトをしたって聞いたことがある。それに鍛冶スキルもいくつか持っていたみたいで、親御さんに頭を下げて了承して貰ってウチに所属したって言ってたよ」
男性職員は受付に人が来たのか、その対応のために会話を打ち切った。
アダムとレイブンは、そういえば今日はケイ達がガレット村に向かったことを思い出した。二人はジャックという青年が気になったようで、ギルドを出るとそのままガレット村に向かうことにした。
一方その頃ケイと女性陣達は、ルトを連れてガレット村に赴いていた。
実はルトが園芸用品店でハーブの種を購入したのだが、どうも珍しい種類の種のようで、店員もよくは知らないと言われたため自身でも調べたが分からなかったためケイに相談をしたのが始まりだった。
ケイも女性陣もハーブについてはほとんど知識がないため、園芸店の店員でもわからなければなぜそれを購入したという思いが拭えないが、知識欲があるルトから懇願をされ、考えたところにとある人物の事を思い出し、ダメ元でその人物に会いに来たのである。
「それはレッドスワーロね。主にルフ島やマライダなんかで自生するハーブで、紅茶の葉に加工をすれば酸味のある独特の風味がするし、料理には香辛料として使われることがあるけど、扱いが難しいハーブのひとつともいわれているわね」
「園芸用品の店員から珍しい種と言われたのですが?」
「レッドスワーロは繁殖力はあるけど、生育してから一ヶ月しか持たないハーブなの。種はルフ島の奥地やマライダの北西の山間に行かないと滅多に見られないわ」
ルトが真剣に話しを聞いている先には、ガレット村で趣味のハーブを育てているサラの姿があった。
以前ガレット村の騒動で、彼女がハーブを育てていたことを思い出したケイは彼女に事情を説明すると、サラは快くその相談を請負ってくれた。
聞けば彼女の実家は、元々ハーブを専門に扱っている店を営んでいたことから彼女自身も幼少の頃から興味を持ち、各地を歩いては自身の目で確かめるといった行商人のようなこともしてきたのだという。
ルトはサラの説明にペンを片手に熱心に話しに集中している。
その隣ではブルノワと少佐が、木になっているフルーツが食べたいとねだり、サラの夫であるドランから果物を受け取っていた。
ケイとタレナがフルーツの皮を剥き、食べやすくカットしてから木の皿に盛り付けていく。
「ブルノワ、少佐、旨いか?」
『うん!おいしい!』『バウ!』『ワウ!』『ガウ!』
「こんなに美味しそうに食べる顔を見ると、こっちも嬉しくなるね~」
まるで孫を見るようにドランがブルノワと少佐の頭を撫でた。
ドランとサラは、初めにブルノワと少佐を見た時珍しい子達だねとほのぼのとした表情で聞いて来た。街の人達は最初こそ盛大に驚いていたものの、村人たちは特に気にすることも驚く事もなくブルノワと少佐を迎え入れた。
ケイが驚かないのかと聞いたところ、これでもドランは若い頃に冒険者をしていたようで、いろんなことを見てきたおかげでそんなこともあるよねとまるで悟りを開いた仙人のような表情で返した。
人はみかけによらないといったことだろう。
「はて?あれはジャックじゃないかい?」
ドランが荷物を手に村の入り口から大股で歩いてくる青年に気づいた。
彼は「ジャックじゃないか!」と声をかけたが、青年は一瞬立ち止まりドランの方を見たが、気まずそうな表情のまま一礼をして目の前を足早に通過する。
「知ってるヤツか?」
「彼はダンの息子でジャックっていうんだ。たしか今はアルバラントで鍛冶ギルドに所属している職人だと聞いてるよ。ここに戻って来たのは一年前だから休みでも取ったんじゃないかな?」
ドランがのほほんとした表情でブルノワに果物をねだられている。
ケイは通り過ぎた青年の表情に違和感を感じ、彼が向かった方向を見やったのだった。
いつもお世話になっている職人の青年が辞めてしまう!?
アダムとレイブンは彼の故郷であるガレット村に赴き、その一方で戻って来た青年の姿を見たケイはどうも気になった様子をみせます。一体どうなることやら~。
次回の更新は6月5日(金)夜です。




