179、特別講師最終日
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
遅くなり申し訳ありません。
今回は特別講師最終日の回です。
特別講師三日目の最終日。
この日、マークから現地集合という連絡によりブルノワと少佐を連れたケイと護衛役を務めるレイブンは、アルバラントから北西にあるグリドの丘付近にあるダンジョン『挑戦者の試練』の入り口で待っていた。
このダンジョンは、以前ケイ達がガレット村からの指名依頼で訪れたダンジョンである。近年ケイの一手間により『挑戦者の試練』とリニューアルされ、ボスであるハイカラミミックの出現によって一攫千金を夢見て数多くの冒険者達が挑んできたが、未だに攻略された話を聞かない。
ケイがエンチャントをしたハイカラミミックは元は普通のミミックで、ダンジョンボスが討伐されてもダンジョンは消失せずボスの一定期間の弱体化がウリで、ギルドの実地研修の場としてよく利用されていた。しかし先ほどにも述べたように、ケイがそれを一新してしまったため、事情を知らない冒険者並びにギルド関係者は非常に頭を悩ませる結果となる。
このダンジョンは、放置すればするほどボスのハイカラミミックはレベルが上がり強くなるが、討伐をすればそれに比例して報酬が豪華になるといった仕様になっている。それを見越して冒険者達が互いに知恵を出し合い、攻略をしようと手を組み奮闘するが、自身の実力以上の強さになると当然勝てなくなるどころか、強制的にダンジョンから追い出されるといった仕様にいつの間にかなっている。
それ故に、先ほどからボスに負けたであろうパーティがいくつも強制退場の術で入り口に送られてくるのが見える。悔しがり再度挑むところもあれば、憤慨して帰っていくなどの姿がケイ達の前をいくつも通過しているが、挑戦をしようとする列は途絶えることがない。
「ケイさん、遅くなりました」
ほどなくして生徒達を連れたマークがやって来た。
生徒達は課外活動に適した装いで、マークと一部の生徒はレイブンとは面識があったものの、今日の護衛として紹介しこれからの授業の内容についての話をした。
「特別講座最終日になるが二日間のことを思い出し、今日はダンジョンに挑戦をする課外活動になる」
ケイの言葉に、生徒達は互いに口々にその思いを述べる。
冒険者でも攻略できないダンジョンを自分たちが出来るとは思わないなどの言葉が出てくるが、挑戦はさせるが攻略をしてもらおうなどとケイも思っていない。
現にダンジョンの情報を鑑定したところ、ハイカラミミックのレベルが60と熟練の冒険者の強さで明らかに一般的とは一線を画している。それに冒険者達の間では、ダンジョンというものは一部を除き、常に進化と退化を繰り返している生物のようだという認識を持っている。
専門家である冒険者が出来ないことは生徒達にもさせないが、あくまで今回はダジュール流の【とんち】がためされる。
ダンジョンの入り口には列が続いているためケイ達も並び、順番が来るとケイとレイブンを戦闘に生徒達はまとまってその後に続く。
「皆さん、中は暗いですから足元には気をつけてくださいね~」
最後尾にいるマークが生徒達に声をかけた。
ダンジョンに挑む冒険者達の邪魔にならないよう実地訓練も兼ねているが、いかんせん冒険者の数が多い。やはりみんな考えることは一緒なのだろう。
内緒で他の冒険者に鑑定をすると、平均レベルが35と強くもないが弱くもないといったところで、ハイカラミミックとのレベル差を考えると倍ほどの開きがある。
ケイの感覚としては、ハイカラミミックが大人で冒険者が子供を彷彿とさせる。
周りに他の冒険者パーティがいるため、奥に進むことに関してはそれほど苦戦はしなかった。生徒達は入り始めた時は全員緊張した面持ちで恐る恐るといった様子をしていたが、自然と五人組になり各々役割分担を決めては対応をした行動をとるようになっている。
「俺からヒント!ダンジョンは何も魔物を倒すだけじゃない。時には思いがけないこともたくさんある。それを各自確かめろ!それと俺が危険と判断したら絶対に勝手な行動をするな!」
生徒達は自分たちとほぼ都市の変わらないケイの言葉に了承し、その指示に従う。
ケイがスキルのマップを展開すると、丁度ダンジョンの中間ぐらいまで来ていることを理解する。この辺りの敵はスライムやゴブリン、それとコウモリのような飛行系の魔物のバット等が出現する。『挑戦者の試練』というわりにはダンジョンレベルはLv10前後と、強さはそこまでではない。しかし一番の難所は異常な強さを持つボスのハイカラミミックのみで、攻略をするのであればそれ相応の準備や経験が必要になる。
生徒の一人からダンジョン攻略をしないのかと質問があったが、今回はあくまでも課外授業の一環でダンジョンに挑戦をしているため、ボスの一歩手前まで来たら引き返そうと考えを述べる。大人の冒険者でもレベルが三十半ばしかないのに、その彼らはレベルは十半ばしかない。火力や実践不足から、まともにやり合えば負けるとわかっているのでそこまでは強要しない。
ダンジョン自体の構成は、元が最弱のダンジョンであるように簡素な造りになっている。以前ケイ達が来た時は地下三階までしかなかったが、あの後ダンジョン自体が進化したのか、今では地下五階まで増設されている。
他のダンジョンに比べればコンパクトな方ではあるが、三階の途中で生徒の一人が間違えてモンスターハウスの区画に入ってしまった時は、ケイが「魔物の部屋があるから気をつけろよ」と発動した後に述べ、レイブンとマークが慌てて鎮圧をするというハプニングもあったが、それ以外は概ね想定通りの流れになったと思う。
「さて、ここで一つ問題だ!現在地下四階層一歩手前だが、お前達が見落としている物がある。それはなんだ?」
突然ケイが生徒達の方を向き、出題をした。
予めマップで全体図を把握しているケイが生徒達に投げかけ、各々それについて疑問や意見を交わしている。レイブンは耳打ちでどういうことかと尋ねると、実は三階部分のマップの一部に隠し通路の様なものをみつけていると話す。
恐らく下に続く片道切符のような通路で、下の階のどこかに繋がるかもしれないと答える。マップは表示されるだけであり実際見てみないとなんとも言えないが、冒険者ではダンジョンによる詳細な情報の報告も訓練のひとつだとアダムから聞いたことがある。
「確かにダンジョンには近道ができる場合もあるけど、本当に大丈夫なのかい?」
「まぁ、今回は隠し通路の確認だけだからなんもないとは思うが、念のために用心はしておいてくれ」
「わかったよ」
レイブンには万が一のことがあってはいけないので、一層の用心をお願いする。
ケイは生徒達に再度何かを見つけたら、勝手な事はせずにすぐに連絡をするようにと指導した。
「ケイ先生!ここにありました!」
女子生徒の一人が壁の方に何かを見つけたようで声を上げる。
そこはケイが予めマップで位置確認をした箇所と一致している。
一見普通の岩壁にしか見えないが、よく見ると一部入り組んだ場所があり、幅は人一人通れる程で下に続くスロープの様なものが見える。
生徒達にはこう言った場合はトラップの可能性もあると説明をした。
生徒の一人が近道ではないのかと尋ねたため、希に先ほどのモンスターハウスやボス部屋に直行するパターンもあるため、必ずしも正しいというわけではない。
このダンジョンは初歩の初歩扱いになるが、難易度の高いダンジョンでは即死系のトラップなどを多用する話もあるため、一つの行動が命を拾うか落とすかが分かれ目になる。それを重々承知で利用するか否かが重要になる。
ケイは生徒達にあらかた説明をした後、来た道を戻り四階へと続く階段を降りて行った。
「早くハイカラミミックを倒そうぜ!」
順調に四階の捜索をしている時に奥から冒険者の声が聞こえた。
どうやら巷で噂になっているハイカラミミックの報酬が目当てのようで、一攫千金を狙ってやって来たと思われ、三人組の一人が他の冒険者を出し抜いて五階に向かおうとしているのが分かる。
冒険者なのにゴロツキにしか見えないのは気のせいだろうかというこちら側の疑問もあるが、目先の欲ばかり追っていると身を滅ぼすという場面を生徒達にしっかり見て貰おうと、ちょっとあくどいがこれも経験の内とケイ達も冒険者の跡をついていくように五階へと進んで行った。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!!」
ケイ達が五階に到達した時、男性の叫び声を聞いた。
降りてすぐにボス部屋という構成のようで、先ほどの三人組の一人がハイカラミミックの戦闘により吹き飛ばされ、そのままダンジョン外へ強制転送させられてい場面に遭遇する。他の二人もこれはかなわんと、慌てた様子で来た道を戻ろうとしてケイ達と鉢合わせをする。
「おい!そこをどけ!」
「こいつは無理だ!早く開けろ!!」
冒険者の二人が全速力で階段の方に向かってくるのだが、ケイは何を思ったのか肩車をしているブルノワをレイブンにたくし、右手を握り拳にしたと同時に走って向かってくる男たちの内の一人目がけて、カウンターの要領で助走込みのストレートを繰り出した。
ゴンという鈍い音と同時に男の顔にケイの拳がめり込むように入る。
進行方向に向かって衝突をする音が辺りに響き、後方に吹っ飛んだ男の身体が追ってくるハイカラミミックに直撃し、その拍子で強制転送が発動をする。
どういう理屈でそうなるのかは分からないが、気絶または瀕死になると安全装置のようなものが働き、強制転送のような現象が起こるのだとここで初めて理解する。
仲間を殴られた三人目の男も、ブルノワと少佐を任されたレイブンもマークと生徒達もケイの突然の行動に唖然とした表情をした。
「なるほど、さっき外で見た冒険者が強制退場させられたメカニズムはこうなっていたんだな。いや~勉強になった!」
「ケイ!?」
「あ、あんた!一体何をするんだ!?」
「あ~悪かったよ~。だって、外に強制排除されている他の冒険者がどんな感じでそうなったのか知りたくてさ~。あ、でもみんなは真似をするなよ?」
(((いや!絶対に無理だろう!?)))
ケイの発言に全員が一斉にツッコミをいれたのは言うまでもない。
三人目の男に仲間達は外にいると思うから戻ったらどうかというと、アンタのせいだよ!!と声が返ってくる。一歩間違えれば人殺しになりかねないが、ダンジョンの噂を聞く限り、リニューアルされてからも人が死んだ話は一切聞かない。
あくまでも不殺生系ダンジョンといったところなのだろう。
男が悪態をつきながら急いで来た道を戻り、ハイカラミミックは今までこちらの様子を見ていたのかそこに鎮座している。ダンジョンボスなのに妙に物わかりのいい魔物である。しかしハイカラミミックはダンジョンリニューアルをした人物であるケイのことを覚えているのか、よく見ると小刻みに震えている。
「お二人共、ハイカラミミックが動かない内に生徒達を退避させた方が・・・」
「いや。もしかして、あれは前にケイが殴ったから怯えているんじゃないのか?」
「え?え゛ぇっ!?」
ハイカラミミックの姿にマークは生徒達を退避させようとしたが、レイブンが以前のやりとりを思いだしもしやと口にする。
今でこそ立派なダンジョンボスなのだが、当時は最弱のダンジョンのボスだった頃を思い出していたのか、ケイの姿を見るとどうも身体が小刻みに震えている。
魔物にもトラウマのようなものはあるのだろうかとケイは考えたが、ミミック自体は人間を魂まで食べるという話しも聞くためあながち間違いではなさそうだ。
『い』
「い?」
『・・・い、いやぁぁぁあああああ!!!!』
突然、ハイカラミミックが叫び声を上げる。
今度はハイカラミミックが鉢合わせになったケイの姿を見て驚き叫び声を上げたかと思うと、宝箱の容姿に手足はついてないはずなのだが猛スピードでケイ達が来た道を逆走して去って行く。その姿にマークも生徒達もどういうことなのか微妙な表情でそれを見送る。
未だかつてダンジョンボスが叫び声を上げ逃げた話を聞いたことがあるだろうか?
さすがのケイとレイブンもなんとも言えない表情で見送り、辺りにはその様子が面白かったのかブルノワと少佐の笑い声が響き渡る。
ケイはあぁ言っていたが、本来なら冒険者の戦いを間近で観戦し強制退場をするところ見たかったのだが、まさかハイカラミミックの初手に驚き、一目散にこちらに逃げてくるとは思わなかった。思わず内の一人を殴ってしまったが、ある意味では不測の自体もあるからこういう時は気をつけるようにと生徒達に説明をすることで強引に講義の締めに持って行く。先ほどの冒険者達から抗議が来そうだが、こればかりは今度会った時に改めて謝ろうと思う。
こうして人生初の特別講師は、なんとも締まらないうちに幕を終える。
学園長のボレアスからお礼の手紙と謝礼金を受け取ったが、本当にこんな感じでよかったのかとケイと護衛で付き添っていたレイブンは二人して困った笑みを浮かべたのだった。
無事(?)に講師を務めたケイでしたが、なんとも締まらない最終日となりました。
本当はいろいろと段取りがあったようでしたが、思いっきりフラグをぶち壊しました。
まぁ、そんな時もあるでしょう。
次回の更新は6月3日(水)です。




