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異世界満喫冒険譚  作者: GDKK
大陸編
177/359

172、色づいた天使

皆さんこんばんは。

いつもご高覧くださりありがとうございます。

前回の続きをどうぞ。

時をさかのぼることケイ達がゾッソの屋敷に向かう少し前の事である。


その日カンテミールは朝早くにゾッソの屋敷に足を運んでいた。

対応をした執事から少し出かけると言って先ほど外出したことを聞き、いつもの場所かと思い、そのまま町の中心街へ向かった。


ゾッソの行き先は、商店が建ち並ぶ路地の一角にあるパン屋だ。


彼は毎朝その店に赴き、ベーグルと新作のクロワッサンをジャムと一緒に購入し食べる事が最近の日課だと聞いたことがある。特にジャムはイチゴやオレンを使ったそのままの味を生かしたジャムにハマっているようで、千切ったクロワッサンにつけて食べる事が通だと言っていた。

一方のカンテミールは、朝食はあまりとらず珈琲一杯で済ますことが多い。

体格の関係もあるかもしれないが、そもそも食事自体を好まずゾッソからは心配されることが多かった気がする。


前に「一日一食でもいい」と言ったところ、不摂生すぎるとお叱りを受けた。


幼少の頃に両親を亡くし、親戚の養子になった当初からあまりいい顔をされずに養母には食事も与えて貰えなかったことがよくあったせいもあるのだろう。

家を飛び出し、ヴァレリに着いた頃には食事もとる力がないほど弱っていたが、運良くゾッソとその両親に拾われなんとか今日まで生きてきている。

それに、ゾッソは自分のせいで僕が怪我をして彫刻家を諦めていると気落ちしていたが、画家として活動している一方で自分は彫刻家の道も諦めてはいない。


実は周りには内緒で、とある彫刻作品の制作に取りかかっている。


かれこれ二十年以上も経つが、だいぶ完成に近づいたと自負している。

だいぶ時間を要したが、最初は道具を持つ左手に力が入らず怪我をしたことも何百回も経験をした。だけど諦めずに工夫をしていくうちに、少しずつ作品が形になっていく過程を楽しんでいる自分もいた。それにこれが完成したら、ゾッソに一泡吹かせるんだ!という意気込みも兼ねている。


普段彼の優しさに甘えている自分もおり、お礼も込めて作製をしていることも忘れていない。そういえば、彼の両親が亡くなった時には何日も泊まり込んで、いつもとは逆だねと話していたことを思い出す。


なんだかんだで自分も甘いんだなと思いつつ、ゾッソと話し合うため町角のパン屋へと向かった。



「ゾッソ!」


カンテミールが町角にあるパン屋までやってくると、ちょうどゾッソが店から出てくるところだった。いつもの様に紙袋に入った購入したパンを抱え、こちらの声に気づき手を振り返す。



「ミール!!!!」



カンテミールが駆け寄ろうとした時、何かに気づいたゾッソが顔を青くさせながら袋を投げ捨て、こちらに駆け寄ろうとする姿が見えた。

まさかと思い後ろを振り返ると同時に、一瞬だけ刃物を持った女性がこちらに近づこうとしているところが見えた。まずい!とは思ったが、咄嗟の状況に身体がついて行かず、ドンッ!という衝撃が自分に響いた。


辺りは騒然とし、悲鳴や怒声が響き渡っている。


カンテミールは何が起こったのか分からず、衝撃により尻もちを着いた状態で座っていた。刺されたのではと思ったが身体に痛みなどの異常が見当たらない。


「えっ・・・?ゾッソ?」


目の前には、なぜかゾッソの姿があった。

覆い被されている状況に「大丈夫かい?」と声をかけられたが、その表情は苦痛で顔色も青白い。もしかしてと思い、カンテミールがゾッソの背中に手を回す。

本来あり得ないはずの感触が指先に触れ、付着した右手の指を見ると真っ赤な血が付いている。覆い被さるようにうつぶせになったゾッソの息が荒く、顔色も青を通り越して白い。彼の背中から流血し続けており、このままではゾッソが死んでしまうと直感的に把握した。


「ゾッソ?ゾッソ!しっかりしろ!!頼む!!!!」


揺さぶりたい衝動を抑え、手でゾッソの背中の止血をするがその間から血が流れ出している。誰か助けてほしいと半ば錯乱状態のまま、カンテミールはゾッソに声をかけ続けた。




「ちょっと通してくれ!」



人垣をかき分け、ケイ達が現れたのはその直後の事である。


状況から考えてゾッソがカンテミールを庇って刺されたことを理解したケイは、二人に歩み寄り、まずは落ち着くようにとカンテミールに声をかける。


「カンテミール、大丈夫か?」

「ケ、ケイさん!ゾッソが・・・!!!」

「俺がなんとかするから落ち着けって!」


助けを乞うようにケイにすがりつくカンテミールに落ち着くように諭し、アレグロにブルノワと少佐をタレナにカンテミールを頼むと言ってからゾッソに向き合う。

ケイが【エクスヒール】を唱えると、ゾッソの身体が仄かにひかり出血していたであろう場所は綺麗さっぱりと消えた。

鑑定をかけて状態を調べると出血による貧血状態になっているため、近くにいる野次馬の男性数人に声をかけ、屋敷に運ぶと同時に医者を屋敷に呼んで来てくれと指示を出した。その間錯乱していたカンテミールに、一命をとりとめたので大丈夫だと伝えると安堵の表情を浮かべケイ達に感謝の意を表す。



ゾッソを屋敷に運び、医師からはもう少し遅ければ失血死をするところだったと言われ、貧血状態だったこともあり血液を増幅する薬を処方された。

医師が帰った後、ゾッソの執事から命を助けて貰いありがとうございますと礼を言われたが、その間にもカンテミールはゾッソが横たわるベッドの側にある椅子に腰をかけ彼を見つめたままだった。


ゾッソの執事がカンテミールに、警備員が心配しているようなので一度戻られてはと伝える。どうやら少し前に出かけたまま戻ってこないことを心配して、警備員の一人が屋敷に来たのだという。それに頷き、ゾッソの意識が戻ったら教えてほしいと言い、カンテミールは自身の屋敷へと戻っていった。


そのすぐ後にゾッソの意識が戻った。


タッチの差でさっきカンテミールが帰ったことを執事から伝えられると「ミールに怪我がなくてよかった」と安堵の表情を浮かべる。


「たまたまあんたの屋敷に向かう途中で見かけたんだ。一応怪我は治したけど、だいぶ出血してたからしばらくは安静にするようにと医者が言ってたぞ」

「君たちにも手間をかけてすまない」

「一体なにがあったんだ?」

「お見合いを断った伯爵家の令嬢に刺されたんだ」


ゾッソは以前ヴァレリに住む伯爵家の令嬢とのお見合いをしたが、自身にはその気がなく丁重に断りを入れたとそうだ。理由としては「作品に力を入れたいから」ということを述べ、伯爵夫妻は残念だが仕方がないと納得はしてくれたが、肝心の令嬢はその理由に納得がいかなかったようで、それ以降何度か屋敷に訪ねに来たそうだ。屋敷を訪ねていくうちにゾッソの友人でもあるカンテミールが関係しているのではと考え、彼にも危害を加えようとしたらしい。


彼はカンテミールは関係ないと何度説明しても、彼の存在が貴方を縛っていると言い、話は平行線のまま今日に至る。そしてその令嬢はあろう事か本当にカンテミールを亡き者にしようとしたのである。

咄嗟にカンテミールを庇い自身は刺されたが、たまたまケイ達が通りかかったことにより事なきを得る。その令嬢は、ゾッソが刺された時に町の人達に取り押さえられ、後に兵によって身柄を拘束されたそうだ。

ゾッソは令嬢を訴える事はせず穏便に済ませたいという気持ちであったが、アレグロ曰く、伯爵家の令嬢が有名画家に危害を加えたとなれば、最低でも修道院行きだろうと言った。貴族間の暗黙の了解というやつらしい。


ケイ達は、ゾッソが気がついたことをカンテミールに知らせに行くと言って、そのまま彼の屋敷に向かうことにした。



二軒隣のカンテミールの屋敷に向かうと、以前と同じように警備員が門扉の前に立っていた。ケイはゾッソが気がついたので伝えに来たと言うと、昨日と同じ警備員がケイを覚えていたようで、今はアトリエか作業場にいると伝えられる。


作業場とは、二階のアトリエの真下にある部屋のことである。


警備員に案内され、ケイ達は二階にあるアトリエへとやって来た。

ノックをし、声をかけてから返答を待つがどうやらこっちにはいないようで、そのまま真下にある一階へと足を向ける。


「カンテミールさん、昨日のお客さんです」


どうぞという声が返ってきたので警備員が扉を開け、ケイ達を中へと通す。


部屋の中心にカンテミールの姿があった。

彼は目の前の石像と向かい合う形で経っており、手には彫刻用のノミと金槌が握られている。部屋中にリズミカルな音が響き、石像を彫っていることがわかった。

切りがいいところでカンテミールが手を止め、右手の金槌をテーブルに置き、ノミを持っている左手は布や包装用のロープを用いて固定しているようで、それを右手で器用に外している。


「あんた、彫刻家も続けてたのか?」

「続けていたというわけではないよ。一度は諦めようとしていたんだけど、どうしてもこの作品だけは完成させたかったんだ。おかげで二十年もかかってしまったけどね」


石像に使われるダジュールの一般的な白い石を用いて、とある作品に取りかかっているとカンテミールが語る。目の前には石像があり、170cmほどの大きさで慈愛に満ちた笑みを浮かべている天使の姿をしていた。


「すごいわね」

「まるで生きているような表情をしてます」

『てんし!てんし!』『バウ!』『ワウ!』『ガウ!』

「ふふっ、褒めてくれてありがとう。完成はもうすぐなんだ、ゾッソには安心させたいという気持ちもあるし驚かせたい」


天使の像を眺めているブルノワと少佐の目は輝き、アレグロとタレナが素直な感想を口にする。ケイ自身もさすが彫刻家と名乗るだけはあるなと感心を示す。


石の質を残しつつ、まるで生きているかのような表情をしている石像は、あと顔と手を微修正を残してほぼほぼ完成になるという。十八才の時に取り組んでいたものの怪我により一時は断念していたが、事故から二年後に作品を完成させようと一念発起で取り組み続けていたという。自分ならサジを投げ出しかねないが、カンテミールのポテンシャルは元々高いのだろう。


「手の怪我は治らないのか?」

「医師からは神経の一部が損傷しているが、リハビリを重ねれば簡単な動作であれば動かせるようになるだろうって。左手でノミを持つことはできても込めるための力が出ないから、布とロープで固定しているんだ。後は長年の感覚かな、工夫すれば石像を彫ることも出来るし複雑な動作でなければ左手もつかえるよ」

「じゃあさ・・・もし、その後遺症を治すことができると言ったら?」


ケイの言葉にカンテミールが反応をする。


ゾッソの怪我を治したことからケイの言わんとすることを察するが、カンテミールはその問いに首を横に振った。


「だとしても、僕はこのままでいいんだ。たしかに君の力であれば僕の後遺症も治るかもしれない。でも、二十年以上これで過ごしてきたし、なんだかそれがなくなってしまう気がするんだ・・・」

「それじゃ、ゾッソに対する町の噂は残ったままだぞ?」

「君の言いたいことも分かるよ。実はこの作品が完成したら、町を離れようと思うんだ」


それを聞いたケイ達は、寝耳に水だった。


これ以上ゾッソのそばにいることが出来ないと悟っているのだろうか。

内に秘めた思いは当人しか分からないが、ケイはあまり追求しない方がいいような気がした。


「参考までに、なにかこうした方がいいとかはあるかい?」


急にカンテミールから作品に対する要望を聞かれたため、一瞬戸惑った。

専門的な知識がないため、そのままの状態でも十分に魅力的だとアレグロとタレナが口を揃えるが、ケイは石像に色づけしてみれば?と答える。当然、石像に色づけをすること自体を聞いたことがないため、カンテミールが首を傾げる。


ケイの記憶がたしかであれば、国民的人気のキャラクターを模した石像には一部ではあるが色が付いているものがある。それを思い出し、その石像に部分的に色づけをしてみたらどうかと提案をする。天使の石像ならば、唇や天使の輪あるいは背中の羽根に着色してもまた違った表情になるのではと。

それを聞いたカンテミールは、腑に落ちたような表情を浮かべなるほどと頷く。


実はこの時、部屋の外にこの会話を聞いている人物がいたことをケイは確認していた。それと同時に、その人物に向けての提案でもあることをさりげなく伝えたのである。それをどう解釈して行動にするかは当人に任せることにした。




「できた・・・」



ケイ達が帰った後、カンテミールは石像の作製の最終調整を行っていた。


石像が完成した頃には既に日没を迎えており、窓の外は暗闇に包まれていた。

ハンマーを置き、ノミを固定していた布とロープを外しテーブルに置くと、部屋に設置されている明かりに反射するように、微笑みを浮かべた天使がこちらを見つめている。


カンテミールは一息つくためソファーに腰をかけようとしたところ、扉の向こうに人の気配を感じた。声をかけると、扉を開けた先にはゾッソの姿があった。


「長いこと集中してたみたいだね」とゾッソが声をかけると、まだ安静にするべきではと慌ててカンテミールが駆け寄る。ケイのおかげで一命をとりとめたゾッソは心配性だなと言ってカラカラと笑い声を上げるが、カンテミールとしては気が気でなかったと少し心配するように怒ったような表情を浮かべる。


「先に謝っておこう。実は昼間の会話聞いたんだ。ミールがこの作品を作製していることも完成したら町を去ろうとしたことも、全部」

「だ、黙っていて悪かったよ。君のことを考えるとどうしても・・・」


そこでゾッソが言葉を制し、天使の石像を見やる。

タレナが言ったように近い位置だからこそ言えないことがあったと理解したのか、それぞれの思っていることを伝えた。そしてゾッソがソファーから立ち上がると、完成された天使の石像に向かい合い、こう口にした。


「この石像に色をつけてもいいかい?」


ゾッソは昼間のケイ達の会話以降、ずっと扉の外で作品が出来るのを待っていたのだという。それに関してはカンテミールから叱られたのだが、思い出の一作になると同時にこの町に残ってこれからも一緒に作品を作り上げたいと伝えた。


「これからも一緒に、この町を盛り上げてくれないかい?」

「ふふっ、プロポーズみたいだね」

「ある意味ではそうかもしれない。人生という名のプロポーズというやつ、かな」


お茶目にウインクをするゾッソに「君は昔から変わらないな」と半ば呆れた表情を浮かべつつ、カンテミールが頷いた。



のちにカンテミールの作品は『輝き(ランヴォ)の天使』と名付けられた。


石像の唇には少女の唇のような淡い桃色に彩られ、白い羽根は今にも飛び立たんとする躍動感をありありと見せ、頭上の輪は優しく包み込むような白く淡い黄色みを帯びている。


当初その像はゾッソとの共同作品ということで町に置かれる予定だったが、カンテミールの強い希望もあり、彼の屋敷の庭にある花壇の前に置かれた。


唯一の共同作品であり、二十年をかけた思い出のある作品でもある。


警備員の話では、時折ゾッソと庭でその石像を眺める姿を見かけられるという。

長年の付き合いということもあり、いろいろな思いと共にこれからも仲良く過ごしていくことだろう。ゾッソとカンテミールの噂についてもそれ以降パタリトなくなったらしい。一部では、ゾッソが何かをしたであろうと密かに噂になっているようだが、確信を得る情報がないまま自然と沙汰された。



アレグロとタレナがモデルとなった絵画も、のちにケイ達の屋敷宛てに送られることになる。


『窓ぎわの姉妹』と銘打つ作品は、ゾッソのアトリエに椅子に腰をかけた姉妹の姿が描かれている。瞬間的な記憶力と想像力で描かれた二人は、白いワンピースに身を包み、窓から差し込んでいる日の光が反射して優しい笑みを浮かべている。

今にもこちらに近づいてきそうなリアリティさを感じる。


ちなみにこの絵は、ケイ達の屋敷の入り口にかけられることになった。

アレグロとタレナは、恥ずかしいと顔を赤らめながらもまんざらでもない表情をした。一生に一度あるかないかという体験によかったなと二人を見てそう思ったのだった。

ゾッソとカンテミールの仲が今後も続くことを願って、ケイ達も活動していくことになります。

終わりよければ全てよし!

次回の更新は5月15日(金)夜の予定です。

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