170、人物画のゾッソ
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、ケイ達がとある画家に出会うお話です。
リブロの家をあとにしたケイ達は、日もだいぶ傾いたため宿屋に戻ることにした。
もとより数日滞在する予定ではあったため、宿泊施設にて夕食の間にリブロから受け取った黒い箱に着手する。その際にシンシアから行儀が悪いと言われたが、ケイとしては鍵の半分が入っていると考えると好奇心を抑えきれず、前に開けた別の黒い箱と同じような仕組みになっているため、あれやこれやと解除を模索している。
「開けられそうか?」
「あともう少しってところかな・・・あ、開いた」
隣で食事を取りながら様子を見ていたアダムが声をかける。
あと数手だったようで、上蓋が横にスライドし完全に外れた。
箱を逆さにして中身を確認すると、鍵の部分とおぼしき紐を通せる穴が開いた上半分がケイの手のひらに落ちる。鍵の欠損部分を確認すると、ケイ達が入手した下半分と欠損の形式が若干異なっていることに気づく。
「欠損部分が違うな。持っていた部分と違うから別の鍵か?」
「結局は別のものってこと?」
「かもしれない。同じ黒い箱だから、てっきり残りも同じ鍵だと思ったんだけど」
納得のいかない表情をするケイに、早く食べないと冷めるわよとシンシアが一言。
考えていても仕方がないので二つの鍵の部品をスマホで撮影し、元・日本人組合と勝手に名付けているガイナール達へと送信をする。
『黒い箱の鍵についての詳細が知りたい』
食事を終えて冷めた紅茶に口をつけたところで一つの連絡が入る。
その相手はヴィンチェからで、少し前に別の黒い箱を手に入れたらしく、その詳細を教えてほしいと返ってきた。ケイは黒い箱の詳細をメール文に打ち込み、すぐ後に実物を確認したいので会えないだろうか?』と返ってくる。
ヴィンチェ達は今、依頼の関係で今はルフ島からダナンに戻る船の上だという。
ダナンには明日到着するそうで、依頼の手続きなどの関係で二日後にヴァレリで会おうという流れになった。
「ということは、彼らも同じ箱を見つけたというわけか?」
「ヴィンチェから、少し前にルフ島近辺の海に浮かんでいたところを拾ったみたいで、仕掛けのことも気づいてたみたいだ」
そういってケイは、スマホに送られた三つ目の黒い箱の画像をアダム達に見せた。
仕掛けが解除され上蓋が外された黒い箱と、銅製の細い棒のような画像が映し出されている。細い棒の方は両端が欠損しており、本来であればそこに何かがついていた事を物語っている。ヴィンチェの説明によると、鑑定では【欠損した銅の鍵の一部】という表示がされていたそうで、ケイが送った画像と照らし合わせるともしやと思ったらしい。
とりあえずはヴィンチェ達が到着するまでの間、ケイ達はヴァレリに滞在するはこびとなった。
「妹になにするのよ!!この変態!!!!」
翌日の昼下がり、ヴァレリ中心部にある店が建ち並ぶ路地にて、アレグロの怒声と杖で何かを殴ったような鈍い音が辺りに響き渡った。
自由行動ということでケイはブルノワと少佐を連れて出かけようとしたところ、アレグロとタレナも一緒に見て回りたいと言っていたため、二人も連れて商店を回っていた。
途中で飲食店に立ち寄り兎の肉を使った串焼きを頬張り、絞りたてのミックスジュースをブルノワと少佐が強請るなど、ごく普通の休日を過ごしていたのだが、串焼き屋の隣にある雑貨屋の店先からアレグロの大声が聞こえたのでそちらを覗くと、杖を片手に息を切らせるアレグロと驚いて固まるタレナの目線の下には、一人の男性が頭を押さえて蹲っている。
「二人共、どうしたんだよ?」
「ケイ様~!この人、急にタレナの手を掴んで口説いてきたのよ!?」
蔑むアレグロの目線は、思いっきり杖で頭を殴られたのか、先ほどから微動だにしない男に向けられている。タレナに大丈夫かと尋ねると、自分は大丈夫だが手を触れられた直後にアレグロが後ろから杖で殴ったそうで、逆にその人物を心配している。
「あんた、大丈夫か?」
ケイが男に声をかけると「なかなか刺激的な体験だ」と言いながら立ち上がる。
四十代ぐらいであろうその男性は、細身でありながらも鍛えられているようで茶色のベストとスーツを着こなしている。また、一見どこぞのお偉いさんのような出で立ちを感じさせつつ、手入れのされた髪や口と顎髭が端正な顔立ちと相まって年齢をを感じさせない優雅さや温厚さが現れている。
「すまないね。ついこのお嬢さんに見とれてしまって。おや?こちらのお嬢さんもなかなか魅力的ではないですか~」
男性はアレグロにも目を向けると、もはや一昔前のトレンディ俳優のような臭い台詞をはいた。そしてアレグロの手をとろうとして、触らないでと逆にはたき落とされていた。しかし、そんなことに動じていないのか「元気の良いお嬢さんだ」とこれまたクサイを通り越して胡散臭い台詞をはく。
「・・・で、俺達になにか用か?」
「実はそちらのお嬢さんに絵のモデルをお願いしたいのだが、いかがかな?」
男性はタレナに向かってウインクを投げかけると、戸惑ったタレナにアレグロが二人の前に割って入る。けん制をしているのか警戒の目を向けているのだが、それもまたキュートだとアレグロの手を取り、お返しにアレグロが男性の股の間を目がけて足を振り上げる。
ここまでくると世の男性ならメンタルがバキバキに折れてもいいはずなのだが、その男は「強さも魅力のひとつだ」となおも臭い台詞をはいたため、もはや生まれつきこういう人なのだろうと諦め、男性の復帰を待ってから話を進めることにした。
店先でのやりとりが他の人の目に止まったようで、いつの間にか人だかりが出来ていた。これ以上大事になるのはマズいと思い、男性の復帰を待ってから近くのこじんまりとした飲食店に足を運んだ。
四人がけの円卓テーブルに各々が腰をかけ、男性の正面にタレナを左右に膝にブルノワを座らせたケイとアレグロが着く。
「あんた何者だ?」
「これは失礼いたしました。私は画家のゾッソと申します」
男性の正体にケイ達が驚く。まさか臭い台詞をはきまくる男が世界的に有名な画家だとは誰も思うまい。
ゾッソは、次回作のモデルとしてアレグロとタレナを起用したいと話を切り出す。
初めにタレナだけを起用するのではと問い返すと、双子だということを理解したのか、アレグロも自分の構想に加えたいと述べる。当然二人は絵のモデル?と顔を顰めていたが、ゾッソが二人の手を握り「ぜひとも協力して頂きたい」と真摯な目線を送る。傍から見ていたケイは、頼んだ紅茶に口をつけながら結婚詐欺師のような口説き方だなと、ある意味感心を向ける。
「悪いけど俺達は冒険を生業としている。それにここを拠点としているわけではないから、三日ぐらいしか滞在しないぞ?」
「二日・・・いや明日の一日だけ、お二人にモデルをお願いしたいのです」
絵を描くのにモデルは一日でいいとはどういうことなのかと考えると、ゾッソは瞬間的に情景や物事を記憶し、さも今起こったかのようにその記憶を鮮明に思い出せるという長期的に記憶を維持することが出来ると述べた。もともと持った得意分野で画家として活動しているのだろう。
「有名画家にモデルとして起用されるんだからやってみたらどうだ?」
ケイの提案に二人は他人事のようにいってと戸惑いを浮かべていたが、人生のうちで画家のモデルなどという経験は後にも先にもないだろう。どうせなら何割か増しで可愛く描いてもらえと茶化すと、ゾッソは「ありのままだからこそ、二人は美しい」とのたまう。
ヴァレリは東側から南側にかけて住宅街が広がり、南側には名だかる画家たちが住んでいる。まるで海外セレブを思わせるような大きな家が建ち並び、その前を通る度に田舎から上京してくる少年少女のような気分になる。
ゾッソの自宅は、ヴァレリの中心街から歩いて五分ほどにある閑静な住宅街の一画に建っていた。
彼の自宅がある場所までやって来ると、鉄製の門扉が眼前に広がる。
西洋のお城の入り口にあるような門扉には花のような模様が入っており、彼曰く自分の住む家は妥協をしたくないようで細やかなこだわりが見られる。材質は、地球でも使われているロートアイアンが用いられている様で、形状としては一般的な両開きの門扉であるとされる。
その門扉の向こうにはレンガ調の立派な屋敷が見え、出迎えた執事が門を開けた。
「ゾッソ様、おかえりなさいませ」
三十人ほどのメイド達が左右に整列している様は、まるでザ・セレブを象徴するような光景が眼前に広がる。ゾッソには当たり前の光景かもしれないが、統一のとれたメイドの整列に一種の軍隊のような気質を感じた。
「ここにいるメイドたちのほとんどは、元々身寄りのない子供達なんだ」
「じゃあ、そいつらを引き取って育てたってわけか?」
「まぁね。今はフリーだけど一応は結婚の経験はあるよ。子供を作ることが出来ないために長くは続かなかったけどね」
軽快な口調でディープな内容を繰り出す辺り、年の功ということなのだろう。
なにか聞いてはいけない気分になったが本人はとくに気にしている様子もなく、出迎えた執事の案内でアトリエへと向かった。
門扉から徒歩50m先にある屋敷の東側にアトリエが存在している。
正面玄関に近いアトリエは庭に出られるよう大きな窓が設置されており、そこから日の光が差し込んでいる。主に人物画を得意とするが、たまに息抜きで風景画を描いていたりするらしく、描きかけの絵がいくつかイーデルに置かれている。
アトリエに隣接している小規模のスペースには、ソファーやローテーブルが置かれている。簡要の応接室ということなのだろう。
「すまない。待たせたね」
屋敷に入るとゾッソは着替えてくるとケイ達と一旦別れ、待っている間にソファーに座り、出された紅茶に口をつけていたところに軽装になってやって来る。軽装と言っても黒のスラックスに仕立ての良いワイシャツの袖を捲った出で立ちである。
以前高校の同級生がそういう男性に色気を感じるなどと言っていたが、ケイにはイマイチそれが理解できない。大人の色気というものなのだろうか?
「実は構想はもう出ているんだ。デッサンをするので、二人には窓際にある椅子に座って貰いたい」
ゾッソの指示でアレグロとタレナがソファーから立ち上がり窓際に移ろうとした時に、先ほど退出した執事がゾッソに声をかけた。
「ゾッソ様、お取り込み中のところ申し訳ありません。カンテミール様がお見えになっているのですがいかがなさいましょう?」
「え?ミールが?悪いけど来客中だから、あとにしてくれと伝えてほしい」
「承知しました」
執事が礼をした同じタイミングで、廊下の方からメイドの止める声が響き渡ったかと思うと、少し大きめな足音がこちらに近づき、アトリエの扉が乱暴に開け放たれる。
「ゾッソ!!!!」
アトリエに怒り心頭といった様子のゾッソと同年代の男性が現れ、ゾッソの姿を捉えたかと思うと足早に近づき彼の胸ぐらを掴んだ。
その様子にケイ達は何が起こったのかわからないまま、その光景を眺めていた。
人物画のゾッソのモデルに起用されたアレグロとタレナ。
彼のアトリエに向かったところ、なぜか怒り爆発の男性が乱入してくる。
一体どういうことなのでしょう?
次回の更新は5月11日(月)夜です。




