169、青い染料を求めて
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
今回は前回の続きで、青い染料を探すお話です。
リブロから青い染料を頼まれたケイ達は、町の中心にある専門店へとやって来た。
レンガ造りの建物とマッチするかのように、木製で三階建ての建物が建っている。
店内は吹き抜けになっており、天井には日の光を取り入れた天窓とダークオークを使った木の梁が存在感を醸し出している。
何処に目的の物があるのかわからないため近くに居た店員に聞いてみると、一階は製作された美術や絵画作品を扱っており、一部のスペースではフリーマーケットのような区画になっている。二階は画材を中心に扱い、三階は美術関係の道具を扱っているようで、一応はジャンルごとに分かれてはいる。
店員に礼を言い、店内左にある階段を上り二階へ向かうと、某大型画材専門店と同じような光景が広がっていた。やはり専門だけあって種類が豊富のようで、素人でも圧倒される。
当初の目的である青い染料はすぐに見つかった。
染料が並んでいるコーナーに目を向けると青だけでも三十種類以上あり、そういえばリブロの好みや使用しているなどわからないためどうしようかと考えていたところ、女性の店員が「なにかお困りですか?」と声をかけてきた。
十代後半とおぼしき女性店員は、黄色のエプロンに茶色のおさげをしており、顔立ちはそばかすと相まってまだあどけなく見える。ケイがリブロに頼まれた青い染料のことを話すと、あぁと相づちをうってから陳列された棚に手を伸ばした。
「リブロさんのおつかいですか?」
「まぁな。ちょっと事情があって頼まれてさ」
「リブロさんは画家の中でも特にこだわりの強い方ですから、色ひとつとっても自身の作品と照らし合わせて吟味してます。とくに青色は彼の作品の象徴とも言われてますよ」
リブロ描く風俗画は屋外の様子を描いた物が多く、特に市民の生活をモチーフにしたものが数多くある。以前商人のムスタファが貴族に売りに出していた「水を汲む少年たち」などは、かなりの値で売られていたと後にシンシア経由で聞いたことがある。
女性店員は、棚からとり出したいくつかの染料が入った小袋をケイに手渡した。
いつも使用している色は、シアンに近い色をした染料が二種類と薄水色の染料が三種類をよく購入していると言い、そしてもう一つとある棚に手を伸ばそうとした時にあっ!と店員が声を上げる。
「ねぇ!ここに置いてある染料の在庫ってある?」
どうやら陳列されているはずの場所に商品がなく、女性店員がたまたま近くで棚卸しをしていた男性店員に声をかけた。男性店員はその棚をみるや、ちょっと待ってと声を返し急いでバックヤードへと駆けていく。
しばらくしてから先ほどの男性店員が戻ってくると、彼はすまなそうな表情で女性店員に謝罪を入れた。どうやら空いた陳列棚に置かれるはずだった染料の在庫がなくなったようで、店長から入荷は明後日ぐらいになると言われたようだ。
「リブロさんが使用している染料なんですが、入荷に時間がかかるようで・・・いかがなさいましょう?」
女性店員に聞かれ、ケイが思案する。
別に急いでいる用でもないので入荷を待ってからの購入でも問題はないが、リブロから来週には絵画を貴族に渡す約束をしていたことを思い出し、制作期間を考えるとちょっと厳しいかもしれないと思い直す。
「ちなみにその染料は、リブロが絶対に使う色なのか?」
「はい。本来ここに置かれる青色の染料は、ルフ島で生育しているブレの葉を粉末状にした物を販売しています。主に風景画を作製する画家の間でも人気の染料で、
一色で色の濃淡によっては色が変わるという特製があります。それに、色鮮やかだけど他の色と混ぜても色落ちや色映えが損なわれないことで一目を置かれている商品でもあります」
ケイは女性店員に色の見本表みたいなものはあるかと訪ねると、近くに立てかけてあった飲食店のメニュー表みたいなものを手渡され、とあるページを示された。
「このページの上から四つ目の色が、先ほどお伝えしました色になります」
その項目に目を向けると色使いの見本のようで、原色の濃い青色から左に向かってグラデーションのように薄い色に変わる。色の左側には、色の名前であろう『ブレ色』とブレの葉からとった名称が記されている。
鑑定をしたところブレ色は、地球でいうところの【ウルトラマリン】に非常に似ているようで、金額的にも他の染料より二~三倍ほど高い。
ちなみにウルトラマリンというのは宝石のラピスラズリを意味している。
地球でも金よりも高い顔料ともいわれており、過去には有名な画家も取り入れている色だとも伝えられている。ケイは過去に美術をかじっていた友人からそんな話を聞いたことを思い出した。
それから女性店員に、この町に宝石関係の店はあるかと訪ねた。
突然話題を変えられた店員は、きょとんとした表情で同じ通りの二軒先にあると返し、もしその色が入荷したらリブロに伝えてほしいと頼み、一同は店をあとにすることにした。
「ケイ、いきなり宝石商に行くってどういうことだ?」
店を出たケイにアダムが疑問を投げかける。
一瞬、気が触れたのかと思っていたらしいが、宝石の中には染料になるものがあることを聞いたと述べると、その知識がなかったのか五人とも驚いた顔を見せた。
ケイ自身も美術には疎い方だが、宝石を染料として使用することがこの世界でも可能ということであればやってみる価値はある。そんなことを考えつつ、二軒先にある宝石商へと足を運んだ。
二軒先にある宝石商は、レンガ造りのカントリーチックな建物だった。
店先には宝石商の看板が掲げられており、青緑の扉は宝石に対する期待を抱かせているような感じがしなくもない。
店内に入ると地球で宝石を扱っている店とは違い、まるで高級ホテルのフロントを思わせるような豪華な内装になっている。また、所々に飾られた美術品やこの町の画家が描いたであろう絵画が飾られているようで格式高い印象を感じられる。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いいたします」
この店の店員であろう初老の男性が話しかけてくる。
タキシードを着用しこちらに笑みを浮かべている様は、ロマンスグレーを思わせる風貌をしている。
ケイは青い宝石を探しているのであればいくつか見せてほしいと話し、男性は一角にある打ち合わせ用のソファーまで案内したあと、すぐお持ちしますと一礼をしその場を離れた。
「・・・で、金銭的なものは大丈夫なの?」
「どうだろうな。ダジュールの宝石価値がわからないからなんとも言えないけど、あまり高くてダメならまた考えるさ」
店員が離れたタイミングで、シンシアからお金はどうするのかと尋ねられる。
この世界の宝石の価値は分からないが、それなりの値打ちになることは予想している。ただ、ラピスラズリのような染料になる宝石が存在するのかが問題である。
ある意味で大博打となる宝石商やいかに、と言ったところだろう。
ほどなくして先ほどの男性が戻って来た。
手にはアタッシュケースのような黒いケースを持ち、一礼をしてから対面のソファーに腰を下ろす。
ケースはケイ達の方を向けて蓋を開くと、中には数種類の宝石が大小十個ほど入っている。大きい物は子供の握りこぶしほどで、小さい物は小指の先ほどの大きさである。
「青い宝石はこちらの五種類になります。左からサファイア、ターコイズ、アズライト、アクアマリン、アパタイトです。これ以外にも数種類お見せすることは可能ですが?」
宝石は地球の宝石と同じようで、見たことがあるものばかりなことに安堵する。
しかし肝心のラピスラズリ系の宝石が見当たらない。聞けば今は取り扱っていないらしい。
しかし、アズライトも染料として販売されていることがあると聞いたことがある。
地球ではアズライトの価値は顔料の中でも高価であることが知られているが、需要としては日本画材で使用されることが多い。
その理由の一つとして、細かく砕きすぎると発色や着色が悪くなると使用者を選ぶためなどと言われている。原石状態であればラピスラズリよりは準備がしやすいなどのメリットもあるが、宝石商は加工した物を客に提示するため原石のみで売られることは希だろう。そうなると、画材の入手待ちをするしかないかなと思い始め、ダメ元で男性に聞いてみることにした。
「ちなみにこのアズライトって原石置いていたりする?」
様子を伺うように尋ねると、男性は一瞬驚きの表情を浮かべ、何かを察したのかすぐにお持ちしますと立ち上がり一旦奥に下がっていった。
「アズライトの原石がほしいの?」
シンシアが何故?といわんばかりの表情をした。
正直に言えばラピスラズリがよかったのだが、聞いたところによるとダジュールのラピスラズリは原石であっても希少価値が高く、なかなかお目にかかることができないそうだ。ちなみに地球のラピスラズリとアズライトは、青い絵の具の100倍以上で値がつけられたこともあるらしく、ダジュールのアズライトもその系統ではと述べると、それを聞いた一同が思わず目を剥いた。
「お待たせいたしました」
そのすぐ後に男性が再度戻ってきた。
今度はグレーのケースに入れられているようで、男性の手には白手袋がはめられている。ケースを開けるとアズライトの原石が鎮座しており、大きさ的には野球ボールほどある。
「こちらがアズライトの原石になります。宝石にする際には加工をしなければなりませんが原石の方がよろしいのでしょうか?」
「あぁ。宝石として使うわけではないからな」
「と、いうことは、染料ということでしょうか?」
どうやら男性は宝石が染料になることを知っていたらしく、客の中には画家もいるようで、ケイ達と同じ理由で原石を所望する人が少人数いるらしい。もちろん、リブロに頼まれた染料が入荷待ちでイチかバチかでやってきたことを正直に説明をした上での回答である。
「アズライトの原石でしたら、この大きさですと五万ダリでいかがでしょう?」
思った以上に原石が安いことに疑問を抱くと、ダジュールでは宝石を加工する前の原石の価値は市場の十分の一程になると言われた。
その理由としては、加工する宝石職人が少ないため一般人が持っていてもさほど価値が出ないからである。そうは言っても中にはマニアという者がおり、大金をはたいてまで原石を買い付けることもあるそうだが、そう言った人間はほんの一部であり、一般庶民はそれを知らずに過ごしていることが大半とも言われている。
男性の説明を受けたケイ達は、ある程度覚悟をしていたのだが拍子抜けをしてしまい、たまたま買える額ともあってアズライトの原石を購入することにした。
「リブロ、買ってきたぞ!」
その後リブロの家に戻ってきたケイ達は、黒い箱と交換で彼に購入した品を手渡した。
店員の話でブレの葉を使った染料だけが手に入らなかったが、アズライトの原石を手渡したところ、その意図する意味を元々理解していたのか彫刻用のハンマーを手に取り、購入した袋ごとその原石を砕き割った。
「よくアズライトが染料になるって知っていましたね」
「昔、俺の知り合いが言っていたことを思い出してね。たまたま知ってたんだ」
「アズライトの原石は、ゼフ色の染料と非常に似ているんです。中には高価なラピスラズリを使う画家もいるようですが、私はそれほど裕福ではないので・・・」
リブロは砕いたアズライトを別のキャンパスに試し塗りをした。
素人には分からないが技法の関係で色使いが非常に難しく、ムラのことも他の染料より気にしないといけないそうで、あれやこれやと大いに悩んでいた。
画家とは、色を操るマジシャンのような不思議な職業だ。
かつて仲良くしていた友人が言っていた口癖である。
色一つとっても表現の仕方で表情が変わり、生かすも殺すも画家次第と言っていたことが印象的だった。そんな彼は高校卒業間近に美術関係の学校に進学すると言っていたが、将来画家になることができるのだろうかと見ることのできない未来に心を馳せた。
のちにケイ達の行動により、リブロの作品が完成をした。
「犬と散歩する少女とヴァレリの町並み」という題名がつけられた作品は、依頼された貴族の娘の誕生日を祝って描かれた一作で、ヴァレリの町並みがありありと表現され、そのなかで娘と愛犬が仲良く散歩をしている構図が貴族の家族に大変好評であったといわれている。
そして、その貴族から融資を受けられることになったとケイ達宛てに手紙と結構な額の謝礼金が添えられて来たのは、その少し後のことになる。
無事に青い染料をリブロに渡すことが出来たケイ達は、リブロから黒い箱を手に入れました。
中身はやっぱり・・・。
次回は5月8日(金)夜です。




