156、サフランの丘
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、とある小説家のお話です。
「ねぇ、シンシア!読み終わったら次、私に見せて?」
「いいわよ」
とある日の昼下がりのことである。
ケイがブルノワと少佐を連れて散歩に出かけようとした時、アレグロとシンシアが本の貸し借りをしていた。
シンシアの手には女性に大人気小説『サフランの丘』が握られている。
内容は一組の男女がサフランの丘で愛を育む、純愛ラブストーリーらしい。
十年以上も続くその小説は、このほど一年ぶりに49巻目を発売したようで、寝起きのケイが自室の窓からシンシアが朝早くに書店に走って行ったところを見かけた。
聞けばシンシアは発売された当初からのファンで、発売した日に絶対に買いに走るタイプのため、今回も猛ダッシュは必須!と力説していたことにケイは理解ができなかった。
そもそもケイは恋愛系統の作品全般が苦手で、高校時代に付き合っていた彼女と当時流行りの恋愛映画を観に行った際に見事に寝てしまい、鑑賞後に大げんかをし別れたという苦い思い出がある。
最近ではパーシアもその小説にハマっているようで、空いている時間を読書にあてては時折涙を浮かべるところを見る。
あと意外だったのはローゼンとレイブンもその本を読んでいるということだ。
ローゼンは話の種として話題の作品を一通り読んでおり、レイブンはコルマの影響で数年前から読み始めたという。二人に面白いかと尋ねると、作品の構成と文章の言い回しの勉強になるらしい。着眼点が男と女とでは相違があることに逆に面白いなとケイは感心をした。
そんなシンシアとアレグロを余所に、ケイはローゼンに散歩に出ると伝えてからブルノワと少佐を連れて外出をした。
昼下がりということもあり、噴水がある中央通りにはいつものように露店と人通りがある。
「あら?今日はルトくんと一緒じゃないのね?」
『うん!パパといっしょ!』
「そうなの~よかったわね!」
初めこそ行く先々でブルノワと少佐の姿に驚いていた人達ばかりだったが、最近になってからは、行きつけの店や露店の人から可愛がられるようになり、時折お菓子を貰うことも多くなった。先ほど通った花を売っている露店は、いつも行っているお店の一つらしく、店先の女性がブルノワと少佐に手を振っていた。
そのあとケイ達が露店を見て回っていると、ふとブルノワが引いていた手を引っ張り、とある露店で立ち止まった。
その露店は、青い風呂敷のような布の上にいくつもの女性モノのアクセサリーや服が売られている。しかし売り主をみるとまだ十代半ばとおぼしき青年だった。
ブルノワは最近になってメンバーの女性陣に影響されたのか、アクセサリーに興味を持ち始めたようで、時折アレグロやタレナが身につけている装飾品を恨めしそうにみている場面を見かける。特にキラキラしたものが気になるのか、道行く女性がつけているアクセサリーに目移りしている様子もあるとルトから聞いている。
ブルノワは並べられた女性モノのアクセサリーを一心に見つめており、急かしても無駄だと判断したケイは、彼女が飽きるまでそっとしておくと同時に店の青年に声をかけてみた。
「なぁ、ここにあるもの全部女性ものだけど、あんたが作ったやつか?」
「あ、いえ。元は母の物なんです」
「それって売っていいのか?」
「構いません。あの人の物を置いても仕方ないので・・・」
そう答える青年の顔はわずかではあるが怒りの表情が見えていた。
家族間で仲があまりよろしくないのではと察し、ケイはそれ以上聞くことをしなかった。
『パパ!これほしい!』
ブルノワは首にストールのような物を身につけ、ケイに見せびらかせるようにこちらを向いた。店の商品だから勝手に身につけてはダメだというと、これがいいと駄々をこね始める。
ストールは全体的に鮮やかな紫色のシルクのような質で、よく見ると銀色の糸のようなものも編み込まれており、日に当たると全体的にわずかにキラキラと輝いている。店の商品を外そうとしないブルノワに根負けしたケイは、お金を払うからこれをくれと青年に話した。
「それなら100ダリでいいです」
「100ダリって、これ質がいいぞ?もう少し値を上げてもいいんじゃねぇのか?」
「いえ、もう見たくはないので・・・」
やはり青年はどこか母親に対して怒りの表情をしている。
ケイはさすがの安さに一度は値上げの話をしたが、青年は並べられた品をいかに早く売ろうかという態度が見えるため、大人しく青年の提案した金額を支払った。
一時間ほど街を歩きながら散歩をした後で屋敷に戻ると、ブルノワは出迎えたローゼンに買って貰った紫のストールを見せびらかせた。
「ただいま~」
『じぃじただいま!これ、パパにかってもらったの!』
「それはようございました。さぁ、パーシアがクッキーを作ったので手洗いとうがいをすませましょう」
『はぁい!』『バウ!』『ワウ!』『ガウ!』
ブルノワと少佐を洗面所に連れて行き、手洗いとうがいをすませおやつを堪能していると、アダムの姿が見えないことに気づいた。
「そういや、アダムは?」
「アダムさんでしたら、指名依頼が入ったということでケイさん達の後に出かけられましたが、夕方までには戻るとおっしゃっておりました」
「ふぅん・・・そっか~」
現在パーティで組んでいるものの、各々に指名依頼も入ることもあり出かけて行くことがある。特にアダムとレイブンは、この中でも歴が長い方で特定の人からの指名が入ることもあり、今では長期の指名は遠慮して貰っているが短期間での依頼はタイミングが合えば受けているそうだ。ちなみにケイは、パーティとしての指名依頼は受けても個人あては一切受けず、理由を問われたびに余所は余所と言い続けている。世の中いろいろと事情はあるものだと察してほしいものである。
一方その頃アダムは、よく指名依頼をしてもらっている依頼人と落ち合うため、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
ギルドの職員の案内で応接室に通されると依頼人であるエルフ族の男性がおり、男性はこちらを見るなり立ち上がり一礼をしてから挨拶をし、アダムと同時に着席をした。
「モランさん、ご無沙汰してます」
「アダムさんお久しぶりですね。急で申し訳ありません」
「いえ、気にしないでください」
職員から出された紅茶に口をつけてから、そんなたわいもない話をする。
モランという名の男性は、とある事情から表向きは『ロビンソン』という偽名でアダムに指名依頼をしている。アダムは当然その男性のことを知っており、自分の正体は他人には内緒でという本人の意向により今まで請け負っていたのだ。
「そういえば少し前にパーティを組まれたと耳にしました」
「はい。縁がありまして・・・それよりなかなか受けられなくて申し訳ありません」
「こちらこそ、いつも無理を承知で受けてもらっている身ですから気にしないでください」
アダムの前に座っているこの男性、実は小説家で今や飛ぶ鳥を落とす勢いの『サフランの丘』の作者であるモラン・リュリオ本人である。
十年以上前に自身の恋愛体験を元に本にまとめた恋愛小説が人気となり、最近になってようやく49巻が発売されたのだが、その裏ではアダムの協力が不可欠だと彼は思っている。
一見接点のない二人だが、実はモランが小説家になる前に一人でアルバラントに向かっている途中で魔物に囲まれてしまったところを、アダムが助けたことが始まりだった。当時のアダムは冒険者になって数年しか経っていなかったが、その頃まだ冒険者をしていたノートンと共に依頼先からアルバラントに帰還する道中でモランと出会っていたのだ。
モランは、商業都市ダナンから北東に位置している音楽と芸術の町・ヴァレリの出身者で、小説家志望だったことから自作の本をいろいろな場所に持ち込み置いて貰おうと活動をしている途中だったという。
しかし本が重刷され人気になるにつれて、本人自身で売り込みをすることが難しくなったことから当時から秘密を守ってくれるアダムを信用し、密かに本の売り込みをお願いしていた。アダムは基本的にアルバラントの書店や図書館に寄贈する仕事を頼まれている。もちろん同じ秘密を共有している決まった相手としかやりとりはしないが、念には念を入れていろいろと気を使っている。
「今回の49巻も人気のようですね?」
「ありがたいことに、これもアダムさんや皆さんのおかげです」
モランは謙遜をし、恥ずかしさのあまり顔を赤らめたまま紅茶に口をつけた。
今回の最新巻もアダムが少なからず手伝いをしている。
なにせ女性陣はこの作品のファンであるわけで、アダムが彼と繋がっていることなど知った日にはどうなるのか口に出すだけでも恐ろしい。
「それで今日はどうされました?」
「冒険者をしているアダムさんにお願いがあってまいりました」
「お願い?」
「こんなお願いをするのはどうかと思ったのですが、“とある女性”を捜してほしいんです」
モランはいつものお願いとは別の件で指名依頼をしていた。
聞けば、小説『サフランの丘』に出てくる主人公の思い人である女性のモデルとなった人を捜してほしいというものだった。
「実は次回の発売で最後にしようと思いまして」
「最後、って?」
「連載を開始してから早十年以上が経ち、区切りをつけようと以前から思っていました。それに私がこの作品を手がけた理由は、もう一度彼女に会いたかったという理由で書き始めたものなんです」
モランは十年以上も前に出会った人間の女性のとの約束をずっと覚えており、再び逢えるように自身の存在を示すように活動を行っていた。アダムはその辺のことを聞いても良かったのか悩んだが、長年お願いしていたわけですし聞いて頂きたいのですと言われ、素直に耳を傾けた。
「それでその女性はどこに?」
「彼女はいつもサフランの丘の北側に帰って行ったので、正確な場所はわかりません。最後に会った日には、僕から送った紫のストールを大事にすると言って別れました。今思うと、なぜあの時彼女を引き止められなかったのかと後悔しています」
小説に登場するサフランの丘は実際に存在している。
場所はヴァレリの北側に位置し、エルフの森が隣接する小高い丘のことである。
ちなみにサフランとは、桜色をしたツツジのような花のことである。地球にも存在するが、地球のサフランはアヤメ科の多年草で香辛料に使われることもあり、ダジュールの花とは似ても似つかない。
「その彼女の名前は?」
「リベリアといいます。実は小説にも登場しているんです」
「そうなのか?」
「あ、そういえばアダムさんは知らないんでしたね」
「悪いな。あまりそういったものは読んだことがないんだ」
アダムは困った顔でそう返し、モランは気にしないと首を振る。
他に何か特徴はあるかと尋ねると、彼女は髪が長く手入れの行き届いた茶色の髪をしていたという。しかし十年以上も前の事なので、仮にその女性が十代後半から二十代前半と考えると、現在の年齢で数えると四十前後だと思われる。
そうなると結婚をして子供も居るかもしれない。しかしモランは諦めきれなかったようで、ひと目だけでもいいから会いたいと再度アダムにそう告げる。
アダムはそれを聞いてどうしたものかと考え悩んだのだった。
小説家のモラン・リュリオの困り事を請け負ったアダムと街で偶然見つけた紫のストールをブルノワに買い与えたケイ。この後どんなことになるのでしょう?
次回の更新は4月8日(水)です。




