153、屋敷の日常
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださり、ありがとうございます。
さて今回のお話は、屋敷の日常回になります。ちょっとした箸休めと思ってください。
「ローゼン急で悪いな。夜までには戻るから後は頼んだぞ」
「承知しました。皆様もお気をつけて」
『じぃじ、いってきまぁす!』『バウ!』『ワウ!』『ガウ!』
「はい。いってらっしゃいませ」
この日ケイ達は、ギルドの指名依頼のため朝早くに出かける準備をしていた。
なんでも急な依頼らしく、腕の立つパーティが捕まらなかったためギルドの職員から泣きつかれてしまったのだ。
依頼はこの時期によくあるモスクの森に大量繁殖したボアの討伐なのだが、その前日にベルセから、フリージアに戻る前に直接話がしたいので二日後に会えないかと連絡があった。当然、翌日のこの日はその準備にとりかかるため、明日に来客があるからと断ったのだが、朝一番に訪ねに来た男性職員が地面に頭を擦りながら「なにとぞ!」と懇願している姿を見て、断るに断れない状況となる。
「明日の準備は私共で行いますので、ケイさん達は緊急の依頼を受けてください」
その時、一緒に対応をしていたローゼンがこう提案をした。
もちろんケイは躊躇したが、屋敷のことは私たち使用人が行いますといい、続けて困っている方がいるのであれば、そちらを優先してくださいと答える。ケイ達はローゼン達に申し訳ないと思いながらも、各々支度を済ませた後に屋敷を出発した。
ケイ達が外出している間の屋敷の様子についてお話ししよう。
屋敷の警備はボガードとシルトである。
業務内容は主に屋敷内と庭の巡回で数日ごとに交代制をとっているが、そもそも屋敷自体に訪れる人間は限られる。
正直、見回りを一日に午前と午後に二回ずつ行うとそれ以降はやることがない。
ボガードは最近剣士からヴァンガードと呼ばれる職業に代わっていたそうで、新規スキルに『範囲索敵』というものを獲得し、通常の索敵スキルよりより広い範囲で周囲の状況を把握出来るスキルのため、屋敷と庭ぐらいの範囲なら巡回の必要がない。シルトもボガードほどではないが索敵スキルを所持している上で、人魂魔石の大剣・インイカースが常に周りの状況を把握している。なので、ケイ達が不在の時は庭の空いているスペースでシルトと模擬戦をしていることもある。
また住宅地区に住んでいる少年少女達から『なんかヤバい家』とか『悪魔の巣窟』などと呼ばれており、時折半分からかいで屋敷の柵の間から中の様子を見つめる光景を目にすることもある。
その屋敷の庭を手入れをしているのは、庭師のルト。
彼は庭師でありながら、錬金術も行える異色の使用人と呼んでもいい。
日常の仕事は庭の手入れや清掃が主なのだが、彼が手入れをすると最初は何もなかった雑草ばかりの庭が見違えるほど良くなった。
現在、庭にいくつかの区画を設け、雑貨屋や園芸用品店などで販売している種を購入し種類と色ごとに植えている。
今、育てているのは薔薇だが、赤と白だけしかなかった色がいつの間にかピンク色や黄色にオレンジ色などの鮮やかな色が咲き乱れている。ダジュールの薔薇は赤と白しかないのだが、以前ローゼンが尋ねたところケイから『花を交配したら別の色の花が咲く』と聞き、錬金術など使用しながら改善に改善を重ねている。
実はケイから、自分の国では青や紫、虹色などの花が咲くと聞いたため、ルトも現実にあるならば作製できるのではと悪戦苦闘しているそうだ。
次に屋敷の料理人を務めているパーシア。
使用人の中で紅一点の女性だが、手先は器用で料理のみならず裁縫も掃除も洗濯も得意とのこと。元々ハーフエルフという人間とエルフの子であり、エルフの特徴である器用さが当然受け継がれている。彼女はケイから『クックパット』と呼ばれる料理の全てがわかるという彼女専用の魔道具を貰い、それを元に献立などを考えているという。
今、彼女が一番興味を持っているのは『和食』という料理のカテゴリーである。
これは以前ケイから話を聞いたのだが、料理に使用される調味料はいろんな種類があることを知った。自分が知っている物といえば、砂糖・塩・胡椒・ソースぐらいだが、それ以外にもソースとは違う醤油や大豆という豆から作られる味噌というものがあり、それぞれ地域によって味の違いがあるということを教えられた。
ケイからはもし今後和食を作りたいのなら、料理の【さしすせそ】を覚えておくようにといわれる。これは地球で料理をする人なら当然知っている基本中の基本の調味料である。しかしパーシアは、最初のうち醤油と味噌が理解できずに困惑したことを覚えている。
最近ではルフ島からライスや味噌に似た物が流行っており、ケイは週に一度はそれを片手に和食が食べたいと所望していたため、必死にその違いを覚えて今では簡単ではあるが、みそ汁というものを作ることができるようになった。
ちなみに味噌はルフ島で栽培されている大豆に似た豆を使って作られている。
発案者は、ルフ島に住んでいる元・日本人でコボルト族のナットと言うことを彼女は知るよしもない。
そんな彼らをまとめているのはローゼンである。
ボガード曰く、使用人の中で謎の部類に該当しているそうだ。
彼は長年見世物小屋の主の元で奴隷をしていたが、元々頭が良いのかケイや周りの人が言いたいことを瞬時に把握するという能力に長けている。それにパーシアに物事を教えられるぐらいなのだから、今後は人に物を教えてもいいのではとケイが言ったところ、そうですねとはぐらかされた。本人は人前に出るのはと濁したので、見世物小屋のことを思い出したのかあまり好きではないことが見受けられる。
「ローゼンさん!私、明日のために料理の材料を買ってきます!」
ローゼンが朝食の片付けを終えてテーブルを拭いていた時、キッチンからパーシアが顔を出した。彼女は明日にケイの客人であるフリージア公爵令嬢が見えられるため、その料理の材料を買いに出かけると伝える。
「お一人で大丈夫ですか?」
「今回は明日の来客人数が多いということですので、シルトさんに荷物を一部持って貰うお願いをしています」
パーシアがシルトに声をかけたのは意外だった。
いつもならボガードかルトに同行をお願いしているのだが、今日はボガードが警備の日でルトは錬金術ギルドに納品に出かけると聞いたという。
『パーシア、準備はできたか?』
「は、はい。私はいつでも!」
「シルトさん、お手数ですがパーシアのことをよろしくお願いします」
『承知した』
ローゼンは玄関口から並んで街に向かう二人を見て、見世物小屋で共に過ごしたパーシアのことを自分の子供のような目線で見送ると共に寂しくも暖かい目で見つめていた。
パーシアとシルトが出かけてから十分後のことである。
玄関からノックが聞こえ、ローゼンが扉を開けると錬金術ギルドに所属している男女三人組の錬金術師が立っていた。
彼らはローゼンを見るなり、こんにちはと挨拶をしてから「いつもお世話になっています!ルトさんはいますか?」と尋ねた。ローゼンもいつもの三人組と判断し、工房に居ることを伝えてから中へと案内をした。
訪れた三人組はルトがギルドに所属した当初から仲良くしているそうで、胸についている銀色のバッチからルトより上のランクというのはわかる。しかし彼らは入ってきたばかりのルトの手法・技術に感銘を受け崇拝しており、ギルドに向かう日になると舎弟ばりに屋敷まで迎えに来るのだそうだ。
ルトは申し訳ないからと辞退していたのだが、三人はルトさんに何かあったらと力説され、押しに弱いルトは彼らに流されることになる。
それを初めて見たケイは『ヤンキーに絡まれている学生』と称していたことに、不覚にもローゼンは吹き出しかけた。まぁ、ルトの名誉のために黙っておこう。
「ローゼンさん、すみませんが少し出かけます。夕方までには戻ります」
「はい、わかりました。気をつけていってらっしゃい」
玄関口でローゼンがルトに声をかけ、三人組がいつものように責任を持って無事に
送り届けます!とまるで護衛のような口調に、ローゼンは笑っていいのかといつも悩みながら微妙な笑みで返す。
ルトが出かけてから更に一時間ほどが経過した。
その間ローゼンは、屋敷内を不備や不足がないかとチェックしながら回っている。
またこの屋敷自体は建てられてからそれほど築年数が経っていないが、人数が多く幼いブルノワと少佐の体調を気遣ってか掃除のチェックは毎日行っている。
掃除自体はローゼンとパーシアとルトで基本行っているが、やはり屋敷がそこそこ広くパーシアやルトの身長では届かない高いところは、なるべくローゼンが作業を担当している。
屋敷に来た当初はいろいろと手間取ったところもあり、掃除などは当初二時間で終えるところ、今では職業の補正なのか三十分ぐらいで済むようになった。
点検を終えたローゼンの仕事は一段落つき休憩に入る。
基本彼の仕事は回りのサポートなので、パーシアやルトがいない日はキッチンで紅茶を入れ飲むことが至福の時だったりもする。
「ボガードさん、お疲れ様です」
「お疲れ。あれ?みんなは?」
「パーシアはシルトさんと買い物に出かけてまして、ルトさんは錬金術ギルドの方に納品に出かけられました」
「それならしばらくは戻らないな」
「そうですね」
屋敷にはローゼンとボガードしかおらず二人でダイニングルームの椅子に座り、紅茶を飲んでいたところ、ふとローゼンが紅茶を置き上を向いた。ボガードがどうした?と尋ねると、どうやら招かれざる客が来ようとしてますとだけ返す。
最近、近隣住民から泥棒がたまに出るという話をチラッと聞いたことがあり、アルバラントの兵も巡回を強化していたようだが、家にある物を盗まれたという声が相次いでいる。
実は一度だけケイ達が不在の時に屋敷に入られかけたことがある。
その時は、屋敷の裏手にある木を登って不審者が建物内に入ろうとしたところを、ボガードと一緒に居たパーシアが鉢合わせになったそうだ。
相手は慌てて木から下りると逃走したが、ローゼンはケイに屋敷の裏手にある木が不審者の隙を作っていると説明をした。ケイは後々そのスペースを使い改増築する予定だったので、そのままにしてたがどうしたものかと悩んでいる様子だった。
「申し訳ございませんが、ご用がありましたら玄関からお願いいたします」
ローゼンとボガードが向かった先は、裏手にある木が見える二階の窓だった。
そこには黒い洋服を着た中年の男性が宙づりになっている。
男性の左足に白い糸のようなものが巻き付いており、そこから続いた先には葉の中に紛れるように緑色の魔法陣が発動している。
「ローゼン、これはなんだ?」
「キャスター専用スキルの【ワラク】です。植物を介して対象者を拘束するものとなります。もちろん他にもスキルはございますが、いかんせん少々荒いモノばかりでして・・・」
そこまで説明をするとボガードは、あぁ~と納得をする。
ローゼンの職業であるキャスターは、執事の上位職で後方支援系に該当する。
しかし何故かトラップ系のスキルをいくつも持っており、このスキル以外は些か威力が高く、実際に試していないスキルもあるが、ローゼンはなんとなく感覚的にそれらの能力を理解している。
それに、以前ケイに報告をした際に裏手は改増築をする予定だからなるべくならそのままにしたいという意向を汲み、ローゼンが密かに複数箇所に【ワラク】を配置させていた。元々ケイの【ブロークンセキュリティ】を配置していたのだが、範囲が広く小回りが利かないため、近隣住民の暮らしの妨げになると思い解除した。
もちろん【ワラク】にも欠点があり、草木や花のような植物がなければ発動できないため、ケイの了承を得て密かに配置させていた。
二人が宙づりになった男の真下を見やると、地面に黒い袋が落ちており、そこから盗品らしきものがいくつか飛び出ているのが見えた。
その後、ローゼンはアルバラントの兵を呼んでほしいと頼み、ボガードが屋敷の周辺でたまたま巡回していた兵を連れて戻って来た時には、白いロープのようなモノでグルグル巻きにされていた不審者の男と、その人物に笑みを浮かべたローゼンの異様さに、なぜだか寒気を感じたボガードと兵であった。
まぁ、何があったのかはあえて聞かないで置くとしよう。
屋敷の中で、実はローゼンが裏の実権を握っているのではと疑いたくなりますがそうでもありません。
普通です。そういうことにして置いてください。
そっとして置くことも大事だと思います。
次回の更新は4月1日(水)夜です。




