152、フォーレの休日
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回は、フラッとやって来た大臣のフォーレ・ブラマンテの話です。
「いつまで寝とんねん!」
この日屋敷では、意外な人物が訪問していた。
フォーレ・ブラマンテ。
彼はアルバラント城でガイナールの補佐などを務めている大臣でもあり、元・日本人でもある。そんな彼だが今日は半年ぶりの休みで朝早くからケイに連絡を取り、屋敷に足を運んですぐに酒盛りをし始めたのである。
しかも朝が弱いケイは連絡を貰ってから二度寝をしてしまい、起きた時には一時間近く経っていたため、ローゼンから来客を告げられたので応接室に足を運んだ頃には冒頭のように言い放たれる。
しかもフォーレは、もともと酒が強いようで既に持参していた酒瓶が二本ほど空いている。当然酒を進められたが好まないと辞退した。持参した酒はダジュールでは一、二位を争うほどの度数の強い酒で有名な物なのでどちらにしろ飲めない。
「いや~もーめっちゃしんどい!」
酒の入ったフォーレはもっぱらガイナールに対する愚痴だった。
少し酔っている風にも見えるがよほど鬱憤が溜まっていたのか、日本人の時のクセである関西弁がもろ出しである。普段公共の場などでは口調を気をつけているようだが、愚痴をいっている段階でそれが完全に崩れるどころか崩壊している。
終わっていない案件にさらに条件が追加されるわ、直前になって変更するわ、はたまたその案件すら全とっかえ!どないせっちゅうねん!!とかなり荒れている。
まぁガイナールはガイナールで前世は会社経営をしていたため、妥協できない部分があるのではないかと思ってはいた。フォーレもその部分は理解しながらも、自分は別に頭のいい人間ではないと困った表情を浮かべた。
「第一、俺は元々ただのチンピラや。ガイナールみたいに元が偉い人ってわけやないし、ブラマンテ家は俺しか子供がおらんさかい必死やねん」
近藤 光英としての前世を送っていたフォーレは、もともと父親も知らない母親の元で生まれ育った。学生時代から街を練り歩き、ケンカに明け暮れる日々を送っていたそうで、その後は特殊な環境にいた兄貴と慕っている人の元に身を寄せていたらしい。しかし、彼が36才の時に兄貴と慕っている男が女性に刺されかけたところを庇って亡くなったそうだ。
唯一、兄貴と慕っている人物があの後どうなったのかが気がかりだったと述べる。
しかし前世も今生も家族特に女性との縁が難のようで、生みの親に捨てられたばかりか婚約者までいたようだったが、その女性も別に男を作って逃げたようであっさりと婚約破棄された典型的な女難の連続である。
三十代半ばにして女の影ひとつないことに疑問を持ったが、正直そういったディープな事情にケイは「おぉう・・・」と返事を返すことしかできなかった。
「ってか腹減った。なんか食いもんある?」
どうやら朝から何も食べないでここに来たようで、フォーレから食事の催促をされた。ケイも起きたばかりなのだが、残念なことにパーシアは他の女性陣達と買い物に出たようで屋敷にはおらず、仕方なくある物を食べようと二人でキッチンへと向かった。
「あ!そういやタコ貰ったんだっけ!」
「タコ?」
ケイが以前ダヴェーリエに行った際に、お土産に大小二杯の食用タコを貰った事を思い出した。キッチンの脇にある小スペースに置いている桶を覗くと、小ぶりのタコがうねうねしているのが見える。
大きい方は、その日のうちにみんなでタコを使って酢の物などの他の料理で全部作って食べ尽くしてしまったが、小さい方は料理にするほどたくさんは作れなかったので保留にしたままである。
一応食用と聞いていたのだが大きさ的につまみ程度なら作れるかと考え、フォーレに作る物を伝えた。
「たこわさび作るけど食うか?」
「えっ!?作れんの?」
「調味料も一通りあるし、時間を貰えれば軽いものなら作れるぞ」
ダジュールには日本のような繊細な味を表現できる調味料が少ない。
フォーレ曰く、城で食べている料理は味の濃いものが多く、もともと和食が好みの彼にとっては結構胃が疲れるらしい。ブラマンテ家では今でこそ彼の好みを熟知している料理人に作らせているが、屋敷に来たばかりの幼少期の頃はとても苦労したのだそうだ。まぁ出汁とか味噌とか薄口濃口の概念がない世界で自分の好きな味を伝えるのは至難の業だろう。
桶から取り出されたタコは、ケイの腕に抗議の意味を込めて巻き付こうとしたが、それ以上の強い力で強制的に剥がされ、まな板の上に置かれる。当然タコは生きているため、今度はまな板にしがみつこうと必死なのだが、それをケイはしがみついている部分の一本を無慈悲に切り落とす。
瑞科家直伝のたこわさびは、実に簡単である。
まず滑り気を取るために切り離したタコの足をボウルに移し、塩で軽く揉んだ後に水で洗い流してから水気を拭き取り等間隔で包丁をいれる。この時人によって好みは分かれるが、大きく切ると吸盤が舌にくっつくことがあるので、ケイはわざと小さく包丁を入れている。それから切ったタコをガラスの容器に入れて、みりんを適量加えて軽く和えてから擦ったわさびを混ぜ入れる。
ここでフォーレから、ダジュールにはみりんとわさびはないはずでは?と疑問を持たれる。
確かにみりんという名の調味料はないが、似たようなものをダヴェーリエの店で見かけたことがあり、マイセンからどこで手に入れられるのかと問うと料理専門の食材や調味料を扱っている店から取り寄せたと聞いたため、ケイ自ら赴いて購入した物である。しかし味はケイの知っている味よりいくぶん濃いため、いくらか薄めて使っているとフォーレに話した。
わさびもダジュールには存在しないが、店員から『ワワバ』と呼ばれる山わさびに似た食材をすすめられた。これは完全にわさびの味でルフ島の湿地帯でしか生育していないため、月に数回しか仕入れない希少なものだという。
あとはそれぞれを混ぜた物を冷蔵庫に入れて一時間ほど置いて出来上がるのだが、ケイもフォーレもお腹が空いているため、エンチャントでその時間を短縮して出来上がる。
「あ~やっぱタコうまいわ~」
たこわさびを口に入れると、ホットするのは日本人の性なのだろう。
タコの懐かしき食感にわさびのような辛さがあるワワバ。
フォーレは持参した酒を片手に黙々とたこわさびを食している。
お酒を飲まないケイは、ちょっとその気持ちがわかるなと内心クスリとした。
「いや~久々に食った食った!」
たこわさびをほぼフォーレ一人で完食したかたちになったが、その間にもガイナールの愚痴が止まらなかった。
恐らく同席していたらメンタルがポッキリと折れてしまうのではというほどで、話ながらたこわさびを食べ、酒を飲むという動作がどれも均一の速さだったことに、話の内容を半分以上聞いていなかったケイは器用だなという印象しかなかった。
「ところでウチ来た理由って、ただの愚痴を聞いて貰いたいだけか?」
「ん?あ、あぁ。実は用件は別にあってな。ちょっと耳に入れておきたいことがあんねん」
食器や包丁を流しで洗いながら、残りの酒を堪能するフォーレに尋ねた。
ただの酔っ払いに成り果てるのなら早々にお引き取り願いたいのだが、持参した度数の高い酒を三本空けきったフォーレは、相当な量を飲んだにも関わらずケロッとした様子で残りを飲み干してからこう答えた。
片付けを終えたケイが手ふきで手を拭いてから向き直ると、フォーレは以前ケイに指摘されたことへの調査報告も兼ねていると述べる。
それは以前ケイ達が尋ねた時に『文化遺産保護法』の契約状況についての問いかけをし、カメラでフリージアとルフ島で管理されている書面内容を収めたものを確認して貰ったところ、その用紙自体が偽装されているのではと回答されたあの話である。
「実はあれ、厄介なことになってん」
「厄介って?」
「今はブラマンテ家がとりまとめをしてるんやけど、それ以前はキューリオ家が仕切っておったが、それに関してもどうも胡散臭い話が出とんねん」
フォーレの話によると、文化遺産保護法の契約内容や書類の保管はキューリオと呼ばれる侯爵家が管理していたようで、ブラマンテ家に代わるほんの百年前まで務めていたそうだ。その後その業務はブラマンテ家に移行される形になり、キューリオ家は当時の国王の駒使いのような役割に降格されたそうだ。
実は、その一族を調べるうちにあることが浮上する。
『とある村を滅ぼした罪により処刑・お家取り潰しをされた』
キューリオ家はもともと東大陸経由で中央大陸に移住してきた一族だと聞くが、ガイナール曰く彼らは元々フリージアの貴族達ではないかと推測をする。
現在はお家取り潰しのため存在しないが、保管されていた書類の中に彼らがとある村を滅ぼした詳細が書かれていたものが発見されたのだという。
「その村って?」
「フリージアとエストアの境にある小さな農村や」
「農村?」
「ガイナールは予言者・アニドレムに関連があった場所ではと睨んでおる」
ん?とケイは一度考えた。
たしかレイブンの故郷があった場所ではないかと思い出し、その村は十二年前になくなった村じゃないかと尋ねるとたいそう驚かれ、そこはレイブンの故郷だったと伝える。ちなみに現在は、エストアとフリージアに協力を募ってその廃村があった場所に何かが見つかる可能性も考え、捜索してもらっているとのこと。
「でも、その村にアニドレム関連があるってなんでわかったんだ?」
「キューリオ家から押収した書類の一部に記されておった」
その時は魔物の活性化による被害により廃村扱いになったそうだが、当時の国王であるガイナールの父が近隣諸国からキューリオ家が関わっているのではとの声が相次ぎ、渋々調査を行ったことにより判明した。
キューリオ家が潰され、その一族に関係した書類や証拠の品は城の地下に保管されており、話を聞いたガイナール達はその話を元に調査を行ったところ、この事実に行き当たった。
その中には、偽装された文化遺産保護法の契約書にアニドレムも関わっていたんじゃないかと記述も一部残っていたらしい。
現在は専門家による書面の解読・解析を行っている。
そう考えるとキューリオ家はアニドレムとの関連があり、その痕跡を消そうと村に魔物をけしかけたのではと推測されるが、それは調査隊の報告待ちである。
「あとこの前連絡があった『フィスィ・デア』の件なんやけど・・・」
「そうそう!それがどうかしたのか?」
「ガイナールがもしかしたら、結界を解く鍵じゃないかと言っとったわ」
「やっぱ、そう考えるよな」
ガイナール達もマライダで聞いた『フィスィ・デア』の物語は、別大陸に向かうためのヒントではと考えていたようだ。
しかしケイとナット、ガイナールがそのカギを持っているが残りの二つの所在がわからない。以前ベルセとヴィンチェにも話をしたが、所在やそれに関連することがわかったら別途連絡をするとお願いしているが収穫はなさそうだ。
それに、仮に揃ってもそれを何処に使うかが未だに不明である。
ただ言えることは、物事はケイ達の知らないところで動いていたことは間違いないだろうということだけだった。
フォーレから貴重な話を聞いたケイは、物事は思った以上に動いていたことを理解する。
キューリオ家が隠していた予言者・アニドレムのことも謎のまま。
果たして今後、何がわかるのでしょうか?
次回の更新は3月30日(月)です。




