149、ルト・錬金術師を助ける
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回のお話は、ルトが人助けをする回になります。
※この話は前回の話と同じ時間軸になります。
昼下がりの街中をルトとブルノワが仲良く手を繋ぎ歩いている。
この日彼らは少佐の散歩を兼ねての街探索に繰り出していた。
ケイ曰く『かわいい子には旅をさせよ』という信条があるようで、使用人の中でも兄弟が多くよく面倒を見ていたというルトが適任と判断し、外出中の間だけ彼にブルノワと少佐を任せていたのである。
そんなブルノワと少佐に、ルトは一般的な生活というものを体験させようと街に出たのだが、幼いが故にぐずったりしないか気が気ではなかった。しかし彼らはそんな素振りは一切せず、知らない人について行かないことと危ないところには行ってはいけない、店先で騒ぐと周りの人達が困るから大人しくすることなどを出かける前に教えると、その教えの通りに騒がず静かにしていた。
買い物に出かけた先で男性店員や年配の女性客からいい子だねと褒められたが、恥ずかしいのかブルノワも少佐も共にルトの後ろに隠れてしまったのが微笑ましい。
これもケイの日頃の躾の賜なのだろうとルトはそんなことを思っていた。
『パパ、よろこぶかなぁ?』
「たくさん花の種を買ったから、大事に育てればケイさんもきっと喜ぶと思うよ。帰ったら一緒に植えようね」
『うん!たのしみぃ!』
ブルノワの手を引き、右手で行きつけの園芸専門店で購入した花や野菜の種、関連商品などが入った袋を抱えたまま来た道を戻る。
実は最近ケイから花や野菜などを育てる際に肥料や虫除けはないのかと聞かれたことがあった。ダジュールには肥料という概念はないが魔素がその代わりを果たすためいらないといえばいらないのだが、花や野菜などには多かれ少なかれ害虫というものはつきものである。一般の農家は地球のように害虫を駆除するような虫除けの方法がないため、虫を見つけ次第一つ一つ丁寧に取り除くしかないらしい。
ルトはその話を思い出し錬金術で作れないだろうかと考えた結果、屋敷に戻る前に錬金術師御用達の店に足を運び、いくつか品を購入した後戻ってから作製しようと考えた。
住宅地を通り屋敷に向かう途中で不意に少佐が立ち止まった。
サウガが何かを見つけたようで左手にある路地に注目していた。
ルトはどうしたのかと尋ねると『バウ』と小さな鳴き声が返ってきたので、その様子から路地の奥に何かがあると直感的に感じた。ルトは路地は危ないからと少佐をその場から歩かせようとしたが意地でもその場から退かない態度を貫いており、ショーンもヴァールも困った表情でルトの方を見上げている。
彼らの中で歩くという動作はどのような脳の構築をしているのかはわからないが、日頃の少佐の行動を見ていると脳の伝達が三頭でリンクしている節があり、一頭がそのリンクから外れると他の二頭も止まってしまうということは最近になって理解出来た。ことにサウガは聴覚が非常に優れており、数十メートルも離れている人の内緒話を聞き取ることができるようでピクピクと小さな耳を動かしている。
ルトはブルノワと少佐をなるべく後方に隠しながら、狭い路地の奥へと様子を確認するためにゆっくりと進んでいくことにした。
路地の曲がり角の先から、何かが地面に落ちて割れる音が辺りに響き渡った。
ルト達は一瞬肩をふるわせ、周りを警戒しつつルトがゆっくりと角から様子を伺うと、一人の少女を取り囲んでいる三人の少女の姿と地面に落ちて割れたとおぼしきビンの破片が見えた。
「あなたがいるとギルドの質が落ちるのよ!」
「素質なんてないんだから早く辞めれば良いのに~」
三人側にいる両端の少女達が口々に一人の少女を責め立てている声が聞こえる。
一人の少女はルト達に背を向けているので顔は見えなかったが、ルトはその少女に見覚えがあった。
「素質がないなんて、なんであなた達に言われなきゃいけないの!?」
「どうせランクアップの課題は失敗なんだから、無駄なことはせず早く辞めれば良いのよ。それに元からあなたの居場所なんてないの!」
真ん中の少女が責められている少女を突き飛ばすと、尻もちを着いた少女を朝笑いながら少女の持ち物とおぼしき鞄をひっくり返し中身を全て地面に落とした後、鞄を地面に叩きつけて踏みつけた。
ルトはその様子に憤りを感じていたが、三人の少女達は何も言わない一人の少女に下品な笑いを投げかけ、そして背を向けて反対方向へと去って行った。
表情は見えないが、尻もちを着いた少女は肩をふるわせシクシクと泣いている素振りを見せた。ルトは声をかけていいものかと悩んだが、彼女の様子が気になったため思い切って声をかけてみる。
「あの、大丈夫ですか?」
ルトに声をかけられた少女は、鼻をすすりながら袖で目元を拭ったあとでこちらを向いた。その少女は、以前屋敷に訪ねに来たラフィーナだった。
「あっ、ルトさん・・・」
ばつが悪そうにラフィーナが一瞬こちらを向いて目線をそらす。
ルトは人の争う声が聞こえたので様子を見に来たと伝えると、立ち上がる彼女に手を貸してあげた。そして散らばった彼女の私物を集め、綺麗に出来るものはなるべく汚れを拭き取り手渡す。その様子にブルノワと少佐もルトに習い、拾い上げてラフィーナに渡した。
「み、見られちゃいましたね。私、やっぱり辞めようかと思ってるんです」
割れたビンを処理したルトが振り返った時、ラフィーナがそんなことを口にした。
先日屋敷に訪れた際に見た目の輝きとは違い、まるで疲弊したような表情をしている。ルトは肯定も否定もせずに彼女の言葉に耳を傾けた。
「さっきいたのは同期の子達です。私は同期の中で一番上達も遅いから、足をひっぱるなら早く辞めろって言われていたんです」
現在ラフィーナは錬金術師の下から三つ目のブロンズランクで、他の子達よりーつ下のランクと進行度と上達が遅いことで悩んでいたが、そもそも同期達は錬金術の専門学科を得て錬金術ギルドに属しているため、独学で錬金術を身につけたラフィーナとは元々のスタートラインが異なる。
その中には先ほどの三人組の真ん中にいたマヤという同期の少女がおり、彼女は既に上から三つ目のゴールドランクの保持者でもあり、ギルドマスターのお墨付きでもあるため周りから将来を有望視されていることから、ラフィーナのことを馬鹿にしている節があるそうだ。
ラフィーナは上達の遅さを同期に馬鹿にされながらもなんとか勉強し、依頼をこなしていたが嫌がらせが徐々にエスカレートしていき、最近では彼女を辞めさせるために不在の隙を狙って簡易工房に置いているラフィーナの道具まで壊し始めたという。道具は少ない手持ちで買い替えながらやって来たが、物を置いていると全て壊されてしまうため、現在はギルド推奨の宿舎に全て置き、その都度持ち運びをしているという状態なのだそうだ。
「ギルドにいる職員の人達に相談はしたの?」
「相談はしましたが、最初の二回までは無償で調合品の手配をお願いできたのですが、実力がない者の対応をしても意味がないとマヤが言っていたみたいで、その後は私の責任だと取り合って貰えませんでした」
どうやら初めのうちは対応をしてもらえたようだが、ラフィーナ曰く実力のあるマヤの影響が高いようで、徐々に彼女の話を聞いて貰えなくなったという。
話を聞いている限りでは完全に嫌がらせの域を超えているのだが、職人の世界では当たり前に聞くことらしい。趣味と興味で錬金術をしているルトにとっては厳しい世界なんだなと困惑した表情を浮かべていた。
「でも、課題の薬はどうしたら・・・作る時間ももうないし」
ラフィーナは、割れて薬の中身が飛び散った後の地面を見やりそう呟く。
どうやらシルバーランクに上がるための課題を受けていたようで、その提出期限がが今日の三時の鐘までだという。課題の内容は『品質B以上の中級回復薬』とのことで、現時点であと二時間を切っていた。
「ラフィーナさん、今からでも中級回復薬を作りましょう!」
「えっ!?でも回復薬を作るには時間がかかります」
「大丈夫です!ちなみにその簡易工房は一般の人でも入れるんですか?」
「え、えぇ。ギルドに属している人達と同伴であれば問題はないかと」
「そうですか。とりあえず時間もないのでそのまま工房に向かいましょう」
ブルノワと少佐を抱えたルトに急かされるように、ラフィーナは錬金術ギルドの簡要工房へと向かったのだった。
商業地区の一角にある錬金術ギルドは、赤レンガの屋根が見えるフレンチカントリー調の二階建ての建物をしていた。
中に入ると職員と数人の錬金術師の姿があったが、時間がないということで彼らの不思議そうな表情にも目もくれずにラフィーナの案内で簡易工房へと急ぐ。
簡易工房はシルバーランク以下の錬金術師が使う工房のことで、自身の工房を持ち合わせていない人に向けられて場所を提供するところである。
それ故に最低限の道具しか置いておらず、何人かはすぐに取りかかれるように自分が使用している調合道具を置いているのだという。完全に部活の部室のような環境なのだが、調合という環境に関しては空気の入れ換えも容易にできるように三箇所に窓が設置してあり、壁に設置してある棚には最低限というわりには意外と道具が揃っている。ラフィーナ曰く、棚にある道具は自由に使用してもいいのだそうだ。
「それでは調合に取りかかりましょう」
「え!?でも、材料が・・・」
「心配いりません。丁度中級回復薬の素材を持っていますから」
ルトは持参している鞄から中級用の薬草と液体を詰めるビンを取り出した。
棚に置かれている調合用の道具を一目してから必要な道具を手に取り、木製テーブルに次々に置いていく。その様子に触発されたのかブルノワと少佐が手伝いをしたいと言い出し、困惑しているラフィーナを余所にそれでは手伝って貰おうと笑顔で返す。
「じゃあブルノワはこの薬草をカラカラになるまで風で乾燥してくれるかな?サウガはこの入れ物の中に水をここまで入れてほしいんだ。ショーンとヴァールは僕が合図をしたら指定された場所に火種と小さな雷をつけてほしい。いいかな?」
『はーい!』
『バウ!』『ワウ!』『ガウ!』
ルトの言葉に理解し返事をするブルノワと少佐にその様子を呆然と見つめるラフィーナ。そして「もちろん作業をするのはラフィーナさんですよ?」とルトが彼女の方を向いて笑みを浮かべる。
「まずブルノワが薬草を乾燥させているので、その後ですり鉢にすり棒で薬草を粉状にしてください」
作業用の木製テーブルに手が届かないブルノワを簡易用の台の上に乗せてから、薬草を乾燥させるように指示をする。ブルノワはそれに従い、風の魔法を凝縮させたものを小さな両手でゆっくりと薬草に向けて風を送る。
水分がなくなり薬草がカラカラに乾いたところで、すり鉢とすり棒を使いラフィーナが薬草を擂り潰していく。この段階で中級の回復薬ができるのか不安でしかない様子だが、当のルトはその間にサウガに入れて貰った水が入ったポットを調合用の三脚台に乗せ、その下に調合用のランプをセットする。
「じゃあ、次にヴァールはこの入れ物に一瞬だけ雷を通してほしいんだ」
『ガウ!』
三脚台が載った水が入ったポット目がけてヴァールが発した小さな雷が通ると、それはポットの中を通過すると同時に水が細かい振動が発生する。その光景を目になにをしているのか全くわからないラフィーナはその様子をただ眺めている。
次に調合用のランプの先を目がけてショーンが小さな火種を吐く。
普通ランプの火を灯すためには火打ち石が必要であるが、この場所にはそれが見当たらずショーンの火種で火をつける。小さくボッと灯りその上にあるポットが暖められてくる。
「あの~ルトさん、私たち中級の回復薬を作っているんですよね?」
「はい。そうですよ」
でもなんだか・・・と言い淀むラフィーナに笑顔で答えるルトを見て、これ以上聞くことをためらってしまい、ポットが暖められた事を知らせる水が沸く音に会話が途切れる。
「ラフィーナさん、ビンを用意してください」
「あ、はい!」
テーブルに錬金用のビンが置かれ、その中に沸騰したお湯を流し入れる。
その段階ではただのお湯が入ったビンなのだが、そこに粉末状にした薬草を投入
すると、一瞬のうちに深みのある鮮やかな緑色へと変化した。
「はい。できましたよ」
「えっ!?も、もうですか!?」
所要時間・約数十分の中級回復薬の完成である。
ラフィーナが鑑定をしてみると確かに中級回復薬と表示されており、しかも品質はAにあたる。この結果にルトはまだまだ改善の余地がありそうだと首を捻るが、彼女からすれば何日もかけて作った中級回復薬よりはるかに品質が高いのは明白である。
彼女はルトからあとは容器が冷めるのを待つだけと言われ、喜んでいるブルノワと少佐の隣で本当にわからないといった複雑な表情を浮かべるだけだった。
彼女を助けるためにルトが行った技法に目を丸くするラフィーナ。
次回は、ルトによる解説も交えつつ話が進む予定になります。
次回の更新は3月23日(月)です。




