148、レストラン・ダヴェーリエ アルバラント店
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回のお話は、有名シェフ・ヴェルレーヌの久々の登場回です。
この日ケイは、レイブンとタレナ、パーシアを連れて買い物に出ていた。
いつもの様に食材を売っている市場に足を運び、あれやこれやと買い入れた後にいつものようにケイのアイテムボックスへ運ぶ。なにせ使用人を含めて人数が多いため、一回に買い付ける量が大家族並なのである。
「ここ、新しいお店ができるんですね!」
屋敷に戻る道中で、パーシアがとある店の前で足を止めた。
そこは以前から空き店舗だったのだが、店が新しく入ったようで建物には店の装飾が施されている。看板には『ダヴェーリエ アルバラント店』と文字が書かれている。
「ヴェルレーヌの店か?」
「そういえば、少し前からアルバラントとダナンにも店を構えるって噂になっていたよ。味に定評があるから遠方からのお客さんも多いと聞くし、国からもぜひ店を出してほしいって話もあったようだからね」
レイブンの話に、以前電話口でガイナールから有名シェフであるヴェルレーヌの話を聞いたことがある。最近フリージアで天ぷらというものが流行っているそうだから一度食べてみたいと言っていたので、あれは自分が彼女に提案した物だと返したら大層驚かれ羨ましがられた。
「あれ?ケイ達じゃないか!」
その時、後方から聞き覚えのある女性の声がかかった。
振り返ると、フリージアで人気のシェフであるヴェルレーヌの姿があった。
「あれ?ヴェルレーヌじゃん!」
「偶然ね!」
「ヴェルレーヌこそここで何してんのさ?」
「何って?うちの店が新しくアルバラントに二号店を出すことになってね。今日は最終調整と視察をしに来たんだよ」
聞けば、フリージアで人気のレストラン・ダヴェーリエがこの度アルバラントに進出することになり、オープンを二日後に控えての最終確認を兼ねてこっちに滞在をしているのだという。ケイがフリージアの店の方はどうしてるのかと尋ねると、その間は彼女の弟であるリベットが彼女の代理をしているとのこと。
ちなみに二号店の方は、彼女の一つ上の兄であるマイセンが店長兼シェフを務めるそうだ。
「兄さーん!マーガレット!来たよ!!」
「あぁ。ヴェルレーヌか!」
「ヴェルレーヌ、いらっしゃい!」
ヴェルレーヌとの久々の再会を果たしたケイ達は、彼女が進めるまま開店前の店内に入ることになった。
彼女は以前、聖炎祭の時に教えて貰った天ぷらを兄弟達に披露したら大変好評だったようで、是非とも兄に紹介したいと言ったのだ。断るのもなんだと素直についていくと、店の奥から彼女の兄のマイセンとその妻マーガレットが出迎えた。
「兄さん、この間話したケイ達を連れてきたよ!」
挨拶もそこそこにヴェルレーヌが二人にさっき再会したばかりのケイ達を紹介すると、妹から聞いた天ぷらのレシピが兄弟揃って大変好評だったとお褒めの言葉を貰った。
「そういえば紹介がまだでしたね。僕はヴェルレーヌの兄でマイセンといいます」
「妻のマーガレットです」
ヴェルレーヌと顔立ちが似ているマイセンは彼女の瞳より少し朱色寄りの赤い色をしており、聞けば生まれつき他の兄弟より瞳の色が少し薄く中性的な顔立ちに柔らかい印象を与えている。
マーガレットはヴェルレーヌの幼なじみで、幼少の頃から料理が好きでよくマイセンと一緒に実家のキッチンに立っていたという。しかし、二人が付き合い始めたのは四年前でその一年後に突如結婚すると本人達から報告があり、ヴェルレーヌの家族の中では未だに謎だと話してくれた。
そんなヴェルレーヌの説明に二人は急ではなかった結構意思表示は周りにしていたと否定したが、こればかりは相違の関係だろうなとケイ達は苦笑いを浮かべた。
「兄さん、そういえば店の準備は順調?」
「あぁ。大方準備や手配はできたけど、やっぱり料理の品揃えが不安なんだよ」
「品揃えって決まってるんじゃねぇのか?」
「フリージアでは豊富なんだけどね、この辺だとちょっと・・・」
マイセンが不安の表情でそう語ると、ヴェルレーヌは仕方ないわと宥める。
難色を示しているマイセンに尋ねると、どうやら扱っている食材や料理がアルバラントと違い料理の品揃えに直に影響するのだそうだ。
フリージアの店では主に肉料理を中心に扱っているそうで、バイソンや最近ではクーラービリスという鹿の肉を使った料理が人気である。しかしアルバラントではなかなか手に入れることができないことが悩みで、幸い港町アーベンから近く魚を仕入れることが容易になったそうで、メニューのいくつかを変更している。
しかし、やっぱり遠方から来てくれているお客の中には定番メニューが食べたいという話しもあったようで、その辺りで頭を悩ませているのだそうだ。
「たしかにバイソンやクーラービリスはフリージアにしか生息していないし、仮に手に入れても時間が経てば品質が落ちたりするから難しいところだと思う」
「ということは、それに変わる料理を提供するということでしょうか?」
「そうなると思うよ。それにアルバラントはどちらかといえば野菜が豊富だから、野菜中心の料理も取り入れてもいいかもしれないね」
「年齢層も幅広いですから、その方々に合わせた料理を提供することも考えなければなりませんね」
さすが料理を得意とするレイブンとタレナである。
それぞれの層に合わせた物をという案にヴェルレーヌやマイセンが賛同する。
確かにアルバラントは他の国とは違い、近隣にあるガレット村や少し西に行けばキャトル村、東に行けばコルト村などの農村がいくつか存在している。
あと街では個人で家庭菜園をしているところもあり、そこから売りに出されるところもあるようで不足するということはほとんどないだろう。
そう考えると新たに目玉メニューを揃えた方が良さそうだとケイは感じる。
「ケイ、なにかいいアイディアはありそうかい?」
ヴェルレーヌから案を一緒に考えてほしいと頼まれる。
ケイ自身料理のレパートリーはあまりないため、本職から言われると困ってしまうのだが、二日後のオープンに間に合わなくなるためなんとかならないかと懇願される。マイセンからも天ぷらを教えてくれたケイに手を貸してほしいと頼まれ、考えた末に以前考えた天ぷらもメニューに加えたらどうかと提案をする。
ヴェルレーヌとマイセンはケイが考えたのに良いのかと尋ねてきたが、そもそも天ぷらはケイが考案した物ではないため気にするなと答えたが、売り上げの何割かを渡すからと話しが変な方向に向かったため、仕方なく強引に話しを変えることにした。
「とにかく話が進まないからそれは後だ!俺もそんなに料理を知ってるわけじゃないからな・・・あ!パーシア、俺が渡したアレを貸してくれ」
「えっ?あ、はい!」
ケイがパーシアに声をかけると、彼女は持参していた鞄から長方形の薄い板のような物を手渡した。
レイブンとタレナが不思議そうに聞いて来たので、ヴェルレーヌ達には内緒で創造した魔道具のひとつで料理のレシピや材料の詳細を確認できる【クックパット】だと答える。
シェフの称号を持ったパーシアに料理のレパートリーを増やすために渡した物で、ダジュールや地球の料理の作り方が掲載されている。
しかも面白いことに、このクックパットに掲載されている地球の料理の材料がダジュールには存在せずに置き換えられているのを知った。しかしケイはその材料のいくつかを知らないため、こればかりは実際に作ってみないとわからないなと創造し確認した当初はそんなことを考えていた。
パーシア自身もダジュール全ての料理を把握しているわけではないので、まずはダジュールの料理が作れるようになることを目標にして頑張っている。
「ん~と・・・あ!これなんてどうだ?」
ケイがヴェルレーヌ達の前にクックパットの画面を提示すると、そこには【イールの蒲焼き】と記されていた。蒲焼き?と一同が首を傾げるが、ケイはこれなら新メニューに追加できると豪語した。
ちなみにイールとは日本でいうところの鰻のことで、主にアーベン付近の海で良く取れる一般的な魚である。
料理店に出されるイールはそのまま焼くだけのシンプルな方法で、量はあるが調理されると正直あまり美味しくないらしい。当然ヴェルレーヌ達や普段から料理をするレイブンは難色を示したが、ケイが大丈夫だと自信を持って答える。
「その蒲焼きってなんですか?」
「蒲焼きっていうのは、魚の中骨をとって串を売った上で素焼きしてからタレにつけて焼いた魚料理のことだ。俺の国では一般的に作られる料理の一つで、パイクなんかも蒲焼きにできそうだ」
「え?パイクも、ですか?」
パーシアが目を丸くして問い返すが、正直想像がつかないのだろう。
ちなみにパイクというのはアーベンで取れる魚の一つで、日本で言うところのサンマに近いらしい。画面に表示されたパイクにはサンマと姿が変わらず、これも蒲焼きにできることを知ったケイは内心ヨダレを垂らしかける。
ケイの話に疑問を持ったヴェルレーヌとマイセンは、調理場を提供するから作ってみてほしいとケイに頼んだ。
店の奥にある調理場に案内されたケイ達は、マイセンからちょうどイールをいくつか仕入れているのでそれを使って試しに作ってほしいと話した。調理器具自体は全て揃っており、使用してもいいとのことだったので遠慮なく使わせて貰う。
まずはイールを捌き、中骨を取ってから食べやすいように切り分ける。
次に(内緒で創造した)鉄串を身に通しコンロの上で炙りながら焼く。正直炭火焼きの方が良いのだがダジュールにはその技法がないので文句は言えない。
焼いている最中にイール本来の脂が出てきて勿体ない気もしたが、ほどよく焼けたところに鍋に移し十分ほど蒸すと、ケイの知っている鰻の蒲焼きに近い身のふんわりしたイールが姿を見せた。
「わぁ~美味しそうです!」
隣で見ていたパーシアが目を輝かせながら一心にそれを見つめている。
ちょっとやりづらい気もしたが、初めて見る料理に感心を寄せているという解釈でスルーする。
あとは蒸したイールにタレをかけるのだが、タレ自体はそれぞれの地域によって作り方は異なるかもしれないが、基本は濃口醤油、みりん、砂糖、酒を混ぜ合わせて作られた物である。しかし、ダジュールには醤油とみりんが存在せず、代わりに醤油に近いソースとみりんより少し味の濃いソースが存在することを知り、ケイが混ぜ合わせて味を調えると、食べ知ったタレよりもすこし甘みのある物が完成する。
「タレはこんなもんかな~俺の知っている味よりちょっと甘いけど」
そんなことを口にしながらスプーンでイールの上にタレをかけ、再度両面を軽く焼くと見知った蒲焼きが完成する。
「とりあえずイールの蒲焼きができたから試食してくれ」
ケイがみんなの前に料理を差し出すと、ヴェルレーヌとマイセンは見たこともない料理に感心を寄せている。その隣でパーシアが食べてもいいかと聞いて来たので少しだけと伝えると、一目散にフォークとナイフを使い、一口サイズに切って口に入れる。
「ふわぁ~美味しいです~」
初めて食べる蒲焼きにご満悦の表情を浮かべ、レイブンとタレナもそれに続き試食をすると、ふんわりとした食感が口の中いっぱいに広がった。
「イールもこういう料理方法があったんだね」
「ただ焼くだけと思っていたけど、蒸すとこんなにも違う物なんだね」
「マイセン、これなら新メニューにいいと思うわ」
ヴェルレーヌとマイセンはケイの料理の腕と知識に舌を巻いた。
マーガレットもこの料理なら店に並べても良いんじゃないかと進言する。
後日、料理人二人が絶賛したイールの蒲焼きはオープンと同時に大盛況の人気メニューとなった。タレに関しては研究熱心のマイセンの努力の末、ケイが作ったタレよりもより蒲焼きに合う味になっていた。彼曰く、軌道にのったらパイクの方も実践するつもりだと話していたのだから追求は留まることを知らないだろう。
店が落ち着いたら、今度はみんなで食べに行こうと密かに思ったケイなのだった。
二号店の定番メニューイールの蒲焼き、食べてみたいな。
次回の更新は3月20日(金)です。




