147、一年前の真実
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回のお話は屋敷の警護を担当しているボガードの話です。
その日ケイが庭でブルノワと少佐と遊んでいたところ、買い物から帰ってきたアダムとシンシアからボガードの事を聞いた。
「そういえばさっき買い物に行った先でボガードとすれ違ったんだが、何か聞いているか?」
「えっ?いや、なにも?」
「声をかけたんだけど、こちらに気づいてなかったみたいなの」
「今日と明日が休みにしてるから気が抜けてるんじゃねぇの?」
「そうかしら?」
現在ボガードは、シルトと二日ずつ交代で屋敷の警備を担当している。
いつもは警備の関係で敷地内にいるが、休みになると朝早くにどこかへ出かけているらしいということはシルトから聞いていた。なにか用事があるのだろうと深くは聞いてないそうだが、ケイは何のことかは検討がついていた。
ボガードは一年前、商隊の護衛依頼で夜盗との戦闘で負傷しながらも応戦していたであろう仲間を信じていたが結局裏切られ、多額の違約金を払えず奴隷に落ちたと語った。あまり多くは語ってはくれなかったが、元々ボガードとその仲間達は孤児だったと聞く。信じたくないがもしかしたら夜盗相手に直前で逃げてしまったのかもしれないと考えていたようだが、その表情から無理矢理納得しているようにも見えたのが気がかりだった。
「少し出かけてくる。アダムちょっと付き合ってくれ」
ケイはシンシアにブルノワと少佐を任せ、アダムと一緒にとある場所に向かうことにした。
ケイとアダムが向かった先は、街の中央にある冒険者ギルドだった。
アルバラントの冒険者ギルドは何度か足を運んだことがあり、この日もたくさんの人がそれぞれの理由でやって来ている。
さすが大陸一を誇るだけのことはあり、アーベンでは見られない血気盛んな冒険者の小競り合いやそれを煽る野次馬の姿もある。その何割かは隣接している酒場の影響もあるだろう。品の観点から言えばよろしくないのだが、冒険者に品を説いてもあまり意味がないのだろう。
そんなやりとりを横目に、ケイとアダムが受付のカウンターで一段落をしている女性に声をかける。
ケイは事情を話し、一年前に商隊の護衛依頼を受けたボガードとその仲間のことについて尋ねるとなぜだかばつが悪そうに「ここでは・・・」と言い淀み、説明を求める前に奥にある応接室へと伝えられたので素直についていくことにする。
応接室に通されたケイとアダムは、受付の女性から少し席を外す旨を伝えられたため大人しくソファーに座って待っていた。そして暫く待った後に女性は一人の男性と共に戻って来る。
「初めまして。ギルドマスターのベリーニと申します」
ベリーニと名乗ったギルドマスターは、三十代後半とおぼしき細身の外見をしていた。実はこう見えても元・Aランクの冒険者の斥候をしていたという。怪我で冒険家業を廃業したが、元々頭も良く機転もきくことからギルドの職員兼指導員へと職を変え、数年後にとある理由で国からギルドマスターへの打診をされ請負ったそうだ。
ベリーニは受付の女性から事情を聞き、ケイ達に面会を受けにやって来たと話す。
「さっそくだけど、ボガードの他の仲間は今どこにいるんだ?」
「彼の仲間であるガンツとキシェーラは、実はすでに亡くなっています」
「亡くなった!?」
「はい。一年前の護衛依頼があった際に夜盗襲撃に紛れて暗殺されました」
ボガードの元・仲間である剣士のガンツとアーチャーのキシェーラは、一年前の護衛依頼の際に死亡したそうだ。
詳しく話を聞くと、その依頼は商業都市ダナンからアルバラントまでの護衛依頼で当時ボガードのパーティが引き受けていた。
護衛対象者は五人いたがなんとその中に盗賊と繋がりのある人物がいたそうで、何かと理由をつけて東大陸の中央部にあるコルト村を夜間に出発し、途中にあるモスクの森で夜盗の襲撃にあったそうだ。
その結果、護衛対象者は二人死亡し一人は無事に逃げ、夜盗を手引きしていた二人が投獄ののち死刑。なんとも苦い護衛依頼であった。
しかも話はこれだけではない。
なんと当時のギルドマスターが後処理が面倒だと事実を隠蔽したのである。
その時職員をしていたベリーニが依頼の調書に違和感を抱き再度調べたところ、当時のギルドマスターは「仲間が逃げ出して違約金が発生している。払わなければ仲間二人を奴隷にする」とボガードに脅していたことが判明したのだ。
仲間の二人は、夜盗と手を組んでいた護衛対象の商人にどさくさに紛れて首や胸などを刺されて殺されたが、その事実を知らないボガードはその話に従い、違約金を払いきれずに間もなくして奴隷の身となった。そして事実は闇へ。
「全てが判明したのは、ボガードさんが奴隷になって一月経った後でした」
ベリーニは悔しさを滲ませながらこう話す。
自分が調書の違和感にもっと早く気づき、国に報告すればこんなことにはならず彼を助けられたのではと。しかし既に後の祭りである。
その後、前・ギルドマスターは虚偽と偽装・恐喝の罪で投獄されたのち鉱山奴隷として送られ、後任には他の職員にも信頼されていたベリーニがその座についた。
「じゃあ、仲間が死んだことを知らないボガードは今でも仲間を捜しているということか?」
「多分そうだろうな。ちなみにボガードがあの後ギルドに来たことは?」
「いえ。ボガードさんがケイさんの屋敷の使用人として働いていることを先ほど知りましたので・・・」
恐らくだが、ギルドへの恐怖心と自責の念も相まってボガードは真実を知る前にギルドに顔を出せないでいるのだろう。
人間、一度ショックを受けた出来事に遭遇すると関連する場所には近づかないいわゆる回避行動をとることがある。今でいうトラウマに似た行動なのだが、話を聞いた範囲だとボガードの今の精神状態はそれに該当する。
「そういえば、亡くなった仲間の二人の遺体はどうなったんだ?」
「はい。彼らの遺体はアルバラントの教会墓地に埋葬しています。元々三人はそこの教会で育っていたようですから」
仲間の二人の遺体は、以前エルゼリス学園の件でお世話になった教会の墓地に安置されているという。ということは、彼らのことを神父のキールに話を聞いてみれば何かわかるかもしれないと考える。
「それともうひとつ。護衛依頼の件で無事だった商人の男性がボガードさんを気にかけていました」
実はあの護衛依頼で唯一無事だった商人の男性が、ボガードの安否を気にかけているとベリーニから聞かされた。彼の息子であるマインという男性から、もしボガードが来るようなことがあれば知らせてほしいとたびたびギルドに伝えていたのである。その話を聞いたケイは、ベリーニにその商人の親子とボガードを合わせたいと話した後、その商人の親子に明日のとある場所まで来てほしいと伝えた。
「ボガード、ちょっと付き合え!」
翌日ケイはまたどこかに出かけようとしたボガードを呼び止め、外出の同行を頼んだ。頼まれたボガードは一瞬躊躇したが、有無を言わさないケイの行動に体格差があるにも関わらず、ズルズルと引きずられるようにとある場所へと向かうことになった。
「おい、何処に行くんだ!?」
ケイに引きずられるようにとある場所に近づくにつれ、ボガードが珍しく困惑した表情を向ける。ケイは着けばわかるとだけいい、それ以降ボガードが何を言おうと閉口したままで道なりを歩いて行く。
「こ、ここは・・・」
とある場所に到着したボガードは困惑の色を深め、ただ立ちすくんだ。
二人がやって来た場所は街にある教会だった。
墓地に向かう前に礼儀として礼拝堂の中にいる神父のキースを訪ねると、丁度礼拝を終えたところだったようで二人の姿を見かけた途端、驚きの表情を向けていた。
「ボガード・・・なのかい?」
「キ、キースさんお久しぶりです」
ぎこちない表情で返事をするボガードにキースはただおかえりとだけ口にする。
懐かしい様な寂しいようなそんな表情を向けており、それを察したのかボガードが意を決したように口を開く。
「あー、実は事情があってガンツとキシェーラと離れていたんだけど、二人がどこにいるか知ってるか?」
照れくさいような恥ずかしいような微妙な誤魔化しかたをしたボガードに、キースはなんともいえない哀愁を漂わせる。ケイは事実をベリーニに聞いているため、自分から言うのはおかしいとその様子を静観する。
「ボガード聞いてほしい・・・二人は一年前に亡くなったんだ」
キースの言葉に一瞬、時が止まったかのように固まるボガード。
言葉の意味を理解したのか冗談だろう?と口ずさむとキースは首を横に振る。
「う・・・嘘だろ!あ、あいつらは!あいつらはあの時俺と一緒に護衛の依頼を受けていたんだ!!」
まるで玩具をほしがるだだっ子のようにキースの両肩を掴み揺さぶるボガードに、ケイが落ち着かせようと間に割って入る。
「ボガード落ち着けって!キースの話は嘘なんかねぇんだって!」
「見てきたこともねぇのになんでわかるんだ!!」
「ギルドマスターのベリーニから聞いたんだ」
えっ!?と再度固まるボガードの表情から、どうやらベリーニがギルドマスターになっていることを知らなかった様子だった。
ケイは昨日ベリーニ会い、護衛依頼の全貌と仲間達の話しを聞いたと説明した。
その過程で前・ギルドマスターが事実を隠蔽し、ボガードを嵌めて奴隷にさせたことまで聞いたと話すと、ボガードは愕然とした表情で崩れ落ちるかのように礼拝用の長椅子に腰をかけた。両手で顔を覆い嘘だと呟くボガードに、キースが寄り添うように彼の肩に手を置く。
「・・・商隊の護衛を任された俺達は、俺が商隊の前列でガンツとキシェーラが後列で護衛を行っていた。夜間に移動するって聞いて一度は危ないと断りをいれたが聞き入れて貰えず、商隊が出発しモスクの森で夜盗に出くわし戦闘になった。だけど数が多く後列にいたはずの二人を呼んだが来なかった。まさか、あの時死んでいたなんてな・・・」
今更言ってもガンツとキシェーラが戻ってくることはない。
そう思ってはいるが、頭のどこかで行き場のない怒りがボガードの中を巡る。
「ボガード、二人に会ってやってほしい」
優しく諭すように語りかけるキースの言葉に、顔を上げたボガードは一瞬躊躇しながらもその言葉に従った。
教会に隣接している墓地にはいくつもの墓が規則正しく並んでいた。
キースに案内され、ボガードの仲間であるガンツとキシェーラの墓もここにある。
ここでボガードは、ようやく仲間が死んだことに現実味を感じたのだろう。
ただ黙って二つの並んだ墓の前で立ち尽くし、彼の中でいろんな感情が駆け巡っていることだろう。ケイとキースは少し後ろに立ちその様子を見守った。
「ケイ、ここにいたのか」
その時アダムの声が聞こえた。
振り返ると、アタムに連れて来られたとおぼしき二人の男性が立っている。
一人は三十代くらいの若い男性で、もう一人は白髪交じりの茶髪をした五十代ぐらいの痩せている男性である。アダムには事前に冒険者ギルドに赴き、ボガードを捜している商人の男性を連れてきてほしいと頼んでいたのだ。
「ボガードさん、ですね?」
「あなたはたしか・・・」
「一年前の護衛依頼の商隊にいたスミスです。それとこの子は・・・」
「息子のマインです」
スミスと名乗った五十代の男性は足が悪いのか杖をつき、そして寄り添うように息子のマインが彼を支えている。実は一年前の商隊襲撃の際に怪我を負い、思うように歩けていないと語る。それを聞いたボガードは申し訳ないと盛大に頭を下げた。
「自分のミスでこのようなことになってしまい申し訳ありません!」
「い、いえ!違うんです!私も、私もあなたに謝らねばなりません!!」
その言葉に頭を上げ呆けた顔のボガードに、けしてあなたのせいではないことを伝えた上でどういうことなのかをスミスが説明をした。
「実は盗賊に手引きしていた二人は、以前から良くない噂があったんです」
スミスによると、盗賊と手を結んでいた商人の二人はことが起こる前から素行が悪いことで商人仲間から噂になっていたそうだ。その時の護衛依頼も元は三人だけでアルバラントに向かう予定だったが、直前になってその二人が強引に組み込んだ編成になったそうだ。しかもご丁寧なことにカモフラージュとして日持ちのしない品を抱え、急いで向かう素振りを見せていたのだという。
スミスは、あの中では一番商人歴が長かったのに素行の悪い二人の要求を拒否することができず、ましてやボガードの仲間を同じ商人仲間に殺され辛い思いばかりをさせて申し訳ないと、足が悪いにも関わらずその場に膝をつき盛大に頭を下げた。
そんな彼を見てボガードは言いしれぬ気分に陥る。
仲間は裏切ったのではなく、唯一の生存者であるスミスを逃がすために懸命に戦い殺された。まるで二人を信じ切れずに自分を恥じて悔いるような苦悶の表情を浮かべている。
「ガンツさんとキシェーラさんは、仲間が殺されていく私を見て必死にその場から逃がしてくれました」
スミスが最後に二人を見たのは、夜盗と裏切った商人の二人に囲まれた姿だった。
ガンツの逃げろという声に、スミスは助けを呼びに来た道を懸命に走りコルト村へと引き返し事の自体を説明した。幸いなことにコルト村には遠征していたダナンの小隊が滞在しており、村人に治療されたスミスが事の終息を知ったのはそれから二日後のことだった。
「アルバラントの兵の方から二人の遺品を受け取っています」
マインに支えられ立ち上がったスミスが懐からとある物を取り出し、ボガードに見せる。彼の手には首飾りの一部とおぼしき傷だらけの青い石が二つあり、それを見たボガードは自分が二人にあげたペンダントの一部だと答える。
「私がこれを受け取ったのはことが終息してから一週間ほど後の話でした。兵の方から持ち主不明だと言われたのですが、生前お二人の首にかかっているところ見たことがあったので私の方で預かっていました。本来ならボガードさんにお返しをするべきだったのですが、ギルドの方から既に奴隷になったと聞きまして・・・」
スミスから受け取ったボガードはなんとも言えない表情をしていた。
きっと亡くなった二人を思い出しているのか、目にかすかに涙を浮かべている。
「ボガード、ちょっとそれを貸してくれ・・・【エンチャント・復元】」
ケイの言葉に疑問を浮かべたボガードは、渋々ながらも二つの青い石を手渡すと、それにエンチャントの復元をかけた。
淡い光が青い二つの石を包み込むような形で広がった後、傷や欠けのない元の状態と思われる鮮やかな青い石へと復元された。元のペンダントの形やデザインが不明だったためそこまで完全にとはいかなかったが、ボガードに返すと嬉しいような悲しいようなそんな表情を浮かべて礼を言われた。
「俺の国では青色は【幸せの象徴】なんだ。亡くなった二人はいつまでもボガードの幸せを願っていたんだと思う」
ケイにそう言われたボガードは、涙を堪えきれずに堰を切ったかのようにむせび泣いた。
結果的に救われたのかそうでないのかは本人の気持ちでしかわからない。
しかし、泣いているボガードに寄り添うようにスミスが慰めるように肩を抱く様子をみると、少なくとも二人の間である意味で一区切りがついたのではとケイとアダムはそう感じたのであった。
あの一件から数日が経った後、屋敷にスミスの息子のマインが訪ねにやって来た。
「昨日父が亡くなりました。生前は大変お世話になりました」
スミスは三年ほど前から病気を患い、商人の傍ら治療を受けていた。
マイン曰く、医師から余命はあと半年と言われていたそうで、ボガードに会うまでは死んでも死にきれないと語っていたとのこと。そしてスミスは最後の最後までボガードを心配し、彼の幸せを心から願っていると言ったのだという。
「父が亡くなる前にこれをあなたに、と」
ボガードはマインから小さな桐箱を受け取り、中を開けると小ぶりの青い石で紡がれたブレスレットが入っていた。
「父が行商時代に身につけていたものです」
スミスは先日のケイの話を聞き、青いブレスレットをボガードに渡してほしいとマインに託していた。それを聞いたボガードは桐箱からブレスレットを取り出し左手首につけ、スミスさんには感謝しても仕切れないと述べたあとで落ち着いたら墓参りに行くことを伝えた。
「父もきっと喜ぶと思います」
笑みを浮かべたマインに憑き物が祓われたかのように自然な笑みを返すボガードの首には、今は亡き二人の仲間の証である二つの青い石か静かに輝いていた。
彼の中で一区切りできたと信じたいです。
ぜひとも彼には頑張ってほしい。
次回の更新は3月18日(水)です。




