143、シルトという男
皆さんこんばんは。
今日もご高覧くださりありがとうございます。
さて今回のお話は、大剣・インイカースが反応した地下の話になります。
突然の大剣・インイカース(スピサ)の声にケイが立ち止まると同時に異変に気づいたアダムが振り向いた。
「ケイ、どうしたんだ?」
「インイカースの声が聞こえた」
(ケイ、聞こえとるじゃろ!?返事せんか!)
頭の中に女性の声が響き、変な違和感を感じる。
以前アダムの知り合いの店から引き取った大剣だが、人魂魔石と呼ばれる人の魂を魔石に封じ込めた特殊な魔石があしらわれており、生前の人格であるスピサの声が脳裏にガンガン聞こえる。
現在インイカースの持ち主を捜すため、スピサとケイは一部意識を共有している。
本体はアイテムボックスの中だが、人魂魔石で魂だけは生きているにも関わらず武器の部類に相当するそうで、持ち運びには楽だがなんだか違和感が拭えない。
(スピサうるさいぞ)
(うるさいとは失礼なやつじゃな!?それよりこの下にシルトの気配を見つけたんじゃが見てきてくれんか?)
(この下に?)
(間違いない)
先ほどから立ち止まったままのケイに気づき、ラミケルが心配そうな表情でこちらに様子を尋ねてきた。
「あの~ケイさん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ大丈夫だ。それより一つ聞きたいんだがこの建物に地下はあるのか?」
「地下、ですか?犯罪奴隷を収容するスペースとして活用しておりますが?」
「ちょっと確かめたいことがあるから見てもいいか?」
突然のケイの頼みにラミケルは戸惑いの表情を浮かべた。
彼曰く普通は客を地下に入れることはまずないそうだ。地下にいる犯罪奴隷のほとんどが刑が確定しており、刑を逃れたいがために自分を売り込もうと声をかけてくるらしい。まぁ、そういった輩もいるだろうなとは察したが、ケイの目的は犯罪奴隷がほしいわけではないとラミケルに伝えたところ更に困惑をする。
当然、インイカースの話をしたところで何を言っているんだと不審な目で見られるのは目に見えている。
「実は、少し前に人づてにこの建物の地下に隠し通路があるって聞いたんだ」
「えっ?そうなんですか?」
「あんたは知ってるか?」
「い、いえ、初めて聞きますね。一体そんな噂どこから・・・」
実はケイが考えた即席の嘘なのだが、正攻法でダメなのはわかってはいたのであえて【巷でそんな噂が流行ってますけど本当なの?】作戦である。しかしケイの話を聞いたラミケルは、少し考えてからそういえばと何かを思い出したような素振りをした。
「そういえばこの一帯の地下は、秘密の集会場だったと聞いたことがあります」
「集会場?」
「今から四十年ほど前になりますが、貴族達が地下に部屋や会場を造り、賭け事や闇ルートでのオークションが頻繁に行われた時代があったようです。ここも元々はその部屋に通じる用水路を地下牢として改築したので、おそらくはその類いの話が巡り巡ってそのような噂になったのでしょう」
まさか適当な嘘が本当にあったとは思わなかった。
過去の歴史の資料には、大陸全土に地下遺跡が造られたらしき地図が残っているので100%嘘ということではないのだが、その事情を知らないラミケルはいまだに要領を得ないのか困惑の様子をみせる。だが思うところがあったようで真剣な表情で話すケイに何かを察し、二つ返事で了承した。
一階エントランスの端にある階段から地下に下りると、階段の右側の通路の両側に檻が五つずつ連なっている。その奥には外の裏手に通じており、犯罪奴隷達はそこから運び出されたりするらしい。
「おにいさ~ん、私、役に立つわよ?買ってよぉ~」
「なぁ兄ちゃん!俺いいスキル持ってるから俺を雇えよ!」
案の定、犯罪奴隷達が自分たちを売り込もうとこちらにに話しかけてきた。
正直興味はないのだがインイカースの頼み事のためここは目を瞑り、ラミケルはボガードを他の店員に任せ、地下を警備している男性達が静かにするようにと奴隷達に注意をする。
犯罪奴隷は他の奴隷とは違い地下の隔離部屋に収容している。
檻に留置している上に逃げないように足かせや首には特殊加工をしている隷属の首輪をしている。ラミケル曰く、刑が確定し鉱山奴隷に送られる者、薬品や魔術の研究の糧となるために順番を待っている者など男女大体二十人ほどいるそうだ。
(ケイ!あそこじゃ!)
先ほどから早くと急かすスピカの声に少しだけげんなりしていたケイだが、階段の突き当たりにある壁を示しているのでそちらに歩み寄る。
「ケイさん、そちらに何かあるのですか?」
「多分隠し通路があるとしたらこのあたりだと思うんだけど…」
「隠し通路ですか?」
「あぁ、多分な・・・」
ケイの頭の中で脳内のスピカの声とラミケルの話し声が混ざっているようで、聞いているようで半分聞いていない状態にアダムが助け船を出す。
「最近、国が地下遺跡を発見して本格的に調査を開始したと噂で聞いたんだ」
「え?そうなのですか!?」
「俺達も半信半疑だったんだが、さっきラミケルさんが言ってた貴族達が造った地下の会場とやらもそれに関連してるんじゃないかって思ったんだ。それにケイはそういったものを感知するスキルを持っているから、ひょっとしたら何か見つけたんじゃないかと思う」
「そういうことだったんですね」
合点がいったラミケルは納得の表情で一人考え込んでいるケイを見やった。
「ラミケル、この壁ぶち抜くぞ!」
アダムとラミケルの会話の後で何を思ったのか壁を壊すと言ってきた。
目の前には一般の石壁で、しかもケイはラミケルの返事を待たずに助走をつけて、思いっきりその壁を蹴り壊したのだ
地下全体に破壊の衝撃と轟音が響き渡り、蹴りを入れた際に土煙が舞い上がり砕けた石の欠片が飛び散る。檻に入れられている奴隷達も突然の出来事に目を白黒させながらその行動を注視していたが、衝撃と土煙が巻き上がることに驚き全員が頭を隠してしゃがみ込んだ。
「うへぇ~土が口ん中はいった~」
「ゲホ!ゲホ!・・・ケイ!やる前に返事を待てよ!!」
土煙が治まったと同時にケイが手でそれを振り払い、その側でアダムから抗議の声が上がる。ラミケルと警備をしていた男性はその状況について行けない様子で呆然とこちらのやりとりを見ていた。
ケイが破壊した壁をみると、なんと地下に続く階段の様なものが見えた。
壁を壊す前にサーチとマップで確認したところ下に続く道のようなものが存在していたのは確認している。それとだいぶ下になるがわずかだが生命反応の形跡が残っている。地下室全体はランプで照らされているが、壊れた穴の方は暗くて先まで見ることができない。
そうこうしている内に地下の騒動に気づいたのか他の店員が数人と、応接室で待っていたシンシアとレイブン、アレグロが駆けつけた。
「何をやってるのよ~」
「いや~見つけちゃったから仕方ない!」
「開き直らないで!」
諦めろと言わんばかりのケイに呆れた物言いで返すシンシアにタレナはと聞くと、ブルノワと少佐が膝の上で寝てしまったため動きに動けないから待っていると言ったそうだ。この騒動にも関わらず肝が据わっている彼らは将来大物になるだろう。
ケイ達が下に降りて様子を見てくると伝えると、ラミケルは他の店員に向かって常備しているランプをを持ってくるようにと指示をし、先ほどの衝撃で館内が混乱しているらしくここで待っていると述べる。
代わりに地下を警備していた男性の一人が同行することになり、人数分行き渡ったところでケイを先頭に地下に続く階段を下りて行った。
受け取ったランプは使い込まれているがまだまだ現役の様子で、火が煌々と辺りを照らしている。足元には人工的に造られたとおぼしき石階段が下へと続き、通路自体は人一人分といったところだろう。壁には壁掛けたいまつの跡があり相当の年月を感じさせる。
ラミケルの話では以前地下は用水路になっていたようだが、それよりは位置的にだいぶ下にも通路があったかあるいは地下遺跡の一部だろうと推測できる。
階段の一番下まで下りると閉鎖的な雰囲気の小部屋に到達した。
高さはレイブンの身長を基準に考慮すると大体3m弱といったところで、ここから右側に奥に続く通路があるがランプの光が届かない。
「暗いわね。ケイ、この先もあるけどどうするの?」
「はんっ!もちろん行くに決まってるだろう?」
シンシアに聞かれ、こうなれば魔物だろうがトラップだろうが出るとこ出てやると足を速めるその後を他の五人が追う。
通路を突き進むと先ほど通った小部屋と同じぐらいの部屋に辿り着いた。
光源がケイ達が持っているランプしかないため各自部屋の中を照らしてみると、両側の壁から二本ずつ黒い鎖が中央に向かって伸びているのが見えた。その先を辿るようにケイ達が目線を中央に向けたところ、その正体に一同が絶句した。
名前 シルト 性別 男性 職業 剣士
状態 生存(封印の鎖により意識を停止させている)
大剣・インイカースの持ち主でアスル・カディーム人の可能性がある。
鎖の先には、銀髪をオールバックにした長身で壮年の男性が巻き付いていた。
ケイが鑑定をすると、どうやら鎖には人の意識を停止させる能力の様なものが備わっているようで生存はしているが起きる気配がない。
とりあえず男に巻き付いている鎖を解くため、明かりをシンシアとアレグロ、男の方をレイブンと警備の男性が鎖の方をケイとアダムがそれぞれ対応をする。
「なぁ、こいつって奴隷商にいたやつか?」
「い、いえ。私は長いこと警備をしていましたがこの方は存じませんでした」
同行していた警備の男性に尋ねると、知らなかったと首を振る。
鑑定の結果からして、彼も古代に存在したアスル・カディーム人である可能性が濃厚になってきた。
しかしここで疑問が一つ。
アルペテリアの時は氷塊に閉じ込められ半ば冷凍保存されたような感じだったのだが、この男は鎖に縛られて意識を失っている。普通ならばミイラ化して既に死んでいても可笑しくはないのだが、一体どういうことなのだろうかと首を傾げる。
(ケイ!わらわを外に出すのじゃ!)
鞄の中にあった布を床に敷き、その上に先ほどの男を横たわらせるとスピサからインイカースを出すようにと指示を受けた。ケイがアイテムボックスから大剣を取り出し横に並べると、一瞬男とインイカースの声が共鳴したように淡く光った。
「うぉ!びっくりした・・・」
その瞬間、横たわっていた男が飛び起きるように目を覚ました。
恐らくだが共有している意識をケイからこの男性へと変えたのだろう。
ケイの脳裏にスピサの声が聞こえていた時のように、男性も同じように聞こえ飛び起きたのだろう。男は暫くボッとした表情をしていたが、暫くして視界がはっきりしてきたのか辺りを見回し始めた。
「あんた大丈夫か?」
ケイが声をかけると男はこちらの声は聞こえているのだが、何を言っているのかわからないといった表情を向ける。スピサからシルトとケイの言語が違うので言っていることがわからないのではと指摘される。
ケイはアルペテリアの事を思い出し、創造魔法で腕輪型の異世界翻訳機を創り出し男に差し出した。その際に言葉のわかるスピサ経由で、こちらの言語と違うからそれをつけてほしいと頼んだ。
男はその意味を理解したのか、ケイから腕輪を受け取ると左手首にそれをはめる。
「あ゛~俺の言葉わかるか?」
先ほどまでこちらの言葉がわからなかったのだが、異世界翻訳機のおかげで理解出来たようで一瞬だけ驚いたように目を見開いてから頷いた。
『私はシルト。王に仕えていた剣士だ』
壮年特有の落ち着いた低い声で自分の名を明かす。
やはりアルペテリアの時と同じように、表面上は落ち着いている様子を見せるが記憶の混乱があり思い出すにも思い出せない状態のようで、ケイは無理して思い出さなくてもそのうち何とかなると説明をしてみせる。
「とりあえずスピサの頼みは落ち着いたから、一旦上に戻るか」
サーチとマップを再度実行したがここでの情報はこれ以上ないようで、ケイ達はシルトを連れて地上へと戻ることにした。
インイカースの持ち主であるシルトを見つけたケイ達は、彼を連れて地上に戻ることに。
彼は記憶が混乱しているようで、それが戻った時ケイ達は彼から何を聞くことになるのでしょうか?
次回の更新は3月6日(金)夜です。




