141、悩める僧侶
皆さんこんばんは。
いつもご高覧くださりありがとうございます。
さて今回のお話は、パーティ・エレフセリアの僧侶見習いであるルナのお話です。
宿屋暮らしからアルバラントにある屋敷に住み始めて数日が経った。
この日ケイとアダムとアレグロは、足りない家具や食材などを購入するために街に向かっていた。
別に全員で買い物に出てもよかったのだが、屋敷の細かいところに手が行き届いていなかったようで埃が溜まっていたこともあり、他の三人は掃除や模様替えを行うために残った。ブルノワと少佐は今日も元気に庭で駆け回っていたが、途中で遊び疲れたのか応接室のソファーの上で昼寝をしていたようなので、残り組の三人に声をかけてお留守番にさせた。
予め何が足りないかと聞いたところ、収納などの家具はあったが個人で使用するベッドや室内用のランプ、人数分の食器などが全然足りないことが告げられる。
特に女性陣に至っては個人部屋に鏡を置きたいそうで、できれば安くてもいいのでドレッサーを所望していた。男性であるケイにはわからないがいろいろとあるらしい。
アルバラントは一通り何でも揃うため、先ほどまで雑貨屋にてアレグロの言葉を参考にあれやこれやと選び、大型の家具の手配をするために別行動をしていたアダムと合流したのちに屋敷に帰ろうと来た道を戻っていこうとした。
「あら?あの子って・・・?」
「ん?あ、あれってルナじゃないか?」
大通りを歩くケイ達の反対側から見知った少女が歩いてくるところが見えた。
その人物はアルバラントを拠点に活躍しているパーティ・エレフセリアの僧侶見習いのルナだった。
とぼとぼと歩いているルナにケイが声をかけると、ハッと気づきこちらを見やる。
そしてすぐに笑顔をした表情で近づき、一礼をして挨拶を交わした。
「皆さんお久しぶりです」
「ルナも元気そうね。そちらは変わりないかしら?」
「はい!皆さんもお変わりなくて安心しました」
「いつからこっちに?」
「先ほど護衛の依頼でアルバラントに到着をしまして、ロベルさん達なら宿屋にいるかと思います」
どうやら要人の護衛依頼を完了して先ほど自由解散したそうで、しばらくは休息をとるためこっちにいると教えられた。屋敷に戻る前にロベル達に顔を見せてもよかったのだが、ケイはアレグロと会話をしているルナのちょっとした表情が気になった。
「ルナ、どうかしたのか?」
「えっ?」
「いや~なんか悩みでもあるのかとおもってさ」
まるで表面を取り繕っているような引きつった笑顔をしているように見えたので、単刀直入に尋ねてみるとルナは困った表情で言葉を濁してきた。
「ケンカでもしたのか?」
「い、いえっ!皆さん優しいですしそんなことはありません!ただ・・・」
「ただ?」
ルナはそこで口を噤んだ。
人通りが多い道でのお悩み相談は向いていないと自覚したケイ達は、事情を聞くためにルナを連れて近くにある店へと足を運んだ。
大通りから曲がってすぐのところに個人で経営している軽食店が存在している。
昼時を過ぎてもあまり人が来ないのか店内には数人の客しかいないようで、自由に座っていいということなので奥にある四人がけのテーブルに腰を下ろす。
「・・・で、なにがあったんだ?」
思い悩んでいるような素振りを見せているルナに尋ねてみると、どうやら決断を決めかねていると口にした。
「実は冒険者を続けるかプリーストに進もうか迷ってるんです」
詳しく聞いてみるとルナは聖都ウェストリアにある神聖学園の学生で、その学校は他の学校と違い、教育の一環で一年間は各地を放浪する武者修行のようなものがある。そして一年後に学園に戻り、進む道を決めなければならないという。
要は進路のようなものなのだろう。現在学園の四年生であるルナは、その武者修行をあと二週間ほどで終えようとしているところだという。
「私が学園に入ったのも、幼い頃に祖母が病で亡くなったからなんです」
ルナの祖母は、彼女が五才の時に当時流行っていた病により亡くなったそうだ。
その時医師からは、高度な回復魔法が使えたら助かる可能性があったのではと言われたのだという。それがルナを聖職者に進ませるきっかけのひとつであったが、ロベル達のパーティに入り、各地を巡って行く内に多くの人の助けになりたいと思うようになったようで、このまま続けるべきか否かを決めかねているようだった。
「それなら、冒険者を続けながら聖職者の勉強を続ければいいじゃねぇの?」
「私もそうしたいのですが、そうもできないんです・・・」
「なんで?」
「私が取得したい高度な回復魔法は光属性の上級にあたる魔法なのですが、その上級を取得するためには、最低でも三年間は神の元つまり神殿や修道院に修行僧として身を投じなければならないんです」
詳しく話を聞いてみると、神聖学園では主に神に仕える者の心構えと神の歴史について学ぶと同時に信仰心を重要にしている。回復系の魔法は中級までしか学校では習わず、その上を取得するには信仰心を高めるために女神像に祈りを捧げる日々を送ることが必要になるらしい。
あとこれは意外だったのだが、そもそもダジュールには僧侶という職業は存在しない。僧侶見習いという肩書きは聖職者を志す者達のことを示すそうで、学園を卒業した者は男性はクレリック、女性はプリーストという職業に自動的にクラスアップし、その上の職業には男性がハイプリースト、女性がハイプリーテスという職業に就くことができるが決してその道は平坦ではない。あと男性に至っては司祭に即く人もいるようで、その職業に就くにはいろいろと条件があるらしいがここでは割愛する。
「で、ロベル達には相談したのか?」
「はい。皆さんは私が進みたい道を行けばいいと、それに初めからその条件を提示していましたし、それを承知でパーティに入れて貰いましたので・・・」
そうは言ってもケイ達とは違い、エレフセリアは一般のパーティである。
特に回復要員はルナだけで、彼女は回復だけでなくバフ・デバフや状態異常の解除も行えるなど後衛支援役として欠かせない人物なのだが、口では尊重していてもいざ抜けられると結構全体の戦力として痛いところなのがケイ達でも想像ができる。
特にルナが気をかけているのが、パーティの盾役であるサイオンである。
彼は剣士でありながらパーティ唯一の盾役を務めている。
戦闘時の機動力は極端に下がるが、挑発でヘイトを稼ぎその間に他の仲間が攻撃に転じるというスタイルをとっているためどうしても彼へのダメージが蓄積されてしまう。そこでルナは、防御力を上げる魔法や自動回復魔法をサイオンにかけることでそのデメリット部分を補おうということである。
それと常識的な話なのだが、それを行うことにより支援系にもヘイトが蓄積されるためどうしても魔物などの的になりやすいのだが、サイオンはそれを上回る挑発の上位スキルを保持しているそうで、一心に受けると同時に仲間へのヘイトを最小限に収めるなど高度なテクニックを得意としているそうだ。
それを聞いて、確かにルナに抜けられると困るわなとケイ達は妙に納得した。
しかし赤の他人であるケイ達に何が出来るのかと考えた時に、余計なことを言って後悔することなったらルナに申し訳ないとあえて黙っていたのだが、このケイという男はどうもその辺の空気が読めないようで、よし!と膝を叩いてからまかせておけとルナに返事をした。
(だろうと思った・・・)
この状況をみてアダムは自分の嫌な予感が的中したことに愕然とした。
ルナの前に水の入った木製のコップが置かれた。
ケイが店員に頼んでもう一つ水を貰い、それに【エンチャント】を施したものである。コップの中身は淡いピンク色のような液体が浮かんでおり、どういうことなのかとルナが首を傾げる。
「ケイさん、これは?」
「ルナがより多くの人を助けられるようになるための飲み物だ」
満面の笑みで説明をするが、心なしかいたずら小僧のような表情を浮かべている。
素直で元から純粋なのかルナはそれを見て首を傾げていたが、ケイに陶酔しているアレグロがまかせておけば大丈夫と声をかける。それをアダムがちょっと待てと制し、ケイと二人に背を向けて何をするんだと言わんばかりに小声で尋ねる。
(これはなんだ!?)
(なにって、別の職業にクラスチェンジさせればいいんだよ)
(どういうことだ?)
(上位の光魔法を覚えるためにはパーティを離れて修行僧になるってことだろう?だけど、話を聞いた範囲だとロベル達にはルナは欠かせない。となると自動的に本来即くであろう職業よりはるかにメリットがある職業に移ればいいだけってこと)
ケイとアダムの様子にルナとアレグロが不思議そうな顔をしたが、ケイはアダムの制止もむなしくグッと一杯!とルナに進めた。
「特に変わったところはないようですが・・・」
エンチャントされた飲み物を飲み干したルナはやはり意味がわからないと首を傾げている。アレグロから説明を求められたので、簡単にだが説明をした。
「今ルナが飲んだのは【職業変更】のエンチャントが施された水だ」
「職業変更?」
「話を聞いている限りだとロベル達にはルナが必要で、ルナはより高度な術を
学びたい、そういうことだろう?」
「はい」
「それは、その要望を全て叶えるためのものなんだ」
ケイが水にエンチャントを施した【職業変更】というものは、僧侶見習いから職業を変更するものだった。
ケイは、ルナの話を聞きながらダジュールの管理者権限で職業の変更を調べたところ、変更するために特殊な薬で変更することも可能だと記されていた。
要は自分たちの力で職業変更することは法律に触れないということである。
ケイはこれをする際にもしそういった法律があれば止めるつもりだったが、ないイコールGOサインと一緒と理解しサクッと創り出してみた。
ルナは疑いもせずそれを飲み干したが、ケイが鑑定で確認したところ職業の欄には僧侶見習いに替わって【メディック】の文字が表示されている。
メディックは看護兵・衛生兵と呼ばれており、回復のエキスパートと呼ばれる職業である。主に後方支援職で素早さは僧侶見習いより格段に高いが防御力は魔法専門職程度しかない。しかし職業の熟練度が上がれば上がるほど自動的に覚える回復系の魔法が増えていくのでそこはルナに向いているのだろう。
ケイはその説明を彼女にすると、信じられないといった表情を浮かべる。
ルナは試しに持参している携帯用のナイフで自分の指を深く切ってから回復魔法をかけると、すぐに完治したことに驚きを覚えた。後々他の魔法なども覚えていくみたいだから頑張ってほしいとエールを送ると、これでもっとロベルさん達や皆さんの役に立てると年相応の歯にかんだ笑みを浮かべた。
実はこの話には続きがある。
ロベル達に冒険者を続けることと今回の事を説明したルナだったが、のちにメディックの熟練度が最高まで達した後に【ウィッチドクター】と呼ばれる回復と魔法を兼任する職業にクラスアップされることを知り、それを聞いたロベル達が慌てて説明を求めるためにケイ達の屋敷に向かったのは別の話である。
またもやケイの実験体となりました。
ルナはみんなの役に立てるように努力している子です。
これからも頑張ってほしいです。
次回の更新は3月2日(月)です。




