127、王宮魔術師との対決
今回は、王宮魔術師のルイとの対決になります。
果たしてケイの運命はいかに!?
(どうしてこうなった・・・)
突然の宮廷魔術師であるルイから模擬戦を挑まれたケイは、げんなりした顔で彼女の後をついていくことになった。
なにが彼女の気に障ったのかわからないが、表情を盗み見ると怒っている様子が窺える。そもそもケイとルイの魔法の認識の違いが生んだことなのだが、リオンの師であるルイはケイの魔法に対する考え方がどうも納得いかないようで、その考えを正そうとしているのかはたまた実力を測りたいだけなのか、彼女の考えはわからないがどちらにせよ強制的に模擬戦を行う運びとなる。
ケイが連れられた先は、城の北側にある軍事地区と呼ばれる普段兵が生活や訓練場などを行う場所だった。
訓練場には訓練中の兵士と思われる姿も見受けられ、ルイが兵士の上官とおぼしき男性に場所の利用を交渉している。訓練中の兵士達はケイ達の姿を見かけると、何事かと互いに顔を見合わせる。
もちろんこの一連の流れに仲間達やガイナール達もついて来ている。
ケイは誰でもいいからルイを止めてほしい心情だったが、ガイナールが模擬戦を許可してしまったため、あれよあれよという間に今に至る。
「リオン、王宮魔術師と噂の冒険者の模擬戦なんて滅多にお目にかかれないから、よくみておくんだよ」
「はい。父上!」
王族というのは、修羅場を迎えている人間に対して火に油をそそぐ発言を平然というものなのだろうか?とケイはガイナールと目を輝かせているリオンの親子の姿に思わずため息をついた。それは単に、ガイナールの好奇心とリオンの純粋さが表に出ただけである。
そしてルイは場所の提供が許可されたのか、すでに臨戦態勢に入ろうとしている。
模擬戦だよな?と顔を引きつらせるケイに、全力でいかせていただきます!と言い切るルイ。俗にいう死亡フラグを彷彿とさせるのだが、今まで盗賊以外で対人戦をしてきたことのないケイにとって、未だに未知の領域であり加減がわからないことが難点だった。
アレサの寵愛やメルディーナの能力のおかげでここまで来られたが、魔物相手でも手加減をしなければ木っ端微塵に吹き飛んでしまい、素材を駄目にしアダム達から呆れられたことも数知れず。
シンシアから「手加減できるようにしないと、対人戦になった時に大変よ?」と言われ創造魔法で【手加減】のスキルを習得したが、先日の盗賊襲撃の件で、後にアルバラントの兵からケイが殴った盗賊の一人の顎の骨が砕けてしまっていたが、なにをどうしたらそうなるんだ?と首を傾げられてしまったことがある。
実は魔法に関しても【詠唱短縮】のスキルを使っているのだが、本来の正確な詠唱を唱えてしまうと詠唱をしている間に魔力がどんどん高まってしまい、初級魔法が上級一歩手前になってしまうことがあった。
ダジュールの管理者で検索をしたところ【詠唱短縮または無詠唱は、本来の正確な詠唱で発動する魔法の威力より二~五割ほど減少する】とあったため、試しに無詠唱で試したところ力み過ぎているのか正確な詠唱と同威力に近い形になり、試行錯誤の末【詠唱短縮】に落ち着いた。
【無詠唱】については、コツがわかっていないだけなのか練習が必要だなと思いつつ今に至る。一瞬やってみるかと頭の中で思い起こしてみたものの、過去の大惨事に懲りているのかすぐにその考えを置いておくことにした。
「それでは始めますが、よろしいですね?」
訓練場の一画にて、ケイとルイの模擬戦が行われることになった。
興味本位のガイナール一行や訓練中の兵士達が野次馬と化し、それを止めるに止められない状態の仲間達が見守るなか、ここまで来たらやるしかないとケイは腹を括ることにした。
「ルールは模擬戦で、勝敗は相手の降参または続行不可でよろしいでしょうか?」
「はい」
「はぁ・・・俺も問題ない」
審判を務める兵の一人が対峙するケイとルイの間に立ち、ルールの確認を問う。
要約すると、相手が死亡しない限りはなんでもありらしい。
定位置につくように合図が送られると、二人は距離をとってから向き直る。
ルイの目には完全に獲物を仕留めようとする捕食者の目をしているので、ケイは再度ため息をつくしかなかった。
「それでは、試合開始!」
審判の合図と同時に、まずはルイが行動を起こす。
「フレイムランス!」
王宮魔術師である彼女は当然のように詠唱短縮で魔法を発動させると、瞬時に赤い魔方陣が形成され、炎を纏った五本の矢がケイに向かって勢いよく飛び出す。
それを一本目と二本目を躱し、三本目と四本目を回し蹴りの要領で霧散させ、五本目をはたき落とすように同じように霧散させた。
これにはルイも一瞬たじろく。
「これは凄い!ルイ様の魔法を体術で無効化させるとは思いませんでした」
「父上、ケイさんは身体能力系の魔法か何かを使っているのでしょうか?」
「かもしれないな。詠唱をする素振りがなかったことを考えると【無詠唱】で発動させている可能性がある」
「無詠唱ですか!?でも、大陸中を探してもできる人間はいないと聞いてます!」
目を丸くするウォーレンとゼレーナに、ガイナールとリオンは興奮した様子で試合を見守っている。
「まだまだこれからよ! ウォーロック! サイクロン!」
詠唱と同時に黄色の魔法陣から地面を突き上げるように岩が次々と発生し、空中に緑の魔法陣が形成され、大気中の空気が竜巻を描きながら同時に襲ってくる。
ケイはそれを予見していたようにわざと魔法が発動されている方向に走り出す。
土属性魔法と風属性魔法が発動しているなか、ケイが突っ込むと同時に魔法の衝突が起こり、衝撃で土煙が辺りを覆い隠すように広がった。
「ち、ちょっと!あれじゃ大怪我だけじゃすまないわよ!?」
「辺りが見えないが、大丈夫なのか!?」
「発動している魔法に突っ込むなんて、あいつはなにを考えているんだ!?」
アダム達もまさかケイが魔法目がけて突っ込んでいくとは思わず、目を見開き驚きの言葉を口にする。
しかし土煙が収まった後には、先ほどまでいたであろうケイの姿はなかった。
魔法の衝突痕が残っていただけで、さすがのルイも姿の見えないケイに警戒を強める。
「恐らくですが、相手の魔法の威力を利用した戦法ではないでしょうか?」
「魔法の威力を利用した?どういうことだ?」
「今までの経験から考えますと、土属性魔法を足場にして風属性魔法で上空に飛んでいったのでは、と」
「相手の魔法を利用して上空から奇襲する戦法ね。さすがケイ様!」
相手が王宮魔術師という王家直属の魔法専門職であることから、魔法の威力は中級以上と推測できる。本来なら大怪我ではすまないのだが、タレナとアレグロが想定した通りアダム達が上を向くと、上空からケイが奇襲してくる姿が見えた。
(いない?どういうことなの!?)
ルイはケイの姿が見えないことに警戒を強めたものの、魔力感知で探りをいれた瞬間に上を見上げる。すると上空から奇襲してくる姿が見えたため、慌てて詠唱を始めようとする。
「アイスバーン!」
ルイは水属性魔法を詠唱し、青い魔法陣が形成されると氷を含んだ水が霧状に広がった。一種の目眩ましのようだが氷のダメージはないものの、ちくちくと小石が当たるような感覚を覚える。
「遅えよ!!」
「きゃあ!」
目眩ましで距離を取ろうとしたルイ目がけてケイが着地をすると、驚きと衝撃でバランスを崩し、彼女は尻もちを着くように後ろに倒れた。同時に彼女が発動させた水属性の魔法は、ケイが着用しているジャケットであるラウフの軽装の影響で魔法そのものが霧散した後に吸収される。
二人の距離は2mほど。ルイは次の詠唱を唱えようと構えたが、ケイが動向をうかがうようににやりと笑みを浮かべ、あることを告げる。
「対策済みだ」
ルイがその言葉に疑問の色を浮かべた瞬間、地面に着いている右手から緑の魔法陣が形成される。どのタイミングで詠唱をしたのかはわからないが、それが風属性の魔法だということは一目でわかった。
緑の魔方陣から太いツタのようなモノが飛び出し、ルイを絡めるとあっという間に上空へ持ち上げるように伸びていく。リアルジャックと豆の木である。
「ファイア!」
とっさのことに対応出来なかったルイは、宙づりになりながらもツタを焼き払おうと詠唱を唱えるが、火属性魔法である赤い魔方陣は形成したあとに発動することなく消失する。もう一度同じ魔法を唱えるが、やはり同じように発動することなく消失する。
(魔力量が急激に落ちているわ)
魔法を唱えるたびに、身体の中にある魔力がごっそりと抜ける感覚を覚え、唱えない間でもじわじわと抜けていく感覚も感じる。ルイは一目で普通の風属性魔法ではないと悟り、宙づりになっている彼女を見てケイはどうなるのかと笑みを浮かべて彼女を見やる。
(まずいわ、魔法が使えない!)
魔法専門職は本来単体では戦わない。
詠唱の関係で魔法が発動する間があるため一定の距離を保ち、それを補うようにパーティがそれぞれの役割を果たす。剣士が誘導し、盾職が攻撃を防ぎ、仲間を癒やす回復職、その間に魔法職が遠距離で攻撃をする。まさにパーティに入って初めて生きる職業と言われている。
しかし、ケイのように単独でも全ての役割を果たせる人間も存在する。
それは全体の1%以下と非常に低く、ルイのように魔法一本で生きている人間にとっては、距離を詰められ魔法の対策がされているとなると途端に不利になる。
彼女はようやく、ケイが常人とか天才とかの次元ではないのではと思いに至る。
「早く対応しないと、俺が解除しない限りそのままだぞ?」
宙づりになっているルイに投げかけてみるものの、必死になんとかしようと藻掻く彼女を見て、彼女が折れるかそれとも対策がなされるのかと様子を伺う。
実は試合開始の直後に魔法を仕込んでいたのだが、もちろんケイが発動した魔法はただの風属性魔法ではない。
ケイが唱えた魔法は【ブロークンセキュリティ】と呼ばれる創造魔法から編み出されたトラップ系の風属性魔法で、以前ガレット村の騒動でゼムを拘束した時に使用した魔法である。
しかし今回使用するに辺り【混合魔法】というものが使われている。
これは二属性以上の魔法が合わさって発動する魔法のことで、魔法職でこれができる人間は全体の10%ぐらいと言われている。
このブロークンセキュリティには、風属性のなかに闇属性魔法を盛り込んでいる。
相手を絡め取るツタを形成する一方で、魔法を吸収し魔力もぶんどってしまうという魔法使いにとってこの上なく厄介な闇魔法である。
魔法専門職のルイがそれをはね除けられるだけの力と策があれば別だが、彼女の様子を見る限りその可能性は低いだろう。魔力を吸われ続けるなかでなんとか拘束をとこうと藻掻いている様をみると、たとえ相手が王宮魔術師でもこうなってしまうと対処ができなくなるのだなと他人事のようにケイがそれを眺めている。
(まさかこうなることを想定して、わざと私の魔法を利用して自分の場に持ち込んでいたってこと!?)
ルイは、ここでようやく自分が翻弄されていることを理解した。
今までは魔法で相手を攻撃をするだけで通用する相手ばかりだったが、今回の模擬戦で相手の魔法の数より自分の魔法の数の方が多いことに気づく。
単に魔法を打てばいいというわけではなく、戦局見越して対策をするべきだったのだが、よほどの事がない限り戦闘の場には赴かないため、その辺の勘が鈍っていたのだろう。
自分の魔力がツタに吸われていることに気づき、魔法も使えないとなると彼女の中で焦りと混乱の色が見える。徐々に身体から倦怠感を感じ、視界が歪み始める。
魔力枯渇の症状が出始めていると悟るが、その影響で身体が思うように動かない。
魔法を翻し、相殺しながらも相手の魔法で視界をくらまし、魔法職のデメリットと呼ばれる間合いを詰めて相手を翻弄させ動かせる。
パーティ内では前衛職が敵の注意を引きつけているため、後衛職は自分の身を守りつつ敵に攻撃する。逆を言えば、詠唱を中断しないように場から動かないことを利用されていたということになる。
ルイは薄れゆく意識の中で自分はどんな人間に勝負を挑み負けたのかと後悔し、そしてぷつりと思考が途絶えた。
ケイは藻掻いているルイが動かなくなったことで、魔力枯渇の影響で気を失ったと判断し術を解除した。同時に彼女の身体は地面に荷物が置かれるように着地する。
「ル、ルイ様続行不可! 勝者ケイ!」
審判の宣言に辺りは騒然とした。
まさか王宮魔術師が、一般の魔法職に負けたなど誰も予想していなかっただろう。
兵士達は顔を見合わせパクパクと口を開き、上官である男性もこの結果に驚きを隠せていない様子で唖然としていた。ゼレーナやリオンも驚きの表情で、医師に介抱されているルイとアレグロに飛びつかれているケイを交互に見ている。
「やはり、結果は明白だったか」
「ガイナール様は結果を予見していたのですか?」
「彼らの今までの活躍を考えると、ルイの能力を遥かに上回っていることはある程度察していたよ。でも、少ない手数で王宮魔術師を沈めるとは想像だにしていなかった。彼は人知をも超えるということか…」
ガイナールとウォーレンは、この結果に納得していた。
王家直属であり、なおかつ全大陸でも五本の指に入るほどの実力を保持している王宮魔術師のルイでもケイの前であっけなく沈んだ。そして相手の魔法を利用した上空からの奇襲とは想定していなかったのか、二人は満足そうにこの結果に賞賛を送っていたのだった。
手加減は思った以上に難しい。
時にはいろいろと考えているのです。
次回の更新は1月29日(水)です。




