11,戻らない二人組
今回も爆走するケイに苦労性のアダム。
モスクの森のおはなし。
ケイがダジュールに来て一週間が経った。
いつものように宿屋の朝食を食べ、マリーから利用期限が迫ってきているといわれ一月分払うと、アダムが姿を現しそのままギルドに向かう。
ギルドに向かうと受付嬢のミーアが声を掛けてきた。
「ケイさん、アダムさんおはようございます」
「おはようミーア。ところでなにかあったのかい?」
困った表情のミーアにアダムが尋ねた。
「実は、依頼に行ったパーティが戻ってこないんです」
「戻ってこない?」
「はい。ドルマンさんの依頼で、モスクの森のハニービーの蜂蜜採取の依頼なのですが、帰還予定日を過ぎても連絡がなくて・・・」
「そんなまさか・・・あそこはそんなに危険じゃないはずだぞ?」
どうやら、初心者の少女を連れて、ハニービーの蜂蜜採取に向かったらしい。
彼らから『三日で戻る』と聞いたミーアは、不安そうな声をした。
「アダム、モスクの森ってどこだ?」
「モスクの森は王都アルバラントから北東にある森のことだ。
王都まで一日かかるが、そこからモスクの森まではそんなに距離はない。
蜂蜜の採取なら泊まりを入れても三日で戻ってこられるはずなんだが・・・」
アダムは首をかしげた。
「採取って難しいのか?」
「いや、森の至る所にハニービーの巣をみつけられるから、その巣から蜂蜜を取ればいいだけだ」
ハニービーは木の中に穴を掘り、そこに蜂蜜を流し込んでため込む習性がある。
蜂蜜は濃厚で貴族のみならず、料理店の材料にも使われる。
「ただ、蜂蜜はボアの好物だから、繁殖期を迎えている関係で取りづらいだけなのかもしれない」
ボアは獣系の魔物で熊の姿をしている。体の大きい割には非常に臆病で、人が近づいても逃げてしまうほどである。
「なぁ、様子を見に行かねぇ?」
「どうした急に?」
「この辺りに関しては全くの無知状態だから、俺の実力でもイケるなら散策がてら様子を見ようかと」
「そうですね~。向かったパーティにBランクのレイブンさんがいるので問題はないと思いますが、念のために様子を見に行って頂けると助かります」
ケイの提案にミーアが同意するかたちで、二人は必要な物を買いに出た後、その足でアルバラント経由でモスクの森へ出かけて行った。
今回目的のパーティは二人組で、Bランクのレイブンと冒険者になりたてのシンシアという少女だった。
「で、本当の目的は?」
道中、ケイを横目にアダムが尋ねた。
「そんなもん蜂蜜一択に決まってるじゃん!」
「だろうと思ったよ」
アダムの推測通り、ケイの私欲が絡んでいる。
出会って数日しか経っていないが、ケイのわがままさをまざまざと見せつけられたアダムが痛感する。
「さっき道具屋で、空ビンと採取用のスプーンを買っていたからもしかしてとは思ったが・・・」
「蜂蜜をパンに塗って食べたいんじゃ!」
あきれ顔のアダムに、悪巧みする子供の様な笑みのケイ。
王都アルバラントに着いた頃には辺りは夕暮れになっていた。
「アダム、これからモスクの森に行くか?」
「いや。夜の森は視界が悪いから、明日の朝行ってみることにしよう」
アルバラントの門番にギルドカードを提示し、確認したのちに許可が下りる。
「そういやさ~レイブンとシンシアっていう冒険者見なかったか?」
ケイが門番のうちの一人に声をかける。
「レイブン達なら朝見かけたよ。女の子の方は確かそんな名前だったな~」
「確かハニービーの蜂蜜の依頼を受けたって言ってたぞ」
もう一人の男が答える。
どうやらレイブンという人物は割と有名な人物で、名前を出すとすぐに教えてくれた。
「あんたら、レイブン達の知り合いか?」
「いや。ギルドから戻らないって聞いたから様子を見に来たんだ」
アダムが説明すると、門番の二人は納得した表情をした。
「そういや、女の子の方が『蜂蜜が取れない』って怒っているのをみかけたけど」
どうやらボアの繁殖期の影響が長引いているようで、採取に手間取っている様子だった。
「二人は戻ってきているのか?」
「あんた達が来る少し前にな」
「どこに泊まっている?」
「さぁ~宿泊場はいくつもあるからね」
アダムの問いに門番の二人は首を振った。
王都アルバラントは、四つの地区に分かれており、
北が王城がある上流地区、東は商業区、西は住宅街、南には市場や宿泊場がある広場になっている。
特に東と南ではは宿泊場や店などが軒を連ねる状態で、全体的に王都の広さが窺える。
「まぁいいよ。泊まるからおすすめ教えて!」
「それなら値は張るが、この通りの先に緑の屋根をした宿屋があるよ」
ケイはとにかくお腹がすいたため早く食事を取りたがった。
門番と別れた二人は教えられた場所に向かうことにした。
結論から言うとレイブンとシンシアには会えなかった。
おそらく別の宿泊場に泊まっているのだろう。
ケイとアダムは食事を終えて、明日のために早めに就寝をすることにした。
翌日二人は食事後、モスクの森を行くために外に出ようとした。
門番は交代制のようで、昨日の門番とは違う二人が努めていた。
「朝早くにすまない。レイブンとシンシアという冒険者を見なかったかい?」
「それならモスクの森に行くと行って、朝早くに出かけて行ったよ」
アダムが聞くと、すでに二人は森に向かっていたようだった。
二人はお礼を言い、さっそくモスクの森に向かう。
「入り口にはいないようだな」
モスクの森にきたはいいが、肝心の二人が見えずアダムがケイに言葉を掛ける。
「ハニービーの巣らしきもの発見!・・・って蜂蜜ねぇじゃねぇか!」
アダムが振り返ると案の定、ケイが蜂蜜採取の行動に出る。
「ケイ、蜂蜜を取っている場合じゃないぞ」
「今、蜂蜜を取らないで、いつ取るんだ!?」
アダムの言葉に我が道を走るケイ。
その後、数ヶ所のハニービーの巣を見つけたが、蜂蜜はすでにボアに取られた後だった。
「うがぁぁぁ!蜂蜜ないんだけど!」
「やっぱり二人はこの辺りにはいないようだな。もしかしたらもっと奥にいるのかもしれない」
会話がかみ合わない二人はそのまま奥地に進んでいった。
「蜂蜜あったどぉぉぉ!」
奥地のハニービーの巣は蜂蜜がいくつか残っており、ケイはいそいそと空ビンに蜂蜜を詰めていた。
「あ、あっちにも!」
「二人はここにもいないか・・・」
ケイが虫取りをする子供のように蜂蜜を集めはじめる隣で、アダムが物思いにふける。
奥地にもいないとなると、どこかですれ違ったか、あるいは最深部のボアの生息地を迂回する形で東大陸の森の方に出たか。
どちらにしろBランクのレイブンが、初心者のシンシアを奥地まで連れて歩くことは考えられない。
しかも、奥地のハニービーの姿を一度も見ないことが不思議だった。
通常、ボアの繁殖期であっても、一度は姿を目にするはずだ。
なにかいやな予感をアダムは感じていた。
「なぁアダム。ハニービーってどこにいるんだ?」
蜂蜜集めに満足したケイが戻ってきた。
劣化をしないようにアイテムボックスに収納する。
「ハニービーは、巣がある木の上や近くにいるはずなんだが、まだ見てないな」
「ボアの繁殖期だから?」
「であっても、声もしないなんて滅多にないよ」
ふとケイが何かを嗅いでいる仕草をした。
「なぁ、何か臭わねぇ?」
森の風に乗ってからかすかに何か臭った。
「そうだな。これはなんだ?」
アダムも臭いの元を辿った。
臭いの元を辿ると、地面に赤いシミを見つけた。
「これは、血か!?」
アダムが赤いシミを指でなぞり臭いを嗅ぐ。
それは人間の血か動物の血かは不明だが、地面に着いてから割と新しい。
血は森の奥に続いていた。
「アダム!こっちだ!!」
ケイの声にアダムが向かう。
「なっ!?」
二人が血の跡を辿ると、黒髪の男が木にもたれかかるように倒れていた。
「おい!大丈夫か!?」
アダムが駆け寄り声をかける。
男は大量の血と、胸から腹にかけて大きなひっかき傷があった。
「あんたら・・・誰だ・・・」
閉じていた目が開く。
「俺たちは冒険者だ。何があった!?」
「速く、逃げろ・・・レッドボアがいる。」
その言葉にアダムが凍り付く。
「街に、行って・・・兵を連れてきてくれ…シンシアを助けてくれ」
言葉の途中で吐血が混じる。
「あんたレイブンか?」
アダムの言葉に頷くレイブン。
「俺は・・・もう、駄目だ・・・だから」
「【エクスヒール】」
レイブンの言葉の途中でケイが回復魔法を掛ける。
淡い光がレイブンに纏うと、ひっかき傷や他の傷も完璧に治る。
「最後の遺言ぽく喋ってるところ悪いんだけど、シンシアってどこにいるんだ?」
突然のことに理解が及ばないレイブンにケイが声をかける。
「まさか、君が?」
「まさかとかいいからさ~。助けないでいいなら帰るけど?」
「ま、待ってくれ!シンシアならレッドボアから逃げようと奥に逃げたのかもしれない!」
レイブンがシンシアを助けようと身体を起こすが、うまく力が入らない。
「待て。怪我が治っても失った血液は簡単には戻らないぞ」
アダムがそれを制止させ安静させる。
その時、少女の悲鳴が森に響き渡る。
「俺たちが見に行ってくる。レイブンは待っててくれ」
ケイとアダムは、悲鳴をした方に走っていった。
ケイとアダムがその場所に向かうと、今まさに大型熊の爪が少女に襲いかかろうとしているところだった。
レッドボア
レベル35
性別 オス
状態 激昂
HP 350/460 MP 125/125
力 392
防御 240
速さ 210
魔力 68
器用 115
運 10
スキル ひっかき(Lv5) 突進(Lv4) かみつき(Lv3)
ボアの亜種。体長3m。
非常に攻撃力が高く、一撃で死に至る可能性がある。
経験の低いものが遭遇した場合は速やかに撤退を推奨する。
※ほどよく身が引き締まっているため、肉が非常に柔らかく、肉を厚く切って焼くステーキがおすすめ。
「【バインド】」
【バインド】対象者を拘束する魔法。
「アダム!」
「わかった!任せろ!」
ケイが拘束の魔法をかけている間に、アダムが少女の救出に向かう。
少女を抱えたアダムがケイの元まで戻ってくると同時に、レッドボアが拘束から逃れようと体勢を崩した。
「てめぇの肉は貰ったぁぁぁ!!」
倒れてもがいているレッドボアに向かってケイが走り出す。
狙いを定め、数メートル前で右足を軸にして飛び上がると、身体をひねり遠心力で両足をそのままレッドボアの頭部に落とした。
レッドボアの短い悲鳴と、折れてはいけない部分の音が重なる。
直撃を受けたレッドボアの身体は、何度か痙攣を起こしたのち完全に動かなくなった。
よほど怖かったのであろう、少女の身体はかなり震えていた。
「あ、レッドボアは?」
救出された少女がアダムに問う。
「それなら・・・」
「レッドボア取ったぞぉぉぉ!!!・・・さて、帰るか」
レッドボアの死体の上でガッツポーズをしたのち、さっさとアイテムボックスにしまうケイ。
その行動に少女は唖然とした。
「え?どういうことなの?」
「ははっ・・・」
少女の驚きの言葉と今更驚くことのないアダムの温度差は激しい。
「シンシア!」
来た道を戻ると、座っていたレイブンが三人に気づいた。
「レイブン!あなた大丈夫なの?」
「俺は大丈夫だ」
シンシアはレイブンの身体をを確かめた。
彼の身体はシンシアを助けるために傷を負ったのだが、今は一切見当たらないことに首をかしげた。
「傷が見当たらないんだけど?」
「あぁそれなら彼が、魔法を使って治してくれたんだ」
レイブンがケイを指す。
「あなた聖職者?」
「はぁ?」
シンシアの発言に何を言っているという表情のケイ。
「だって、光属性魔法を持っている人は、僧侶や聖職者だけだって聞いたもの」
「さすがにそれはどうかなぁ」
シンシアの言葉にアダムが曖昧の言葉を返す。
仮にもこんな聖職者がいたら世も末である。
「で、レイブンの言っていた奴ってこのちんちくりん?」
「誰がちんちくりんですってぇ!?」
怒りのシンシアに、アダムが仲裁のため間に入る。
「え、あー・・・とにかく彼女を助けてくれてありがとう。心から礼を言う」
「もぉ~。そうよ、私はシンシア。助けてくれてありがとう」
レイブンとストロベリーブロンドの髪が鎖骨まで伸びているシンシアが礼を述べた。
「本当に無事でよかった。なぁケイ?」
そう言ってアダムが振り返ると、そこにはケイの姿はなかった。
「あれ?ケイは?」
「彼ならあそこに・・・」
辺りを見回すアダムに、来た道を指さすレイブン。
「おーい!戻るぞぉ!」
遠くでで三人に手を振っているケイ。
「全くあいつは~」
「ははっ・・・」
アダムとレイブンが呆れている中、
「あの人本当に助けに来ただけなのかしら?」
と、シンシアは肩をすくめた。
四人がアーベンに着いたのは、日付が変わった深夜。
シンシアが依頼者のマリーとドルマンが心配しているからという理由で、アルバラントには戻らず直接帰ってきのだ。
あまりに遅い時間なため、ギルドによらずに宿屋に向かう。
「あんた達無事だったんだね!」
後片付けをしていたマリーが、シンシアとレイブンの姿に安堵する。
「マリーさんご心配をおかけしました」
「遅くなってごめんなさい」
「いいんだよ。気にしないでおくれ」
マリーが、自分の娘のようにシンシア身体を抱き締める。
奥からドルマンが姿をみせた。
就寝前だったのかシャツとズボン姿だった。
「二人共戻ったのか!何日も連絡がなかったから心配したよ!」
依頼を出した手前、自分たちにも責任があるのではないかと考え始めていたようだ。
「あの~マリーさん、依頼のことなんだけど・・・」
シンシアが、依頼のハニービーの蜂蜜を手に入れることができなかったことを伝えようとした時。
「マリーこれ」
ケイが瓶に入った蜂蜜を手渡した。
「あら、もしかして蜂蜜?」
「アルバラントに行った時に、今年はボアの繁殖期が長引いている関係で蜂蜜が入手しづらいってさ」
正直、レッドボアに遭遇してましたとは言いづらかったためだ。ケイでも多少遠慮はできる。
マリーが蜂蜜を受け取ると、ケイは就寝のためさっさと二階の部屋に戻っていった。
シンシアはその姿をみて複雑な感情を抱いた。
主人公ってなんだろう?などと最近考えます。
次回の更新は4月13日(土)になります。




