115、とある恋の話
ケイ、自分の一言で他人の運命を変えてしまうの回。
とある日の夕方、ケイ達がいつもの様に依頼を終えアーベンの宿屋に戻った時のこと。
夕食のためテーブルに着いたケイ達の後方で、女性の泣き声が宿屋に響き渡った。
見ると、カウンター席の端に鎧を着た赤い部分が残る茶色い髪をした女性が顔を伏せている。その手には何杯目かの木製のジョッキが握られ、周りには空のジョッキが並べられている。どうやら酒に酔っているようだ。
「なんであたしじゃ駄目なんだよぉ~~~」
アルコールの臭いを纏わせながら女性が顔を上げて叫ぶ。
その様子にはさすがの女将であるマリーも苦笑いを浮かべ、部屋で休むように女性に諭す。
「ミネルバ、もう飲むのはおよしよ。今日は早く休んだ方がいい」
「マリーさぁん、なんであたしフラれたんですかね?なにが悪かったのぉ~」
「きっといい人は見つかるよ」
「あたし、マリーさんとなら結婚してもいいと思っているんですぅ」
「あー悪いけど、あたしゃ女だし結婚もしているよ?」
女性は、ですよねと納得した口調で顔を伏せる。
「マリーどうした?」
「騒がせてすまないね。ちょっと傷心中みたいで」
ケイが声を掛けると、すまなそうにマリーがこちらを向き事情を説明してくれた。
今、酔ってカウンターに顔を伏せているのは、剣士のミネルバ。
もともと四人組のパーティで活躍していたが、メンバーが相次いで結婚・妊娠で引退し、五年付き合っていた彼氏には「自分より強い女性は嫌だ。守ってあげたくなる子と一緒になる」と言って、実はメンバーの一人である魔法使いの子と浮気し破局。田舎にいる両親からは、お前が女らしくないのが悪いと言われ勘当されたそうだ。しかもこの一連の流れは、ここ三日の内に起きたことらしい。
立て続けに起こればそうなるわなと、ケイが果汁酒を口に含んだ。
「あんた!あたしと結婚してくれ!」
突如酔ったミネルバが、後ろに座っていたアダムに絡み始めた。
止めに入ったマリーを余所に、驚くアダムに酔っているミネルバが必死に懇願している。
「すまないが、約束している子がいるんだ」
おそらくセルバ村にいる幼なじみのリーンのことだろう。
なかなか会えないからこそ、ケイのあげたスマホでメールや毎晩電話で話しているところを見かけたことがある。それほど二人は思いあっている故の行動である。
「じゃあ、あんたは!」
「悪いが家族がいるんだ」
「子持ちだった!!」
次に隣にいたレイブンに声を掛けたが、案の定断られ膝から崩れ落ちるようにショックを受けている。
レイブンは、ダナンの伯母夫婦と暮らすコルマの事を気にかけているのだろう。
実は二人共意外と他の女性から人気があるのだが、大事にしている人がいるということで全てお断りをしている。当然と言えば当然である。
「じ、じゃあ~あん「ケイには私がいるからお・こ・と・わ・り!」」
ミネルバがケイに話しかけようとした瞬間、なぜか荒い口調のシンシアが間に割って入る。
「く、くそぉ~~~いい男、どっかにいないかなぁ…」
男性陣全員にフラれたミネルバは、ジョッキを片手にカウンターのテーブルの上に顔を伏せて泣いてしまい、いつの間にか寝入ってしまった。
そんな出来事の翌日、ケイとアレグロが偶然町中でとある光景を目にした。
男性が不良と思しき三人の男性たちにに絡まれていたのだ。
ケイ達が間に入ろうとした時、絡んでいた男たちの後ろからミネルバがぶつかってきた。
「おい!なにしやがるんだ!」
「うるさいなぁ…頭が痛いんだから静かにしてくれよぉ…」
どうやら昨日の酒がたたったようで、二日酔いになっている。
頭を押さえていたミネルバに、男たちの一人が彼女の腕をつかもうと手を出した瞬間だった。
「やめてください!」
「うるせぇ!!」
絡まれていた男性がそれを止めようと二人の間に入るが、逆上した不良の男が男性の顔を殴りつけた。
殴られた男性は、そのまま地面に叩きつけられて動かなくなってしまう。
どうやら殴られた場所が悪かったのか、失神しているようだ。
「馬鹿な奴だぜ!大人しくしていればいい…「うるさいって言ってるのがわからねぇのかぃ?」がぁ!」
不良の男が殴られ失神している男性に向かって言葉を吐く隣で、ミネルバが男の顔面を片手で鷲掴みをしてつぶそうとしている。
体格は女性の中ではだいぶ大きい方で剣士としての力も相まり、掴まれた男性は逃げようともがいでいるがなかなかミネルバの手から逃れることができずにいた。
彼女の方は、男の頭蓋骨がメキメキと音を立てているにも関わらず潰れるんじゃないかと思うほどの握力を込めている。
「はいはい!ストップ!ストップ!」
ケイとアレグロが、これ以上はだめだと思い止めに入る。
その声にミネルバが手を放し、その拍子で尻餅をついた男は仲間たちと一緒に「狂暴女」と言い捨て慌てて走り去って行った。
「ケイ様、この人どうするの?」
「とりあえず宿屋に運ぼう。あんたは大丈夫か?」
「すまないね。昨日の酒がまだ残っているようで頭がガンガンするんだ」
ミネルバは少し治まってから宿屋に向かうといい、ケイとアレグロは失神した男性を宿屋まで運ぶことにした。
「今、殴られたところは氷で冷やしているけど、しばらくは腫れると思うよ」
殴られた男性が宿で目を覚まし、マリーから氷が入った小さな袋を左頬にあてている。氷で冷やしている彼の左頬は、痛々しいほど真っ赤に腫れあがっていた。
「しかし災難だったね。大丈夫かい?」
「はい。マリーさん、ドルマンさん、それに皆さんもご迷惑をおかけしました」
男性がケイ達やマリーとドルマンに礼をする。
彼の名前はスターロ。
二年前までアルバラントのレストランでシェフをしていたが、農家をしていた両親の体調が思わしくなく仕事を辞めて実家の跡を継いている。現在は実家で作った野菜をレストランや宿屋に配送しており、得意先の一つであるマリーとドルマンの宿屋に定期的に届けている。
背丈はケイと変わらないが、男性にしては体格が華奢で女性のような体つきをしている。聞けばもともと病弱で食べても太らない体質なのだが、シェフ時代や家の手伝いなどで一応は筋力は最低限ついているそうだ。
世の女性からしたら羨ましがられるかもしれないが、本人曰く過去に付き合った女性全てに「男らしくない」と同じ理由でフラれた過去がある。
その言葉を参考に男らしくなろうと、肉を食べたり筋力トレーニングをしたりと涙ぐましい努力をしていたようだがあまり成果がみられず、最近になって体調が良くなった両親から、自分たちのことはいいからいい人を見つけてほしいと言われているらしい。
ケイ達は世の中いろいろあるものだなと感じた。
「僕は一人っ子なので、早く両親を安心させてあげたい気持ちがあります。しかし男らしくないと付き合った女性から言われてしまって・・・」
「男らしいって、何をもって言ってんだ?」
「それは、女性を守れるようになることです!」
「物理的な話?それならある意味で努力の方向性が違うんじゃねぇの?」
ケイの問いにスターロは疑問を浮かべる。
この世界の男女のらしさというのは、男は力強く女は可憐にという印象が少なからずある。しかし、冒険者をしているミネルバや体質的に華奢なスターロには当てはまらずむしろそれらの要素は邪魔になるだけ。
ケイはまず、その考えを捨ててみたらどうかと提案した。
「そもそも、男らしい女らしいなんて必要ないんだよ」
「えっ?どういう意味ですか?」
「世間でいう、印象操作で生み出された偶像だ。大事なのは自分が何をしたいか?何を望んでいるか?その『自分らしさ』じゃないのか?」
「自分らしさ…」
スターロはそうケイに言われ、何かを考え込んだ。
「やっと戻ってこれた~」
ケイ達の話に一区切りついた頃、二日酔いだったミネルバが戻ってきた。
宿屋に入り、彼女の姿をみたマリーが水を差し出す。
空いている椅子に座り、マリーから受け取ったミネルバがコップを一口含んだところでスターロは彼女に気づき、礼を言うために近づいた。
「あの…さきほどはありがとうございました」
「え?あ、あぁ~さっきの…顔、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
左頬に氷袋を当てている姿を見たミネルバが声を掛けると、スターロは恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせた。彼はミネルバが具合を悪くしていることを思い出し問いかけたが、マリーに「ただの二日酔いだよ」と返され、今度はミネルバが顔を赤くさせる。
「そうだ!お礼をしたいのですが、今度一緒に食事でもどうですか?おいしいお店があるんです!」
「え?あ、気にしなくていいのに~」
「いえ、恩人を無下にできません。明日でもどうですか?あ!急過ぎましたね」
笑みを含んだまま、畳みかけるように話しかけるにスターロにミネルバが豆鉄砲を食らったような表情をする。少し強引な気もするが、過程がどうあれ結果的に助けたかたちになったので、それに対しての正当な対価というところだろう。
ミネルバが断る間もなくあれよあれよという間に、明日、スターロとお礼の食事会を行うことになった。
「まさか、二人の尾行をするとは思わなかったぜ」
「ミネルバは大丈夫なのかしら?」
「というか、俺たちなんでこんなことをしているんだ?」
ケイとアレグロが溜息をつき、アダム達がなぜ自分たちが巻き込まれているのか理解できない表情をする。
翌日の昼過ぎ、現在ケイ達はマリーの願いでミネルバとスターロの様子を見にいくことにした。といっても完全に尾行なのだが、実は以前からスターロがミネルバに気があるらしいという話を聞いたからだ。
マリーがいうに、スターロは緊張すると少し早口になるところがあるので、ミネルバがそれに気を悪くしないか見てきてほしいということだった。
二人に見つからないよう、少し離れた場所で様子をみる。
並んで歩く二人は身長さがだいぶ離れている。
ミネルバは女性にしては180cm近く、一方のスターロはケイと同じぐらいで必然的に彼が見上げる形になる。彼女自身、普段着をあまり持っていないのか、麻のシャツにゆったりめの黒のズボンを穿いており、知らない人から見れば姉弟に見えなくもない。
離れているため会話は聞くことはできないが、二人の表情を見るに一応は会話が成り立っているようで、ミネルバが笑いスターロが驚く一面が窺える。
二人がやってきたのは、大通りに面したアーベンでも有名な海鮮料理専門である。
ここでは豊富な種類の料理や飲料水が提供されており、値は張るがその分、質も量も申し分なく評判もいいため昼夜を問わず栄えている。
店内は青を基調とした壁に白いテーブルやイスは配置されており、海をモチーフに飾り付けがされている様子が窺える。
二人が席に着くと、それに合わせてケイ達も離れた位置で着席する。
「あたし、そんなにお金持ってないよ?」
「ここは僕が払うので、気にしないでたくさん食べてください!」
難しい顔のミネルバに気にしないでほしいとスターロが笑う。
店員がメニューを差し出すと、ミネルバがあれもこれもと注文する姿が見える。
「え˝っ!?あれ全部食うのか?」
「ミネルバさん、結構食べるんですね?」
「さすがの俺でもあんなには食べられないぞ?」
二人のテーブルに続々と運ばれてくる料理を、離れた場所からケイ達が唖然とした表情で見つめる。それもそのはずミネルバ一人で二~三人前ぐらいあるのだが、それを片っ端から料理に手を付けては完食している。
一方スターロは、もともと食が細いのかコーヒーとバタートーストの二品のみで、大口を開けて料理を平らげるミネルバに笑みを浮かべてそれを見つめる。
「ミネルバさん、口についてますよ?」
「へぇ?どこ?」
「ここですよ」
「ん…とれたか?」
ミネルバが口についた食べカスを拭ったが、反対側についているためそれに気づかず、スターロがそれを指で拭うと彼女は恥ずかしさのあまり食事の手を止め、顔を赤らめた。
「今日はありがとう。なんかたくさん食べちゃったねぇ」
「いえ、気にしないでください。ほんの気持ちです」
「まさかあたしがおごられるなんて思ってもいなかったよ」
「そうなんですか?」
「まぁ冒険者をしているし、身長も高いから男に見えるんだろうね」
やはり自分の背の高さをコンプレックスに思っていたのか、女性として見られたことに戸惑いを覚えた。
「付き合ってたやつもいたけど女らしくないって浮気されてフラれたし、そのことで親には勘当されるし、一緒に組んでたやつらもみんな結婚してやめちゃったし…あったものが全部なくなっちゃった」
さみしそうな彼女の横顔を、スターロはただ見つめることしかできなかった。
「もうここでいいよ。ありがとう」
宿屋の前でミネルバがスターロの方を向いて礼をした。
スターロは「はい」と言い、ミネルバがまたと手を振って宿屋に入ろうとした。
「ミネルバさん!」
スターロの声にミネルバが振り返ると、意を決したような表情で彼女に伝えた。
「僕はあなたの事が好きです!!」
その言葉に驚愕の表情を浮かべるミネルバに、離れた場所で見ていたケイ達もここで!?と表情を露わにする。
「あなたは覚えていないかもしれませんが、僕は二年前にアルバラントのレストランででシェフをしてました。その時あなたが仲間たちと一緒に来店してくださり、僕の作った料理をおいしそうに食べてくれました。あなたのその笑顔は二年経っても変わってません」
スターロの公開告白に道行く人たちも足を止め、固唾を飲んで見守る。
「確かに僕は華奢で女性のような体形で力もありませんが、あの時の笑顔や今日の笑顔を毎日そばで見ていたいんです!」
スターロがミネルバの前に立つと、彼女の両手を取り見つめたまま相手に伝えるように言葉を紡ぐ。
「ミネルバさん、お返事…聞いてもいいですか?」
ミネルバはまさか自分がフラれた後に別の男性に告白されるとは思ってもみなかったようで、顔を夕日と同じように赤らめてから「はい」と返事をした。
「あ、あたしは身体もでかいし、がさつで女っ気もない。それでもいいのかい?」
「僕にとってどんなあなたも好きなあなたです」
ミネルバの戸惑いと恥ずかしさが混じった表情に満面の笑みでスターロが返す。
二人が手を握り合ったまま宿屋の前で立っていると、その様子を見守っていた道行く人たちも拍手と声援を送る。二人は驚きのあまり互いに顔を見合わせたが、同時に笑顔になり笑いあった。
後日ケイ達は、本人達の口から結婚したと報告された。
スターロは両親の手伝いをしながら主夫をして、ミネルバは引き続き冒険者として活動を続けることになるそうだ。
ケイはまさか自分の一言がこんな結果になるとはと、人生なにが起こるかわからないなと嬉しそうな二人の表情を見ながらそんなことを感じていた。
私には甘酸っぱさが表現できませんでした。(雰囲気でお楽しみください)
みんなも自分の発言に責任を持ちましょう。
次回の更新は12月27日(金)です。




