105、黒い騎士の正体
黒い騎士の遭遇とアレとの再会。
突然の黒い騎士の姿にテジオラが息をのむ。
ナットとバナッシェも見たことのない存在に驚きの表情を浮かべ、バニューボはあまりの恐怖からかバナッシェの後ろで縮こまっている。
ケイ自身ここに来て黒い騎士が実在することに驚きはしたものの、黒い霧を纏っているところをみるにナット達を引きずり込んだのはこいつだと直感的に感じた。
「ケイ!腕が!」
シンシアの声にケイが左腕を見ると、腕から煙のようなものが上がっている。
アレサの寵愛で頑丈になっているため身体には違和感がないが、着ていたシャツの袖の部分が纏わり付かれたところだけキレイに溶けたようになっている。
「マズいな。俺以外があの黒い霧に触れたら怪我どころじゃねぇぞ」
「というか、大丈夫なの!?」
「服の袖が一部なくなっただけだから問題ない」
ケイ達は一歩ずつ後ろに下がろうとすると、黒い騎士はそれに合わせて近づいてくる。
「ナット!バナッシェ!お前達はバニューボを連れて先に行け!」
「で、でも」
「早くしろ!!」
テジオラが声を上げ、剣を抜きぬくとケイ達も続くように武器を手に取った。
ナットとバナッシェは怯えているバニューボを連れてケイ達が来た道を走り出す。
それを見逃さないといわんばかりに黒い騎士から黒い煙が現れ、ナット達を捕まえようとする。
「てりゃぁあああ!!」
「どりゃぁああああ!!」
アダムとレイブンがナット達に迫る黒い煙を振り払うと次の瞬間、驚愕の表情を浮かべた。なんと、二人の剣が一瞬で錆びたかと思うと、刀身が当たった部分だけに高濃度の酸にかかったかのように煙が上がり溶けて落ちたのだ。
刀身が落ちる金属音が響くと、まずいと思ったのか二人が後ずさりをする。
「次はこっちよ!」
「【ウィンドアロー】!」
シンシアの弓やアレグロの魔法も放たれたが、黒い騎士に当たると同時に蒸発するように消えていく。
「ケイ、俺たちも逃げないとやばいぞ!」
「武器も溶かすのなら打つ手がない!」
「こっちも駄目!魔法も弓も効かないなら意味がないわ!」
完全にお手上げ状態のケイ達に、なおも黒い騎士が迫ってこようとしている。
物理も魔法も駄目となると逃げるしかないのだが、黒い煙は上空にいたバニューボ達にも迫っていたとなると意味がないと考える。
「恐らく逃げても無駄だろうな」
「じゃあ!どうするのよ!?」
焦る仲間達にケイは冷静に黒い騎士を見据える。
策がないわけではないが、先ほどの状況を考えると適任はケイしかいない。
武器も溶かすほどの能力がある以上、ある程度は覚悟しないといけないわけなのだが、悠長にも言っていられないためさっそく行動に移すことにした。
「おい!待て!!」
アダムの制止を振り切り、単独突撃したケイは黒い騎士の剣が真横に振られると同時に左足を軸にして右足でそれを打ち払う。防具の焼ける煙とその衝撃で黒い騎士の身体が揺れると、間髪入れずに身体を捻り回し蹴りをするように左足で腰の部分を狙う。黒い騎士の身体が更に揺れるが、服や防具が焼け落ちる音と煙で若干見づらい。しかしケイはそれを気にする暇もなく、追い打ちを掛けるかのように更に身体を捻り、黒い騎士の頭部に右足のかかとを振り下ろした。
黒い騎士の能力か何かなのか、ケイの足は頭部から胸まですり抜ける様に落ち、身体の中心で何かに当たった衝撃と音が響き渡る。
何かが砕けて破片らしきものが飛び散り、黒い騎士は姿を維持できずに霧散した。
「ケイ!大丈夫か!?」
「ケイ様!?」
黒い騎士が消滅したことを確認すると、アダムとアレグロがケイの安否を気遣うがまだ煙が上がっているのか近寄っていいものからわからず狼狽える。
「ひでぇ目にあったぜ・・・へっぐしゅん!!!」
少し間を置いて煙が引くと、ケイは無事なようで盛大なくしゃみをした。
それもそのはず、黒い霧を無視して突っ込んだため防具や服のほとんどが溶け落ちて半ば半裸状態なのだ。
「ち、ちょっと!なにか着なさいよ!!」
「なにかって、なんも持ってねぇもん」
「あー、とりあえず俺の服を貸してやるからそれを着ろ」
異性の裸を見たことがないのかシンシアは顔を手で覆い、それをアレグロとタレナがほほえましく見ている。結局見かねたアダムが、自分の服をケイに貸してあげることにした。
「アダムー、お前の服でけぇんだけど!?」
「文句をいうな。町に戻ったら買いに行ってこい」
アダムの服を借りたケイが着替えて戻ってくると、体格差が違うのか腕や足を何度か捲っていた。靴は戦闘の衝撃でほぼ原型を留めずしかたなく裸足なのだが、半裸よりはマシである。
「しかしこれは一体・・・」
レイブンが黒い騎士が霧散した後に落ちていた物を凝視する。
ケイ達もそこを見遣ると、人骨と心臓のようなものが落ちている。
心臓の方はわずかにだが魔力が感じられるが、何かを施した跡なのかうっすらと魔方陣のようなものも確認できた。
人骨の方を鑑定してみると意外な結果が出た。
【朽ちたシャムルス人の人骨】
古代に存在していたとおぼしきシャムルス人の骨。
儀式によって死亡し、後に異形とかした跡。
「これ持って帰って調べて貰うか?」
「え゛!?嫌よ!持って帰るなんて気味が悪いわ!」
「人骨の方は持って帰れそうだが、心臓らしきものは何かの呪い(まじない)があるのかもしれないな」
「呪い?」
「ルフ島には古くから呪いが行われていたと聞いたことがある。詳しくは知らないけど、もしかしたらベリルさんなら知っているかもしれない」
テジオラが魔族のベリルの名を出すと、持って帰ることに嫌悪感を示しているシンシアが抗議の声を上げる。しかしそれがなんなのかはわからない以上、調べて貰うしかないと思いケイがそれを回収しようと手を伸ばした。
『それは人が持つモノではない。止めておけ・・・』
辺りに響き渡る声に全員が警戒をする。
暗闇の奥から大きな何かが近づいてくる気配に、テジオラとタレナが武器を取り、シンシアとアレグロはいつでも発動できるように準備をする。
ケイにはその声に聞き覚えがあったのだが、それが姿を現すと思わず口から出た。
「お前は・・・黒狼」
『久しいな』
黒狼は長年会っていない友人に再会したかのように赤い両眼を細め、ケイ達に向けた。ケイはまさかまた会うとは思わず、どうしたものかと疑問に思う。武器を手にした四人に下げるように伝えると、動揺を隠せない様子でケイの方を見る。
「大丈夫だ。面識がある」
「知ってるのか?」
「一度だけな」
テジオラが本当にいいのかという表情で武器を収めると、三人もそれぞれ武器を下げた。黒狼とは念話を通してとなるのだが、ケイ以外にも仲間の五人やテジオラも人語を理解し話す現実に驚きの表情を向けている。
「まさかまたあんたと会えるとはな。寝るとか言ってたんじゃないのか?」
『しばしの自由行動だ。また眠りにつくだけだ』
「さっき言っていた『人が持つモノじゃない』って、あれはなんだ?」
『あれは【レントゥスの心臓】・・・要は呪いだ』
ケイが地面に落ちているを指さすと、黒狼は即座に答える。
【レントゥスの心臓】は古代に存在していた秘術の一つで、生物を異形の姿にしてしまう呪いの様なものだと述べる。あくまでも黒狼が過去の歴史の記憶の一端を垣間見ただけなので、正式になんのためなのかはわからないそうだ。
「で、黒い騎士は何故あぁなったんだ?」
『実験だろうな』
「実験?」
『我が見た記憶には、お前の持っている腕輪の持ち主が行っていた』
ケイが左腕にしていた腕輪を見る。
そういえば黒い騎士の戦闘で服や防具が溶けてなくなったが、自分の身体とこの腕輪だけは元のままだったことを思い出した。そうなると、レントゥスの心臓の儀式を行ったのはアスル・カディーム人ということになる。
しかしここで疑問が残る。
エストアの塔復元の際に見た黒い騎士は、アレグロの言った父親ということになるが、この人物とは同一人物なのだろうか?そして何故彼は実験であのような姿になったのだろうかと。
『それにお前は歴史に魅入られた』
「俺が?」
『いや・・・世界が、だ』
「謎かけは専門外だ」
ケイが口を尖らせて言うと、黒狼は愉快そうに笑みを浮かべて笑い声を上げる。
ひとしきり笑うと、黒狼の両眼がまたケイ達を捉える。
ケイは言いたいことがいくらでもあったが、みんなが居る手前では下手なことは言えない。そんなケイを他所に黒狼は、レントゥスの心臓を器用に牙ですくい取ると、ぱくりと飲み込んでしまった。黒狼曰くそこに存在するだけで第二、第三の犠牲者が出ると可能性を示唆した。それを表に出さないようにとのことなのだろう。
「ケイさーん!テジオラさーん!」
遠くからナットとバナッシェの呼ぶ声が聞こえたかと思うと、ケイ達のところに駆けて来た。二人は黒狼の姿を見ると一瞬止まったかと思った後、バナッシェが腰にぶら下げている武器を手に取ろうとした。
「バナッシェ大丈夫だ」
「えっ?」
「どうやらケイと知り合いらしい」
テジオラがケイと黒狼のやりとりを邪魔しないよう制すると、バナッシェがそれを感じ取りその手を下げる。
『その様子では、少年には会えたようだな』
「まぁな。ナットの夢に出てきたのはあんただろう?」
『一時的な精神関与をしたまでだ』
「なんかやり方露骨なんだよな~」
『くくくっ・・・気にするな。それにこれからは少年にも関係はなくはないのだろう?』
黒狼はそう言うと、その目をナットに向けた。
ナットはケイとの共通の秘め事を持っているため、互いの言っている意味は理解出来る。ケイが左後方にいるナットをみると、わずかだが戸惑っている表情をしているのが見て取れる。その横にいるテジオラとバナッシェも、何かを感じ取ったのだろうナットと黒狼を交互に見ていた。
それにケイの位置からは右後ろに居る五人の姿は見えないのだが、恐らくテジオラとバナッシェと同じ反応をしているのだろうと推測する。
『お前達にはすまないとは思っている・・・どうかよろしく頼む』
そう言い残すと黒狼の姿は徐々に闇に消え、最後には完全に姿を消した。
正直、気まずいとケイは思った。
背中越しに五人のいつもとは違う気配を感じるからである。目の前にいるテジオラとバナッシェもナットを方を見つめているが、ナットはケイを見て困った表情を浮かべている。
「・・・はぁ。ケイ、聞きたいことはいくつもあるが、とりあえず町へ戻ろう」
その場の空気を変えるため、アダムが提案をした。
いつまでもここにいるわけにはいかず、ケイがそれに頷くとナット達を連れて一同は港町・レベノに戻ることにした。
無事にナット達を見つけたケイ達は、港町レベノに戻ることにした。
次回の更新は12/4(水)です。




