100、ナットと女神像
今回で100話目です。
五つ目の女神像にGO!
「アンタがナットか?」
「はい、僕がナットです。なんのご用でしょうか?」
ケイ達はナットと名乗った少年に自分たちのことを話し、魔導航海士のダットからナットのことを聞いたと説明した。そういうとダットとはあぁと頷き、以前港町で会った人のことかと言った。彼曰く、仲間思いで面倒見のいい豪快な人だと思ったそうだ。この発言を聞き、ダットの名誉のためにケイ達に出会った当初のことは伏せておいた。
そして彼に女神像のことを聞くと、目的の物かはわかりませんが見たことがありますと返ってくる。
「で、その女神像の場所を教えてほしいんだが?」
「それでしたら、スル大森林を南に行った先にある岬です」
「スル大森林?」
「ヴノ山がある森全体のことです」
スル大森林は、港町レベノから南に出てすぐの場所にある。
中央の島の三分の二がスレ大森林で、中央からやや南にヴノ山がある。
元々ある自然をなるべくそのまま残す島の方針のため、北側の平地を町として発展させていたそうだ。
ケイは鞄から地図を取り出すとローテーブルの上に広げ、位置を確認してもらうことにした。
ナットがここと指し示したのはレベノから真逆の最南端に位置し、そこに行くまでには大森林を突っ切るか島の外側にそって歩いて向かうしかないのだそうだ。
当然、アダム達は島の外側から歩いて向かう方が時間はかかるが、安全であると考えていた。しかしケイが、魔物との接触のリスクを考えずに「突っ切った方が早い!」と言い切った。
もちろんこの発言に、ナットの一家は唖然とした表情をする。
大森林には他の大陸にはいない魔物も数多く存在するため、地元の人でもあまり踏み入れることはないらしく、たまに冒険者が素材採取の時に訪れるぐらいで奥地に行く者などないに等しい。
「えっと・・・大森林の魔物は冒険者でも苦戦すると思いますが?」
「回りくどいことは苦手だし問題はない!」
「ケイは、言っても聞かないから諦めてるの」
「まぁ、ケイ様なら当然そういうわね!」
困り顔のナットに、シンシアとアレグロが対照的な返事を返す。
正直、レッドボアを素手で倒す時点で心配する要素はないのだが、事情の知らない一家にとってはケイ達の行動は自殺行為に近い状態で映っていることだろう。
「それでしたら僕も一緒に行ってもいいですか?」
「え?なんでだ?」
「スル大森林は魔物のこともありますが地形が少し特殊でして、いろいろな地形が一つに集まった場所なので、目的の場所に向かうには少し時間がかかるんです」
どうやら大森林は六つの地帯で形成されており、そこには毒沼や底なし沼、はたまた地面にできた奈落まで存在するのだという。そんなスリル溢れる大森林にケイは興味を示したが、アダムとシンシアに止められたのはいうまでもない。
それに以前行ったことのあるナットは、比較的向かいやすいルートを知っていると話した。
「南の岬まではどのぐらいなんだい?」
「直進で向かえば最短でも片道半日ぐらいで、島の外側の場合は片道でも一日かかると思います」
「結構距離があるんだな」
「でも、大森林を通過するというのに比較的向かいやすい道なんてあるのかい?」
「それは僕に任せてください!」
アダムの問いにナットが肯定を示すと、直進でも半日というのに通りやすい道筋などあるのかと疑問に思う。
しかし彼自身そこは任せてくださいと胸を張って答える。
そこは彼にに任せるしかない。
「ナット、本当に行くのかい?」
「あなたったら、ナットは男の子ですよ。大丈夫ですって」
「父さん、ナットだって来年で成人だよ?少しは信頼してあげなきゃ」
夫婦親子の会話が辛辣なのは気のせいだろうか?
聞けば、ナットはこの間14才になったばかりだという。
コボルト族のわりには少し大きいなと感じていたが、生まれた時から同じ年の親戚の子より一回り大きかったらしい。
事実ナットの身長はシンシアと同じぐらいで、将来的にはテジオラぐらい大きくなるのではと近所では話題になっていたこともあったそうだ。
「じゃあ、父さん、母さん、兄さん、行ってきます」
「わかった。気をつけて行くんだよ」
「おにぎりを作ったから、お腹が空いたら食べるのよ」
「母さんいつの間に・・・ナット、とにかく無理しないで危なくなったら逃げるんだ」
「わかってるよ!」
「それではナット君をお預かりします」
「ナットのことをよろしくお願いします」
善は急げと言わんばかりにケイ達が南の岬に向かおうとすると、トリーヤから人数分の弁当を渡される。
ナットが出かける準備をしている間に作ったにしては手際が良すぎるのだが、良くあることらしくナットもパースもいつ作っているのかは知らないそうだ。
ちなみに中身はおにぎりで、この世界にも米があることがケイには意外だった。
異世界に渡ったきり食事はパンと肉と魚と野菜が多かったため、トリーヤのおにぎりが素直に嬉しかった。
彼女から手作りおにぎりを受け取ると、目的の南の岬に向かうことにした。
ナットの住む北東の島から桟橋で中央の島まで戻ってくると、レベノの南口からスル大森林に向かうことにした。
向かうと言っても、南口と大森林は目と鼻の先ぐらい近い。
ナットは、まずはこのままヴノ山の方に向かいましょうと言った。
なぜかと首を傾げると、友達が送ってくれると思いますと語る。友達とは?と思っていたが行けばわかることなので、あえて言及はしなかった。
スル大森林をヴノ山がある方向に進んでいく。
その道中で、見たこともない色の鳥の群や殻付き木の実をそのまま頬張るゴリラのような動物に高速で大森林を走り去るキリンの様な首長の魔物など、まるでなにかのテーマパークを思わせるようなものに次々と遭遇する。
「ここは本当に個性的だな」
「スル大森林は太古の昔からある場所なのですが、全容は未だに解明されていないそうです。まぁ他の大陸から来た人達は同じような感想を持ちますけどね」
スル大森林の魔物は、基本的にこちらからアクションを起こさない限り襲うことはないそうなので、それが唯一の救いだろう。
日がだいぶ西に傾いてきた頃、ヴノ山の麓までやって来たケイ達はナットに少し待ってほしいと言われて立ち止まった。
「ナット、その友達ってヴノ山にいるのか?」
「はい。今、呼びますね」
そう言うと、ナットは山に向かって指笛を吹いた。
ナットが吹いた指笛は山に木霊し、少し間を置いてからヴノ山の上空から数羽の鳥のようなものが飛来してくるのが見えた。目をよくこらして見ると、全身青色の鳥のようだった。
「あれはバニューボだな」
「バニューボ?」
「ヴノ山に生息している野生の鳥だよ。たしかニューボは獣人族の言葉で『空』を示しているらしい」
レイブンの説明に納得していると、こちらにやって来た鳥は全身が空のような青色をしている。六羽のバニューボはケイ達の前に着地すると、間近で見ると全長が1.8mと意外と大きいことがわかる。
彼らはナットを見つけるやいなや一気に飛びかかり、もみくちゃにされる姿にシンシアが助けなくてもいいのかと言ってきたが、一種の愛情表現なのだろうと静観する。
しばらくして、バニューボ達は満足したのかナットから離れた。
彼らのおかげでボサボサになった髪を直してからナットが話しかける。
おそらく彼らに乗って南の岬まで向かうのだろう。
ケイが耳を澄ませるとこんな会話が聞こえてくる。
「実は彼らを南の岬まで乗せていってほしいんだ」
『ナット、彼らは人間だよ?大丈夫なの?』
「話したところ悪い人でもなさそうだし、困っている様子だったからお願いできないかな?」
ナットの言葉にバニューボ達はどうしようと互いに顔を見合わせる。
「お前らが人間嫌いでも構わない。片道だけでもいいし、乗せたくなければしなくていい」
ケイが間に入ると、まさか言葉がわかるのかナットもバニューボ達も驚いた表情を見せる。
「え?ケイさんは彼らの言葉がわかるの?」
「生きもんなら大体わかる」
『そんな人間もいるんだね~』
『それなら乗せてあげようよ』
『僕らの言葉がわかるなら悪い人じゃないよ!』
どうやらバニューボ達の間で結論が出たようだ。
彼らはケイ達を南の岬まで乗せることを了承した。
六羽いるバニューボにそれぞれ乗るが、人数の関係でナットとケイが一緒に乗ることになった。
『それじゃあ、いくよぉ!!!』
その合図でバニューボ達は助走をつけて走り出すと、翼を広げて大空へと飛び立った。
眼下に広がるスル大森林を颯爽と飛び立つと、意外と速いことがわかる。
ナットに尋ねると彼らはヴノ山を生息地とし、外敵から身を守る手段としていざという時に、すぐに逃げられるようにと本来備わっている野性の行動をとるような話を聞くことができた。
しばらくすると南の岬らしき場所が遠くに見えてきた。
ヴノ山に到着した時には日がだいぶ西を向いていたので、ケイ達が岬に着いた頃には夕日が海を反射して辺り一面が赤い色を醸し出していた。
「あそこです!」
「結構速かったな」
「彼らは鳥類の中でも速い部類なので、そのせいだと思います」
岬に近づくとバニューボ達は高度を落とし、着陸態勢を取る。
南の岬に到着するとバニューボから下り、海の方を向いている女神像の元へと向かう。五つ目の女神像の後には何があるのか?とはやる気持ちを抑え、鞄から蒼いペンダントを取り出し近づけた。
光が淡く形成し、雫がペンダントに吸い込まれる。
しかしいつもならここで光が収まるのだが、今回は五つ目ということで様子が少し違った。ペンダントに吸い込まれた光が再度光り出し、辺り一面を照らすほど輝き始める。
「ケイ!大丈夫なの!?」
「さぁ、こればかりはわかんねぇな」
シンシアが問いかけてくるが、ケイもわからないため答えようがない。
目を開けられないほど強い光に包まれると、ケイ達は思わず目を閉じた。
一瞬、意識が途切れた感覚がした。
ケイが目を開けると、なぜかシンシア達の姿がなくケイ一人である。
辺りを見回すと、大森林の方から見慣れない大人数の人の姿と声が聞こえてくる。
彼らはこちらに向かって来るが姿が見えないのかケイには反応せず、しきりに海の方を指さして何かを叫んでいる。言葉が違うのか意味はわからないが、状況的に怒鳴っている声と怯えている声などが交錯していることは理解出来る。
ケイが海の方を振り返ると先ほどまで見ていた夕日ではなく、赤い海と赤黒い空が見えた。また、沿岸には見たこともない巨大な黒船が何隻も横並びになっている。
「なんだあれ・・・」
この世界に似つかわしくない状況に理解が及ばない。
まるでこれから戦争が始まるような雰囲気だ。
ケイの想いが的中したのか、こちらにいる人々は岬から様々な魔法を発動させ、船を撃退している様子を見せている。しかし船は一隻も傷つけることも落とすこともできずにいた。
魔法の嵐が一段落したタイミングで、大きな衝撃音が辺りに響き渡った。
船の方から黒い球体の様なものが何発も飛来してくるところが見える。
まるで映画でしか見たことがない光景に、ケイはただ呆然とそれを見ていた。
そして黒い球体のひとつが岬めがけて飛んでくる寸前で、またケイの意識がぷつりと途切れた。
ケイの見た光景は一体なんだったのでしょうか?
次回の更新は11/22(金)です。




