8、ガレット村(前)
題して、ガレット村ミステリー劇場(前編)
「ケイ、俺とパーティを組んでくれないか?」
翌日、朝食時の宿屋にアダムが現れると、開口一番にケイに伝えた。
「どうした急に?」
「さすがに昨日の魔法の威力は異常だ。正直低ランクが高威力の魔法を使用するとわかったら絡まれかねないぞ。それに犠牲者を増やしてはいけない・・・」
最後の方は自分に言い聞かせるような言い方だったため、ケイの耳には届かなかった。
「何を言ってんのかわかんねぇんだけど?」
「とにかくこれは決定だ!」
アダムは、勢いよくテーブルを叩きつけながら立ち上がった。
他の客が何事かと振り返るが、二人はそれに気づかない。
必死の形相にケイは二つ返事で了承するしかなかった。
パーティ登録のため、さっそく二人はギルドに向かった。
「本当によろしいんですか?」
「構わない、パーティ登録を頼む」
ミーアが再度確認の言葉をかけ、アダムが返す。
「わ、わかりました。ギルドカードの提示をお願いします」
ケイとアダムがカードの提示をする。
「登録いたしますので、少しお待ちください」
ミーアがカードを手に作業を開始する。
ケイは、登録できるまで依頼を見ようと掲示板に近づいた。
『畑が荒らされるため、その原因を特定してください。
依頼主:ガレット村村長 ガシム 報酬 1.000ダリ』
ケイは、掲示板の中に妙な依頼を見つけた。
「なぁこの依頼、農作物を荒らすって動物かなんか?」
その依頼書を手にケイが受付まで戻ってくる。
「それが少し違うみたいなんです」
登録を終えたミーアが二人にカードを返しながら簡単に説明をしてくれた。
「依頼者の話によると、三日前から畑の野菜を掘り起こされた形で荒らされていたそうです」
「村の人間がやったとか?」
アダムが聞き返す。
「可能性はなくはないのですが、それが畑のいたるところで見つかるため、気味が悪いそうでなんとかしてほしい、と」
心配そうにミーアが答える。
「この依頼ランクが書いてないけど、俺らでもいけるのか?」
「特に指定もされていないようでしたので可能かと」
「じゃあこれ受ける」
ケイが手渡すと、ミーアはアダムの方を向いて判断を促した。
「俺も異論はないから手続きを進めてくれ」
アダムが答えるとミーアは依頼受理のための手続きを行った。
エバ山に沿って半日ほど北西に進んでいくと、のどかな田舎の風景が見えた。
ガレット村は、アーベンから北西に位置している村で、村民50人ほどの小さな村は主に農家を営んでいた。
村に着くと、たまたま洗濯物を干していた女性から村長の家の場所を聞きそこに向かう。
教えてもらった場所に着くと、村の中央にある赤い屋根の家が建っていた。
「はい、どちらさまでしょう?」
家から出てきたのは、20代くらいの若い男だった。
「冒険者ギルドの依頼で来ました。村長のガシムさんに取り次いで頂きたいのですが?」
「父の依頼を受けた方ですね!どうぞお入りください」
アダムが伝えると若い男が二人を室内まで案内した。
室内は木造の家具が置いてある質素な内装で、リビングに通された二人は、そこで白髪で年配の男性と対面した。
四人用のテーブルに村長と若い男、反対にケイとアダムが座る。
若い女性がケイとアダムの前に、お茶が入った木のコップが置いた。
「ガレット村の村長をしておりますガシムと申します」
ガシムがお辞儀をした。
「それと、息子のハンスとその嫁のナンシーです」
ガシムから若い二人の紹介を受けると、アダムはさっそく依頼について話を切り出した。
「畑が荒らされているという依頼の件なんですが?」
「はい。三日ほど前から掘り起こされる形で荒らされていまして・・・」
「荒らされた畑の規模は?」
「全部で4ヶ所で、東側にある隣家のダン夫婦の畑に南側にある息子の畑とマーサの畑、西側のドラン夫婦の畑になります。
北側にも畑はございますが、幸い被害はなかったそうです」
そうガシムが説明をした。
その後二人はハンスの案内で、被害に遭った畑を見て回ることにした。
まずケイとアダムは、ハンスの案内で東側のダン夫婦の畑に向かった。
畑に到着すると、日に焼けた肌の男が割れた野菜を袋に入れているところだった。
「おぉ、ハンスじゃねぇか?」
「ダンさんこんにちは。やっぱり片付けですか?」
「そうなんだよ。ウチはそれほどでもねぇけど、キャベツやスーカを育ててただけにさ~」
ダンが肩を落とした。
【スーカ】丸い形をした黄色と黒の縞模様の野菜。見た目と味は日本で言うところスイカに近い。大きさはスイカの小玉ぐらい。
「というか、隣の後ろの二人は誰だ?」
その問いにハンスは、ケイとアダムは依頼のために来た冒険者と紹介した。
「まぁどうでもいいけどよ~なんとかしてくれねぇと畑のモンがなくなっちまう」
「な~この野菜って、他のも同じ状態だった?」
ダンの隣で、ケイが袋を開けてスーカとキャベツを手に持っていた。
スーカとキャベツの重量は体感的には2~3㎏ほどあった。
「いや割れていたり、引きずられていたり・・・ってあんたなにやってんだ!せっかく片付けたってぇのに!」
案の定叱られた。
次に南側ハンスの畑とマーサの畑にやってきた。
「ここは私の畑です。トマトとキュウカムバを育てていました」
【キュウカムバ】細長くて黄緑色の野菜。日本のキュウリに近い。
掘り返されていた土は、すでに片付けられていたが畑に植えられていたであろう野菜が所々でなくなっていた。
「他には、もともと植えた数が少なかったのですが、始めて育てたジャガイモもありました。全て掘り尽くされていましたけど」
ハンスはそう言うと残念そうに目を伏せた。
「ハンス兄ちゃぁぁぁん!!」
道を挟んで反対側の畑から、少年が走り掛けてきた。
「やぁ。エル、どうしたんだい?」
「どうしたんだい?じゃないよ!今日こそ捕まえてくれるんだろう!?」
エルと呼ばれた少年はハンスに憤慨していた。
「ハンスさん、この子は?」
アダムの問いにハンスが答える。
「この子はマーサさんの息子のエルです。彼女の畑は道を挟んだ反対側にあります」
「兄ちゃん達は誰?」
ハンスがケイとアダムを紹介すると、少年は二人に対して『絶対に捕まえて』と懇願した。
「妹の育てていたイチゴまで取られたんだ!絶対に許さない!」
と、エルは誓いをたてた。
道の反対側の畑に向かうと、畑の端で女の子が泣いていた。
「キャロル」
「ハンスお兄ちゃ~ん」
キャロルと呼ばれた少女が駆け寄ると、ハンスは幼い少女に合わせるようにしゃがんだ。
「ハンスお兄ちゃ~ん、またいちご取られちゃった」
畑の端に置いてある大きな鉢にはイチゴがなっていた。
しかし、大多数あったであろう赤い部分が取られ、緑の実と赤くなる前の実しか残っていなかった。
「あぁハンスかい?」
家の中から女性が出てきた。
「マーサさん」
ハンスの声にキャロルが反応すると、母親にだっこをせがんだ。
それをマーサが抱き上げる。
「あれ?あんた達も一緒なのかい?」
マーサがケイとアダムに声を掛けた。
というのも、村に着いた際、道を尋ねた女性がマーサだったからだ。
ハンスは紹介がてら説明をすると納得してくれた。
「キャロルちゃんのイチゴはもしかして全部・・・」
「いや~家族で食べようと、小さい鉢の二つは家の中に入れたから無事だけど、大きい方はね・・・」
言いづらそうに言葉を濁した。
「あとは畑に植えてたピーナッツとにんじんもやられたよ。旦那の残した畑にこんなことがあったなんて顔向けできないねぇ」
マーサは夫を早くに亡くし、女手一つで二人の子供を育てていると話してくれた。
マーサの畑を後にした三人は、最後に西側にあるドラン夫婦の畑に向かった。
「サラさん!」
「あら、ハンスじゃない!」
年配の女性が振り返った。
サラと呼ばれた女性は、家の側でじょうろを持ち、鉢に水をあげているところだった。
「今日はどうしたの?ドランならいつもの通りゼントのところに行っているけど?」
ハンスは二人に、ドランは週に二度、元・鍛冶職人のゼントに刃物を研いでもらっていることを話した。
「サラさん実は・・・」
ハンスが説明をすると、あらあらといいながらふんわりと笑った。
「畑荒らしの依頼を受けたアダムといいます。そしてこちらは・・・」
と、横のケイを見たがそこにはおらず。
「ねぇ、これってハーブ?」
先ほどまでサラが水をあげていた鉢をのぞき込んでいた。
「えぇ。趣味でハーブを育てていてね。左からカモミール・セージ・シナモン・マルベリーを育てているわ」
ニコニコ顔のサラが説明をしてくれた。
「おや?お客さんかい?」
談笑をしている間に、家主らしき年配の男性が帰宅してきた。
彼がドランである。
ハンスがドランに説明をすると、被害にあったことを話してくれた。
「うちは畑というより果樹園で、主にリンゴ・オレン・グレープを栽培しているよ」
【オレン】 オレンジ
【グレープ】ブドウ
「その手に持っているモンって何?」
ケイがドランの手に握られている物を指した。
「これは実と枝を切り離すために特注で作って貰ったナイフだよ」
ドランがそう言うと、ケイに手渡して見せた。
刃物の全長は60cmほどで柄の部分が長く、刃先は丸く刃渡りは短いが片面は鋭い仕様になっている。
「以前はのこぎりで切ってだけど、枝の先がギザギザだったり実を傷つけてしまっていたから、スパッと切れるようにゼントに頼んで作って貰ったんだ」
「果樹園の被害状況はどんな感じですか?」
アダムがドランに聞いた。
「下に実がなっていたリンゴやオレンは少し取られたね。家側にあるグレープはリンゴやオレンよりは取られていない。あと、上の部分が丸々残っていたから鳥ではないことは間違いないのだけど・・・」
「じゃあ、この刃物って今週何回研いで貰った?」
ケイが続くように質問をした。
「普通週二回。今回は今週だけで三回も研いで貰ったんだよ」
「それっていつもどこに?」
「すぐ使えるように、玄関の外に立てかけているよ」
「回数が増えたのは、荒らされる前?後?」
「後だね」
よほど大事にしているのかドランはため息をついた。
「しかしわからないな~」
「犯人の目星もつかなそうですし・・・」
全ての住人に話を来たが、アダムとハンスはいまいち犯人の姿が見えなかった。
「とりあえず一旦戻りましょう」
ハンスの提案にアダムは了承し、村長の家に戻ろうとした。
「俺、散歩してくる」
「お、おいケイ!待て!」
突如別行動宣言をしたケイは、アダムの制止も聞かずふらっとどこかに立ち去ってしまった。
前後編を書くのに、リアルで三日かかりました。