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もう死ぬ気で逃げた

 成人の儀を祝う祭りも無事に終わり、その翌日に俺は村を出て王都へと向かうことになった。村を訪れていた商人の馬車に乗せてもらう事ができたのは本当に助かった。


 それから五日ほどが過ぎたころ、中継地点の港町が見える場所まで到達。


 途中で凶暴な魔物や野生動物に襲われやしないかドキドキしていたけど、さすがは商人が雇った護衛の冒険者達は手慣れた対応で、遭遇する魔物や動物はまたたく間に片付けてしまった。


 せっかくの魔物だし、父さんからもらった剣のサビに――ごめん、嘘だ。


 記憶に目覚めてから毎日身体を鍛えてはいたけど、龍神の加護の効果がすごかったのか実はこの歳になるまで一回も魔物と戦ったことはないんだ。


 できれば騎士団で鍛えてもらって十分に戦えるって自信がつくまでは、このまま戦わずにすめばいいなあ、なんて思っていたりする。


 何気に転生してから初めて遭遇する魔物達だったけど、思ったよりも恐ろしいと思うようなことはなかったんだよな。なんでだろ?


 さて、それはそうとして王都へ向かっているはずの俺がなんで港町へと向かっているのか。


 実は俺が住んでいた村と王都は地続きではあるんだけど、間には大きな山脈がそびえ立っているからだ。


 その名も霊峰シルケト。神獣が住んでいるとか神様が住んでいるとか言われている曰く付きの山だ。神様が居たら世界が崩壊するらしいから、神様が住んでいないことは確定だけどね。


 この山を直接越えるのは慣れていない人には難しいので、この港町から海路で迂回して霊峰の向こう側に行くのが一般的なルートになっているらしい。


 霊峰にトンネルでも掘れば流通事情も大きく変わるんだろうけど、かなり罰当たりだし王都から見てこちら側にはそれほど旨味もないから難しいと思う。


 俺が住んでいた村が千年王国予備軍だったりすることが知られるようなことがあれば、事情はまた変わってくるのかもしれない。言わないけど。


「――本当にここで良かったのかい? もともと私達が同行できるのは港町までだけど、そこまでは送る事ができるんだよ?」

「心配していただいてありがとうございます。実はこの辺りでちょっとやりたいことがあるんですよ」

「そうか、あまり無理はしないようにね。この辺りは多少時間が遅くなっても安全だと思うけど、あまり遅くなると町に入れなくなるかもしれないから早めにね」

「はい、ありがとうございます。それではお世話になりました」


 馬車を降りて商人さんや護衛の冒険者たちに挨拶をして別れた。


 さて、実は用事って言っても大した事は考えていなかったりする。


 馬車から遠目に見たときに、港町に着く少し手前のあたりに小さい砂浜を見つけたので、街道を少しだけそれて海岸へと向かうことにしたってだけの話。


 せっかくこの異世界ではじめて海を見るんだ。やっぱり実物を近くで見たいよね。


 転生前は日本に住んでいたのだから、決して海がもの珍しいってわけじゃない。だけど、やっぱり十五年も海を見ていないと、こう感慨深いものがあるなあ。


 街道から離れて浜辺へと足を踏み入れる。そうして波打ち際まで歩み寄って、目の前に広がる雄大な海をしっかりと見る。


「おお、やっぱりきれいだなあ……。海水もいい具合に冷たいから危険がなければ泳ぎたくなってくるくらいだよ」


 東京にはこんなに綺麗な海は無い。日本でも探せばきれいな海はあるだろうけど、俺は見たことがないからその範囲での比較に過ぎないけどね。


 まあ、この世界は工業的な発展はしていないから海水を汚す要素なんてあるわけないか。


「それにしても港町のわりには船がどこにも見当たらないなあ、本当に何も見当たらない。でも海、か……。海ってなるとやっぱりあれをチャレンジしてみたくなるなあ」 


 あれって、何? って思うかもしれないけど、せっかく目の前に海があるんだから俺がやることは一つだよね。


 転生する時、龍神シャリオノーラはこう言ってた。【山は砕けるし海も割れるぞ】ってさ。


 普通に考えれば俺の細腕でそんなことができるわけがない。


 だから完全に信じているわけではないけど、あんなに刺激的なことを言われたならチャレンジしたいと思うのは健全な反応だよね。


 山を砕くって売り文句も気にはなるけど、身近な山はあの霊峰だけだし、さすがに万が一砕けてしまったら大変なことになる。


 その点、海なら割れても元に戻る。多少は影響があるかも知れないけど山よりは深刻ではないと思うしね。


「よしっ、思い立ったが吉日だ!」


 鞘から剣を抜き放つと、太陽の光が刃に反射してちょっとだけ眩しい。さすが父さんだ。良い仕事しているなあ。


 抜いた剣を両手で握り、剣道のように正面に構える。しっかりとした構え方は誰にも習っていないので、この我流の構えが本当にあっているのかはわからない。


 スイカ割りの要領で上段に構えた剣を振り下ろすと砂浜に剣が突き刺さる。


「海よ割れろ! ……なんちゃってな。って、あーー!!? け、剣が折れた!?」


 嘘、なんで!? もらったばかりの新品なのに……。


 慌てて剣先を拾って断面を見る。……ダメだ、ポッキリと折れてる。


 大事に使おうと思ってたのに、まさか一振りでこんなことに……ってうるさいな!?


 落ち込む俺の耳に届くやかましい騒音に顔を上げると、そこには驚くような光景が広がっていた。


「………………嘘だろ?」


 なんと俺の立つこの場所からはるか遠くまで、ゴゴゴゴとか言いながら海が割れていくところだった。


 ……本当に割れてるよ。昔に映画で見たモーゼの十戒みたいにさ。すっげえ迫力だ。


 そして海が割れていった先に、何やら白い大きなイカぽいものが見えて――ズバッと真っ二つになって裂ける流れに飲まれていった。……でかかったな、なんだあれ?


 あまりの出来事にしばらく呆然と見つめていると、今度は遠くの方から左右の断面が崩れて海水が流れ込み始める。


 流れ込んだ水流はどんどんと大きな濁流となっていく。あれ、これもしかして……。


 うん、これあかんやつだ。


「うおおおお、やばい!? 死ぬ、死ぬ!!」


 逃げた。もう死ぬ気で逃げた。


 かなり離れた小高い丘まで到達してから振り向くと、さっきまで俺が立っていた場所にものすごい量の海水が濁流のように押し寄せていた。


 ……あれ、でも砂浜よりは上がってこないのか。いったいどういう仕組みなんだ?


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