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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢現の坊主、仏法力(物理)で異世界無双

 寺院というのは全体に静謐な雰囲気に満たされているものなのだが、なかでも師走の時期は格別だ。その緊張感は他の季節の比ではなく……ことに十二月に入って七日を数える今は、修行僧が起居する僧堂は痛いほどに張りつめた緊張感を漂わせている。一年の中でも最も重大な修行、臘八大接心(ろうほつおおぜっしん)が佳境を迎えているのだ。

 七晩八日を一日に例え、ブッダが悟りを開いた一夜を追体験する大事な行事。この修行は時に死者が出るともいわれるほど厳しい荒行になる。横になって眠る事さえ許されない不断の修行ゆえ、後半になれば心身の疲労に加えて幻覚にも悩まされる。修行に励む雲水(しゅぎょうそう)にとって、この正味七日間は一年で最も過酷で気の抜けない日々と言ってよいだろう。


「清延や」

 わずかな休憩時間。東司(トイレ)から僧房へ戻りかけた若い僧侶は呼び止める声に振り返り、丁寧に腰を折った。

「老師、いかがされましたか?」

 青年の問いに、雲水を指導する僧堂の責任者は朗らかに笑いながら手を横に振った。

「いやいや、用というほどのことでもないが。おまえは今年で四回目であったかな?」

「はい、おかげさまで大過なく勤めさせていただいております」

 清延の首肯に老師も頷いた。

「三年で山を下りる者が多い中、さらに修行を続ける心意気は儂も大変心強い。ただ、何度も乗り越えて初心の緊張がほぐれてくる頃合いでもある。大接心の最中に言う話ではないが、身体の声を聞かずに無理を重ねるでないぞ?」

 ひょうげた喋り方ではあるが、口調の端々に弟子を真に心配する親心が見え隠れする。老師の気遣いに青年も、疲労の色が濃い相貌に笑顔を浮かべて頭を下げた。

「ありがとうございます。拙僧はまだまだ大丈夫、明朝の鶏鳴まで充分持ちこたえて見せます」

「ふむ、そうか。ま、気張るでないぞ?」

「ははっ」

 歩み去る青年僧の背中を見ながら、老師はヤギ髭をしごいた。

「……平静に見えて、気負い過ぎるから心配なんだがの」




 清延はふと、腕や肩に感じる熱に気がついた。

(暑い?)

 まるで真夏の昼に外で日光に当たっているかのようだ。墨染めの雲水衣が熱を持っている。

 僧堂は山中にある日本建築で、市街地よりよほど冷え込みが酷い。今年は風も強く、積もりはしなかったが昨日は初雪も降っている。現に先ほど最後の夜食を取った時には、甘酒を飲んでいる間も指がかじかんで仕方がなかった。

 さらに。

 意識が瞑想から浮き上がると同時に、周囲で大きな悲鳴や怒号が次々に上がるのが耳に入ってきた。無視できない音の嵐に清延が半眼の目を開いて周りを見回せば。


 燦々と陽の光が降り注ぐ良く晴れた空の下、道端の石の上に清延は座っていた。

 足元からその先へ続く道は登山道のように細く、土が剥き出しになった未舗装の道。しかし見る限りここは田舎とはいえ集落の中。そんな場所でアスファルトもないような村など、寺の近くで見たことがない。よく見れば集落の家々も土や粗い日干しレンガの壁に藁葺きの平屋ばかり。一件二件ならまだしも、二階建てやトタン張りの家が全くないなどありえない。

「これは……いかなることだ?」

 座禅を続けているわけにもいかず、青年僧は石から降りた。

 他に人はと見れば、村人らしい人影があちこちで混乱して走り回っている。その人々がまた……どう見ても日本人では無いのだ。白人のような顔つきだし、喚いている言葉も当然日本語ではない。

 

 どう見てもここは清延のいた僧房ではないし、大接心の最中に自分がどこかへ連れて来られたと考えても気候や景色が今時期の日本ではありえない。となると?

 顎に手を当て、しばし清延は沈思黙考し……一つの結論を得た。

「ふむ、今年の大接心は集中できていたと思っていたが……なるほど、私は遂に三昧境に到達できたのか」

 座禅を組み、心を平らかに瞑想することで至ると言われる無心の境地。僧堂に入って一心に修行すること四年、やっと自分も無我に至れたというのか。

「どのような境地なのか、今まで知る由もなかったが……これは釈尊の故郷、インドの光景と見えるな」

 ブッダの心の原風景ならばインドに決まっている。住民が欧州系に見えるがきっとアーリア人というヤツなのだろう。どちらも始祖が一緒だと聞いたことがある。

 そもそも清延はヨーロッパもインドも行ったことがない。ましてブッダの思い出を見ているのなら二千五百年以上前のインドの風景、生活様式や文化が今とは違うに違いない。そう考えればいかにも日本ではない世界に己が立っていることも納得だ。

 だが、見える景色についてはそれでいいとして……不思議なこともある。

「おかしいな? 我が心が三昧境に遊んでいるとなれば、その境地は明鏡止水の静かなもののはず。なぜ村が、こんなに騒がしいのだろう」

 村人がなぜか慌ただしい。なにやら災害か戦争が起こったみたいな……無心の果てが、どうしてこんなに騒がしいのか……?


 寒さに凍えながら座禅をしていた二十を超えたばかりの修行僧は、ふとはす向かいに座していたはずの先輩がいない事に気がついた。

(トイレに行かれたのだろうか?)

 先ほどの休憩時間にも席を立っていたように思うが……この寒さだ、トイレが近くなってもおかしくない。いや、それともさっきは行かなかったのか? 待て、そもそも今トイレに行く気配も無かった。清延さんは本当に今いないのか? 七日間の徹夜が続いて色々限界が来ている。居ないような気がするのも幻覚かも知れない。そもそも俺は座禅を組みながら、なんで他人のトイレの事ばかり考えているのだ……。

 若僧は気にしないことに決めた。

 



 騒ぎの原因を求めて清延が歩き出した時だった。

 派手な破壊音とともに、集落の周りを囲む木壁が外からいきなり破壊される。何度も打ち付けられる巨大な棍棒のようなもので裂け目は見る間に広げられ、破片を乗り越え侵入者が現れた。

 反り返って雄叫びを上げる侵入者。

「ブフゥゥゥゥゥ!」

 それは人類ではなかった。

 成人男性より頭一つは大きい体躯。肉付きの良い身体はだらしなく弛んだ体型に見えるが、かつてスポーツをやっていた清延は贅肉の下に確かな筋肉が厚く付いているのを見て取った。体毛と呼べるほどのものは無く、顔は厳ついが豚鼻が目立つ。棍棒を振るい、手近の木箱を壊して中身を漁るその姿は醜悪で邪悪そのもの。人語をしゃべる様子もなく、まさに化け物と呼ぶにふさわしい。

 もし清延にファンタジーの知識があれば、あれは“オーク”に違いないと思ったことだろう。だが残念ながら、清延は中高生の時代はSF派だった。


「ふうむ、あれはいったい……?」

 知識に無いものは思い出しようもない。清延はその豚鼻の化け物を観察し考察を重ね……一つの結論に達した。

「なるほど、あれは“マーラ”に違いない」

 ブッダが悟りを得る過程で何度も邪魔をしてきたという悪魔。甘言で誘惑したり、暴力を見せつけ脅迫をして来たりしたという。現代的な考察で言えば、過酷な修行の中で心身の疲労が見せた幻覚ではないかと思われる。

 かくいう清延もこの臘八大接心においては、限界ギリギリの精神状態の中で何度も幻覚を見ている。老師を囲んでマイムマイムを踊る小人さんは毎回出現するし、座禅の最中に伝票を手にしたパンダさんに「セットのラーメンは油そばと酸辣湯麺どちらにしますか」としつこく訊かれたこともある。よくある話だ。

「無心の境地を犯すのは抑えきれぬ醜悪な我欲というわけか、やはり大接心では学ぶことは多いな……む、いかん!」

 得心していると、集落に入り込んだ「マーラ」が棍棒を振り上げているのが見えた。その先には怯えて足がすくんだ二人の子供が……。

「ブフォォォッ!」

「ぐっ……!」

 子供たちに打ち下ろされた棍棒を、ぎりぎりで滑り込んだ清延が受け止めた。走る途中で拾った鍬の柄が、今にも折れそうにミシミシと音を立てる。

「ふぅ、とっさに勢いを合わせて正解だったな。まともに打ち合わせていれば折れたかも知れぬ」

 相手の棍棒に直接叩きつけるのではなく、軽く当ててから負荷をかけて勢いを殺した。武器がこれでは相手の太い棍棒相手には分が悪い。

「ブフォッ」

 化け物も化け物で、棍棒で鍔迫り合いに持ち込む気は無いのだろう。止められたとみるや一旦引いて距離を取り直した。勢いをつけて振り下ろす気だ。

 清延は鍬を正眼に構えた。楽観できる状態ではないが、後ろで震える子供たちを安心させようと努めて明るく声をかける。

「はは、心配するでない。拙僧、これでも中学の時は剣道をやっておってな」

 言葉のわからない相手に理解してはもらえないだろうが、少しでも余裕を感じてもらえたらいい。


 清延が後ろに話しかけているのを「マーラ」は隙と見たらしい。

「ブフゥゥウウウウ!」

 高々と棍棒をかざし、勢いよく突っ込んでくる「マーラ」。だが、それこそが清延の狙った相手の油断だった。

(よしっ!)

 清延も反対に「マーラ」に向けて駆け出し、相手が振り下ろしてくるよりも一拍速く……。

「喝!」

 飛び上がるように自分より背が高い相手へ鍬を振り下ろした。警策を下ろす要領で肩を狙ったが、自分の勢いを読み誤って思い切り額に叩きつけてしまった。

「グフォッ!?」

 化け物は清延の会心の一撃を受けて、脚をもつれさせ、突進が止まり……ドゥっと横倒しに倒れた。

 道場で座禅中に修行仲間の肩を叩くのはよく行っているが、剣術の構えで撃ち込むのは久しぶりで手元がくるってしまった。見た感じ「マーラ」の額が陥没していたり、打ち込んだ瞬間に首が後ろにコキッたりしていたが……まあ、相手は概念世界の悪魔だし問題なかろう。うん、多分警察を呼ばれる事態にはならない筈だ。そう願いたい。

 清延はとりあえず子供を救えたことに安堵し、合掌して御仏に助力を感謝した。




「さて、『マーラ』は倒したが……この子らは何の象徴であろうか?」

 己のインナースペースであるならば、出てくる者すべてに意味があるに違いない。震えながらもお互い支え合って立ち上がる子供たちに手を貸しながら考えていたが、清延は顔を上げて自分が思い違いをしていることに気がついた。

 集落の別の場所に男たちが集まり、板壁の上から外を見て騒いでいる。老人子供を反対側へ逃がそうと女たちが必死に誘導していた。あの様子から見るに、村の危機がまだ去ったわけではないのだ。


 村の男たちに混じって現場に駆け付ける。手に手にエモノを手にした男たちをかき分け、開いた門から外を見た。門の外に仮ごしらえと見える貧弱な防柵があり、その向こうに。

「ブフォォッ!」

「ゴフォォォッ!」

 先ほどの「マーラ」と同じ種類の醜悪な豚顔の悪魔が十数匹、こちらへ棍棒を振りかざしながら向かって来ていた。もうすぐにでも雪崩れ込みそうだが、それを迎え撃つ村の守備は万全とはいいがたい。

 戦ったことなど無いのだろう。こちら側で守りにつく男たちは必死の形相をしてはいるものの膝が震え、今にも虚勢が崩れ去りそうだ。

「なるほど……心の隙を狙う誘惑や我執は強力でしつこく、己を律しようという決意はもろく弱々しい。だが、それを乗り越えねば成道など無しえぬ。この場で怯えて負けてしまえば、それで終わりだ。相手がいかに強力であろうと、悟りを得たければ立ち向かわねば……うむ、“不退転”の決意とはよく言ったものだ」

 だが、立ち向かおうにも相手も団体様となると先ほどのような戦いは無理だろう。だいたいこの鍬では、何度もチャンバラなどできるものではない。

「なにか、こちらも武器になるようなものは……おっ」

 清延は門の傍らに積まれた小石に目を止めた。


 やっと異分子が紛れ込んだことに気がついた村人にわからない言葉で話しかけられながら、清延は拾った小石に般若心経を唱えながら梵字を書き込む。準備を整えた清延は、心配する周囲に安心するようにと笑いかけた。

「なに、拙僧はこれでも高校時代は硬式野球部でな。四番だったのだぞ」

 野球部自体が甲子園を狙えるような学校では無かったことは言わない。古代インド? の住人に野球がわかるかも考えない。

「さて……マーラよ、仏罰を食らえッ!」

 清延は鍬の代わりに見つけた適当な長さの棒を構えると、左手で小石を放り上げた。


「ピギィッ!?」

 今日の獲物に向かって進んでいたオークたちの先頭の一匹が、不意に悲鳴を上げて後ろに倒れた。いきなりのことに周りの仲間たちが足を止めて見下ろすと、彼の眉間に小石が突き刺さって絶命している。

「フギィ?」

 あの村の人間が投げてきたようだが、見た感じ当たっても大したことがなさそうな小さい石だ。それがオークの硬い皮膚をも貫いて頭骨にまで刺さるとは……。

「プゴォッ!?」

 さらに一匹がこめかみに小石を食らって横っ飛びに吹き飛んだ。見れば人間の先頭に出ている変なヤツが棒を振り回し、そのたびに信じられない速さで礫が飛んでくる。

「ブモォォォッ!」

 四匹目が倒れた所で、危機感を覚えたオークたちは走り出した。この村は今まで踏みにじって来た人間どもと何か違う。一気呵成に叩き潰そうと開いている門へ殺到したオークたちだったが……結局、門の前に構える黒いヤツにまで手が届いた者はいなかった。




「ふうっ。なんとかなったようだな」

 ノックをするのもずいぶん久しぶりだが、狙った所へ打ち込む腕はまだ鈍っていなかったようだ。ヒイヒイ言いながら受ける後輩たちが一番イヤな所を選んでかっ飛ばしていたのを懐かしく思い出した清延は、村人たちがまだ警戒を崩していないのに気がついた。

「まだ何かあるのか……うむ、言葉が通じないというのは不便なものだな。大学の時に第二外国語をきちんと習っておけばよかった。しかし我が母校にはヒンディー語は無かったしな……いや、釈尊の時代に現代のヒンディー語は通用するのか?」

 わりとどうでもいいことを清延が考えていると、見張り台に登っているオヤジがけたたましく何かを叫び始めた。周囲も一斉にざわつき始める。

「さて、次はいったい何が出てくるのやら……」


 次に現れた“相手”を見た清延は、出来ればこれで最後だといいが……と思ってしまった。

「ブルゥガァァァアアッ!」

 見た目は今まで相手にしてきた「マーラ」と同じような感じだった。同じような感じだったが……横に立つソレと較べて頭一つ背が高く、横幅も一回り大きい。つまり、人に比べてはるかに大きい。ざっと三m弱か……と清延は目算した。大きさに比例して筋骨隆々と言う感じで、体格も相当に立派だ。もはや木の棒や石礫なんぞでダメージを与えられるとは思えない。

「うーむ、これは本当に“武器”がなければ無理ではなかろうか」

 完全にビビっている周囲の村人に身振り手振りで聞いてみるが、鉈や狩人が使う貧弱な弓ぐらいしか武器になるものがない。

 後ろに生き残りの「マーラ」を二匹従えた「巨大マーラ」は、仲間が軒並み倒れているのも構わず悠々と村に向かって進んでくる。本当に強者なのだろう、肩に担いだ棍棒を素振りするような威嚇もしない。

「しかし……なんとも手詰まりな」

 一斉に襲い掛かっても、農具程度では相手に深手を負わせるまでに全滅してしまう。しかし策を考えているような時間はない。負けるのを承知で戦うか、運を天に任せて逃げるか。その決断をするべき段階にきているのは、浮足立った村人たちの騒めきを聞いていても理解できた。

「一度二度困難を克服しても、まだまだ求道の道のりは長く厳しいということか……」

 清延も現代日本人なので「悪魔に襲われる村」というのは精神世界におけるなんらかの暗喩ではないかと考えているが……それにしても厳しい。

 

(どう立ち向かえばいいのだ……御仏は何を指し示しておられる……?)

 みるみる近づいて来る“デカブツ”を清延が睨んでいると……後ろから幼い声で何か呼びかけられた。

「おや?」

 振り返ると、先ほど一匹目の「マーラ」から庇った少年が何ごとか叫びながら抱えていた包みを差し出してきた。

 言葉はわからない。わからないが、少年の言いたいことはわかる。

「これを使えということですね」

 頷く少年から包みを受け取り、かぶっていた布を取り払う。中から出てきたのは……。

「これは……!」

 鞘を無くしたらしく、剥き身で包まれていた剣。一m近い長さの両刃を持つ剣のその姿は、まさに……

「……不動明王の護法の剣!」

 なかなかの勘違いを続けている清延は剣をありがたく捧げ持ち、三千世界を見通す御仏の慈悲に感謝した。

「ありがとうございます。このような仏宝を貸していただけるとは……信じる者にあまねく救いはあるということなのですね。そしてそれを持って来たのが私が助けに入った少年……うむ、『情けは人の為ならず』と。この清延、身をもって理解致しました」

 清延は剣を一振りすると、腹を決めて立ち上がった。

「御仏のお助けがあったのだ、これで立ち向かうに何の心配もない。あとはあやつめに向かうのに、勢いをつけてぶつかりたいところだが……」

 そうつぶやく清延の前に、手綱が外れてうろうろしている馬がたまたまやってきた。思わず清延は手を伸ばし、馬の首を撫でてやる。

「なんと……釈尊までが出家を助けた愛馬(カンダタ)を貸して下さると!」

「ヒヒン?」

 目の前の人間がなんで喜んでいるかわかっていない馬によじ登り、清延は左手に手綱を掴んで右手に剣をかざした。

 清延があの「巨大マーラ」に突入する気なのを見て取って、驚いた村人が身振り手振りで騎乗は大丈夫かと聞いてきたが。ここまで天界にお膳立てしてもらったのだ、恐れるものなど何もない。

「はは、ご心配召されるな。実は拙僧、高校の後半で膝を壊して試合に出られなくなってしまい、自棄になって“やんちゃ”をしておったことがありましてな」

 スピードの出る乗り物だ、250cc(ニーハン)も馬も大して変わらないだろう。

 清延はいよいよ迫って来た特大級の煩悩(ラスボス)に向かい、馬腹を蹴って飛び出した。


 修行僧がふと気がつくと、はす向かいの座に清延が端然と綺麗な姿勢で座っているのが見えた。深く瞑想に沈んでいるのだろう、口元には満足げな笑みが浮かんでいる。

(うん、やはりその場におられる……見間違いだな)

 さっきのは疲労が見せた幻覚に違いない。とりあえず今目の前で踊っている虹色の魔法少女より些細な話だ。若僧はそちらに意識を持って行かれないように心構えながら、半眼になって座禅を続けた。




 八日の朝が明けた。

 まだ空は真っ暗だけど、寺としてはすでに朝を迎えた事になっている。僧堂の中は難関の臘八大接心を無事終えて、静かな満足感と共に成道会に向けて動き始めていた。

 老師は充実した顔で準備を進めている清延に声をかけた。

「清延、まだまだ意気軒高のようじゃな」

「はい、老師」

 清延は満ち足りた気持ちで頷いた。

「今年の大接心は、ことのほか収穫がございました」

「ほお」

「御仏の御心に、一歩近づけた気が致します」

「ふむ。結構なことじゃの」

 老師は清延がどのあたりに手応えを感じているのかよく判らなかったが、まあそれは人それぞれに感じる事だ。いちいち根掘り葉掘り聞くような話でもない。

 老師は今年も修行僧たちが無事にお勤めを終えたことを喜びながら、僧房を後にし着替えの為に庫裡へと向かった。




 とある村に、不思議な伝説が伝わっている。

 ある年、付近の魔物の移動に押されたオークの小集団に村が襲撃を受けた。村に戦士などはおらず、とても迎え撃つことなどできない。せめての抵抗に必死に籠城の準備をしていた時……村の中に突然見たこともない形の黒衣を着た、禿頭の若者が姿を現した。

 戦士にも魔術師にも見えない彼はその辺に落ちているものを拾うと、ただの農具や小石でオークに立ち向かった。その青年は体格でも腕力でも人間が敵わないオークを次々と一撃で仕留め、なんとたった一人で十数匹を全滅させしまったのだ。

 最後に現れたオークキングにはてこずったが……村の少年が差し出した父親の形見の剣を借りると村で扱いに困っていた暴れ馬にまたがり、恐れず突撃して果敢に戦いオークキングをまたも一人で討ち果たした。

 救われた喜びに沸いた村人たちが気がつくと、すでに黒衣の若者は姿を消していた。後日周辺の村落に聞いても、そのような旅人は見たことがないと言う。

 この村の危難の瞬間にのみ姿を現した異様な風体の青年を、村人たちは神の遣わした化身ではないかと今でも信じている。

一応禅宗を元に書きましたが、我が家は宗派が違いますので細かい所間違っとるかもです。広い心で見てやってください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 座房で三昧になると、異世界に召喚されやすくなるんでしょうかね? 面白かった!
[一言] シリーズ化して読んでみたい作品でした。 若者も主人公も、ものすごい幻覚見てますな(笑)
[一言] 何故何も疑問に思わないww
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