rainy last night
初めての短編小説です
ドキドキしつつ、甘め、でもシリアスな感じに仕上げてみました(*´▽`*)
楽しんでいただけましたら幸いです
昨日の夜は、雨が降っていた。
さぁ…と傘に雫が当たる音、ぽつ、ぽつとアスファルトに当たる音。
「雨、止みませんね」
ふと口にしたその言葉は、あなたへの告白の言葉。
「綺麗な虹がみたいものですね」
あなたはそう返したけれど。
♢♢♢
「雨宮さん」
ふと名前を呼ばれたのは、私。
雨宮しずく、14歳。大人びていると、よく言われる。悪くいえば、生意気。
名前を呼ばれたほうに返事をすれば、そこには晴山くんがいた。
晴山くんは、同い年で、幼なじみ。一緒に生徒会もしている。
小さい頃は、名前で呼び合っていたけれど、いつの間にやらお互い名字で呼ぶようになった。
女子からはそこそこ人気があるから、今も黄色い声援があちらこちらで飛び交っている。
私はため息をついて、ぱたんと本を閉じる。仕方なく彼のほうに行ってみれば、彼は爽やかな笑顔を作って、私に話しかけてくる。
嗚呼、鬱陶しい。
「今日、生徒会で会議するってさ」
「分かった」
かけていた眼鏡をくいと上げて、私はまた返事を返した。黄色い声援を出すような子のように、綺麗に結われたポニーテールがぴょんと飛び跳ねることも無く。
晴山くんは、作り笑いをとかずに女子たちの方に呼ばれる。ああ、疲れてるんだなと横目で見ながら、私はまた教室に戻る。
冷めてるな、と自分でも思う。
「…くもり」
給食の時間まで晴れていた爽やかな雲行きが、段々と怪しくなっていた。真っ白けな雲が薄く広がって、数時間ほったらかしていたら雨が降りそうな。
誰もそんな私に話しかけてくることは無い。
一人は気楽。誰のことも考えなくて済むし、うるさくなって先生に叱られることもない。
私は席に座り直して、机上においておいた本をもう一度開いた。
「しずくちゃん、この資料どうしたらいい?」
誰かに呼ばれた。
私はあなたの先生じゃないわ、と思いながら適当に流す。
友達は要らない。好きな人も居ない。
私はもとより、誰とも関わりたくない。
なのに、どうしてか胸の奥に針を刺されたような、棘が刺さったような痛みを覚えるのは、何故?
「ありがとう」
何もしてない。
資料を入れる場所を教えただけ。
お礼を言われる筋合いはないと思う。
「…あとは、何かある?」
そんなことが言いたいんじゃない。
「あー…じゃあ、これやってもらっていい?」
差し出されたの数十枚に及んでいそうな大量の紙。
自分の仕事も済んでいないのに、どうして安請け合いなんか…
そう思っていると、上からひょいと何枚も紙を持ち上げられた。重量がゼロに著しくなり、質感も持っていないほど薄っぺらいものになった。
誰かと見上げれば、彼がいた。
「手伝うよ」
私はてっきりからかいにきただけだと思っていた。確かに、この人は優しいけれど。
紙を渡してくれた張本人である女子は、晴山の存在にしどろもどろしながら、お願いしますとその場を去った。
生徒会室で、ふたりきり。
「…夜月」
ぽろりと、彼の名前が言葉に出た。
はっとして口を抑えたけれど、もう手遅れ。
彼はもう私の目の前に顔があった。
「しずく?」
吸い込まれそうな瞳に見つめられる。
窓の外には私の顔が映って、私の瞳は夜月の顔が移る。
今、夜月を私は独り占めしている。
ずっと一緒にいたのに、夜月の顔すらわからなくなっていた自分が少し情けなくなる。
「どうした?」
夜月の大きくてたくましい腕が、私より太くて長い指が、手が、私の頭上に乗っかる。
重たくて、あったかい。小さい頃と全然違う。くしゃりと撫でられて、少し頬が赤くなるのを自分で感じる。
「…なんか」
「ん」
「あ………」
二人のときだけ、その時だけ、夜月は私をいつも甘えさせる。甘やかしてくれる。
ほのかに苦くて、嬉しくて。
放課後の開放感溢れる雰囲気から、夜になって生徒会室を出た廊下はなんだか物々しい雰囲気だった。
誰も、いない
そういうのじゃ、ないのに…とまた胸の奥が棘で刺される感覚がする。
綺麗に拭いた眼鏡のレンズが、照明のLEDに反射して眩しい。ポニーテールはぼさぼさになって、ずっと寝ている猫みたい。
私は、いつもこんな無愛想なんだと改めて思う。
「帰ろっか」
夜月はまたそうやってはぐらかして、突き放す。あの仕事を頼んできた女子はとっくに帰ってて、私と夜月だけがいて。
その日の夜は、月が見えなかった。
♢♢♢
「雨宮さん、おはよう」
「おはよう、晴山くん」
いつも通りの挨拶だ。他は、誰も挨拶してくることもなく、いつも通りの日常。
だった、はずだった。
「晴山、付き合うんだってさ」
ふいに、女子の会話が漏れ聞こえた。
夜月が、誰かと付き合う?
信じられないその言葉には、私へのナイフを仕込んだみたいに突き刺さる。
ない、ある訳ない。
あの夜月は、いつも笑って、爽やかで、女の子からモテていて。私の前なら色んな顔を見せてくれる。
そんな夜月が、付き合う?女の子と?
有り得ない。
何の衝動に刈られたかは分からない。不意に椅子から立ち上がった。読んでいた本も閉じた。クラスの女子は、私を見てる。
「あ、いた、雨宮さん!」
ああ、その声は夜月の声。
駆け寄る。彼は不安げな顔をする。
みんな私たちを見てる。
「夜月………」
「どうした?」
言えない、言えるわけない。
こんな訳分からない、もやもやして、不安で、心配で。
俯いて、「何でもない」と返す自分が憎い。
たった一言で感情をかき乱される自分が嫌い。
私はまた椅子に向かって歩く。
座って、本を開く。これで、夜月が私から離れてくれると、嬉しいのに、すごく嫌な気持ちになったのは、心の奥底にしまい込んで、かちりと鍵をかけた。
「………しずく」
「夜月?」
また、胸がざわざわする。
こんなこと、今まで無かったのに。
夜月の身体はこんなに大きかった?
身長同じくらいじゃなかった?
声、もっと高くなかった?
ぐるぐると巡る激情が、彼の言葉を聞こえなくする呪いをかける。
「おい、大丈夫か?」
「……!」
「取り乱すなんて、珍しいな」
あなたのせいじゃない…と言いそうになるのをぐっとこらえた。夜月からしたら、何にもしてないのにはた迷惑だろうから。
ちらりと彼を見れば、にこっと笑って私を見つめる。
「…夜月…」
ふっと名前を零せば、夜月が来てくれる。
それが当たり前だった。のに、今はすごく遠く感じる。
何もかも嫌になりかけて、トイレの個室に閉じこもった。でも、それは間違いだった。
「雨宮さんって、いつも誰とも話さないよね」
クラスの女の子たちが、私のことを話ながら入ってきた。少女マンガとかじゃ有るまいし、そんな展開辞めて頂きたい。
「晴山くんですら名字呼びってやばいよねw」
「晴山くんはみんなのものなのにね」
「………っ!」
そんな風に思われていたのか。
動悸がしてがたんと音をたててしまう。
「やばっ誰かいるじゃん」
「大丈夫ですかー!」
心配されてる。
でも、私だとバレたら、なんだか気まずい。
夜月、助けて………!
「しずく!!」
思い切り扉を開ける音が鳴り響く。
叫び声のような夜月の声と、女子の悲鳴がキンキンする。
「は、晴山くん?」
女子が困惑したような声を出す。
私は声も出せずに、個室の中で動悸を堪える。
「しずくが、戻ってこないから」
「しずく?」
「雨宮さんの名前」
名前すら知られていなかったのか。
ちょっと驚きながら、壁にもたれる。夜月は女子トイレに入ることをもろともせず、私のいる個室の壁を叩く。
「しずく、大丈夫か!」
「…は、晴山くん…」
精一杯鍵を横にスライドしてこじ開けて、後は夜月にあけてもらう。閉じ込められたんじゃなくて、閉じこもっただけなのに。
今まで殆どみたことない顔を浮かべて、夜月は私を抱き上げた。
「こんな時まで、作らなくていいから」
「ごめん、夜月…」
女子はぽかんとして、口をあんぐり開けて突っ立っている。
お姫様抱っこのように抱え上げられて、夜月は口に人差し指を当てて、「しーっ」という風に颯爽と出る。
廊下に誰もいなくて良かった。
「夜月…私」
「うん」
「夜月が、誰かと付き合うって聞いて」
「うん」
「いてもたってもいられなくなって」
「うん」
「…すごく、嫌な気持ちになった…」
「ごめんね」
顔を彼の胸にうずめて、泣きそうな目を隠す。夜月は「うん」とだけ頷いてくれて、黙って話を聞いてくれた。
鍵を、たった一日で開けられてしまった気がする。
その日は一日、晴れていた。
♢♢♢
「しずく、おはよう!」
「よ、夜月、おはよう…」
びっくりした…
急に後ろから大声で挨拶されるのは心臓に悪い。そして昨日のことがあったから、気が重いというか何というか、心臓の鼓動が妙に早い。
晴れて出来る影と太陽の光でクラクラしてきそうなほど。
「あー…あのさ」
夜月の顔が赤い気がする。
彼は頭を軽くかきむしる。
「今日、一緒に帰らないか?」
「……?」
一緒に帰る?
いつも一緒に帰っているのに、その言葉の真意が分からない。
昨日の陰口を心配してる?
でも陰口をいった後に入ってきた、駆け込んで来たわけで、そのことを知ってるのかは分からない。
「ど、どうして?」
「…なんでもない」
はぐらかすように夜月はバタバタと走り去っていった。女子たちはずっと彼に釘付けになっていて、私のことはつゆ知らず。
それはいいけれど、あなた達が私と夜月に入り込む隙はないと思う。
これは、嫉妬?
鼓動がゆっくりに治っていくのを感じながら、上履きを履いて私も教室に行く。
教室に入った瞬間、昨日の女子が私に話しかけてきた。
どいつもこいつも煩いったら。
「あの、雨宮さん」
「晴山くんとは、どういう……?」
今にも「きゃー♡」という歓声をあげそうな顔をする二人に、私はいつも通りの無愛想で何ともない顔で応える。
「何にもない」
でも、逆に受け取られてしまったらしい。
「ラブラブなんだね~♡」
にやにやしながら一人が口を抑えている。もう一人は、もう抑えきれない!という風に私を立たせ、ぐいぐいと教室の外に押し出す。
……………何?何?
彼女たちが私を押していった先は、夜月の教室の前。二人は目をハートマークにさせながら夜月を呼ぶ。
机の周りで囲まれていた夜月が人を掻き分けてこっちに向かってくる。
どうしようもなく、顔が火照る。
心臓が早鐘のように早まっていくのを感じる。
夜月はにっこり王子様のようなイミテーションの笑顔を浮かべて、二人を言うまでもなく骨抜きにしている。
「雨宮さんと付き合っているんですか?」
夜月は、私に分かりやすく顔を赤くする。
そ、そういうこと…?とキョロキョロと目を彷徨わせる私に、彼は二人の言葉を肯定するように私の頭を撫でた。
「…仕事終わったら、待ってて」
その言葉に、静まり返った教室が沸騰したような悲鳴をあげる。女子の悲痛な叫びと男子の雄叫びが混ざった阿鼻叫喚の図が出来上がった。
煩い。
「どうしてあんな事言ったの」
放課後の生徒会室で、夜月に聞いた。
「…駄目?」
その泣きそうな表情にたじろいでしまう。
うっ…となって、また心臓がざわついて、うつむいた。
…この間からなんなんだろう…
「「だって…」」
「…何?」
「いや、そっちこそ」
ハモってから二人で遠慮する。
伝えたいことを言えずに、仕事を終わらせようと職員室に行こうとするとあの二人がいた。
「「恋だね!!」」
今まで何の部活に入っているかすら興味もなくて知らなかった。二人はテニス部。ラケットを持って、私の肩をぐっと掴んできた。
恋?
「「晴山くんのこと、好きなんでしょ!?」」
大声でそう言われ、思いっきり首をぶんぶんする。周りの視線が痛い。
「好き、っていうか……あの…」
「「応援するよ!!」」
しどろもどろ答える私に、二人は運動部特有の爽やかで清々しい笑顔で、日に焼けた手で手を振りながら去っていった。
それだけなら、普通の人は何とも思わないと分かる。のに、私の中ではぐるんぐるん「恋」という言葉が反芻する。
恋?
私が?
「私が、夜月を、好き……」
小さく、聞こえないように呟く。
こんな時、相手の心が読めたらなんて楽なんだろうと、思ってしまった。
「あ、雨……」
職員室にいたときに気付いた。
ぽつぽつと雨が降っている。
生憎、今日は傘を持ってきていない。
だって今日の天気予報は一日中晴れだったんだもの。
「この後もっと強くなるみたいだから、早めに帰ってね」
先生に言われ、こくりと素直に頷いた。
はい、とも返事を返しておけば、好感度もそこそこ上がるだろう。
生徒会室に戻って、夜月にも伝える。
「夜月、先生が早く帰ってって」
「分かった」
と、夜月は急に立ち上がった。
私より高く、すらりと伸びた身長と、筋肉質で引き締まった身体。
「帰ろう」
「あ…うん」
とんとん、と紙を揃えて、紺色をした薄手のウインドブレーカーを羽織る。リュックを背負う。
私も、一緒になって黒いコートを着て、ピンクがアクセントになったリュックを背負い込む。
玄関まで行って、靴を履き替えたとき、先生に言われた言葉を思い出した。
「あ、雨、降ってるって」
「傘、さすけど入る?」
ああ、そう言うつもりで言ったんじゃない。
夕暮れの天気雨だったら良かったのに、もうすっかり暗くなってからの雨だなんて、たちが悪い。
「…入る」
雨に濡れるのはいやで、でも相合い傘っていうのもどうかと思ったけれど、なんとなく一緒に居たくなった。
「行こっか」
傘が、私に4分の3もかかっている。
彼が、私を雨に濡らさないように、自分が濡れてくれている。
アスファルトは、水たまりが出来るほど天からの涙で濡れている。
ちょっぴり申し訳なくなって、傘を押し返そうとした。でも、細いのに強い力を持った手に逆に押し返された。
「…ありがとう」
「ん」
口を緩ませて、ふっと笑った。
信号に差し掛かって、近くの屋根の下に入る。
周りの人は誰も私たちを見ていない。
濡れた髪が艶っぽくて、思わず見とれてしまいそう。
今私は、夜月を独り占めしてる。
「…雨、止みませんね」
はっとして、口を押さえた。
これは告白の、言葉。
「あなたといたいです」という意味合いをした言葉。
やってしまった、とばかりに顔を真っ赤に火照らせる私に、夜月はこう返してきた。
「綺麗な虹を、みたいものですね」
ああ、心臓の音が本当にうざったい。
素直でもない、可愛くもない私に、なんでそんな言葉を返せるの。
「…えっと…」
沈黙が訪れる。
失敗した。もう友達じゃいられないかもしれない。どうしよう。それは嫌。
「あ、雨、早くやんでほしいね」
いつも使わないような言葉。
あーあ…ごめんね、夜月。
「でも、弱まってきた」
夜月が、私の顔をくいっと外に向ける。確かに、さっきよりずっと小雨模様。さぁ…という音が響く。
信号がやけに長く感じる。
赤になっている間に、雨はやんでしまったのだから当たり前か。
青信号で、人も車もあっという間に走り去る。
早々と去っていく雲の切れ目から、下弦の月が見える。
「…月が、綺麗ですね」
ぽた、と夜月から濡れた髪の、雨のしずくが私に落ちる。
しずくが落ちたのと、その言葉が私に降り注いできたのは、多分同じ。
夜月は、そんな風流な言葉を知っていたのか、と驚いた。
でも、どうしようもなく、嬉しい。
これが、恋なんだ。
「死んでもいいわ」
ああ、前が見えない。
目から、熱いものが流れ出していく。
顔が今までに無いくらい熱い。
こんなに嬉しくて、緊張していないのに心臓がばくばく音を立てている。
周りの大人から見たら、微笑ましいものに見えるかもしれない。
大人びている、生意気と言われることも分かってる。
けれど私たちは、傘をさしたまま、小さく、けれど温かいハグをした。肌が、冷たく、温かい。
「好き」
その言葉を、伝えるために。
────昨日の夜は、雨が降っていた。
ご精読、ありがとうございました!
評価、感想などしていただけると、作者踊って喜びます(笑)
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