ドルリード真樹印
「ワーオ、おっきいねー。全身鋼鉄?硬そうだよー、俺って全く勝てる気おきなーい」
フレイ像から四クレッティ(二十メートル強)程離れた場所でリオナとファビオはそれぞれをカバーし合うように構える。リオナは向かって左、ファビオは右だ。
フレイ像は雄々しく屹立した状態から、ミシリ、ピシリと錆びを落としながら台座から下りる。その姿は戦神の様に鎧を纏っているデザインで造られている。
「やっぱ中身も詰まっちゃってる?」
「そんな訳があるか、鉄は貴重だ。中身は空洞だ」
根拠が有りそうで無さそうなリオナの言葉に励まされた訳でも無かろうが、ハルバードの石突でガンガンと石畳の床を叩き、注意を自分へ向ける。
その音に触発されたのか、フレイ像の動きが変わる。
「え?あれ?嘘おっ」
台座から下り切った像、フレイゴーレムはその見かけによらず、生物的な滑らかさを持つ動きで驚異的な加速を見せファビオに肉薄する。とても作り物とは思えない速度だ。飛び散った床材がフレイゴーレムの質量と加速度を物語っている。
あまりの意外な動きに一瞬ファビオの動きが止まる。フレイゴーレムは右手に持つハンマーをしならせ、横薙ぎにファビオを狙う。
ファビオはまだ立ち直れない。
その時、本殿内に力強い気合が響き渡った。
「どぅぉ~すこ~~~いっ!!」
「え、マジ?」
・・・無いわー・・・・その発想だけは無いわー・・・ぼんやりとそう思うファビオ。
例えるならそれは嵐の夜の落雷にも似た腹に響く爆発音。その後にキュキュギュっと、靴が滑る音。薄く降り積もった埃が衝撃波と風圧でふわりと立ちのぼる。
レイジは轟音に思わず振り返る。
「フフフ、ハハハハハッ!思った通り中身は空だな!」
大の男でさえ抱えることは不可能そうな、その巨大なハンマーの一撃を正面から盾で受け止めたリオナが楽しそうに大見得を切っている。
・・・頭の中身はいい勝負だろ!・・・
心の中で突っ込み奥へ急ぐレイジ。目指す換気口はもう一つ奥だが、もののついでに一番近くの換気口も、壁を蹴って跳躍して覗く。
・・・やっぱ奥か・・・
タンッと床に降り立ち奥に向けて加速するレイジの首の毛が逆立つ。本能に任せて身を投げ出したレイジの上を凄まじい勢いで何かが通り過ぎた。
それは奥殿へと続く壁を大きく抉り、宙を飛び再びフレイゴーレムの左手に戻って行く。
「そんなの有りかよっ!」
フレイゴーレムの左手の盃が、不自然な軌道を描き再びレイジを襲う。今度は車輪の様にエンタシスの支柱をすり抜け、床を抉りながら肉薄する。
・・・飛べば絶対捕捉されるよな・・・
体を半回転させてやり過ごし、通り過ぎ様メイスを振るう。銅鑼を鳴らすような音が響き、盃は惰性で奥殿への石扉を粉砕しけたたましい音と共に転がり滑る。
ファビオはハルバードを両手で握り、フルスイング。狙いはフレイゴーレムの左膝。
「だよね~・・・」
あっけなく弾かれ、痺れる両手を無視して体を入れ替え次も同じ場所。先祖伝来とは言え数打ちのハルバードはあっと言う間に斧の刃は曲がり、槍は折れ飛んで刃物としての役割を終える。これはもう直せないだろう。
しかし、しつこく打撃武器としてまた打つ!
リオナはほぼ感覚の無くなった左腕を意識から切り離し、ハンマーを誘う。靴底が破け、裸足の足裏は激しい擦過傷の血で滑るが無視。わざと頭を無防備に見せ、上からの打ち下ろしを誘い、躱したところでハンマーの柄を切り飛ばす。
ルーチェと言えど手負いの身で、男の二の腕程の鋼を切断するには相当の集中力が必要だ。その分消耗が激しいし、右腕にも痺れが残る。ファビオを見やると、いつもの締まりのない表情ではなくそれなりに必死らしい。先祖譲りの自慢のハルバードが使い物にならなくなろうがお構いなしに攻撃を続けている。
怯まず勇戦する僚友を頼もしく感じるも、準備不足は否めない。身体強化魔法だけでは如何ともし難く敵本体は尚も健在。せめて鎧を着てくれば・・・
リオナもファビオも治癒魔法は使えない。リオナは攻撃系しか出来ないし、ファビオは生活魔法の初級がやっとだ。早くリュカを街に連れ帰って治療を受けさせねば命に関わるだろう。頼みの綱のレイジも奥の方で激しい音がするのを聞くと、苦戦が窺える。
激しい破砕音に振り向くと、ファビオのハルバードが半ばから折れ飛んでいる。
レイジは迷う。子供の救出が先か、フレイゴーレムの始末が先か・・・
血の匂いからするに、目をつけていた換気口で間違いないようだが、あれの妨害を何とかしないと逃走は難しい。右手のメイスを見る。フランジはへしゃげ、シャフトも曲がっている。
レイジは一縷の望みをかけて奥殿へ飛び込んだ。
そこは、いわゆる宝物庫だ。奉納された武具を奉る神聖な空間。目当ての物はあった。しかも二つ。
奥側の壁に掛けらている武具は一つは柄も刃も一体になった短槍、パルチザン。もう一つはゆらゆらと揺れたような刃を持つ長剣、フランベルジュ。
円盾とメイスを投げ捨て、毟り取るように二つの武具を両手に掴み、本殿へと引き返す。途中バランスを立て直した盃に右手のフランベルジュを叩きつける。その一撃はまるでバターを斬るように巨大な盃を切り裂いた。同時に手の中の柄が砕ける。どうやら経年劣化のようだが幸い木と革の部分のみだ。更に好都合な事にこの剣はフルタング構造で多少持ち難いが振るえないことは無い。
それにしてもバランスの良い剣だ。柄は片手半(バスタードソードという種類)でガードは無し。リカッソは短く牙型突起も小さい。特徴的な波刃の身幅は指二本半の華奢な造りだが、鋼色の剣身は長く、中央に浅く血溝が彫られており重量の軽減が図られている。血溝の両サイドには細かくルーンも彫られている。間違いなく魔剣だ。
対してパルチザンの方も鋼の一本造りの頑丈さで、刃はグレイブを思わせる身幅の広い大身槍。細かな装飾が施された槍身の付け根の鉤爪部分、黒く塗装されたフルークにもルーンが刻まれ、柄にはおそらく重量軽減のルーンが彫り込まれている。これも間違いなく魔槍だ。
ファビオに向けてフレイゴーレムの腕が打ち下ろされる。バックステップで躱すが、手持ちのハンガーでは絶対に有効打は与えられない。それでも抜刀の姿勢をとるが抜くに抜けない現状だ。
リオナは全身から闘気を溢れさせ、ルーチェを構える。フレイゴーレムの右半身を担当しているが正直片手剣の斬撃では心許ない。リーチが短く足元に入り込めないでいる。
その時、リオナはフレイゴーレムの背後にレイジが現れるのを見た。手に槍のような物と剣を持っている。そしてレイジはいきなり槍を投擲した。
「ファビ公っ、使え!」
リオナは足の痛みを忘れて大きく間合いを詰める。フレイゴーレムの右前蹴りを盾で受け流し、流し切れずに飛ばされながらも膝に斬撃を加え隙を作る。大した執念だ。
「レイちゃんカッコいい!」
視線をフレイゴーレムに固定したまま、一直線に飛んできたパルチザンを見もせずにキャッチする。飛んで来た慣性を背中にくるりと回す事で受け流し、扱く。一度、そしてもう一度。
「どこ攻撃してるんだ!こんなでか物相手にする時の鉄則は・・・」
レイジは踏み込む。
「踵と!」
言いつつ両手持ちした長剣を、リオナが浮かせたフレイゴーレムの右踵に叩き込む。
「ファビ公、爪先だ!」
ゴパッと踵が切り取られる。
「了解レイちゃん!」
回り込んでパルチザンをグレイブのように振るう。狙い違わず左の爪先を斬り飛ばす。
「これでこいつはバランスが取れずに素早い動きは出来なくなる。後は無茶せず時間を稼いでくれ」
言い捨て、レイジは奥へ下がる。
「ファビ公、囮を頼む。私は左に回って牽制する」
リオナは無理矢理体を動かしフレイゴーレムの気を引く。
レイジは走る。ファビオはともかくリオナは不味い。普通なら死んでいてもおかしくない。だが、今は子供の救出が先だ。
一クレッタ半(約八メートル)程上方にある換気口に向け、壁のレリーフに足をかけて跳躍する。本殿の中央ではフレイゴーレムが激しく転倒する音が聞こえる。
空中で換気口の格子をフランベルジュで叩き折り、左手で縁を掴んで強引に体を引き上げる。
換気口の中は暖炉のようになっており、底の少し開けた部分に子供が倒れている。血まみれだが息は有るようだ。煙突部は細く、小さな子供がギリギリ通れる程度だ。故に擦り傷だらけで、それ故にこの高さから落ちても摩擦でブレーキが掛かり命が有ったのだろう。しかし、両足は酷い状態だ。両足共骨折しており、右足に至っては開放骨折だ。この酷い傷は手持ちの低級魔法薬では治せない。
「仕方ない・・・」
レイジはそっと本殿内を確認する。リオナとファビオはフレイゴーレムを相手にしており、こっちに来る気配は無い。
続いて子供を真っすぐに寝かせ、左手で複雑な印を切り、指を鳴らす。
「間に合えよー・・・」
みるみる内に傷が治っていく。しかしまだ足りない。もう一度印を切る。
傷が完全に塞がったのを確認すると、今度はポケットから魔法薬を取り出す。後は失血の回復だ。
「うーん・・・」
うっすらと意識を取り戻した子供に、声をかける。
「さぁ、もう大丈夫。良く頑張ったな。これを飲め、そしたら家に帰れる」
小さなガラス瓶の栓を開け、子供の口にゆっくりと薬を流し込む。咳き込みながらも全て飲み込むと、子供、リュカはまた気を失った。
レイジは首に巻いていた紺色のストールをほどき、フランベルジュを背中に括りつける。リュカを抱き上げ、狭い換気口から一気に飛び降りる。
「子供は無事確保した。撤退するぞ!」
二人の所に駆け付けたレイジはリュカを左脇に抱えながら撤退の指示を出す。
「先に行け!」
リオナは踏みとどまって殿を務めるつもりの様だ。
「言うと思ったよ・・・。ファビ公子供を頼む。それから先に行って休憩した部屋で待っててくれ。さぁ、行ってくれ!優先順位を間違えるな」
矢継ぎ早に言うとファビオにリュカを預け、肩を押して出口に向かわせる。その間決してフレイゴーレムから目を離さない。
背中からストールごとフランベルジュを外し、柄に巻き付ける。
「リオナ、俺が奴を引き付ける。今度は左の踵だ」
「わかった。よろしく頼む」
リオナが嬉しそうに微笑む。そんな顔も出来るのか、と思わずレイジは狼狽えた。
長さの設定
1キュピタ約45センチ
1クレッタ約5.4メートル1キュピタ×12
1セラッタ約130メートル1クレッタ×24
1セラットーナ約3.1キロ1セラッティ×24
超テキトーです。あまり突っ込まないで下さい。