鉄のゴーレム
「ところでレイちゃんお荷物どしたの?どっかに落っことしちゃった?忘れてきちゃった?もしかして捨てちゃった?あれ?いつの間にかコートも脱いじゃって、コートも忘れて来ちゃったの?」
「・・・戦闘の邪魔になるから置いて来ただけだ」
迷惑そうに、それでも律儀に答えるレイジに、ファビオは立て続けに質問を浴びせた。
「レイちゃんそう言えば、なんとなーくリオちゃんのパーパにそっくりねー。もしかしてパパケーンの隠し子?衝撃の兄妹再開?んなわけないか。でも同じとこ出身ぽーい。ラティー語も完璧だけど訛りもパパケーンと同じだしぃ。ねえねえ、何処からきたのー?んでもって何処行くのー?なんちゃって俺って哲学―っ!」
「・・・」
「ねえねえ、その革鎧変な形してるよねー、って変てごめんねー、変わった形って言いたかっただけねー。上着みたいな形だから脱いだり着たりが超楽ちんそうじゃーん。女の子とあんな事する時超便利―。ってもしかしてレイちゃんその為にその鎧?もうレイちゃんス・キ・モ・ノ!」
どんどん話が膨らんで行くファビオにレイジは答える気もおきないらしい。
「凄いよねー、学者でサーカスで好き者って完璧じゃーん」
どう完璧なのかが気にならないではないが、答えると何かが減るような気がしてレイジは黙っていた。しかし、チャラそうに見えて実際チャラいファビオは、意外に細かい所まで観察している。
「レイちゃん遺跡に超詳しいけど前にも潜った事あるう?あるよねえ、愚問だよねぇ。ねえねえレイちゃん武器にコダワリ見せないけど自分のお気に入りって無いのー?無くしちゃったー?それともやっぱり戦闘の邪魔になるから置いてきちゃった?」
殆どの戦闘をリオナ任せ、後ろ歩きしながら喋り倒すファビオに、
「ファビ公、頼むから少し黙っててくれ」
とうとう堪りかねたレイジが唸るように反応した。
「ファビ公!やった愛称貰っちゃったファビ公だって、リオちゃん聞いた?好き者のレイちゃんに愛称貰った!超貴族っぽくね?」
「ファビ公うるさいっ!」
半分錆びた鎧ゴーレムを、盾の突きで吹っ飛ばしてバラバラにしながらリオナが叫ぶ。話を聞いていないようで聞いていたらしい。
「レイジは好き者で女の敵なのか?」
振り返って真剣な顔でレイジに問うリオナは、話の筋とかは関係なく、繰り返し聞かされると刷り込まれるタイプらしい。しかも微妙に膨らんでいる。
「・・・違う」
「そうか、そうだろう、そうだろう。これだからファビ公は信用できないのだ」
ファビ公は既に公称の座を獲得したようだ。
・・・駄目だ。ここにいると俺は駄目になる・・・
唐突にレイジは思った。今まで培ってきた常識が通用しない。
「男が女の敵だったのはもう昔の話だものな」
一体いつの時代の話だろう。どうして話題がズレて行くのだろう。何で緊張感が無いのだろう。この二人はどうして罠という罠を発動させたがるのだろう。そしてこの娘に教育を施したのは誰だろう。
拝殿前広間を過ぎ、拝殿に入る。正面には煤けて朽ちかけてはいるが、荘厳な壁画が展開している。拝殿の左右にある扉はそれぞれ奥へ通じているはずだが、とりあえず右の扉を選び、右に神官詰所(仮称)前を過ぎて中奥殿へと向かう。詰所の探索はスルーだ。目的はあくまで本殿に居ると思われるリュカの救出で、お宝漁りではない。
心配していた中奥殿での戦闘は殆どなく、鎧ゴーレムはその半分が錆び果てている。
中奥殿から朽ちて半開きになった巨大な扉をくぐって本殿に入ると、急に天井が高くなった。
広間の広さはざっと一セラッタ(約一三〇メートル)四方の正方形で、天井高は二クレッティ(十メートル強)程もあるだろう。天井を支える太い柱が何本も連なっており、死角が多い。
広間の中央よりやや奥側に一段高い祭壇があり、問題のフレイ神像が屹立している。
神像の背後には神々の物語をレリーフにした壁があり、奥殿に続く扉がある。その扉の上、天井付近に換気のための格子の嵌った穴があるはずだ。
「フレちゃん動く?動いちゃう?」
「見た感じ錆びてはいなさそうだな。襲って来ると見ていいだろう。では手筈通りに行こう」
骸骨を吹っ飛ばし、鎧を踏んづけながらリオナは進むが、ファビオとレイジは動かなかった。
「・・・」
「・・・」
男二人は顔を見合わせた。
「打ち合わせって・・・したっけ?」
「ファビ公、お前と意見が合うなんて不愉快だ」
「そりゃないよレイちゃん」
「何をしている。まず三人で細かい骸骨やゴーレムを一掃、その後防御力の高い私とファビ公が神像の囮になって引き付ける。その間に身軽なレイジがリュカを助け出す。リュカを安全圏まで連れて行った所で私とファビ公が撤退する。殿は勿論私が務める。これしかないだろう」
確かにそれしかない。それしかないが聞いた覚えはない。
「そういう事らしい。諦めて行くぞファビ公」
「レイちゃんも諦めの境地に入っちゃった?やっぱり?ところでリオちゃんあれ勝てる?」
「あれが見かけ通りの性能だとするなら・・・そうだな万全の装備を整えてならいい勝負が出来るかもしれない。レイジはどうだ」
「速攻ずらかるね」
「俺もー俺もー俺もー」
嬉しそうに言うファビオを無視して、レイジはウェーブのかかったその長い前髪ごと、灰色の髪を後ろに撫で付け、紐で括る。
リオナの光をかいくぐって肉薄する骸骨僧兵に、軽やかな足捌きで体勢を入れ替えるやバックハンドで鋭い斬撃を見舞う。外側からの敵はファビオのハルバードが鉄壁の防御を見せつけ、レイジといえば今回は完全にアシストに回るつもりのようだ。
相も変わらず音を立てない滑らかな足捌きでそっと忍び寄り、飛び掛かる寸前の敵の背中を軽く押したり、ファビオの攻撃範囲から出ようとする敵の逃げ道をさりげなく背中でブロックしたりと、地味でせこいが効果的かつ最小限の動きで立ちまわっている。
「あらかた細かいのが片付いたからレイジは救出に入ってくれ」
「わかった」
言うなりレイジの気配が消える。何をどうやったのか、完全にその場から姿が掻き消えた。
それを全く気にすることも無く、リオナは最後の鎧ゴーレムに強烈な盾打ちを食らわせ、今だに動く事の無いフレイ神像を見上げた。
「あっれー、こいつ動かないんじゃなーい」
ファビオの呑気な声に触発された訳でもなかろうが、ピシリッ、と何かに亀裂が入る音が微かに響いた。
「来るぞ」
冷静にリオナが盾を構え直す。