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灰色のレイジ  作者: hornet
4/6

巡察士ファビオ

 不意に旅人がリオナの元に後退してきた。視線は目の前の魔物達ではなく、街のある側の山道に向けられている。

「どうした旅人」

背の高い旅人は無言で山道を警戒している。

「ピエトローッ、二コラーッ、リュカーッ!」

「リオちゃーん、居る~?」

現れたのは三十前後の猟師と、太平楽な表情の若い兵士だ。猟師は熊狩り用の太い槍を背負い、半弓、山刀を持ち、兵士は長大なハルバードと片手剣を装備している。

「マルコ殿、来てくれたか。子供達は無事だ。ファビオ、丁度いい所へ来た、手伝ってくれ」

 戦いは掃討戦へと移行していく。しかし、その時思いもかけない出来事が起こった。

「う、うわっ!」

 三人の子供の一人、一番小さなリュカの足元の瓦礫が突然崩れ、ぽっかりと空いた縦穴にリュカが飲み込まれる。

「リュ、リュカー!」

 最年長のピエトロが咄嗟に手を伸ばすが、届かない。

「どうした?」

 リオナが振り向くが、すでにリュカの姿はない。ピエトロと二コラが囲んでいる穴を見て何が起こったか理解したリオナは戦闘から即座に離脱し、穴を覗く。

「リュカーッ」

 マルコも切結んでいたコボルドを蹴りつけて放り出し、リオナの隣に駆け付けた。

「い、痛いよー・・・」

 微かに穴の底からリュカの声が聞こえる。相当な深さのようだ。

「リュカーッ、大丈夫かっ?すぐ助けるからなっ!」

 叫ぶマルコだが、一体どうすれば・・・

「痛いよー、血がいっぱい出て・・・」

 それきりリュカの声は途絶える。

「誰か?ロープを持ってないか?」

 焦るマルコの隣に最後のオーガーを仕留めた旅人がやって来た。

「ロープは有るけど、子供の意識は有るか?」

「リュカーッ、リュカーッ!」

 返事は無い・・・

「・・・換気筒か・・・」

 旅人がボソリ呟く。

「この穴が何か解るのか?」

 リオナの質問に答えず、旅人はしきりに辺りを見回し始めた。

 穴に向かって叫び続けるマルコをよそに、旅人は歩数で何かを測るように慎重に歩く。何をしているのかさっぱり理解できないが、リオナはある確信を持って見守る。

「ねぇねぇ何してんの?」

 お構いなしに馴れ馴れしく話しかける若い兵士、と言っても旅人とほぼ同じくらいの歳のファビオが旅人の肩に腕を回す。

「時間が無い。手伝ってくれ」

 そう言うと、旅人は今までの慎重な歩みから打って変わって大股で森の一角を目指す。

「あんたは二人を連れて先に帰れ。乗りかかった船だ、最後まで面倒見るさ。君も手伝ってくれ。こっちだ」

 マルコに先に帰るよう促すと、ファビオとリオナに付いて来るように言い、しばらく歩く。




 着いた先は神殿跡のガレ場の端で、低い崖の下だ。良く見ると崖ではなく、石を積んだ壁のようだ。旅人は持っていた小剣を放り出すと、皮手袋を嵌めた手でコンコンと石壁を叩く。

「石をどけてくれ」

 相変わらず理由が分からないリオナとファビオだが、無言で目を見かわすと、一つ気障に肩を竦めて ファビオが旅人と石壁を崩し始めた。リオナは周囲警戒である。

「あー」

 ファビオが間の抜けた声を上げる。

「どうした?」

 リオナが振り向くと、そこには人の頭程の穴が開いていた。

「また穴か」

 旅人は慎重に中の様子を伺っている。息も止めているようだ。

「大丈夫そうだ。一気に崩すぞ」

 言うなり放り出していた小剣を拾い上げ、梃子の原理で壁を崩し始める。すぐに人が通れる程の空間ができた。

 三人は無言で頷き合う。

 旅人は荷物から小さなカンテラを出し、携帯火口で火を灯す。








 今いるのは地下神殿らしき構造物の中の狭い玄室の一つだ。元は広間に通じる別間でおそらく控室のような場所だったのだろう。朽ちかけたテーブルと椅子が数脚、壁際に石のベンチがあるだけの簡素な部屋だ。

「ここで少し休もう」

 リオナはまったく疲れた様子も無いがベンチに腰掛ける。


 石壁に開けた穴に侵入した後、何度か骸骨兵に遭遇したが、それ以上の敵は無く、謎の旅人の案内でここまで来た。

 ファビオは入って来た石造りのドアから外の様子を伺い、旅人は反対側のもう一つのドアを慎重に細く開けて向こう側を窺っている。

「そっちはどうかなー?」

ファビオの能天気な問いに旅人も簡潔に返す。

「今んとこ問題ない」

 旅人は腰にぶら下げていた革袋の水筒を手に取ると、栓を外し一口喉に流し込んだ。それを見たリオナは、まったく自然な動作で水筒を奪い取り、自分もごくごくと旨そうに飲む。そして当たり前の様にファビオに水筒を回した。

 受け取ったファビオも一口飲むと、驚きの声を上げた。

「うっわ、旨いなこれぇ、ねぇねぇ何が入ってんの?」

 自分の水筒が人から人へ旅をするのを見ていた旅人は、半分以下になって帰って来た水筒を受け取ると、短く答えた。

「白ワイン、蜂蜜、柑橘果汁、ミント、グラッパ(蒸留酒)を水で薄めてある」

 続けて旅人は荷物をごそごそと探って、布に包まれた一掴みのビスコッティ(固焼きパン)を取り出して齧り出した。これも当然の顔をしてリオナが手を出す。リオナに一本渡し、流れでファビオにも勧めたが、ファビオは腹が減っていないので手を振って遠慮した。

「旅人、そう言えば名前を聞いていなかったな。私はポルトベッロの宿屋、ケーンの娘のリオナだ。こっちはロラーナからたまに巡察に来る役人のファビオ」

 あっという間にビスコッティを食べ終えたリオナは腰の剣を外して手ぬぐいで剣にこびり付いた血脂をぬぐっている。

「この辺りの宿屋の娘は魔法剣を振り回してモンスターを狩るのが普通なのか?」

 リオナの問いに答えず、逆に問いを返してきた旅人に、ファビオはにやりと笑った。

「あー、やっぱりそう思うよねー。でもリオちゃんが特別なだけでぇ、皆が同じだと思っちゃったら大変だよねー。何しろ二つ名が金獅子のリオナだもんねぇ」

「私は別に特別ではない、他の娘より多少武芸のたしなみがあるだけだ。この剣も父上より頂いた物だ。それより旅人、今回の助勢には大変感謝している。恩人の名前を教えてくれ」

 このリオナという娘の癖なのか、まるで睨みつけるような強い視線で見つめてくる。昏い色調の金髪に美しい顔立ちなのだが、何故だか「兄貴っ!」と呼びたくなる要素が三割程混じっている。

決して険しい表情というわけではないが、生真面目過ぎる顔だ。

「俺はレイジ、ただの遍歴傭兵だ。ポルトベッロのジュリアーノという甲冑師に用があって来た」

「ジュリアーノ叔父様ならよく知っている。うちの店の常連だ。ただ叔父様は物凄く気難しいお人だから、もし誂えの頼み事をするつもりなら期待しない方がいい。最近は全く仕事を受けていないらしいしな。だがレイジ、私からも口添えをしてやろう」

「あー、ジュリちゃんねー。あれねぇ偏屈通り越しちゃってるからなー。難しいんじゃなーいー?お眼鏡に叶うといいけどねー」

 ジュリアーノは噂通りの難物らしい。レイジは一つ肩を竦めてこの話を終わりにした。

「ところでそろそろ捜索を再開したい」

 リオナの一言にファビオでさえ素直に頷く。

「この地下神殿はメディーナ朝様式のフレイ神殿だ」

レイジが静かに語りだした。

「だいたい五百年くらい前のものだと思う。その神殿の上に侵略王朝のカストーラ朝の主神、メナス神の神殿が建てられてる。あの地上の廃墟だ。こういうのはよくある事で、単純にフレイよりメナスが偉いんだって事をアピールしてる。だからわざと異教の神殿を壊さずに残してるんだけど、このフレイ神殿、特にメディーナ朝様式は完全に建築様式が統一されてて、造りが皆同じなんだ」

「よーく知っちゃてるねー。ひょっとしてレイちゃん学者さんか何かぁ?」

 チャラけるファビオを無視して、レイジは石造りの床の埃の上に見取り図を指で描いていく。

「今いるのは、この拝殿前広間の司祭の控え室だと思う。メディーナ朝フレイ神殿の特徴は完全に左右対称に造られてて分かりやすい。子供が落ちていったのは地下神殿に十六箇所ある換気筒の一つだと思う。位置的に多分この辺りの三か所の内のどれかだ」

 レイジは神殿の最奥部に近い三か所に丸を描いた。

 リオナもレイジの横に来ると、しゃがみこんで真剣に見取り図に見入る。えらく顔が近い。

「その中でも怪しいと思うのがここだ」

 やや顔をのけぞらせて丸の一つをぐりぐりする。

「詳しいなレイジ、ではそこに向かおう」

 感心しながら話を聞いていたリオナはスカートを翻して、まったく自然な動作でドアを開けるとすたすたと歩いていく。

 さらに上を行く自然な動作でレイジはリオナの首に腕を回し、部屋に引きずり戻した。

「ちょっと待て」

 大人しく引きずり戻されたリオナは、首に腕をまかれたまま不思議そうにレイジを見上げた。

「何をしている。行く先が解っているのにグズグズしていては助かるものも助からんぞ」

「ちょっとだけ俺の話を聞いてくれ。あと少しでいい」

「わかった、では話してみろ」

 その様子を珍しい見世物を見るように眺めていたファビオは呆れたように呟いた。

「リオちゃんの扱い上手ねー、サーカスにでも居た?」

「人を猛獣の様に言うな」

 鋭いリオナの視線に「猛獣のくせにぃ」という言葉を飲み込んだファビオはポリポリと頬を掻いた。

「とにかく、俺の予想が当たってれば、ここから先はちょっとだけ厄介だ」

 リオナの拘束を解いたレイジはドアを静かに閉めなおして話をつづけた。

「メナス神殿を建てたカストーラ朝の奴らは神殿自体には寛容だったけど、そこに仕えてた神官には寛容じゃなかった。神殿を新築する際に奴らは元の神官達全員を生き埋めっつーか閉じ込めたまま神殿を造ったんだ。だからこの規模のフレイ神殿にはだいたい百近い闇堕ちした骸骨僧兵が居ると思った方がいい。さっきの奴らだ」

 少し言葉を切ってまた続ける。

「それからフレイ神てのは鉱山と鍛冶の神様だ。だから神殿は地下に作られるんだけど、そこら中に鎧やら剣やら農具やらが飾られてて、こいつらがまた面倒なんだ。剣とか槍とかは経年劣化でだいたいボロボロになってると思うけど、稀に現役で罠になってるのもあって、近づくと飛んで来るから気を付けろ。弾いてもバラバラの破片になる事があるから基本は盾で受けるか避けろ。とにかく油断すると痛い目に遭う。まあ、こんな場所で油断する奴が居るとも思えねーけど」普通は、と心の中で付け加える。

「もっと厄介なのが飾られてる鎧で、こいつらは例外なくゴーレム化してる。勿論劣化はしてるけど、状態が良かったりするとそこそこ厄介だ。フレイ神の神官達が死ぬ前に呪いかけたんだろな」

さらにレイジは続ける。

「上手くすると残された賽銭とか奉納品とかいい金になる装備が手に入るけど、危険に見合うかどうかは微妙な感じかな。今から向かう本殿裏の換気筒は、神殿の本尊が立ってる左後ろなんだが、この本尊てのがヤバい」

 ファビオがフンフンとうなずく。

「フレイ神の本尊は一クレッタ(約五・四メートル)近くある鋼鉄で造られた巨神だ。右手にハンマー、左手に燃え盛る盃を持った姿で現わされてる」

「もしかしてぇそいつも動いちゃったりする感じぃ?」

「運が良ければ錆びて朽ちてる」

 レイジの楽観論にファビオは指を鳴らして「それで行こ!」と何故かご機嫌だ。

「よし、よーく分かった。では行くぞ」

 ホントに良く分かっているのか、リオナは表情を変えずに、自分の部屋を出るようにドアを開けて出ていく。

「相手が骸骨兵なら派手に明かりを灯しても問題無いな。どうせ向こうは暗がりでも見えているのだからな。ルーチェ ミア ストラーダ」

 リオナは短く呪文を唱えて剣と盾に光を灯した。

「相変わらず便利な盾と剣だよねー」

「父上から頂いた光の装具だ。鎧までは着て来れなかったがな。この光の剣、ルーチェは聖別された神聖魔法剣だ。私が先行するから不浄な骸骨兵の相手は任せてくれ。ファビオは中衛、レイジは後方警戒だ」

 カタカタと動き回る骸骨僧兵はあまり障害にはならなかった。弱い個体だと、リオナの持っている装備が放つ光に近づく事さえ出来ない。

ファビオのハルバードも威力を発揮した。狭い通路では突き技が炸裂し、広間だと薙ぎ払いが面白いように決まる。リーチが長く重い一撃は、血肉を無くして乾いた骨だけになった彼らを軽く一蹴した。

 レイジは今は骸骨僧兵が落として行ったフランジ付きのメイスを右手に、円盾を左手に持っている。

「良い武具の選択だな。骸骨やゴーレム相手には打撃系の鈍器の方が有効だろう。盾は罠対策か?」

リオナの全く平静な声音に頼もしさよりも不信感を募らせながら、レイジは頷く。




 レイジの不信感も無理はないだろう。どこの世界にただの宿屋の娘が、普段着にエプロンを着けて超一級の魔法器を持ち歩き、草を刈るように骸骨僧兵を倒して行くのか。焦点の合い過ぎた目力はともかく、あの脳筋具合は天然記念物もので、この骸骨僧兵だって簡単に倒しているから雑魚なのかと言えば、そうでもないはずだ。

自分が助太刀に入ったのも、若い女が子供を庇ってモンスターに襲われていると思ったからこその咄嗟の判断だった。

 確かに状況判断は間違いではなかった。しかし選択結果は間違えたかもしれない。あらゆる事がおかしすぎる。

 まず、第一にこの娘ならば自分が助太刀に入らなくても多分何とかしただろう。

 第二に、モンスターの混成具合と数もこの娘のいう通り常軌を逸している。

 第三に、自分らしくもなく、この娘の強引なペースに引きずられ、探索までやらされている。

 第四に、いつの間にかこの娘に、当然の様に仲間というか、手下扱いされている。

 第五に、この娘は明らかに年下なのに何でこんなに態度がでかいんだ。

 第六に、全部にも通ずるが、何よりもこの娘自身が言いようが無いぐらい普通じゃない。

 第七に、娘に超一級の武具を与える宿屋の親父なんてこの世に居るのか?

 第八に、もし宿屋の娘というのが嘘だとしたら、何の為の嘘なのか。

 第九に、この娘の変さ加減に慣れている様子の、この巡察士を名乗る若い役人も明らかに怪しい。

 チャラい、チャラ過ぎる。しかしチャラいが腕は立つ。腕の立つ役人なのに自称宿屋の娘に顎で使われている。メインの武器は言うまでも無く扱いが難しい筈の長大なハルバード(斧、槍、スパイクを備えた複合万能長兵器)で、腰にはこれもえらく古めかしい狩猟用ハンガー(峰の半ばまで疑似刃になった片刃直刀・ガードの貝殻飾り、鉈の様に前に曲がった柄が特徴)を吊るしている。傷だらけで、何度も修理を重ねた形跡のある鈍色の長距離行軍用歩兵鎧を纏っているがこれも古い。多分持ち物全て先祖からのお下がりだろう。丁寧に使い込まれている。特徴的なのは、左腕の装甲だけやけに頑丈で、盾を兼ねたガントレットになっている。更に左肩にはこの国の下級巡察士を表す鳥の羽を象った緑色の肩章を着けているが、本当かどうか疑わしい。

 顔立ちや体格、持っている武器や鎧のデザインからすると、間違いなく大陸中央の山国の傭兵がルーツだろう。懐かしさを覚える。

 ルーツと言えば、娘の顔立ちもこの辺の人間ではない。遠い異国のエッセンスを加えたエキゾチック美人だ。身長も大柄でレイジよりは勿論小さいがファビオと同じくらいはある。謎だらけだ。

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