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灰色のレイジ  作者: hornet
3/6

金獅子のリオナ

レイジは長い話を終えると、呆れ顔で聞いていた店の親父に空になったグラスを掲げて見せた。

「・・・」

 店の親父、ケーンが黙ってレイジのグラスに酒を注ぐ。

 洗い物をしながら話を聞いていたリオナは、相変わらずの無表情でこちらに関心が有るのか無いのか見当もつかない。

 何本目かの葉巻に火を点けながらケーンが呟いた。

「なるほどねぇ・・・いくつか解せねぇ部分もあるが、嘘を言ってる風にも見えねぇ。ま、おいおい解って来るだろうさ。なぁリオナ」

 清潔そうな布で、黙々と食器を拭いていた娘に話を振ると、リオナから意外ともとれる返事が返って来た。

「ああ、父上このレイジは腕も立つし信用しても大丈夫だ。取り扱いさえ間違わなければ、戦士としても人間としても信頼に足る人物だ」

 今のは果たして褒めたのか警戒しているのか、微妙に判断に苦しむ男二人は何とも言い難い表情で顔を見合わせた。





 そもそもの発端は、この漁師町ポルトベッロの外れに宿屋兼居酒屋を構えるケーン親子の下に、近所に住むジョゼッタが駆け込んで来たことから始まる。

「リオナちゃん居るかい!」

ジョゼッタが青い顔をして町はずれの酒場、黒ひげ亭に飛び込んで来た。

店のカウンターの中で不器用に料理の仕込みを手伝っていたリオナは只ならないジョゼッタの様子にすぐさま包丁を置いた。

「どうしたのだ?そんなに慌てて」

「うちのバカ息子共が森に行ったきり帰って来ないんだよう」

ジョゼッタは猟師のマルコの若妻だ。正しい意味での息子はまだいない筈だが、遠縁の三人の孤児を徒弟として一緒に暮らしている。バカ息子というのはこの三人の事だろう。

「よーし分かった!私に任せろ!」

リオナは猛烈な勢いで店の入口近くに飾ってある愛用の盾と片手剣を引っ掴んで店を飛び出して行く。

揃いの鎧を出している暇は無い。剛化、軽量化、対魔法防御等の強化魔法のかかった父親譲りの超一級品の武具だが、愛用している割には正しくその価値を理解していない。丈夫で便利ぐらいの感覚で使っている。

鳥の風切り羽の形をした細い長盾は下部が鋭く尖っており、疑似刃になっている。表面は美しい山ぶどう色で縁は雪のように白い。

「おい、ちょっと待てって・・・」

 詳しい事情も聴かずに飛び出して行った娘の背中を、呆れと諦めの入った目で見つめながら、仕込みの手を止めてリオナの父親のケーンがジョゼッタに確かめる。

「森に行ったなあ確かなのか?」

「多分間違いないよ。うちのマルコがこないだ拵えてやった弓が無くなってるんだもの。あのバカ共自分達だけで森に行っちゃったのよ。最近何だか森が物騒だからあれ程森には入るなって言ったのに・・・。それよりリオナちゃん大丈夫かい?」

「うちの娘は母親そっくりで脊髄反射で動く生き物なんだが、不思議と一番の近道で正解にたどり着く」

 オロオロとするジョゼッタの肩を抱いて椅子に座らせると、陶器のカップにたっぷりとミルクを注いで手に握らせる。

「マルコは?」

リオナとそう歳も違わないジョゼッタの向かいに腰かける。

「うちのはもう半刻前に森に探しに行ってるよ。でもあれだろ?うちのもまだ本調子じゃないし・・・」

猟師のマルコが森でここ十年以上見なかった魔物に襲われ、怪我を負いながらも逃げ帰って来たのはつい五日前の話だ。幸いにも毒を浴びる事もなく、左腕と背中に軽い切傷だけで済んだのだが、腕も良く、それなりに胆力のあるマルコだからこそ帰ってこられたのだ。

「一人でか?」

「そうなんだよう。町の皆に声かけてから行きなって言ったんだけど、事は一刻を争うからあたしがケーンさんかリオナちゃんを呼んで来いって・・・」

町はずれの黒ひげ亭だが、マルコの家は仕事柄さらにはずれにあって、最寄りのご近所がこの黒ひげ亭だ。いち早くジョゼッタが訪ねて来たのも分かるが、もう一つ理由がある。


十五年ほど前にこの風変りな親子がこの漁師町ポルトベッロに越して来た時、元の住人は大層胡散臭がった。父親は明らかに東方の異邦人で、その血を半分引いている幼い娘も美しくエキゾチックな顔立ちだ。

その頃ポルトベッロでは辺境の田舎町故に、退魔戦争の悪影響がまだかなり残っていた。

海では小規模ながら海賊が幅をきかせ、森では退魔戦争を生き残った魔物魔獣の類が蔓延っていた。

そしてそれらを一気に掃討したのがこの親子なのだ。五歳に満たぬリオナですら拙いながらも魔法を操り、父の一助として活躍した。

こうして町の住人と信頼関係を築いたケーン親子は町はずれの海に面した高台に住み着き、何故か居酒屋を始めたのである。ケーンの力量からすれば、王国の近衛兵どころか将軍クラスも夢ではないはずだが、何故か居酒屋なのだ。しかもこの町の、いやこの国の人間が見たことも聞いたことも無い料理や酒を出す。いちいち旨いのだがその料理を作るケーンを見て町の住人は悟った。「こいつはあれだ、趣味の人だ」と。

それからというもの、何か困った事や荒事があると、この出鱈目に強く、頼りになる謎の親子を訪うのが町の住人の慣例となったのだ。



「旅人!左は任せた‼」

 リオナは新たに湧いて出た数匹のゴブリンの一隊を、つい先程出くわした不幸な旅人に押し付けた。

言いながらも迷子だった三人の猟師の徒弟達を背後に庇い、愛剣ルーチェを振って右側のゴブリン達を威嚇する。更に簡易的ではあるが、短く魔法障壁の呪文を唱え三人を守る。

三人の周りに薄く光るチェルキオ(魔法陣)が浮かび上がった。

「おまえ達!そのチェルキオから絶対出るんじゃないぞ!それから町に戻ったらたっぷりお仕置きだ!」

 この騒ぎに巻き込まれた不幸な旅人を見ると、十匹以上のゴブリン相手でも落ち着いて対処しているように見えた。もっとも、自分からのこのこと巻き込まれにやって来たように見えたので、巻き込まれたと言っても自己責任の範疇だ。ひょっとしたら分かっていて加勢に来てくれた可能性もある。

背中に大きな革張りのトランクを背負い、使い込まれたボロボロの革鎧を纏っている。元の色が何だか分からないくらいに変色した濃い灰色だか紺色だかの旅行用のコートを羽織っているのだが、不思議とうらぶれた感や、不潔感は皆無だ。

 右手に既に倒したゴブリンから奪った小剣を持ち、左手に自前の粗末なダガーを握っている。

ただの旅人にしては腕が立ちそうだし、申し訳ないがここは少しばかり負担してもらおう。どのみち旅人はゴブリンの襲撃から逃れられそうに無い。

背後に足場の悪い崩れ落ちた古代の神殿遺跡(の、がれき)を背負っているとは言え、総数で十匹以上のゴブリンに囲まれている。ゴブリンのほぼひとファミリアだ。

 自分一人ならどうとでも切り抜けられるが、三人の子供を守りながらというのでは数が少しばかり多い・・・






「まずいぞ旅人!後から後から際限なく湧いて出てくるではないか」

リオナと旅人は三人の子供を守りながら、既に相当数の魔物を斬り倒している。リオナの得物はスキアヴォーナと言われる種類の片手剣だ。護拳として美しくも複雑な籠状のガードが付いたブロードソードで、勿論超一級の魔法剣でもある。切れ味は元より、刀身を保護する魔法が掛かっており、ゴブリンや今戦っているコボルドやオーガーなどいくらでも斬り倒せるが、旅人の方はそうはいかない。

 現にこの無口で長身の旅人は既に数回得物を取り換えている。この時代、一般市民でも普通に革鎧や短剣や片手剣、刺突剣で武装して歩くのは当たり前で(一部ファッション性もあるが)むしろこの旅人は軽装な程だ。最初に持っていたダガーは投げつけて既に手元にはなく、斬り倒した魔物から奪った武器も、小剣→小剣→手斧→片手剣と変遷している。

今も右手に長剣を握り、左手に小剣を振るう二刀流でオーガーと渡り合っている。

ただ相当な怪技遣いで、動きが恐ろしく静かだ。まるでダンスの様に滑らかに移動しながらそれでいて一切の無駄が無い。その足捌きのせいかまるで間合いというものを掴ませない。

しかしこの数と種類の魔物達はどこからやって来たのか。これだけの魔物、もはや軍勢と言ってもよい数の魔物が森にいればもっと早く知られていたはずだ。最近やって来た渡りのはぐれモンスターであったとしても、この混成ぶりは明らかに不自然だ。

じりじりと神殿跡のガレ場に押し上げられ、包囲が狭められる。初対面の旅人と上手く戦闘連携がとれないのは当たり前だが、子供を守りながらというのが一番大きい。守備位置を離れられないので、出来る攻撃も限られ、受け身にならざるを得ない。

「このモンスター達はどこから湧いて出てくるのだ、おかしいではないか。この数の混成モンスターがこの近辺にいるなど聞いたことも無いぞ」

 ルーチェを逆袈裟に斬り上げ、コボルドの左肩を跳ね飛ばし、左の盾で子供たちを更にガレ場の上に押し上げる。

「いやぁ、俺に聞かれてもなぁ・・・」

 もっともな旅人の返答だが、のんびりとした口調と裏腹にオーガーの下っ腹に深く突き刺したなまくらの長剣を上下に揺すりながら、左手の小剣をリオナの死角に入ったコボルドに投げつける。その瞬間右手の剣が根元からぽきりと折れた。

「旅人!」

無手になった旅人はそれでも慌てず、二度ほどトンボを切って三人の子供たちの傍に寄ると、半泣きの子供が持っていた弓と矢筒を奪い取り、絶技を披露した。

「やるではないか!旅人」

目にも止まらない速さで立て続けに放たれた三本の矢は、腹に折れた剣が刺さったままのオーガーの両目とその後ろにいたコボルドの眉間に突き立ち、無言の内に戦力を削いでいく。

残りの矢も速射で使い切り、弓を捨てると先程のオーガーが持っていた両手斧を振り回し投げつける。

重心を深く落とし、華麗な足さばきと斬撃の重さで敵を屠っていく正統派の剣術を使うリオナと違い、あまりの型破りの戦い方だ。敵にとどめを刺す事すら稀な無茶苦茶ぶりに、リオナは唐突に理解した。この旅人の戦い方は多対一向けなのだ。多対一の場合はとどめを刺すより相手方の戦力を削ぐ事が第一なのだ。重症を負わせ、しばらく戦線に復帰できなくさえすればこっちの勝ちと言わんばかりの戦い様だ。特に乱戦の場合は有効だろう。

理屈ではなくあくまで勘で理解したリオナは、今度はステップを軽いものに変え、旅人が切り刻んだ後の獲物を重点的に狙ってとどめを刺して行く。

無言の内に連携が完成すると、目に見えて敵の数が減ってくる。時にリオナが正面から相手をしているコボルドの注意を旅人が逸らし、間隙を突いた一撃をリオナが放つ。

余裕の出てきたリオナは更にいくつかの呪文を唱え、敵後続集団の真ん中に稲妻さえ落とす事が出来るようになった。その中に旅人が斬り込み、今度は旅人の方がとどめを刺して行く。因みに今は両手に一振りづつ長剣を握っている。

お互いの呼吸が解ると無言の内に役割分担が生まれ、しぶとく生命力の強いオーガーはリオナが、与しやすいゴブリンやコボルドは旅人が担当するという図式が完成する。

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