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灰色のレイジ  作者: hornet
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プロローグ1


「で、話を聞こうじゃねーか。夜は長ーし、酒も肴もわんさかある。なーに、同じ日本出身の異世界人だ。悪いようにゃぁしねーよ」

 店の親父はカウンター越しに酒瓶を置き、そこから自分のグラスになみなみと酒を満たす。ついでとばかりに俺にも注いでくれ、細巻きの葉巻に火を点ける。


 俺は何から話したもんかとグラスの酒を舐めながらしばらく考えた。

今この店には親父とその娘のリオナしか居ない。どんな突拍子の無い事を話してもこの親子なら多分大丈夫だろう。

「そうだな、やっぱり最初っからってのが一番解り易いよな。長いぜ?」

「構うこたぁねーさ。まぁ、話したくねーってんなら無理にとは言わねぇけどな・・・」

俺は静かに息を吸い込み、あの日からの事を話し出した。



気が付いたら俺は戦場にいた。

何故かは今でも分からない。

俺の背中を踏んづけて敵兵に躍りかかってく兵士のブーツの底が最初に見えたこの世界の景色ってやつで、その後またしばらく記憶が飛ぶ。





 次に覚えてるのはブーツの底からいくらか経った頃だろうと思う。

俺はどこで手に入れたのか、なまくらの粗末な小剣で知らないおっさんの脇腹をぶっ刺して一息入れていた。剣は多分そこらで死んだ兵士の物を拾ったんだと思う。他にもいっぱい落ちてるし・・・

固く握りしめた小剣の柄は手に張り付いてるみたいに全く離れてくれなくて、ブルブル震えながら両手を膝について肩でゼイゼイと息をしてた。被っていたヘルメットはいつの間にか無くなっていて(なんとなく自分で脱ぎ捨てたような記憶がある)、頭ン中はぐちゃぐちゃのパニックで、まるで現実感なんてなく、体は鉛みたいに重いのに、感覚だけは妙に冴えてた。

鋭い風切り音に勝手に体が反応して、無意識の内に飛んできた流れ矢を剣で叩き落とすと、周りから

「おぉ」

と驚きの声が聞こえた。

そこで初めて周りを見渡したら、まるで昔のヨーロッパの兵士みたいな鎧とか兜を纏った西洋人が俺を見て何か言ってる。何を言っているのかさっぱり分からなかったけど、少なくとも今俺の足元に転がっている奴の様に俺を殺そうとしている奴はいないようだ。

相変わらずさっぱり状況が見えない俺だったが、全身が猛烈に痛いのに気づいてきた。自分の体を見下ろすと、朝出かけた時のままの服装だけど、全身泥まみれで血まみれだった。少なくない返り血と残りは自分の血だ。革ジャンの左袖には大きな裂け目があって、今もどくどくと血が流れてる。黒いデニムの両膝も破けて血がバンバン出てるし、背中も鈍器で殴られたように痛い。バイクで転んだ時みたいだった。


・・・やばい、立ってられん・・・


状況はさっぱり飲み込めないけど油断が出来ないのだけは分かる。ここで周りの奴らに弱みを見せるわけにはいかない。無理やり体を直立させて、俺は平気ですけど?みたいな顔で辺りをもう一度見回すと、後から何かぶつぶつと呟きながら近づいて来る隻眼で五十絡みの兵士に気付いた。

 そいつは相変わらずぶつぶつと口の中で呪文みたいに何か呟いて、空の左手を俺の頭の上にかざして複雑に動かし、最後にパチリと指を鳴らした。

それだけで俺の体中の出血は止まり、呼吸が楽になり、さらには幾らか頭もすっきりして猛烈な吐き気も収まった。ただ、体力の消耗だけは戻らない。

どうやら本当に呪文を呟いてたらしい。

隻眼の兵士は今度は別の負傷兵に歩み寄って、今度は何も唱えずいきなり印を切るようなポーズをとって治療した。どうやら怪我の具合によって、呪文とポーズのセットかポーズだけかを使い分けてるみたいだった。

そんな奴らが他にも何人か居て、治療してまわってた。

ぼんやりした頭で、あれ魔法じゃね?みたいなことを考えてたと思う。

ぼうっと見てると、背中をさっきの隻眼の親父にドンとどつかれて何か怒鳴られた。英語でもなくドイツ語でもない、何を言われてるのかさっぱり分からないから警戒して剣を構えようとすると、あっさり親父の抜き打ちで剣を叩き落とされ、横っ面をぶん殴られた。

強烈に痛かったのを今でも覚えてる。その後親父はやれやれみたいな動作をすると、俺が殺した兵士の鎧や武器の装備を剥ぎ取って俺に押し付けた。鎧って言っても今から思えば粗末な物で、無いよりましってな感じ。どうやらこれを装備しろって言ってるみたいだった。殺した相手の持ち物を着るとか滅茶苦茶気味が悪い。また吐き気がしてきた。でも親父も怖い。状況も飲み込めない。取り敢えず言う事を聞いてた方が無難なようだ。


それからの毎日はマジで地獄だった。毎日ガチの殺し合いだった。

俺は確かあの日、一人でツーリングに出かけたはずだ。大学の春休みを利用して神戸の自宅アパートから愛車のホンダに跨って城崎温泉に行く予定だった。フルーツフラワーパークを過ぎた辺りまでは覚えてる。確か西紀サービスエリアで休憩かなぁと考えてたと思う。それがどうして今こうやって言葉も通じない、どこかも分からない、何で昔のヨーロッパみたいな戦争をしなきゃならないのか。

実はそんな事を考える暇も体力も無かった。朝起こされて、曲がった鼻が裸足で逃げ出す程臭いテントの中から這い出して顔も洗わず支給された芋を食う。飯を食わされたら問答無用で行軍させられ戦場に向かう。前線に並ばされて、指揮官どうしの罵りあい(?)を聞かされた後に殺し合いをさせられて、昼になったらお互い休憩と昼飯の芋タイムを挟んでまた殺し合い。

「日本の大使館はどこだ」

が、当時の俺の口癖だった。ただひたすらこれを英語で繰り返してたと思う。お陰でその頃の俺の呼び名は「エンバシー」略して「エンバ」だった。エンバシー(大使館)にアクセント置いて叫んでたからだろな。勿論英語も通じないし、大使館の場所なんて皆知る訳ない。


気づいた事が一つある。俺はこの場所、と言うか人種より長身だという事。俺は身長百八十二センチで住んでいた神戸でもまあ長身の部類だったが、ここでは断トツに背が高い。皆俺のだいたい肩ぐらいの身長か、高い奴でも確実に俺より小さい。お陰で物凄く目立って、当然の如く狙われやすく、毎日生傷が絶えない。夕方には殺し合いも終わって、何とか生き残った俺は無理やり傷を治療されて、びっくりするぐらい不味い豆粥を食わされて汚いテントにおっさん連中と一緒に放り込まれて眠らされる。


寒い雨の日に一日中凍えながら、ひたすら歩かされた事もある。


殺した相手の持ち物や懐を漁るのも仕事の内。


激しい嘔吐と下痢に悩まされてのた打ち回るのは日常茶飯事。


発熱と倦怠感が無くなるのは治療の直後だけ。


逃げようと思っても、逃げる当てが無い。


夜襲で寝込みを襲ったり、襲われたりするのも当たり前。


断末魔の悲鳴が耳から消える事も無い。


人殺しの禁忌感はいつの間にか無くなってた。


負け戦で、文字通りの死に物狂いで何日も逃げ回った事も一回や二回じゃない。


勝ってる筈なのに食料が回って来なくて、飲まず食わずで戦った日も数えきれない。


泥水を啜るって言うけど、泥水があるだけましだよな。


言葉も通じない、状況も分からない。周りからも胡散臭がられて孤立しながら、それでも流されるしかない。


最初の頃の事は辛すぎてあまり思い出したくない。




ライダースの革ジャンは流石に丈夫で、修理と補強を繰り返しながら今でも着てるけど、まずダメになったのはジーンズだった。あっという間にボロ雑巾よりひどくなってズボンとしてのアイデンティティーを失ってた。殺した相手の丈の足りないズボンを奪って泥水で適当に洗って履く。次にダメになったのは愛用のライディングブーツだった。底がすり減って抜けた。靴はマジで苦労した。だって俺の足は皆より大きい。殺した相手の、多少洗ったとは言え、不潔で気持ち悪いブーツに覚悟を決めてえいやって足を入れても当然小さくて、指が途轍もなく痛い。それでも無いよりはましと自分を励まして我慢して履いてたら、あっという間にブーツの中は血でタプタプになって、無理やりまた治療される。最終的に自分でブーツの踵とつま先に穴をあけて鼻緒をつけてサンダルみたいにして履いてたら、周りの皆にバカにされた。

言葉は分からなくてもそれぐらいは分かる。何しろその頃の俺は全く心に余裕が無かったから、ミサイルみたいにすっ飛んで、俺を笑ったそいつを殴り倒した。

あっという間に大乱闘に発展したんだけど、なんか偉そうで、装備もピカピカした奴らに制圧された。

俺が最初に殴った奴は運悪くくたばったらしい。

俺は後ろ手に縛られて偉そうな奴らが並んでる場所に引き出された。奇妙な事に俺がその時感じてたのは安堵に近い感情だった。正直、やっと死ねると思ったのを覚えてる。

言葉の通じない俺を相手に裁判みたいのが始まって、俺はまるで他人事みたいに異国の言葉を聞いてた。

そこで颯爽と登場するのが、あの強面の親父。そう、俺を初日にぶん殴ってくれた怖いけど、今思えば随分と親切でお節介な親父だ。

何かのやり取りを親父と偉そうな奴らは続けてた。正直もうどうでも良かった。早くこの身動きできない状況の内に俺を殺してくれよ。そう思った。身動き出来ちゃうと体が自然と抵抗しちゃうからさ。そうすっと痛いのが長引くじゃん。

 でも親父の言い分が通ったらしい。

だからこうして今も生きてる。



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