大みそかの部屋を飾るのは 〜ifマッチ売りの少女〜
冬の童話祭2018参加作品です。
「かわいそうねえ」
「年末にまで商売させる事もないのに」
「だったら買ってあげたら?」
「いらないわ。マッチなんてたくさんあるもの。それにあんな粗悪品なんか誰が買うものですか」
くすくす、と街の人たちの笑い声がひびく。おまけに人のぽっぺたを指差して笑いの種にしている人もいる。ひどい人達だ。この世界に善人はいないのか!
ちなみにかわいそうと言われているのは私だ。ほっぺたにはぶたれた跡がついている。
ふぅ、とため息をつく。どんなに馬鹿にされようが、私はマッチを売らなければいけないのだ。
「マッチ! マッチはいりませんか? ろうそくに火をつけられるマッチはいりませんか? 暖炉を温かく出来るマッチはいりませんかー?」
「いりませーん!」
「やめてやれよ。かわいそうだろ」
「マッチを売るなんて簡単なお仕事をしているんだからいいだろー」
雪遊びをしている少年たちが私をはやし立てる。
よくない! と怒鳴ってやりたい。っていうかあんた達、そんなに簡単な仕事なら、私の代わりに売り子をやってみろ。こっちは寒空の下、必死にマッチを売っているんだよ。
それにしても自分は確かに不幸だ、とも思う。
「前世の記憶を思い出して初日に死亡フラグとかありえないよね」
誰にも聞こえないようにひとりごちる。
童話や物語のヒロインに生まれ変わるのはきっと素敵な事なのだろう。
でも。
神様、仏様、教えて下さい。
どうして私がマッチ売りの少女に転生してるんですかー!?
****
前世の記憶がよみがったのは今日の昼間だった。
いつものようにお父さんからかごいっぱいのマッチを渡され、これを売って来いと言われた。うちではこれを売って生計を立てているので仕方がない事だった。
それにしても大みそかにこれはないわー、と思った時だった。自分の頭に信じられない光景が浮かんで来たのは。
ソファーの上で絵本を読んでいる外見の違う『自分』。その中に書かれている、寒さで凍え死んでしまったかわいそうな『自分』。それらの情報がぐるぐると頭の中に入り込んで来た。
「やだ! 行かない! 行きたくない!」
前世の記憶がよみがえった混乱と、死にたくないと思った気持ちが混ざり合って私は無意識にそう叫んでいた。
乾いた音がして、気がついたら私は床に倒れ込んでいた。
「いたい……」
「売って来なかったらこの十倍は叩いてやる! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと売って来い、役立たずのガキが!」
これが実の父親の言葉だろうか。前世の親ならこんな事はしないのに。
それでもぼやぼやしていたらまたぶっ叩かれそうだ。
私は仕方なくかごを持って寒い外に出て行ったのだった。
****
それで今に至る。
それにしてもめっちゃ寒い。そうだよね。今日、私は凍え死ぬんだよね。誰にも見つからず、マッチで暖まろうとして、幻想をたくさん見て、最後に、死んだおばあさんの幻影に抱かれて死んでいく……。
って嫌だよ! そんなの!
「っていうかおばあちゃん死んでないし。二つ先の街で生きてるし」
今頃は小さな温かい暖炉にあたってのんびりしているはずである。おばあちゃんはそこそこお金持ちだからだ。
「おばあちゃんの所に住みたいなあ……」
ただの願望だ。叶えられるわけない。実際に自分の親は、あのぐーたらしているあげくに、九歳の幼い娘にマッチ売りをさせるぼんくら親父だ。
そこでふと思った。
物語と違っておばあちゃんが生きているなら、自分も生きられるのではないか。
「そうよ! おばあちゃんに訴えにいけばいいじゃない!」
お父さんは勘当されてるけど私はそうではない。それに私は幼い子供だ。助けて! って駆け込んでも問題はない。
こんな簡単な事を思い付かなかったのか、記憶を思い出す前の自分! まあ、九歳だしね。仕方がない。
とにかくそうと決まったら早速実行だ。
私はマッチの入ったかごを持って歩き出した。
****
そしてしばらく歩いた。歩いたのだが……。
「全然着かないじゃん!」
忘れていた。二つ先の街って超遠いんだった。馬車だったらすぐなんだろうけど、歩くと夜通しかかる距離だ。
何で気がつかなかったんだ、自分。バカじゃん?
「休憩しようかな」
道の端に座る。こんな事をしているから全然着かないんだろうけど、私はもう一時間半は歩いているんだよ。私超頑張ったよ!
さて、どうしようか。
とりあえず暇なのでマッチ棒で遊ぶ事にする。童話みたいにすった所で幻影を見て死ぬだけだからね。そんな事はしない。
マッチ棒を一本一本丁寧に組み合わせて小さな箱を作っていく。
これはマッチ棒アートだ。前世では、接着剤も使って、もっと大きなものも作ってたんだけど、私は接着剤なんて便利なものは持ってないからね。この世界にはのりっぽいものはあるみたいだけど、貧乏少女には無縁だし。
どうせ粗悪品なんだし、ちょっとはおもちゃにしたっていいじゃない。
「何しているの? お嬢ちゃん」
もうすぐ完成だ、とワクワクしながらマッチ棒を刺していると上から声がした。
「う、うひゃおおーーー!」
私は間抜けな声を出して飛び上がる。自分で言っておいてなんだけど、『うひゃおおーーー』とか何よ。超かっこわるい。
顔を上げると、明らかにお金持ちの奥様風の老婦人が目の前に立っていた。
おお。馬車まであるよ。いいなー。
「それ面白いわね」
「普通の箱ですよ」
「それでもこんな細長い木の棒からこんなものが出来るなんて……」
じっくり見たそうだったのでマッチ棒で作った箱を渡してあげた。どこぞの奥様はまじまじとそれを見ている。ただの簡単なマッチ棒アートなのですごく恥ずかしい。
欲しいと言ったので、遠慮なく渡す。お父さんに『ただであげるなんて!』と怒られるかな。知らんわ! とか考えていたら、奥様は金貨を十枚渡してくれた。
金貨なんて現世で初めてみたよ。前世でも博物館とかでしか見た事ないよ!
すごいすごい、とまじまじと見ていると奥様は苦笑いした。そうですよね。お金持ちの奥様だったら金貨は見慣れていますよね。
他にも作れるものがあるのか、と聞かれたので出来ると答える。
趣味程度だけど、動物とか建物とかを作っていた。作り方は覚えているので今でも出来るはずだ。
そう言うと、奥様は顔を輝かせた。
「だったらわたくしの家に来てちょうだい! わたくし小さなお家が欲しいわ」
信じられない話に目を丸くする。
「わ、わかりました」
噛んでしまった。仕方ないじゃない。現世では貧乏底辺なんだから。
****
大きなお屋敷のきれいなサロンでマッチ棒の家を作りながら、奥様とお喋りする。
完全に場違いだ。おまけに簡単な道具までお借りしてしまっている。この家の執事さんやメイドさんは怪しげな貧乏人に眉をひそめていた。今も部屋のすみで私をこっそりと睨んでいる。
「そう。あなたはマッチ売りなのね」
心底同情するように目頭を押さえる奥様。だけどメイドさんは余計に眉をひそめた。唇の動きだけで『乞食が』と言っている。世の中は甘くない。
そんな話をしているうちにマッチ棒の家は出来上がった。シンプルバージョンにしたからそんなに時間はいらないのだ。
「すごいわ!」
いや、だからこの程度に大喜びとかどうなの?
「素晴らしいですね。本日の飾り付けに使用しましょうか」
さっきまで私をうさんくさい貧乏人という目で見て来たメイドさんたちが興奮している。単純だ。
「そうだわ! あなたも今日のお食事会に参加なさいな」
「え!? でも奥様のお友達がなんて思うか……」
「大丈夫よ。わたくしの親友だけを呼んでいるし、彼女もこんなステキなお家を作ってくれたお嬢さんなら大歓迎してくれるわ」
そうだろうか。私にはそうは思えない。
その時、ノッカーの音がした。お友達が来たらしい。メイドさんが彼女を迎える。
どこかで聞いた事のある声が聞こえた。お客さんはもしかしてどこぞの貴族なのだろうか。でも私は貴族と面識ないし。
「ねえ、クリスティーネ、紹介したい子がいるのよ」
奥様の言葉に、来た! と思った。
それにしても辛い偶然だ。クリスティーネとは私のおばあちゃんの名前でもあるのだから。
とりあえずクリスティーネ様も良家の奥様なのだろう。だったら失礼をするわけにはいかない。
私は頭を下げて彼女が入ってくるのを待つ。すぐに奥様がクリスティーネ様をつれて来た。
「はじめまして、クリスティーネ様、私は……」
「まぁ! なんてこと!」
クリスティーネ様はショックを受けたような声を出した。
やっぱり貧乏人は受け入れられないらしい。態度は悪いが、『けっ!』と言いたくなる。
だが、次にクリスティーネ様が言った言葉に私は思わず頭を上げる事になってしまった。
「ティーナ! どうして! どうしてこんな!」
そして私も彼女の顔を見て息を飲む事になった。
「お、ばあ……ちゃん?」
そこにいたのはクリスティーネおばあちゃんだったからだ。
その時、どこからか新年を祝う鐘の音が聞こえた。
****
その後、事情を知ったおばあちゃんに、お父さんはものすごく叱られる事になった。
それでも監視付きで叔父さんの新事業の営業をやらせているだけの罰なのはやっぱり実の息子だからだろうか。
私としてはちょっとざまぁして欲しかったけどしょうがない。
そして私はというと。
「わたくしのかわいいティーナにこんな特技があったなんて。でもゆっくりしていいのよ。やり方は職人に教えてくれればそれでいいわ」
「いいの。楽しいもん」
なんと私のマッチ棒アートがお金持ちに受けて、ものすごいブームになってしまったのである。それがさっき言っていた叔父さんの『新事業』なのだ。
ただ、必ずしもマッチ棒である必要はないので実際は『木の棒アート』になっちゃっているけど。
おかげで今はおばあちゃんに引き取られてお金持ちのお嬢様として暮らしている。どうやら叔父さんはいろんな新事業を開発しているらしく、前よりさらにお金持ちになっているらしい。それに私の『木の棒アート』を売る事で、さらに大金持ちになるのだろう。
ちなみに発案者である私作の『木の棒アート』はものすごい高値がついているらしい。叔父さんにもたくさん作ってくれ、とお願いされている。趣味でお仕事のお手伝いが出来るのだから全く問題はない。
たまにお客様が私をお茶会とかに呼んでくれて、知り合いやお友達も出来るから一石二鳥なのだ。
「おばあちゃん」
「何ですか? ティーナ」
「私、生きているんだよね?」
「もちろん。あなたを死なせてたまるものですか」
『マッチ売りの少女』の事情はおばあちゃんにだけ話した。それを聞いたおばあちゃんは『あなたが死ななくてよかった』と泣いていた。私もよかったと思う。
「大みそかの奇跡、ね」
「うん」
私はおばあちゃんと微笑み合う。
この新しい世界で、私はずっと『生きて』いくのだ。
12月24日 活動報告でクリスマス番外編を書きました。
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